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43 「血に濡れた赤い大地を望むのなら」

 命知らずの声をあげたのは誰か。


 皆が一斉に声の主を探し、視線をさまよわせた。

 果たして、一旒の旗が掲げられるのを見た。

 そして、声の主を見つけた人々は、息を呑み、感情を奪われたかのように固まった。

 何百人もひとが集まる広場にもかかわらず、なんの気配も感じることができなくなった。

 皆、声を発することを忘れたように固ってしまった。


 きらめくように美しかった。

 そよ風になびく、純金の髪。

 陽の光を受け、宝冠のような光をはなっている。

 純白の衣装と長衣が、滑らかな白いはだに映え、人々の視線を惹きつけて離さない。


 さらに印象深いのは、彼女の意思を示し爛々と輝くその瞳だった。

 

 可憐でいて、誇りに満ち満ち、神々しくさえ思われる深緑の瞳に射抜かれた人々は、忽然と見入ってしまう。

 民衆の、眼も、心も、彼女が名乗りをあげ、視線を向けた瞬間から、彼女のものだった。

 彼女以外のもの意外に気を配り、視線を向けることは困難だった。


 彼女が歩み始めると、民衆はさっと左右に割れ、彼女のための道を作った。

 さながら、古の時代より伝えきく、海を割る聖者の伝説の再現だった。

 その人は、すべるようにして歩いていくと、処刑台の階段の前でたちどまる。


 狐につままれたような面持ちの二人の看守は、彼女の鋭い視線を受け、彼女のために道を開けた。

 彼女は静かに階段を登り、助司祭を一瞥すると、彼らは蒼白な面持ちでディンを置いて後ずさった。

 というより、恐怖から全てを放り出して、逃げ出した。


 アシャはディンのそばに歩み寄ると、膝ますいたままのディン額に、軽く口付けを与えた。

 それから民衆の方にむきなおり、手にした旗の切っ先で、床を軽くこずいた。

 彼女が声をあげてから、はじめての音だった。

 旗が、己に刻まれた紋様をみせつけるかのように、風になびいた。


 紫紺の下地に、金糸銀糸で描かれた竜の紋章。


「我が盟友対する、このような振る舞いに、私は心を傷めずにはいられない」


 アシャが静かな声でいった。

 確かない怒りがいりまじった混じったその声は、広場の隅々にまで染み渡った。


「ブラジウスはいつから、狂気に身をまかせるようになった」


 底冷えするような闘気が、旗を掲げるアシャの全身を包んで燃え上がった。


「ひとの死の向こう側に、幸せなどあるものか。誰かの幸せの上に成り立つ幸福などという砂上に、どんな繁栄があるというのか」


 彼女が、腰に下げた剣を抜き払った。

 一陣の風が吹く。

 一息おくれて、枷と鎖とが外れ、それらが処刑台の上で音を立てた。

 ディンが自由になったことを示す音だ。


「あなた方のしていることは、人類の繁栄に対する反逆だと、なぜ気づかないのですか」


 彼女の声に促されるように、ディンはたちあがった。

 彼自身、自体を呑み込めないる。アシャはディンの戸惑いに構わず、さらに怒りの言葉を紡いだ。


「血に濡れた赤い大地を望むのなら、彼の死を望みなさい。

 わたしは見返りとして、剣と馬群と勝鬨の中で、あなた方の誠意をうけ入れるでしょう。

 彼の友人を弑するということ。

 それすなわち、平穏をなげすてるということ。

 今、この場でブラジウスの破滅を望むのなら、声をあげなさい。

 この、ブラジウスの始祖に」


 その時、広場にいた人々は、美しい女性の姿を取り巻いてい立ち上る光の靄を確かに見た。

 熱を持たず、実態も持たない、陽炎のような新緑の火炎だった。

 揺らめきの背後に、鋭い刃の煌めきが見える。武具に身を固めた兵士たち。

 大地を覆い尽くす無数の軍馬が見える。雷鳴のようなその馬蹄の轟きが、勝鬨さえ聴こえてくる。


 この広場で、平和を感受する彼らは、戦場を知らない。

 だが、戦場に赴く英雄なら知っている。

 この街が送り出した英雄の誰よりも、輝いて見えた。

  

 彼女は無言で広場を見渡した。

 まるで、ひとりひとりに、覚悟を問うているかのように。

 そして、気付くのだ。

 

 この女性は、先ほどの言葉に含んだ怒気以上に、狂おしいほどの激情を抑え込んでいることに。

 みれば、旗を掲げる手は細かく震えている。

 暴れ散らしたいのを、意思の力で抑え込み、冷静に言葉を操っているようだった。 


 だが、その沈黙に呑まれないものが、その場にたったひとりだけ存在した。

 彼女の闘気、怒気に晒されないほど近くで、彼女の演説を聞いた者である。


 ディンと共に、処刑台に立たずむ、もうひとりの主役。

 剣か、斧か、あるいはその他様々な道具を使って、ディンをいたぶり、人々を楽しませるはずの者

 その者は、あまりにも死に近くに座していたが故に、死に恐怖を見いだせなくなっていた。


 故に、異議を唱える。


「処刑はなされねばならない」


 すなわち、血に染まった衣をまといし、処刑人である。

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― 新着の感想 ―
[一言] ようし、ようやく物語が動き始めた。 ここからお手並み拝見です。
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