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あれから十五年の月日が流れた。


俺はとことん運に恵まれないらしく、物心着いた時には、孤児院にいた。孤児院では、一人の子供に愛着が湧くといけないからと、名前をシスターが勝手につけることは無いらしく、俺が十歳の時に、自分でゼロとつけた。まあ、零を英語にしただけだが。


孤児院では十歳になると、孤児院から出て、一人で生きていかなければいけない。


俺は生まれてすぐ、前世の記憶があったため、その頃からすでに、冒険者になることを目指して、孤児院を出るまでの十年間、筋トレと魔力の放出をひたすら続けた。なんでも、魔力量は子供の頃に使えば使うほど、量が増えるらしかった。


その結果、現在十五歳の俺は、Eランク冒険者として、念願だった異世界で楽しく暮らしている。


とりあえず、今の目標は、得意武器である双剣を買うことだ。


「ゼロ、そろそろ町に戻らねぇか?」


「...?」


まだ、見通しが悪くなるほど日は落ちてないが。


「まだ、日が暮れてないのはわかってるが、今日は、早朝からずっと狩りっぱなしじゃねーか。流石に、俺達も疲れてきたんだが」


無造作に生えた髭が特徴的なレグルがそう言うと、平均四十歳越えの他の男達は、息を切らしながら一斉に頷く。


「そうか?まだ、そんなに経ってないだろ」


「俺達は、お前みたいに若くないんだよ。もう勘弁してくれ」

このチームの中で、ゼロを除けば、一番若い三十代後半のルーがそう言った。


まいったな。日が暮れるまでには、まだ時間がある。折角外に来てるんだから、もっと狩りたいんだけどなぁ。

パーティを組んだ方が効率が良くなって、いいと思ったんだけど。


ゼロはそんなことを思い、頭を搔く。


ゼロは、登録できる最低年齢の十歳で、冒険者ギルドに登録し、最初から、パーティも組まず、すぐにソロで魔物を狩りまくった。

その結果、ゼロは、その戦闘狂の性格と年齢、そして冒険者で希少な、ソロということから、裏の住人、元暗殺者などと、様々な噂が飛び交っていた。

そのため、他の冒険者達からは遠目に見られていた。


そんなゼロに初めて、声を掛けてきたのが、レグル率いるBランクパーティ、土龍の咆哮の面々だった。


はあ...やっぱ、ソロでやるしかないか。


「わかった。じゃあ、レグル達は先に町に戻っててくれ。俺は、もう少し狩ってから戻る」


「まだ、狩るのかよ。わかった、俺達は先に帰るが、気を付けろよ」


レグルは、呆れた様子で町へと戻って行った。


「はぁ...やるか」


レグル達を見送ると再び、どす黒い血がベッタリと付いた、錆びれてきているナイフを構えるのだった。




「はぁはぁ...。今日は、このくらいで終わるか」


ゼロがやっと、魔物を狩る手を止めたのは、既に日が落ちきる寸前だった。


「やべ、早く戻らないと、ギルドが閉まる!」


狩った魔物をギルドで換金できないとなると、町で魔物の置き場所のないゼロは、外に放るしかなくなるため、一日中狩りまくって服に血がべったり付いていることに気づくこともなく、ギルドへと急ぐのだった。


「悪い!!はぁはぁ...。換金を頼みたい」


ゼロは息を切らしながら、ギルドの受付に駆け込んだ。


「きゃ、きゃあぁぁぁ!!」


唐突に、魔物の血で真っ赤に染まっているゼロが目の前に現れた新人受付嬢は、パニックを起こす。


「どうした?大丈夫か?」


未だ、自分の見た目のせいだと気づいていないゼロは、急に悲鳴を上げた受付嬢の肩に手を置き、心配そうに顔を覗く。


「あ、あぁぁぁ...」


先程よりも、さらに自分に近づき、目もバッチリ合ってしまったその存在に、受付嬢はもはや声も出せなくなっていた。


「お、おい!本当に大丈夫か!?」


ゼロはその様子が心配になり、肩に置いた手に力が籠るが、それは受付嬢には逆効果だった。


「あぁぁぁ」


「おい!?」


ついに床にへたり込んだ受付嬢に、別の受付嬢が近づいて来る。


「ゼロさん、落ち着いてください。この子のことは私に任せて、これでその体に付いている血を拭いてください」


そう言った受付嬢は、布をゼロに渡した。


「あ、悪い。急いでて気づかなかった」


そこでやっと、ゼロは自分の状態に気付く。


「いくら冒険者ギルドだからといって、そんな格好で来ないでください。そんな格好で町にいたら、一般の人が警備隊に通報します」


まだだいぶ血の付いているゼロにも、全く物怖じせず、受付嬢はそう言った。


「ああ、これからは気をつける」


ゼロは反省ながらも、全く動じない受付嬢を見て、どことなく佐藤を思い浮かべるのだった。


「はい、お願いしますね。さて、問題はあなたです」


受付嬢はゼロから、まだ床にへたり込んでいた受付嬢に、視線を移す。


「ふぇっ、わ、わたひですか!?」


噛みながらも、新人受付嬢は驚いた様子で、先輩受付嬢を見た。


「そうです。ゼロさん程ではないとしても、魔物の血が付いたまま、ギルドに来る人は大勢います。魔物だけではなく、時には怪我人や人間の返り血が付いたまま来る人もいます。なぜなら冒険者ギルドとは、町で最も血生臭い場所ですから」


「えっ!?」


「そして、冒険者ギルドの受付嬢というのは、どんな状況でも落ち着いていなければいけません。それはもし、この町に危険が迫ったとき、その危険をどうやって排除するか、そしてどうやって住民への危険を無くすか、その作戦を考える場所が、冒険者ギルドだからです」


そう言った受付嬢に、新人受付嬢は頷く。


「は、はい。それは習いましたけど...」


いまいち、受付嬢が何故、落ち着ていないといけないのか、わからない新人受付嬢に、先輩受付嬢は続ける。


「そして、危険を排除する役割は、このギルドに所属する冒険者です」


「は、はい」


「どんな冒険者でも人間です。町を脅かすほどの存在と、自分の命を懸けて戦うのは、誰だって怖いです。しかし緊急時、ギルドは指名で、冒険者に戦えと命じることもあります。そして、冒険者は、それに従わなくてはいけない。そんな冒険者を、どれだけ万全の状態で戦闘に向かわせられるか、それが受付嬢の役割です」


「はい」


新人受付嬢は、先程の状態が嘘のように、真剣な目で話を聞き始めた。


「それは、その危険についての情報をきちんと伝えること、そして、命を懸けた戦いに行く冒険者の、町で怯える住民の、恐怖をどれだけ減らせるか、そんな役割を、冷静でない状態で果たせますか?」


「そ、それは...」


「そういうことです。あなたにとっては、まだまだ先だと思いますが、ギルドマスターにもなると、冒険者全体の指揮を取ることもありますからね。

指揮を取る人間は唯一の柱です。その柱が崩れれば、全体が崩れます。そしてそれは、全員死亡を意味することもあります。と、まあこんな感じで、私達が一番大事にしなければいけないのが、冷静沈着です。


以上が受付嬢の心構えです」


先輩受付嬢はそう言うと、再びゼロへ視線を向けた。


「長々と待たせてしまい、申し訳ありませんでした。ではゼロさんの換金をさせていただきます」


一礼してそう言った受付嬢に、魔物の魔石を渡す。


「失礼ですが、魔石だけでしょうか?」


魔物は毛皮や目なども換金出来るため、受付嬢は、不思議に思って尋ねる。


「ああ、本当は他の部位も持ってきたかったんだが、俺だけでは運べない量でな...」


やっぱり、どことなく佐藤を思い出すな...。


そう言いながら、受付嬢を見る。


「ソロですか。それなら、お金が貯まったら、拡張バックを買ったらよろしいかと」


「え、でもシャインさん。拡張バックって確か、結構、値段高かったような...」


さっきまで怒られていた受付嬢が、そう言った。

シャインって。光...凄い名前だな。いや、この世界に英語はないから、別の意味なのか?


「金はあまりないんだが...」


バックも欲しいが、先に双剣をなんとかしたいんだよな。いや、バックがあれば今よりも早く、金を貯めることができるか?


シャインは、悩んでいる様子のゼロを見て、意味深な笑みを浮かべる。


「きっと、ゼロさんならすぐ、買えるようになります」


そんなことを言うシャインを一瞬ジッと見つめてから、ゼロは苦笑いで答える。


「ま、できるだけ期待に応えれるように、頑張るよ」


うん。やっぱり、この全て見透かされてるような感じ、佐藤に似てるな。


「じゃ、俺はそろそろ行く。また頼むな」


「はい。お待ちしております」


ゼロが手を挙げて、出口へ向かうの確認すると、シャインと新人受付嬢は一礼するのだった。




「さて、ひとまず用事は済ませたが...。流石に、この時間で空いている宿はないか?」


町を歩きながら、辺りを見回していると、悲鳴が聞こえてきた。


ゼロはとりあえず声の聞こえた方へと向かう。そこではスラム街の子らしい少女が、今にも男達に攫われそうだった。


「大丈夫か?」


ゼロは、どう考えても余裕があるとは思えない状況にも関わらず、平然とそう訊く。


「助けて!!」


少女は、瞳をうるうるとさせてそう叫んだ。


「わかった」


一言そう言うと、少女を囲んでいた男達の両足を、錆びたナイフでスパッと切る。


「うぁぁぁ!!」


悲鳴を上げる男達の様子を気にすることも無く、ゼロは女の子に言う。


「これでいいか?」


「あ、ありがとう...お兄ちゃん」


少し照れた表情で、自分を見つめる少女を無視して、男達に近づいていく。


「確か、お前達みたいなやつは殺しても、俺が捕まることは無いんだよな?」


男の顔にナイフをペチペチと当てて、ゼロは笑みを浮かべる。


「ひ、ひぃぃぃ...」


「おい、逃げるなよ。まあ、足の神経切ったから、逃げることなんて出来ないけどな」


そう言ってまた笑みを浮かべたゼロは、男達にとっては悪魔に見えていた。


「あ、あの...お兄ちゃん」


少女が小さな声で、ゼロに呼びかける。


「で、お前ら指名手配とかされてるか?」


「い、いえされて...」


「あ、されてないんなら、ここで殺すだけだからな」


「あの!お兄ちゃん!!」


呼びかけをスルーされた少女は、今度はさっきより大きな声でゼロに呼びかけた。


「...なんだ?」


「あの...その人達」


少女が少し気まずそうに、何か言おうとしたのを遮って、ゼロは言った。


「とりあえず、その嘘くさい言葉遣いをやめろ」


「えっ?嘘くさくないよ...?」


そう言って少女は、首をコテンと傾げる。


「やめろ」


ゼロの冷たい視線に殺気を感じた少女は、手を上にあげた。


「わ、わかったってば。ぼ、僕だよ!エリーシャ!」


「…は?なんでお前がここにいるんだ?」


ゼロは少女を怪しいとは睨んでいたが、まさかエリーシャだとは思っていなかったため、素で訊いてしまう。


「えー、僕って気付いてなかったの?てっきり、気付いてるからあんな態度されるのかと思ったんだけどなぁ…」


そう言って手を頭の後ろで組むエリーシャの姿は、どことなく不貞腐れているように見える。


「いや、さすがにお前がこの世界に来るとは思わないだろ。それに、あれから15年も経ってるしな」


「えーー」


ゼロとエリーシャが話している隙にこっそり逃げようとしていた人攫いの男達を、縄で縛りながらゼロが訊く。


「で、なんで神のお前が、わざわざこの世界に来たんだ?」


そう言われ、エリーシャはハッとしたように言った。


「あー、えっとね、あの時言い忘れてたんだけど、零くんと一緒に死んだ女の子も、この世界に来てるんだってー」


「ん?それって佐藤桜って名前か?」


「あー確かそんな名前だったような…」


エリーシャは、曖昧な記憶を辿るように頷く。


「そうか、あいつも…。ま、あいつならどこでも元気に暮らしてけるだろ」


少しだけ悲しそうにしたゼロだったが、すぐに元の表情に戻って、そう言った。


「零くんは、会おうとは思わないのかい?」


不思議そうにエリーシャが尋ねる。


「なんでだ?」


「だって知り合いなんだろ?それにこの世界じゃ、数少ない同じ転生者だ。同郷の者に会って、日本の話とかしたくなるときもあるんじゃないのかい?」


そう尋ねるエリーシャに、ゼロは首を振った。


「まあ、確かにそういうやつもいるのかもしれないが、俺は今のところ、そんな風に思ったことはないな」


平然とそう言うゼロは、寂しそうには見えない。


「そっか、それならいいんだけどさ」


エリーシャはホッとしたように、肩の力を抜いた。


「心配してくれてたのか?俺以外にも転生させたやつは、沢山いるだろうに」


「そんなことないよ!僕が転生させたのは、君で二人目だよ。…だから、本当に君が楽しそうで安心したよ」


そう、笑みを浮かべて言うエリーシャに、ゼロは言った。


「ああ、心配してくれてありがとな。おかげで、前世よりも充実した生活が出来てるよ。エリーシャはこれからどうするんだ?」


「うーん、とりあえず伝言は伝えたし、一度帰るよ」


仕事任せてきちゃってるしね、と言うエリーシャに、ゼロは男達を一括りに纏めた縄を持ち、言った。


「そうか。なら、またこの世界に来ることがあったら、そのときは一緒に食事でもしよう。ま、神も食事をするのかは、わからないが」


「ふふ、絶対食べないといけないってことはないけど、食事をすることはあるよ。うん、また来るから、そのときはよろしくね」


「ああ。それとこれからは、俺のことはゼロと呼んでくれ」


「わかった。じゃあ僕はそろそろ行くよ。ゼロ、またね!」


エリーシャは頷くと、手を軽く振って消えた。


「何の魔法だ?転移?…ま、神だからな」


エリーシャを見送ると、ゼロは握っている縄に繋がれている男達に目を向けた。


「お前ら、今のことは見なかったことにしろよ。誰かに言ったら、どうなるかわかってるよな?」

ゼロは縄を持っていない、血のついたナイフを持った手をブラブラと動かす。

その姿は、人攫い達よりも悪役らしい。


男達はゼロに対する恐怖から、必死に頷く。


ゼロは、もし本当のことを言っても誰も信じないだろうけどな、と思いながら、縄を持って歩き始めようとした。


が、ついさっき、自分が血まみれな状態に気づかない程、急いでギルドに駆け込んだ理由を思い出した。


「あ、ギルド閉まってるじゃん…」


そんな小さな呟きが、虚しく夜の町に響くのだった。

読んでくれてありがとうm(*_ _)m

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