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「おい!!ギルドマスター呼んでくれ!!」
ゼロ達が冒険者ギルドに入ると、中は騒がしかった。
「お、落ち着いてください。どうしたんですか?」
そう叫ぶ汗だくの男に受付嬢のアリーがそう尋ねると、男は一息置いてから、ゆっくり話し始めた。
「…あ、ああ。俺は今日、仲間と依頼のために外へ出てたんだ。依頼が薬草の採取で俺は仲間と、薬草の生息地であるルーフの森に向かったんだ。だが、ルーフの森に入ってすぐ、何かいつもと違うと感じがして、辺りを見回したらオークの大群が町の方向へ向かって行く姿が見えたんだ。距離があって、正確には分からなかったが、少なくとも百匹以上はいた」
その冒険者の言葉に、今から依頼を受けようとしていた冒険者や酒を飲んでいた冒険者も皆、一斉に動きを止めた。
オークは鬼のような角が生やし、口には鋭い牙のあるBランクの魔物だった。
このネールスというところは規模はそこそこを誇るが、あまり魔物が近くに生息してなく、元々弱い魔物しか出ない町だった。たとえ、強い魔物が出たとしても精々Dランクが限度で、そのためこの町にには高いランクの冒険者があまり居なかった。
そんな町にDランクの二つ上のBランクの魔物が、百体以上というのはまさに、絶体絶命の状況だった。
「Bランクがひゃ、百体って!!…あ、いえっ!す、すぐギルドマスターに伝えてきます!!」
アリーは慌てて、奥へと走っていった。
「どうやら訓練してる暇は無いみたいだ。恐らく、緊急依頼として冒険者に依頼するだろうから、俺達も行くぞ」
「でも、Bランクの魔物なんだよね。大丈夫かな…?」
リオが心配そうにゼロを見る。
「大丈夫だ。俺はオークを倒した事がある。それに、二人のことは俺が守る」
「魔物と戦えるのか…!!」
レオが興奮した様子でゼロを見た。
「ああ。二人の初戦闘だな。いや、俺と会う以前に戦ったことあったりするか?」
ゼロは二人ともLv15もあったことを思い出し、そう言う。
「ない。俺もリオも、人とならあるんだけどな」
何故か、レオが恥ずかしそうに、そう言った。
「そ、そうか。なら魔物とは正真正銘、初戦闘だな」
この歳で人と戦ったことがあることの方が、凄いと思うけどな。本物の暗殺者と、か?いや、王子なら、普通に家庭教師が付いてたとかか?
「ゼロさん、依頼が出されたみたいだよ!」
そんなことを考えていると、リオが俺の服を軽く引っ張ってそう言った。
リオが見た方向を見ると、アリーが冒険者達に向けて、詳細を話しているところだった。
「ランクは関係なく、参加出来るみたいだな。推奨ランクはBランク以上か」
それでも、推奨ランクなのはこの町に、Bランク以上の冒険者が三人しか居ないためだろう。
そのため、死んでも自己責任ということが、しっかりと依頼書に書いてある。
「アリー、俺達もその依頼受けるぞ」
ゼロが、依頼の受付をしているアリーに言った。
「あ、ゼロさん!えっと、その子達も受けるんですか?」
アリーが目を向けているのは、リオとレオの二人だった。
「ああ。二人のことは、俺が守るから大丈夫だ」
「そうですか。ですが、ゼロさんも気をつけてくださいね。一応、ゼロさんのランクは、推奨ランクより低いんですから」
ゼロのランクはEだった。ランクはGから始まり、F、E、D、C、B、A、Sと上がっていく。
それでもアリーがゼロを止めないのは、ゼロはEランクであるにも関わらず、これまでBランク以上の魔物を数多く倒してきていることを知っているからだった。
そして何故、そんなゼロが五年経ってもEランクのままなのかというと、単純にゼロがソロで活動しているため、依頼達成数が増えにくく、なかなかDランクに上がれる規定の数まで、届かないためだった。
冒険者は一般的にGからEランクが下級冒険者と呼ばれ、食べていくのがギリギリだといわれる。そして、Dランクからは中級冒険者と呼ばれ、やっと人並みの暮らしが出来るようになり、Bランク以上では上級冒険者といわれ、Aランク冒険者にもなれば、身分がたとえ平民であっても、貴族の大きさくらいの家を持てる程を稼げる。そして、Sランクにもなれば、国に一人いるだけで、国の強さが変わるとまでいわれ、その扱いは、王族の次に大切に扱われるという。
そのため、EランクからDランク、CランクからBランク、AランクからSランクの昇格試験は特に難しくなっていて、下級、中級、上級では冒険者の強さのレベルが段違いに違うのだった。
そして、その中でも強さのレベルは、AランクとSランクの間が、一番大きな隔たりがあるといわれている。それは昇格試験が一番難しくなっているせいだろう。
「ああ。気をつける」
アリーと話し終わってしばらく経つと、参加者がギルドの会議室に集められた。
集まった人数は三十人くらいだった。この町にいる冒険者は、全員でも六十人くらいしかいないため、半数というのは多いといえるだろう。
しかし、見た感じ周りはベテラン冒険者ばかりだ。そのため、俺達のパーティはとても目立つらしく、周りの視線が集中していた。
「おい、お前ら死にたくないなら帰れ」
そんな中、唯一声をかけてきたのは、俺達のパーティの次に若いパーティの俺と同じくらいの歳の少年だった。
「ちょっ、やめなさいよ。そんなお節介」
「そうですよ。リューさんが言っても聞いてくれるわけないですよ。どうせ、カッコつけて参加した内の一人でしょうし」
そんな少年を止めに、同い年くらいの少女が入る。
「いや!でも!誰も死んで欲しくないだろ…!」
少年が可哀想な人を見るような目で、こちらを見る。
…まあ確かに、俺はともかく、リオとレオの見た目は完全にただの子供だ。それに、俺の十五歳というのも、ここに集まっている冒険者達から見れば若い方だ。だからこそ、この少年も心配して止めてくれているのだろう。
それはわかる。わかってはいるが……この子供扱いされる感じはとても腹が立つ。
しかも、少年が見ているのはリオでもレオでもなく、俺のようだった。つまり、俺に向かって言っているのだ。俺の見た目は、リオとレオよりは大人に見えるはずで、なんなら少年と同じくらいの歳に見える筈にも関わらずだ。
そんなことにも少しイラッと来てしまう。はっきり言えば、これはありがた迷惑というやつだ。
それでも、心配してくれているのは確かなため、ゼロはキレずに我慢するのだった。
しかし、そのことには気づかず、少年達は会話を続けた。
「それはそうですけど…」
「バカね、こんなガキが素直に言うこと、聞くわけがないでしょ?見てなさい、こういうときはこうやるのよ」
長い髪の少女が髪を弄りながら、ゼロに言う。
「ぼく?お姉さんの言うこと、聞いてくれない?聞いてくれたら、お姉さんがお菓子あげる」
うん。もう我慢しなくてもいいだろうか?
っていうか、俺のどこが、僕って歳に見える?俺の方が、身長も高いし、大体、こいつ俺と同じ歳じゃないか?どこ見て子供扱いしてんだ?
俺はなんとか心を落ち着かせようと、いつからか静かになっていた二人を見る。
リオとレオはこいつらを呪い殺すつもりなのかと思うほど、睨んでいた。
そんな二人の様子を見たからか、少し冷静になった俺は少女に言う。
「あー、俺はお前らより強いから心配してくれなくて大丈夫だ。あと、俺は十五歳だ。こう見えても冒険者は五年目だからな。大体、お前達と歳はそんなに変わらないと思うぞ。それと、人の事より自分達の心配した方がいいと思うぞ」
俺がそう言ったのは、何もムカついているからだけではない。こいつらの装備が、私服だったのだ。多分、Eランクに上がったばかりで有頂天気分で、参加したのだろう。こういう奴は早死するのがテンプレだからな。
しかし、こんなやつら今までいたか?
「な、なんですって!?っていうか、冒険者五年目って、そんな嘘つくもんじゃないわよ!この生意気なガキが。こっちが優しくしてるからって調子に乗って!!」
長い髪の少女が、まるで猿のように顔を赤くしてこっちを睨んできた。
「おい、エリッサ!子供相手にムキになるなよ…」
「いいえ!ここで叱ってあげるのが、この子のためよ!小さい頃から嘘ついてたら、ろくな大人にならないんだから!ほら、リュークも何か言って!」
そう言って、リュークと呼ばれた少年を俺の方へ押し出す。
「ちょっと、エリッサさん。これ以上怒るのは、大人気ないですよ?」
「何よ!クレアも、こいつムカつくでしょ!?」
そう言って、クレアと呼ばれた、髪を後ろで結んだ少女のことも押し出した。
うん?エリッサっていうやつが一番子供っぽいだろ。
「何やってるの!?ほら、早く!!」
クレアとリュークが顔を見合わせて、困ったような顔をしている。
「おい、お前ら。さっきから聞いてれば、ゼロさんを弱いだの、子供だの、好き放題言いやがって」
背筋が凍るような、低く冷たい声が聞こえ、声の聞こえる方を見ると、それはレオだった。
「な、何よ!?あんた誰?っていうか、あんたも子供じゃない」
エリッサが顔を引き攣らせながらも、鼻で嗤うようにして、レオにそう言った。
「あ?お前ら、殺すぞ?」
レオの眼が一段と鋭くなる。
「ふふっ。こんな子供の脅しなんて、怖くもなんともないわよ」
あんなレオを前にして、よく普通に喋れるな。俺でも喋りにくいぞ。そこだけは尊敬する、エリッサ。
「そうか。なら、殺してやる」
そう言った瞬間、レオは、俺でもギリギリ見えるくらいの速度で、エリッサの首に剣を当てていた。
「なっ!?」
エリッサは数秒経ってからやっと、自分の首に剣を当てられていることに気づく。
「どうした?俺の脅しなんて、怖くないんだよな?ほら、なんか言ってみろよ。…ま、動いたら、このまま首切るけどな」
レオはそう言って、狂気じみた笑みを浮かべる。
「ちょっと兄さん、やり過ぎだよ?」
その空気を、リオの気の抜けた声が破った。
「はぁ?これくらい必要だろ。それに、お前だってさっきから、だいぶキレてただろ?」
エリッサの首から剣を離すと、レオがそう言った。
「まあ、そうだけど。だから僕も、ほら?」
リオは一瞬で、リュークの元まで行くと、ナイフを振り上げ、リュークの目に入るすれすれのところで、ナイフを止めた。
「うわっぁぁ!!」
そのことに一瞬、遅れて気づいたリュークは、後ろに倒れ込む。
「はい、これで今は許してあげる。…でも、次にやったら、今度は見逃さないよ?」
一瞬、リュークに殺気を向けると、すぐに普段のリオに戻って、俺の元に来る。
「ゼロさん、とりあえずこれで許してあげない?」
「ま、次やったら殺せばいいと思うしな」
そう言った二人に、俺は一言だけ言いたかった。
俺が双子に怒るとでも思ったのか、エリッサが双子を見て、ニヤリとした。
だが俺は生憎、そんな善人ではない。そんなことを言いたいのではない。俺が、俺が言いたかったのは…。
「…俺がやりたかったんだが」
それを聞いた瞬間、二人は固まった。
「…え、でも、ゼロさんずっと黙ってるから、何もやるつもりないのかなって思ってたんだ、けど…」
「俺もそう思ってた…」
二人ともそう言って、頷く。
「いや、俺は怒るのは大人気ないと思って、抑えてたんだよ。でも…結局二人ともやるなら、俺もやれば良かった…」
くそっ。この怒りは何処にぶつければいいんだ。
パンッッ!
そんなことを思っていると、ギルド内に手を叩く音が響いた。
「諸君、今回は集まってくれて本当に感謝する。ギルドマスターのレヴェルだ。これから作戦について説明したいと思う。なお、ゼロくんの鬱憤は、是非魔物で晴らしてくれ」
そう言って、吊り目が特徴的なギルドマスターは俺を見た。
「そうだぜ、ゼロ。やっと、お前のクソ体力にもついてきてくれる仲間が出来たんだろ?これからは思う存分、戦えるじゃねーか」
そう言ったのは、Bランクパーティ土龍の咆哮のリーダーであるレグルだった。
「「ゼロさん、この方はどなたですか?」」
リオとレオが不思議そうに訊いてくる。
「ああ、こいつは前にパーティ組んでたレグルだ。ちなみに、Bランク冒険者だ」
ゼロがそう言うと、二人はレグルの前に出た。
「私はリオです。ゼロさんの奴隷です」
「私はレオ。私もまた、ゼロさんの奴隷です」
奴隷とはとても思えない上品さでそう言うと、二人は揃って頭を下げた。
「「これから、どうぞよろしくお願い致します」」
流石にこの切り替わりには驚いたのか、レグルは頭を掻いて、困ったように言う。
「普通に喋ってくれ。そんな上品なもの使われると、俺がどうしていいかわからねえ。よろしくな、リオ、レオ」
そう言って出したレグルの手をリオとレオの二人は一緒に掴むのだった。
「よし、話は纏まったようだな。では説明を始めよう。今回、君達にやって欲しいのはオークの大群の殲滅だ。偵察に行ってもらったところその数、百五十前後。この冒険者の数で、百五十は無謀に近い。しかし、運のいいことに偶然、この町を歩いていたSランク冒険者ブラットの力を借りれることになった。さ、入ってくれブラット」
入口の扉を見るとそこには、服の上からでもはっきりと分かるほどに鍛え抜かれた体の黒髪の男が立っていた。
「私が、今回手伝うことになったブラットだ。お、リオとレオじゃないか。奇遇だな」
ブラットと名乗った男はリオとレオに顔を向けると、手を挙げた。
「うん?二人とも、知り合いなのか?」
おかしい…いつの間にそんな知り合いが出来たんだ?そんな時間はなかったはずだが。っていうか、こんな凄いやつと知り合ってたのに俺に内緒にするとか。何、たった数日でもうハブられた?
なぜだ、俺の何がイケナカッタンダ。
頭を抱え出すゼロに、リオとレオが気づいた。
「あ、あの!ごめんなさい、黙って知らない人について行って」
「俺もごめんなさい!でもこんな機会、二度と無いと思って…」
二人が何かを必死に謝ってくる。
なんだ?早くも俺からそいつに乗り換えるのか?やっぱり、Eランクの俺より、Sランクのそいつの方がいいってことか?まあ、そりゃ強い方がいいよな…。
ああ、子どもが巣立つのって早いな…。
「うん?リオ、レオ、そいつ何か勘違いしているぞ」
ブラットがそう言ってくる。
何が勘違いだ。リオもレオも、そいつの元へ乗り換えるんだろ。
ゼロは恨めしそうに涙目で、ブラットを見る。
「ゼ、ゼロさん?どうしたの!?」
「ゼロさん!俺達が黙ってブラットさんに装備選んでもらったこと、そんなに駄目だったか…?」
ゼロの目に涙が滲んでいることに気づいた二人は、焦り出していた。
「うん?装備?って何のことだ。二人とも、ブラットに乗り換えるって話じゃないのか?」
「な、何の話?僕達、装備をどんなのにしようか悩んでたら、ブラットさんに鍛冶屋で声かけられて…」
「それで、装備探してくれたんだ!」
そうか!なんだ、俺の勘違いか。
……よかった。
「そうか!それならいい。俺が、変な勘違いしていただけだ」
ゼロは滲んだ涙をサッと指で拭き取ると、ブラットに言う。
「リオとレオが世話になった。今度は、俺のも選んでくれるとありがたい」
ゼロは頭を下げると、手を出した。
「いや、気にするな。お前のも、今度選んでやろう」
ブラットは笑みを浮かべて、ゼロの手を握るとそう言った。
「よし、話は終わったみたいだな。じゃあ今度こそ、説明に入るぞ」
レヴェルは冒険者の顔を一通り見ると、説明し始めた。
レヴェルの説明はこうだった。
まず、遠距離攻撃が出来る人たちで町を囲むように並び、魔物の群れが見えたら、一斉に攻撃を開始する。
そして、魔物の数が減ってきたら、残りの冒険者達がそれぞれパーティを組み、残りの魔物を全滅させる。その間は、遠距離攻撃ができる人は、町の中に魔物が入ってこないよう、監視することと、怪我人の手当てをする。
なお、報酬は倒した魔物だった。その点、遠距離攻撃の担当は、魔物を倒せないため、遠距離攻撃の人全員に、金貨一枚が報酬として渡されるそうだった。
説明し終わると、三十分後に作戦を開始すると言って、部屋を出ていった。
それを見届けた冒険者達は、それぞれパーティを組むメンバーを探しに行く。
俺達といえば、すでにパーティは決まっているため、訓練所でそれぞれの新しい武器を身体に慣らすことにした。