37 「奴隷を労働力とみなし、かろうじて儲かるのは」
「答えは単純です。わたしたちの見えないところで、使われているからです。おそらくは、街の外で」
「使われる、とは」
ディンは問い、アシャは即答する。
「主人さまは農業に従事するものの生活を見たことがありますか」
「いや」
「では、この街の人たちが、城門の外へ働きにでるところを、見たことがありますか」
「いや」
「では、この街の人びとをどのようにまかなっているのでしょう」
「信者からのお布施と。その他の……」
「ノマドの皆さんの収益ですか」
「そうだね」
「その収益は、ほぼ間違いなく、快楽と贅沢に消えてしまっていますよ。心当たりはございませんか」
すこし前のディンならば、答えられなかた問いである。
しかし、ブラジウスが裏でしていることの一端をかいまい見た今のディンであれば、想像することはたやすいことだった。
「富の再分配の偏った形、ということかな」
アシャは静かに頷くと、話を進める。
「そうなると、生活を維持するためには、どこかで作り出してこなければいけませんね。
その答えが、奴隷を用いた強制労働であると、わたしは予測しています。そしてここが話の重要な点なのですが、奴隷制度による労働力の搾取は、決して安いものではないのです」
「それは、なんというか、俺の予想に反することだ」
「そうかもしれませんね。都合よく使うことのできる人がいるのに、どうして高くつくのかと、疑問をお持ちになるかもしれません。
しかし、実際に奴隷をお持ちになった主人さまならば、わかるのではありませんか」
「身につける服を揃えたり、食事につれていったり、あとは寝る場所だとか、趣味に費やすためのにも必要だったね。
まあ、君の場合、どこからともなく調達してしまったみたいだけれど」
「それは主人さまの側は、存外に過ごしやすかったからです。自発的に動いても、自分に見返りがあると考えることができました。
わたしの例をみてもわかるとおり、奴隷の維持には費用がかかり、また、動機を与えるにはそれなりの環境を準備できなければなりません」
「人の食い扶持よりも収益を見込めなければ、稼ぎとして成り立たない。
そして見返りがないと、ひとは行動できない、と。まあ、自然に考えれば、そうかもしれない」
「かもしれない、ではなく、そうなのです。残念なことですが。
人が動くのは、収益ではなく感情です。
ですが、この街に集められた奴隷たちは、随分と乱暴な目にあっていたようにも思います。
そんな奴隷を労働力とみなし、かろうじて儲かるのは、次の三点のような場合だけなのです。
ひとつは、奴隷を安く扶養することが可能である場合。
ふたつは、市場を通じて、奴隷を規則的に補給できる場合。
みっつは、大規模に事業を展開でき、かつ、極めて単純な労働であった場合。
そのどれかを満たせない場合、この経済は破綻します。
加えて、時がくると主人は、ある選択を迫られます。
怪我や病気になったとき、治るまで面倒をみるか、それとも見捨てるか。
そしてその選択は、主人よりも奴隷に影響を与えます。
安定した生活が保証されず、自分の人生に希望を持てない人間が、技術を推し進めようと思いますか。家族を持てず、財産をもてず、働けなくなったら捨てられることが見えている場所で、よりよい道具ないし方法について考案しようと思えますか」
ディンは首を振るより他にない。アシャは続ける。
「そしてそれは、すでに現実のものとなっている。
市場にでて気づきませんか。興味深い道具、あるいは優れた量産品が、が次々と入ってくる。
しかして、この国では、価値のあるものを生み出せずににいる。
この街に住まう職人のなかに、外の勢力に対抗できるだけの力を持っていると、胸を張っていえるでしょうか。
残念ながら、言えないのです。
もしそうなっているのであれば、トトノ商会の皆さんが、放っておくはずがないのですから」
ディンは空恐ろしくなった。
アシャの告げることはすべて、ディンの経験と一致したのだから。
確かにブラジウスの歴史には、しばしば軍事力が登場する。
十字軍として、強靭な軍隊と、卓越した文明の力でもって、周辺諸国を蹂躙し、支配下に収めていた。そのたびに、どっさりと奴隷を採取してきていたに違いない。
その失敗に対する埋め合わせが、ディンの立ち会った貴族の処刑なのだ。
あるいは、外の世界を見て、矛盾に気付いてしまったのかもしれなかった。
大聖堂の建造にあたっても、外部から職人を招いていたのだ。
この街の職人ももちろん加わっていたが、それは細部に関する人手としてであり、事業を推し進めていたのは、拷問をうけた工匠だった。
「幸福を最大化しようとする、ブラジウス教会の教義は、一面には正しいでしょう。
しかし、虐げられる側のひとの生涯について、考えたことはありますか。
自由民と奴隷。奴隷の不満をかき消すためのノマドという存在。個人の権利を尊重しないこの国と教会のあり方。
いや、考える必要すらありません。ただ、この国の、恵まれぬひとたちを眺めるだけでいい。
彼らの生活を、彼らの数を。すでにこの国の政策は、内包した矛盾を抱えきれず、溢れだしている。違いますか」
「いや。俺だって、おかしいとおもう。
強靭で、万能で、永遠とも思われる理想の国を築こうと願う人びとのが、あの少女のようなノマドの子どもたちのことを、同じく救われるべき人間だと扱っていないことが、とても奇妙なことのように、ちゃんと思える」
アシャは、同情するように頷いてみせた。
ここまで深い考えを口にしてくれているのは、ディンに、話をきく準備ができたと考えたからだろう。
ノマドの少女を抱いて帰ってきたときには、全てを察していたに違いないと、ディンは自然に考えることができた。
「どうすればよかったんだろうね。この街は」
「各々が、自分の意思で、生き方を決めねばなりませんでした。
ブラジウス教会という組織に、自分の意思を委ねるのではなく。
自分の理想を、他者が叶えてくれることは、永遠にこないのです。
他者に一抹の疑問もはさまずに生きていたのだとすれば、それは間違いなく、自分にとって都合のよい面しか見ていないということです。
心の中で、本当は嫌だとかおかしいことだとは思っていても、目をつむって過ごしていれば、いずれそれが、そのひとにとっての普通のことになってしまうのです。
心は悲鳴をあげてはくれなくなってしまう。
残念ながら、自分で考えないで生きることは、楽なのです。すべてを誰かの責任にして、不満をぶつけるだけでいいのですから。
そうやって、街の誰もがブラジウス教会を盲信してしまった成れの果てが、今のこの街のでしょう。
そうならないためには、今の自分がどうやって生きていくのかを、自分で決めねばなりません。
他人は関係ない。
自分のうちなる声に耳を傾けるのです。
誰がなにをいったとか、これならば価値があるだとか、そういった声に惑わされてはいけないのです。
他者の意見に惑わされず、大勢が認める素晴らしい基準に従って決断するのでもなく。自分で、これは価値があると思うものを、自分で決める。
それがこの街に足りなかったものであり、それがきっと、生きるということなのですよ」
ディンが悟った事実を、あっさりとアシャは口にした。
ディンはおかしくなった。
自分の発見の、なんとちっっぽけなものであったことか。
世界は広い。
こんなにも、深く考えられる人間が、すぐ側に存在するくらいなのだ。どんなにか、自分のみていた世界の狭かったことか。
そもそも、アシャと比べるのが意味のないだと気づいて、なおのことかしくなった。
胸のなかで、自分に向けた皮肉がちくちくと刺してくるのを感じながらディンは笑みを浮かべてみせた。
「まったく、君には敵わないな」
「聖女ですから」
アシャは、あっさりといった。少しばかり、不満げだった。
まだ信じていないのかと呆れているに違いなくて、それを表にだすアシャがおかしくて、ディンはちゃんと、心からの笑みを浮かべることができた。




