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「そろそろだな。二人とも準備は出来てるか?」
ゼロは視界に捉えれる距離まで近づいてきた魔物に、視線を送りながら言う。
「ふー……。うん。大丈夫だよ」
「俺も大丈夫」
「よし。じゃあ行くぞ」
他のパーティが飛び出して行くのを、横目に見ながら、ゼロ達が飛び出す。
「俺が先頭で攻撃していく。二人は、俺が弱らせた魔物に、トドメを刺していってくれ」
「「わかった!!」」
二人は大きく頷くと、武器を構える。
「あ、ゼロさん!その前に身体強化の魔法掛けてもいい?」
武器を構えながらリオがハッとした様子で、ゼロに振り返った。
「まあ、出来るならありがたいが…」
ゼロはいつ覚えたんだ?と思いながらも頷く。
「じゃあやるね!」
ゼロが頷いたのを確認すると、リオはレオとゼロの背中に手を当てて、目を閉じる。
そして、リオは囁くように言った。
『闇の精霊よ、我に力を貸し給え
ダークブースト』
すると、三人の身体を包むように黒い霧が出た。
魔法か?…やっぱ、魔法が使えれば戦闘も楽になるよな。そう考えると俺も覚えたいが…。魔法の指南書って、結構高いんだよな。
「よし!これで、だいぶ身体が軽くなったと思う」
「ありがとな、リオ。じゃあ行くか!」
ま、今はとりあえず、戦いに集中だな…。
ゼロは思考を切り替えて、前に見える三体の魔物に向かって走り出した。
「はぁぁっ!!よし、こいつら頼む!!」
そして、ゼロは鍛冶屋で買った薄く赤く光る双剣で二体のオークの腹を一気に切り裂くと、二人にトドメを頼んだ。
「リオ!俺は右のをやるから、お前は左を頼む!!」
レオはそう言うと、身体がふらふらと揺れていたオークの首を、一瞬で切り落とした。
「うん!わかった!!」
それを見たリオも、オークの背後に素早く回り、首元を狙って二回切り裂いて首を落とした。
「…リオもレオも、俺より強いんじゃないか……?」
その光景にゼロが小さくそう呟いたが、二人には聞こえていなかった。
「おっと!危ない。はぁ、俺も頑張るか」
リオとレオの戦いぶりに、自分から一瞬視線を外したゼロを好機と捉えたオークの攻撃に、ゼロは少し身体を逸らすことのみで避けてみせると、口元を緩ませてオークへと再び向かっていくのだった。
「ははっ!!ふぅ…。はぁぁっ!!」
ゼロ達のパーティは、他の十倍以上の速さでオークを倒していっていた。
何故そんなに他よりも早く倒せるのかといえば、まず、ゼロ達が立ち止まることがないからだった。普通は三~四体を一つのパーティで相手にし、倒したらまた、数体を相手にするといった感じで、倒していく。
しかし、ゼロのパーティでは、走りながらゼロがオークの足や腹を剣で切り裂きダメージを負わせ、そのことで動きが鈍くなったオークをゼロの後ろで構えていたリオとレオの二人が倒す、ということをやっていた。
それが非常識だといえば、冒険者なら誰もが頷くだろう。
まず、オークの身体はとても硬い。そのため、ゼロのように素早く切り裂き、ダメージを負わせることが難しいのだった。
そして何より、いくら動きが鈍くなったとはいえ、斧を振り回してくるオークの懐に入り、リオやレオのように首に攻撃を加えることは誰にでもできることではない。それは、オークのランクと同じBランク冒険者であっても、難しいだろう。
いくら身体強化魔法がかかっているとはいえ、それをたった十歳で、しかも僅かLV15で出来るリオとレオは、天才としかいいようがなかった。
ゼロ達がそんな速さで倒し続けたおかげか、戦い始めて三時間程経った現在、元は百体以上いたオークは数えるほどしか見当たらなくなっていた。
「ははっっ!!どうした、もう終わりか?」
視界に捉えたオーク全てに斬りかかっていくゼロの身体は、オークの血で真っ赤に染っていた。
「俺はまだ戦えるぞ!?」
そんな自分の状態を気にすることも無く、そう叫びゼロは次のオークへと斬りかかっていく。
「はぁはぁ…。ゼロさん、もう終わりみたいだよ」
「はぁぁぁ……。俺、もう疲れた」
一方そんなゼロとは反対に、ゼロの攻撃で動きの鈍くなったオークに止めを刺したレオは、オークの血で真っ赤に染まった剣を地面に刺して、しゃがみこんだ。
「ちょっと、兄さん!まだ、終了の合図が来てないんだから、緊張を解かないで!」
リオはレオをそう注意し、腕を引っ張り立たせようとする。
「そうだぞ、レオ。ここは、安全な町の中じゃないんだ。いくら疲れていても、気を抜くのは駄目だ」
視界にオークが見当たらなくなったゼロは興奮が収まったのか、やっと足を止め、しゃがみこんでいたレオを抱き上げた。
「ま、疲れたらならしょうがないな。二人が頑張ってくれたおかげでもうオークは見当たらなくなったし、作戦終了の鐘もすぐ鳴るだろ。だから、俺達は一足先に帰るとするか」
「ゼ、ゼロさん!それなら俺、自分で歩きます!!」
レオはいきなり抱き上げられ、慌てて下に降りようと足をバタつかせた。
「そうだよ。ゼロさんだって疲れてるはずなんだから、兄さん早く降りなよ!…それに、兄さんばっかりずるい!」
レオに続けて、リオがそう言う。
「遠慮しなくていい。レオ、疲れてるんだろ。俺は大丈夫だ。ほら、リオもしてやるから」
ゼロはレオを抱き上げたまま、もう片方の手でリオも抱き上げる。
二人を腕に抱いたゼロは傍から見れば、歳の離れた兄弟のようにも見える。少なくとも、この二人が奴隷だとは誰も思わないだろう。
もっとも、今は三人ともオークの血で真っ赤に染まり、そんな雰囲気は微塵もないが。
「ゼ、ゼロさん!ほ、本当に大丈夫?それに、二人も抱えて重くない?」
リオが心配そうに、ゼロの顔を窺った。
「心配しなくても大丈夫だ。そういえば、昼食を食べてなかったな…。二人とも、腹は空いてないか?」
ゼロの当初の予定では、訓練所で軽く武器を試したら、昼食にするつもりだったのだ。しかし、結局昼食をとる暇はなく、空にはもう、夕日が沈み始めていた。
「うーん、戦ってる時は感じなかったんだけどね。今、急に空いてきちゃった」
「俺も腹減ってる。それに、なんか、眠い…」
レオを見ると一定時間ごとに頭が揺れている。リオも頭は揺れてないものの、目蓋が落ちてきており、今にも閉じてしまいそうだった。眠い目を擦って、何とか耐えている状態なのだろう。
二人にとっては、初めての魔物との戦闘だったこともあり、相当な体力を消耗しているのだろう。
ゼロはそんな二人を見て、すぐに宿に帰って二人をベットでゆっくり寝かせてやりたいと思う。しかし、まだ手続きなどが残っているため、どうしようかと考えていた時にようやく作戦終了の鐘が鳴った。
「よし、終了の合図が鳴った。じゃあ、レヴェルに一言言ったら、すぐに帰るぞ」
そう言って、ゼロが二人の顔を覗くと、レオはすでに眠っており、リオの方も眠ってはいないものの、今にも目蓋が閉じそうだった。
「リオも寝てていいぞ。後のことは、俺がやっとくから」
そんなゼロの言葉に小さく頷くと、リオもすぐに寝息を立て、眠り始めた。
普段のリオだったら、遠慮するだろうリオが何も言わずに頷くあたり、相当疲れが溜まっていたのだろう。
ゼロは二人を起こさないように、出来るだけ静かに歩き、レヴェルの元へ向かう。
「おお!今回の一番の功労者じゃないか!!」
レヴェルはゼロを目に捉えると、すぐに近づいてきて、ゼロの肩をバンバン叩いた。
「悪い、静かに頼む」
ゼロは腕の中で眠るリオとレオに、視線を送る。
「おっと、それは悪い。ゼロくん、もしかするともう、宿に戻るつもりか?」
「ああ。二人を起こすのも可哀想だからな…」
「……そうか。出来れば、ゼロくん達には是非、打ち上げに参加してもらいたかったのだがな」
レヴェルが苦笑を浮かべて、残念そうにそう言う。
「悪いな…」
「いや、こちらこそ気を遣わせてしまったようで悪かったな。後の手続きは私がやっておこう。明日、ギルドに顔を出すことは出来るか?」
ゼロは二人を起こさないように静かに答える。
「ああ、大丈夫だ」
「では、明日ギルドに来てくれ。受付で名前を言ってくれれば、報酬を受け取れるようにしておこう」
レヴェルはゼロの返事を確認すると、頷いて小さな声でそう言った。
「ああ。悪いが頼む」
ゼロは、レヴェルもこれから忙しいだろうに仕事を増やすことに少し罪悪感を感じ、レヴェルが困った時には、今度は自分が助けようと思うのだった。
「じゃあ、またな。本当に助かる」
「気にするな。ほら、早く行って、双子をベットで寝かせてやってくれ。この二人も今回の功労者だからな」
「ああ。まあ、今日は俺達の分も他の冒険者をもてなしてやってくれ」
「ああ。もちろんだ!!」
レヴェルの声が聞こえたのか、双子が唸る。
「おっと。悪い」
レヴェルが声を小さくして苦笑した。
「じゃあな」
「ああ。しっかり休んでくれ」
ゼロはレヴェルと別れ、揺らさないように気を配りながら宿へと向かうのだった。
結局、リオとレオはその日のうちには起きず、二人が起きたのは翌朝だった。
「ふぁぁあ。うーん、よく寝た」
リオが背伸びをしながら、言った。
「うーん今、何時だ?」
レオが目を擦りながら、まだ開ききっていない目でリオを見る。
「わかんない。そもそも僕達、どうしたんだっけ?」
リオは昨日の記憶を辿る。
「あ、そうだ。僕、ゼロさんに抱っこしてもらったまま、寝ちゃって…」
「あ、俺も眠気に耐えきれなくて、眠ったんだった」
「兄さん、ここって…どこだろ?」
リオが、今度は部屋を見回す。
「わからないな。でも、とりあえず前みたく、また捕まった訳じゃないと思う」
レオが言っているのは、二人が奴隷にされた時のことだった。その時は二人が目を覚ますと、奴隷の証である首輪をつけられて同じくらいの歳の子供達と一緒に、檻に入れられていたのだった。
そのため、未だに攫われたのか、親に売られたのかは分かっていなかった。
「うん。僕もそう思う。っていうことは、ゼロさんがここに運んできてくれたのかな?」
「そうだろ。身体に付いてたオークの血も全部落ちてる。よし、この部屋出てみようぜ。ゼロさん、外にいるのかもしれないし」
二人は頷き合うと、一つしかない扉の前に立った。
そして一息置いて、心を落ち着かせると、外へ出ようと扉に手をかけた瞬間、扉が勝手に開いた。
「ん?お、二人ともやっと起きたのか」
二人の目の前に現れたのは、今から探しに行こうとしていたゼロだった。
「「ゼロさん!」」
二人はその姿を見ると駆け寄っていき、抱きついた。
「二人ともどうした。何かあったのか?」
ゼロは、しがみつく様に自分に抱きつく、二人の頭にそっと手を置く。
「ううん、何にもない。ただ、起きたらゼロさんの姿がなかったから…」
レオが抱きついたまま、ゼロの腹辺りに顔をうずめてそう言った。
「そうか、心配かけて悪かったな。ほら、二人ともお腹空いてるだろ?朝食食べに行こう」
「ご飯!!僕、お腹空いてたんだった!!」
リオがハッとしたように言うと、続けてレオも頷いた。
「俺もお腹空いた!」
レオはそう言うと、すぐにゼロの手を掴み、部屋の外に出て階段を降りていく。
「お、レオ?そんなに引っ張ったら落ちるぞ!?」
「ちょっと!待ってよ、僕も行く!!」
一息遅れてリオもそう言い、部屋を出るのだった。