29 「嘆かわしいことだとは思うがね」
「よかろう、特別に、質問を受けつけよう」
「あなたが少年に授ける生きる術とは、どんなことなのでしょうか」
「紹介先は様々だがね。大抵は、手に職をつけてもらうことになる」
「手に職、ですか。なかなか気の長い話でないでしょうか」
「もちろん、自立するには時間がかかる。
その間の衣食住は、我々で担保している。
残念ながら、無償ではないがね。稼ぎのうちの、いくばくかの授業料を徴収している。私としては心苦しいが、その少年の言葉を借りるなら、富は有限ではない、といいうことだろう」
「なるほど。ところで、このブラジウスという街は、想像以上に、家を持たない人たちが多いように思います」
「そうかもしれんな。信仰が、そういう弱者を集めてしまう側面があることは確かだろう」
「彼らはどうやって生活しているかご存知ですか」
「さて。お前の主人の方が詳しいのではないか」
「宮仕えの方々には分からぬことがあると、ご指摘なさったのはあなたさまでは」
老人、は始めてアシャに興味を持ったようで、アシャをまじまじとみつめた。
「一本とられたな。
彼らは盗みか物乞いをしている。教会からはノマドと呼ばれる彼らは、街にも、街道にも、実はあふれかえっている」
「悲しいことです。最近では、赤ん坊を抱いた女性も増えてきているとか」
「かもしれんな。春を売ることもあるんだろう」
「しかし、子を埋めないくらいに痩せほそった女性が、子どもをかかえているんだとか」
「ほう」
「詳しく話をきいたところによると、どうにもその子どもたちは、借りものだと言うんですよ。
一日あたりいくらという相場があるんだそうです。
詳しくは教えていただけませんでしたが、子どもを貸し出す個人か集団かが、存在しているようなんですね。
それと、宮廷はご存知ですか?
あそこの女性たちの間で噂になっているんですが、あやまって身篭ってしまった女性でも、最近は、降ろさない方がいるようです。
それが愛情からきたものであればいいのですが、どうも、その赤ん坊を売れる場所があるようでして。
これはもう、何かしら繋がりがあると考えるのが自然だと思うんです。なにか、お心あたりはありませんか」
「残念ながら。嘆かわしいことだとは思うがね」
「そうですか。ところで、ノマドの方々のなかに、身体に欠陥を抱えた方が目立つようになったとか」
「そういう不幸な目にあったからこそ、巡礼に来ているのではないかね」
「それがどうにも。簡単に人目につくところの怪我が妙に多いのですよ。
例えば、両の目のどちらかが、潰れているのだそうです。その方々は、わたしが尋ねても逃げてしましますので、何も教えてはくれませんでしたけれど。
なにかご存知ありませんか?」
アシャはあくまでも、無知で尋ねているという姿勢を崩してはいなかった。しかし、彼女が、答えを握った上で質問を重ねていることは明らかだった。
彼女はこう言いたいのだ。
誰かが、いいや、あなたが取り仕切っているのではないか、と。
「それで」
余裕のある笑みを浮かべたまま、ダランベールはいった。
見せつけるように足を組み、腰のあたりで腕を組んでいた。葉巻があれば、すでに味わっているようにな塩梅だ。だが、アシャを見つめる視線は、いよいよ鋭さを増している。
たしかに、巡礼の方々の同情心をあおるには、わかりやすい特徴、例えば、手足が欠けているだとか身体的な特徴があれば、簡単かもしれない。
小銭を恵んでやる気持ちにもなるに違いない。
そして、ダランベールは、わかりやすい特徴を備えた少年を、引き取りたがっているのだ。
経済的合理性があるのだとすれば、少年は、銀貨三枚以上回収できると見込んでいるのだ。衣食住の面倒をみた上で、である。
身体を意図して傷つけるということは、明らかに、ひとを不幸にする行いで、その結果は、生涯に渡って支払い続けなければならない。支払うにはあまりに高すぎる代償だ。だが、買い主はためらわない。
なぜ。
そうした子どもたちが生き延びることそれ自体が、収支にはいっていないのだ。
そしてそれは、どうにも疑いようのない事実であるらしいことを、ディンの客人が証明しつつあった。
ディンは努めて気楽な声で、二人の間に漂う張り詰めた空気にわり入った。
「失礼しました、ダランベールさん。彼女も勉強になったのではないかと。ただ、すこしばかり躾が足りませんでしたようで。
よくよく言い聞かせておきますので、今日のところは、この辺りで、お引き取りねがえませんか」
その日で一番のいい笑顔を浮かべているだろうことを、ディンは自覚しながらいった。
「そういうことにしておこう。
だが、今日の私は、あくまでも君の立場を慮っているということを、肝に命じておきたまえ」




