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17 「奴隷の功績は君の功績だ」

 宴は盛況だった。

 正装した、あるいは盛装した男女が賑やかに、笑いにさざめいている。

 巨大な大理石と黄金とを、陽の光を受けたステンドグラスが燦々と輝いていた。

 天上の光景と見まごうばかりの華やかさを称えたブラジウス大聖堂の大広間で、参加者の面々はちょうど正午を迎えたばかりだということすら忘れ、食事に酒を楽しんでいる。


 教会の最高権力者たる教皇こそ出席していないものの、ハルバーニ枢機卿を筆頭にナンデル大司祭、マバラーニ大司祭などの地方で剛腕を振るっている方々が臨席され、教会の修道士長や地方の有力貴族や、その妻子が話に花を咲かせている。

 趣向を凝らした豪華絢爛な装いの人々の中に、時代遅れで飾り気のない服装の青年がいることに気がついた。

 そんなばかなと身返してみれば、それが鏡に映った自分だったことがわかり、ディンは苦笑する。

 人々の波に流されるようにして歩き回ること数刻、やっと壁に背を預けられるようになった。

 会場は楽師たちが音楽を奏で、人びとは歓談に夢中である。ディンひとりが抜けたところで、気づくものはいまい。

 退出しようとしたその時、彼を呼び止める声が聞こえた。


「ディン、どこへ行くんだね」


「戦勝会はどうにも苦手で」


「これ。言葉は正しく使わねばならん。布教活動による人々の救済の成功を祝っておるのだよ。間違っては、いかん」


「先生でしたか」


 てっきり同僚だと思い軽口で答えていたディンは、すぐさま居住まいをただした。

 先生は渋い顔でいう。


「わしほど、弟子の一挙手一投足に気を配っておるものはおらんて。

 こっそり抜け出そうとするお前を呼び止めることができたわけだ。さといお前さんとて、十字騎士団の戦勝会を皆で楽しむくらいの度量は持ち合わせいよう?」


 戦勝会。

 東方の国々に信仰にあつい人々を送り出し、ブラジウスの教えを余すことなくこの世に広めようという、神聖不可侵な活動である。

 最大の目的は、はるか東方にある、カナンを目指すこととされている。

 カナンとは、聖書の上で聖女誕生の地とされ、誰も飢えることはない、実り豊かな理想郷だという。

 しかし、そのような土地であるならば、誰もが求めて旅するのが道理だろう。


 ところが、聖地はここ、ブラジウスであり、人々はこぞって、ブラジウスの地を目指している。

 東方からの品物や知識をもたらすことで生計を立て大商人と呼ばれる者たちも、カナンという言葉を知ってはいながらも、誰もその地に足を踏み入れたことはない。


 であれば、地上の理想郷こそを、自らの手で。

 ブラジウス教傘下に集う者の、共通の認識だった。


 ディンは、目上の人間に従順ではあったが、鈍くはない。

 十字騎士団の布教活動と銘打ってはいるが、それが外聞を気にした耳障りのよい言葉であるだけで、実際は『異教徒狩り』であることは理解していた。

 遠征者が帰ってくると、ブラジウスが目に見えて潤うのだ。

 街にはみたことのない銘柄の酒がずらりとならび、街行く人々の食卓に並べられる皿が、一皿増える。

 富の再分配を願ってやまないにもかかわらず、富は独占されるのが常である世の中で、どうやって、富が自然と生まれることがあろうか。


 あるいは、ブラジウスに供給される奴隷の供給先について、疑問をもってみるだけでもかまわない。

 奴隷が必要悪であることは、ディンも重々承知している。


 ブラジウスの生活は外部からもたらされる富によってなりたっている。

 それは事実だ。

 それに、どんな形であれ異教徒たちが、聖女の偉大な教えによって改宗する機会を得るということは、長い目でみれば誤りとはいえないだろう。


 しかし、旅の果てで得た富のつかい方については、諸手を挙げて歓迎することはできないでいるのだった。

 富を得たならば、自らが甘受するより先に、すべきことがあるのではないか。

 持ち前の生真面目さが加わり、純粋に宴を楽しむことが、得意ではないのである。


 そんな風に悩むディンの性格を知りつくしているからだろう。

 先生は苦笑を浮かべながら、ディンに果実酒を差し出した。

 わしの顔を立てて、飲んではくれまいか。先生は、そういっているのである。


「ディン、昨日はよくやってくれたそうじゃないか」


 先生は、ディンが果実酒に口をつけたのをみて、満足そいうにいった。


「はい。おかげさまで。アシャはよくやってくれました」


「アシャ?」


「ええ、私の奴隷の名です」


「奴隷の功績は君の功績だ。君にも良い奴隷を見抜く才能があったのか、あるいは奴隷を教育する才能があったのか。

 いずれにせよ、君がものを使う方法を覚えてきたことは、喜ばしいことだ。

 この調子で頼むよ。奴隷を名前で呼ぶのは感心せんがな……。

 なに、ひとの使い方も、奴隷とそう変わりない。君にならできるだろう。

 それに」


 先生は鷹揚に微笑んでみせた。


「君を司祭に推薦しておいた」


「本当ですか」


 ディンは飛び上がった。ブラジウスで出世を重ねるには、六、七年の下積み期間を経て、教会に認められることから始まる。

 それまでは、どれだけ祈りを捧げ、勤めを果たそうとも階級を持つ人間とは明確に区別される。

 ディンの年齢だと、端役をもらうだけでも、あと三年は修行を覚悟しなければならかった。

 三年頑張って、侍祭のような、司補の補佐役に任命される。


 そもそも、ここがまず狭き門で、ブラジウスに認められないまま、失意のうちに教会を去るものが半数を超える。

 それが、補佐を飛び越えて、司祭となれば、これはもう、大変な出世である。


「もちろんだとも。君は結果を残したのだ。ひとを助けるということは、そう簡単なことじゃない。

 しかし、君は、君の持ちうる手段でもってそれを成せる人間だと証明した。

 そういう才能を持った自由人にこそ、ブラジウスは力を与えるし、欲してもいる。

 君は我々の要求する水準に達したということだ。胸を張りたまえ」


「ありがとうございます」


「ディンよ。

 心せよ。

 この道は過酷だ。

 君は監視者になるために、奴隷だけでなく、己が優れていることより、己より優れた者が十全に働ける環境を作ることを求められるのだ。

 ときに、己がどれほどちっぽけな存在であるか、思い知ることになるだろう。

 しかし、そんなときこそ、自分の部下たちを鼓舞し、彼らの成功を、己のこととして喜ぶのだ。

 それが、人を使うということだ。次の階級へは、それらを十全に理解せねばならんのだからな」


「はい」


「よろしい。当分の間は、立場が君を育ててくれるだろう。辛いかもしれんが、まあ、若いうちは背伸びをせんといかん」


 そう言って、グラスをあおって空にする。

 人を呼びつけ、ちびちびやっていたディンの杯も含め、新しいものにに交換させた。そして、互いにグラスを掲げていう。


「前途ある若者に」


 そうして一気に飲み干す。

 ディンも一息に杯をあおった。


 濃厚な香りがする果実酒だった。

 野葡萄の香りが、含んだ瞬間、口中に広がるのだ。


 うまい酒だった。

 酒をうまいと思ったのは、始めてだった。


 戦勝会も悪いことばかりではない。

 上の方々が一同に集まる機会は、今のディンのような会話がなされでいるのだろう。

 これは、これで必要な金の使い方なのかもしれない。

 先生はディンに、厚く切ったチーズを差し出しながらいった。


「ところで、ディンよ。君の出世の一因になった、事故の原因を聞いたかね。

 どうにも、人手が不足するあまり、操作が不慣れなノマドの少年に重機を触らせたことが原因だそうだ」


「どういうことですか」


 ディンは眉をひそめて尋ねた。

 先生が、周囲をうかがうように、声を潜めていう。

 ディンは、話にほの暗いものを感じずにはいられなかった。


「事件は、人為的に起こされたのだよ」


「少年は足を失ったのですよ」


「むろんだとも。少年は哀れ、現場に居合わせたにすぎん。

 わしは、そういう間違いがおこらないよう気を配るべき監督者にこそ、責任があると考えている」


 責任者、といえば誰になるのだろう。

 ディンは、つばを飛ばして檄をとばしていた男を思い出した。

 現場で、ブラジウスの監督者を叱りつけてもいた男だ。

 仕事に真摯に取り組んできた、手堅い作業者のようにも思えたのだが。ひょっとして……。

 ディンは、恐る恐る、その男の容姿や態度について先生に告げる。


「工匠が悪いようには見えませんでしたが」


 事実のみをかい摘んでしたあと、自分の印象を口にした。

 あの場所で、腰が引けていたための、多少の後ろめたさが取らせた行動ではある。

 だが、人の命を左右するのかもしれないのだ。

 ディンが慎重に言葉を重ねていくのも、無理からぬことである。


 説明を静かに聞いていた先生は、やがてゆっくりと口を開いた。


「その場に居合わせた君が見聞きして感じたことが、その男だったということは。きっとこれが運命なのだろう。

 ディン。その工匠が元凶だ」


「そんな」


「やつはな、金に困っておった。

 それは確かだ。身内の中に病人を抱えておる。

 資材の発注量と現場で使われた資材が合わぬという報告が上がっていたので、裏で調べさせていてね。資材とかさ増しと、必要部材の中抜きが、横行しているところまでは掴んでおったのだよ。

 あと数日で告発というところで、不幸事故が起こってしまったわけだがね」


 先生は苦悩に満ちた表情で、ディンにいう。


「やつの推奨する新構造だとかで組み上げると、八割かそこら資材が削減できるという。

 それが事実なら、彼のいうことは正しいじ、資材の数は十分だろう。

 しかし、新構造だの何だのとのたまってはいたが、事故が起こってしまった。


 事故は、起こってしまったのだ。


 やつがこれまで積み上げてきた、実績ある工法で事を進めていたのであれば、起こりえないはずの事故だ。 なにより、聖堂が崩壊するなどという、我々を侮り、我々の神を侮り、我々の想いを侮ったことは、まったくもって許しがたい。

 信仰の勝利に、風穴をあけようとしたのだ。その結果、尊い信徒が七名も失われた」


「はい」


 ディンは頷いた。確かに、許しがたい事故だ。

 だが、その場にいたディンの直感から


「そして、工法の差で生じる材料費の行方は、行方知れず、だ。

 ありとあらゆる情報が、やつが真因だと告げている」


「なるほど」


「そこでだ、ディン。

 君が、あの場で最も華々しい活躍を上げ、昇進した君だからこそ、引き受けて欲しい仕事があるのだ。

 この流れでいけば、おおよそ察しはついているだろうが。

 ひとつ、頼まれて欲しくてだな……」

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