46 「あなたの彼氏さまは、やっぱりモテないようですね?」
広場の厳粛さとうってかわって、街は混乱のさなかにあった。
ディンたちが広場から抜け出したのと、時を同じくして、ブラジウス教会から火の手が上がったのである。
走り出して間のなく、二人の背後で立て続けに二度、大きな爆発音がした。
ディンが、振り向いたのと、ブラジウス教会の尖塔が、音を立てて崩れおちたのは、ほとんど同時だった。
信仰の象徴たる、大聖堂が崩れおちる。
ディンの積み上げていたものが、文字通り崩れ去る瞬間だった。
塔の内部にいた者は、死に物狂いで逃げ出していた。
地下室の貯蔵庫や、宿舎の台所、絢爛を極めたダンス会場にも、火の手は燃え移っていた。
我を忘れて、逃げ惑う人びと。
我を忘れて、逃げることしか考えられないでいる。
誰もが、生き延びることに必死だった。
見識あるものが、混乱を鎮めようと声を張り上げるも、まるで効果はない。
教会に近いところに住んでいたものは、飛び火を恐れて家を飛び出した。
しかし、行き場を見失い、狼狽するのみである。
知り合いの家を叩いても、大概の者は応じない。
街の喧騒を家内に持ち込まれては、ただではすまないからだ。
誰もが、命を惜しんでいた。
隣人への愛はなかった。
興味も関心もない。
ののしりあう怒声に、神経質な叫び声に、戦火の犠牲になった人びとのぞっとする怯えた声が混じり合い、業火に包まれつつあるブラジウスを彩っている。
奇妙なものである。
数刻前までは、死人さながらの真っ青な表情で、走馬灯に想いを馳せていたにも関わらず、今は人びとの嘆く姿をみて心を痛めている自分がいるのである。
立ち止まりそうになるディンの手を引いてくれたのは、アシャだった。
それで、ディンは、自分がなにをすべきかを思い出した。
たちどまっている暇はない。
アシャとディンは、騒ぎの隙間をぬって走りゆき、狭い路地の突き当たりをいくつか曲がった先の、汚い扉の前でたちどまった。
裏路地に面した、古色蒼然とした扉である。
普段なら、誰もこの扉に気づかないだろう。気づいたとしても、見向きもしない。そんな雰囲気の扉だった。
アシャは、迷うことなく扉を叩いた。
素早く三度、一拍おいて二度。
それが正しい合図だった。
街の喧騒にも関わらず、扉は開かれた。
「さあ、さあ、さあ」
ディンはものすごい勢いで引き込まれた。
そして、訳のわからぬままに、上着を剥ぎ取られ、囚人服にハサミを入れられた。
文字通り、身包みを剥がれたディンは、やっとのことで声をだす。
「えっと」
「いらっしゃいませ?」
独特の発音でディンを覗き込む女性。
爽やかな、ひと好きのする笑顔を浮かべながら、ディンの顔をまじまじと見つめた。
親しいひとを見るときのような、遠慮のない眼差しだった。
それからアシャに向き直り、軽い口調でいった。
「あなたの彼氏さまは、やっぱりモテないようですね?」
ディンの、生まれたままの姿に、アシャは頬を染める。
ディンも、状況も忘れて、頭を抱えて座り込みそうになった。
からからと笑う店員。
その口調は、アシャに服を見繕ってくれた呉服屋の店員である。
勘弁してほしい、というのが率直な感想だった。
彼女をみやれば、長い睫毛に縁取られた瞳が、ディンを面白がっているのをありありと語っていた。
大きく息を吸い込んで、ディンが何かを言おうとしたところに、彼女はさらに言葉を重ねた。
「おはやく。目の毒です」
誰のせいだと抗議したかったが、異性の前で肌色をさらしているのは事実であり、彼女の指摘はもっともだった。
見れば、アシャも手際良く身支度を整えている。
ディンも急いで支度する。
くつろいでいる時間はなさそうだった。
外の騒ぎはなにより、あらゆるもが燃えてている匂いが、建屋の中にまで漂ってきていた。
「ありがとう」
去り際に、ディンはいった。
店員は、くすりと笑って首を傾げてみせる。
「あなたは、弟を助けてくれてくれましたので」
その瞳だけは、真実、暖かく、優しい瞳だった。
そんな瞳で真摯に見つめられると、ディンは柄にもなく焦ってしまう。
「赤くなる相手がちがうよ?
わたしのは、ただのお礼だからね?
感謝する相手は、あちらにおわしますよ?」
「そうだな」
ディンは頷いた。
アシャが名残惜しそうな声で、店員さんにいった。
「チカさん、一緒にいきませんか」
「愛の逃避行を邪魔してなるものですか」
チカと呼ばれた店員さんは、肩をすくめて頭をかいた。
「あたしも行商に戻るさ。
この街もいよいよおかしくなっちゃったからねえ。
ノマドを一括管理するんだと。施設に閉じ込めて、ひとの目に触れないようにして、無理やり働かせるんだって。
パノプティコンだとかなんとか。
民衆が不幸であることに感謝しながら、生きれる社会にしたいんでしょうね」
ディンはなにもいえなかった。
様々な形の後悔が、胸の内で渦巻いたためだった。
あまりにもわかりやすい、立場というものに憧れるだけで、本当に大切なものが見えていなかったのだから。
「ま、あなたは失敗した側の人間でしょう。
失うものなんて、ほとんどないんだからさ。早いこと逃げ出してしまうのが正解ね。
船はいくらでもある。魔女の処刑で街はお祭り騒ぎだ。乗じて逃げてしまいなさい」
それでも浮かない顔を浮かべていたディンを見かねたのだろう。
店員チカは、深々とため息をついていった。
「あのさあ、少年。こう考えれば?
あなたはともかくとして、アシャちゃんに居場所はないのよ。大立ち回りしたんでしょう、どうせ。
それなら、守ってあげなくちゃ。そうでしょう?」
悪戯っぽい口調で、彼女はディンにうながした。
「さあ、いったいった」
「ありがとう」
ディンは深く頭をさげると、アシャと共に飛び出した。
「どこへ」
ディンが尋ねる。
「港へ」
ここまで読んでくれてありがとう!
楽しんでくださっていたら、すっごく嬉しいです。
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なにとぞ!
他の作品も書いています。
僕はV2を作った。世界初のミサイルを。
たくさんの人が死んだらしい。
でも、僕には、それがミサイルには見えなかった。
それは、宇宙へ行くための船。
彼女と約束を叶えるための。曰く。
『わたしと宇宙を目指してみない?』




