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2332

作者: 高鳥瑞穂

「ねえねえ、あなた名探偵さんでしょ?」


学年末試験を二週間後に控えた、寒い日だった。

今日も現代文と数学Bで試験範囲の公示があり、教室や廊下で勉強の話をする生徒が増え、学校全体が試験前の雰囲気になってきた、そんな日だ。


またかよ……。


声をかけてきたのは知らない女生徒だ。リボンの色は同学年の二年生カラーだが、見覚えはない。……まぁあまり交友関係が広くないから、学内の大半が見知らぬ顔なんだけども。


「はぁ、まぁそう呼ばれることも、あるっちゃありますが……誰ですか?」

「うん、あのね」


彼女はニコリと笑って


「2332だよ」


と言った。


「…………は?」


「だから、にーさん、さんに、だよ。復唱して?」 


「え、は? 2332?」


「うん、じゃあそういうことで、よろしく」


彼女はそう言うとそのまま俺の脇をすっとすり抜けて、階段を降りていってしまった。


「何なんだよ……」



―――――

―――




名探偵、なんて御大層な名前で呼ばれるようになってから2ヶ月ほど経つ。

年末試験で隣のクラスでカンニング騒ぎがあった。

疑われたのはいつも真面目そうな女子生徒で、前の席の椅子の背もたれに化学のなにかの表が貼ってあったらしい。イオン化傾向だかなんだかだと言っていたがよく覚えていない。

監督の先生が気づきその子は試験を途中退室になった。先生以外は全員が「絶対におかしい」と話していた。その子は化学部で、化学の試験範囲はむしろ教える側だったそうだ。


期末考査時には席順を名前の順に変更するが、隣のクラスは人だけが移動して机は移動しなかった。

中間試験の時は席ごと移動していたらしいのだが――女子の何人か他人が席を使うのを嫌がって移動したがるので大半のクラスではそうしている――中間試験の時に急いで移動しようとしたアホが怪我をしたので、年末は移動しないことになったらしい。

自分の前に来るはずの人の席に細工したやつが居たのだ。

それで仕込んだカンニング細工が別の人の目の前に入ってしまった、ということだった。


「隣のクラス、昨日あんまりガタガタ音がしてなかったけど、席移動しなかったのか?」


と何気なく聞いた俺の一言でそのことが発覚し、彼女は無事無罪放免、カンニング未遂犯は停学になった。



それ以来名探偵だ何だと言われ、ちょいちょい失せ物探しのような依頼……依頼なのか?雑用?を頼まれる。

知らんが。お前がどこにペンケース置いたかとか知らんが。どうせさっき廊下でくっちゃべってた時に窓際に荷物でも置いたんだろ――ほんとにあったよ。なんで……。



そんなことが何度かあって、もうすっかり名探偵だと呼ばれている。もちろんからかい半分だが、おかげさまで時々こうやって突然謎掛けを吹っかけられたりする。



「2332ねぇ」


さっきの生徒の言葉を反芻する。多分何かの謎掛けなんだろうけど、いかんせん情報量が少なすぎる。


日付……ではなさそうだ。電話番号やメッセージアプリIDも違いそう。つぶやきアプリや写真投稿アプリを検索してみたが、それっぽいものは該当しない。


2332、2332とつぶやきながらフラフラと構内をぶらつく。

図書室の23番書架、ヨーロッパ史? あ、だめだ23の後ろは三桁か。4桁の番号が振られているような書架は……パッと見なさそうだ。

構内図の教室割り振り番号は……だめだな、3桁か。

他に校内で4桁とかの番号が振られているもの、なんかあったか?


さすがに校外に何かを仕込んでることはないと思うんだけど。それじゃ謎掛けにならんし。

目につく番号は消火器の管理番号までチェックしながら校内をうろつきまわっていたら、いつの間にか自分の教室まで戻ってきてしまった。

ここまで、2332の並びになる数字は見つけられなかった。


夕暮れ時と呼ぶには少し夜に差し掛かった時間。もう校内にはほとんど生徒は残っていない。

校庭から時々聞こえていた野球部の、おそらく試験前最後の練習音もいつの間にか止んでおり、「まあ、今日はもう帰ろうかな」なんてことを2-2と書かれたドアの前で考えていた。




『だから、にーさん、さんに、だよ。復唱して?』




2332、にーさん、さんに

2-3、32



隣の教室を見る。ドアは空いていて、中にはもう生徒は残っていないようだった。


当然のように「2-3」と書かれたプレートが下がっている。

学年全体で200人のこの学校は、1クラス33~34人の6クラス構成。


3組はたしか33人だ。教室を覗き込む。

6×5で並んだ席の後ろにプラス3席分があるよく見る構成だ。

席は……今はまだ番号順じゃないはずだ。教室の後ろを見ると、棚がずらりと並んでいる。


試験前でこれでも置き勉教科書は減っているんだろうが、半分くらいの棚からものが溢れそうになっている。


うちの教室と同じ構成なら、12×3段の棚を左上から右に向かって使っていって、右下の3つを余らせているはずだ。

ということは32は右端から5つ目。



そこはぽっかりと、何も入っていなかった。

両隣がものが溢れんばかりに入っているタイプだったから、余計に空白が目立つ。


その中にひとつだけ。

これみよがしに箱が置かれていた。




これだな。


謎解きが無事に終了したことに安心しながら箱を取り出す。

箱の上には手紙もついていて、便箋には可愛らしい女性の手跡で文字が綴られていた。





『拝啓 名探偵様


学年末試験の時は、ありがとうございました。

おかげで先生も親も誤解が解け、2学期の成績は無事通常の成績が付きました』




手紙には、それでも学校に通うのを再開するのが怖かったこと、数日保健室登校をしたが結局学校に来れなくなったこと、俺にずっとお礼を言えていないことを気にしていたことが、つらつらと綴られていた。




『3年生から、別の学校に転校することが決まりました。

本当はずっと、直接お礼が言いたいと思っていたのですが、それもできずごめんなさい。

あの時は、気づいてくれて本当にありがとうございました。

本当にささいなものですが、お礼をお渡ししたいのです。よければ受け取ってください』



箱の中身は、チョコレートだった。



そういや、今日は2月14日か。縁がなさすぎて忘れていた。



手紙の最後にはメッセージアプリのIDが書かれていて、それから、



『P.S.

お渡しするのをお願いした友達は、その、ちょっと面白いこと好きが過ぎるところがあって……。ご迷惑おかけしていたらごめんなさい』




迷惑じゃなかったけれど、もうちょっとシンプルに教えては欲しかったかな。これ今日中に見つけられなかったら大惨事になるところだったよ。




そんな気持ちを、メッセージアプリに新規に追加したフレンドに向けて送った。

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