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「…え?」
女神エリーシャの愛し子…?エリーシャって、あのエリーシャだよな…?あいつ、この世界に送る時も、この前会った時もそんなこと、一言も言ってなかったよな…?
「大丈夫か?この加護の事はお前も気づいてたのだろう?私がステータスを調べたいと言った時、反応が遅れたのはそのせいではなかったのか?」
ぽかんとした様子のゼロに、ブラットは不思議そうにそう尋ねた。
はは…。俺が動揺してたことも、バレてるのか。ほんと、俺の演技力は一回死んだ時にでも無くなったのか?少なくとも、社長してた時の方が断然今よりもあった。いや、それとも俺じゃなくて、ブラットが鋭すぎるのか?
まあ今それは、良くはないが、まあ置いておくとして…。
「女神エリーシャの愛し子ってなんだ?」
ゼロは思ったことをそのまま、ブラットに尋ねる。
「いや、私に聞かれてもな。お前はこの加護のことは知らなかったのか?」
「ああ。加護自体、今まであったことに気づかなかった。それにブラットが今、使ったのは何の魔法だ?鑑定じゃないのか?」
そうゼロが尋ねると、ブラットは少し間を置いてから、言った。
「ああ。これは古代魔法という。昔の魔族が使っていた言語で、出来ている魔法だ。そのせいで、魔族以外の種族はおろか、魔族でさえ、使える奴はごく僅かしかいない。すでに、絶滅寸前の魔法だな」
「古代魔法…。そんな魔法、なんでブラットが使えるんだ?」
ゼロは少し緊張しながら、ブラットに訊く。
ゼロが何故、緊張しているかというと、ブラッドが魔族ではないかと思ったためだった。
現在魔族という存在は、ほとんどの国で忌み嫌われている。
この世界は大きく二つの種族に別れている。それは人口の三分の二を占める人族と、残り三分の一を占める亜人と呼ばれる、人族以外の種族だ。
現在、亜人は人族から嫌われており、そのほとんどが、共和国か亜人のみで構成された亜人の王が治める国にいる状態だった。
人族至上主義の国では、亜人がその国に足を踏み入れば、国を上げて捕まえる程に亜人差別が激しい国もある。そんな国で亜人を見かけることがあれば、それは奴隷として捕らえられている亜人のみである。
そして、魔族という種族もこの亜人にあたる。しかし魔族は、他の種族の亜人から見ても、特殊な存在だった。
魔族は身体に、魔物のような見た目の部分が入っていることがあり、何より昔は、魔族の言語は魔法を操る力を持っていたことから、恐ろしい存在で悪魔の子孫だと伝承されており、そのことで人族はもちろん、他の種族の亜人からも嫌われているのだった。
現在魔族は、魔族の王_魔王が治めるアシュタルという国に住んでいると、伝えられている。
実際には誰もその国を見た事がないため、人々からその国は都市伝説という扱いを受けていた。
そして、魔族は今ではほとんど見かけないほどに数が減り、見かけた時しても、奴隷になった魔族のみだった。
そんな存在である魔族の魔法を、ブラットが使ったとあっさり言ったのは、どういう意味があるのかと、ゼロは考えていた。
「そのままの意味で受け取っていいぞ。それは、私が魔族だからだ」
ブラットの言葉を聞き、ゼロの頭にはさらに疑問が増える。
ゼロは緊張は解かないまま、ブラットに訊く。
「……なんで、俺にそれを言うんだ?俺がお前を捕まえることは無理だとしても、お前が魔族だということを、町で広めるかもしれないぞ?」
本当に、意味が分からないな……。ここで自分が魔族だと漏らして、ブラットにどんな得がある?
俺を殺すつもりなら、余計、それを言う必要なんてないだろうし…。
てか、自分で漏らしておいて、その口封じに殺されるってなったら、俺、殺され損だろ。
ゼロがそんなことを考えていると、ブラットが言った。
「ふむ。そうか、そういう可能性があるか。その可能性は考えてなかったな。でも、お前はそれをしないだろう。何せ、お前は転生者らしいからな。お前の性格から考えてもありえないが、それ以前に、転生者が魔族絶滅主義に興味があるとは、到底思えん」
ブラットは少し悩むように腕を組むと、ニヤッとした笑みを浮かべてそう言った。
「……はぁ。やっぱり、称号も見てたのか」
ゼロは長い溜息を吐き、苦笑を浮かべる。
「もちろんだ、でも安心しろ。俺がそれを、誰かに言うことはない。私が魔族だと漏らしたのは、お前に信用してもらう為だからな」
「は?たった、それだけの為にバラしたのか?……お前、馬鹿だろ。もし、俺がお前の立場なら、絶対言わないぞ」
はぁ……。魔族って、みんなこんな性格なのか?だとしたら、どこが悪魔だよ…。皆、偏見が強すぎるだろ。魔族が可哀想になってくるわ。
「そうか?まあ、私の見当が外れた時は、お前を殺すだけだ。面倒は少し増えるが、私にリスクはないぞ」
ブラットは少し口元を上げ、そう言う。
うん……やっぱ、悪魔の子孫っていうのもあながち間違ってないかもな。
「ははは……。まあ、俺に敵対心はない。まだ、死にたくもないしな。お前については何も漏らさない。なんなら、ちゃんとした方法で約束もしとくか?例えば、俺の前世の世界にあった約束の仕方とかで」
ゼロは冗談半分に小指を出して、ブラットにそう言った。
「そうか、それは是非やってみたいな。指を出して、どうやって約束するんだ?その指を切り落とすのか?」
この世界に、指切りげんまんはないのか。というか、やっぱり、魔族は悪魔の子孫だろ……。
「怖いわ…!そんな訳ないだろ。とりあえず、お前も小指を出してくれ」
「ああ……?」
ゼロは不思議そうに出したブラットの小指に、自分の小指を絡める。
「指切りげんまん、嘘ついたら、針千本飲ます、と。よし、これで終わりだ」
「ふむ。お前の前世の世界は、魔界か何かだったのか?」
ブラットは、指切りをした自分の指を見つめて、そう言った。
「は?いやいや、普通の世界だぞ。ここよりよっぽど、平和な世界だったな。特に、俺の住んでいた日本は、ほんとに平和だったな」
なんか、だいぶ昔に感じるな…。まあ、十五年も経てばそうなるか。
「そうなのか?しかし、平和な世界で、針千本飲ます、などという物騒な言葉が出てくるのか……?」
「いやいや!これは、そんな真剣に捉える言葉じゃない。なんというか…そう、言葉のあや、だ。俺の前世の世界、地球っていうんだが、まず、地球には魔物がいないんだ。そして、俺の住んでた日本は、戦争も全くなかった。だから、寿命以外で命を落とすことなんて、ほとんどないも同然だな」
「それは凄いな!!ぜひ、私も行ってみたい」
そう言って、目を輝かせる筋肉ムキムキのおじさんの姿は、とても気持ち悪い。
ブラットはゼロが見た中で、一番と言っていい程に、興奮していた。
「そうか?俺は今の、この世界の方が好きだけどな…」
「…何故だ?この世界は、常に危険と隣り合わせだ。断然、平和な世界の方がいいだろう…?」
ブラットは心底、不思議そうな顔でそう言った。
「まあ、危険が少ないことに越したことはないけどな…。でも、俺の居た世界は、魔物の他に、魔法もなかったんだ。だから俺は、ゲーム、っていってもわからないか…。とにかく、ずっと、魔物を倒したり、魔法を使ったり、してみたかったんだ。それに、ずっと異世界ってものに、行ってみたかったからな…」
「何!?魔法がないのか?なら、生活はどうしてるんだ?火を起こす時はどうする?それに、水はどうする?川の水でも使っているのか?」
ブラットは立て続けに質問をする。
「ちょっと待て。わかった。順番に答えるから。さっきから興奮し過ぎだろ…」
「あ、ああ。すまない。興味が尽きなくてな…。本当に、いつ以来だろう、こんなに興奮したのは…」
ブラットはそう言い、少し照れたように頬をかいた。
「そうか…。まあ、まだ時間はあるんだ。落ち着いて、順番に訊いてくれ」
「ああ。じゃあ、まず…」
「ゼロさん!!」
ブラットが何か言おうとした時、レオの声が聞こえてきたのだった。