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はじまりの場所  作者: ひろゆき
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 ーー あの“雪花の星”を ーー (2)

 今回は霞の日記帳により、過去を描いていきます。そこに描いているのは、霞のほかにいた「抑」の存在と、その「抑」たちがどんな状況であったのかという話になっていきます。よろしくお願いします。

 ーー あの日から、庭に来る人が減った。今日は、私とミロクだけだった。みんな怖くて泣いているのかな? ーー


 ーー 今日、庭に一組の抑と鬼兵がいた。私は嬉しくて二人のそばに行った。けど、その子は「バイバイ」と言って手を振ると、どこかに行ってしまった。きっと、あの子にも順番が…… ーー


 ーー いつになったら、こんな悲しい思いは終わるんだろう。今日も三人、この施設から出て行くのを見た。一人はすごく泣いていたし、一人は怒っていた。もう一人は…… どっちでもなかった。私にはその子が人形のように見えてしまった ーー


 この手帳に記されているだけで六人。「抑」と呼ばれる子供と鬼兵は戦場へと向かっている。出頭の回転が早まっているのは、それだけ情勢が悪化しているのを物語っていた。

 そうしたなかで、自分の立場を理解した子供たちは全員がすべてを承知したとは考えられない。少なくとも、その小さな体で反抗したり、精神に異常をきたしたりする者もいたはずだ。この「人形」に見えた子も、混乱が襲い、感情を失ってしまったのかもしれない。そんな子供でさえ平気で戦場へと送る大人たちに虫ずが走る。

 霞にとっての苦しみ、辛さは次に書かれていた。


 ーー 私は泣かないと決めた。順番が回ってきた人の前では泣かない。私なんかより、その人の方が辛いに決まっているから。私が泣くと、その人はもっと辛くなるだろうから。けど、もし、私の番が…… ーー


 短い文章だが、その力強い文字に霞の決意が滲み出ていた。迫り来る恐怖に怯えながらも、これだけの覚悟を決めていたとは、あのふざけた口調の霞からは想像もできなかった。

 だが、その日を境に、記録は何も書かれておらず、必要以上に力を込めて握ったペンを走らせた跡が残っていた。太い黒線が乱雑な円を無造作に描いた様は、霞の身に何かが起きた不安を積もらせた。

 心の心境を表したような表現は、霞が決意を書き残した日から三ページほど続き、四ページ目で再び記録が書き出されていた。


 ーー 三日前、私は決めたのに、あの日の夜、私は泣いてしまった ーー


 ーー あの日、ミロクが整備に行った日とき、庭に一人で残されるのが怖くて、こっそり後を追いかけた。そして、ミロクが整備さらている部屋の入口の横に隠れていると、偉い人たちの話し声が聞こえた。本当はそれを聞いてはいけなかったのかもしれない…… ーー


 ーー 聞きたくなかった。「戦争は終わる」なんて。ミロクの前なのに。分かっていながらも、ミロクを整備して戦場に行かせようとしているのがすごく嫌だった ーー


 ーー 戦争が終わるのは嬉しかったけど、じゃぁ、なんでもっと早くに終わらないの? それなのにミロクは戦場へ行かなくてはいけないの? 終わると知っていながらあの泣いていた子たちをみんな戦場へ行かせたの? それじゃ、ミロクなんかより大人たちの方がよっぽど酷い…… 鬼よ ーー


 書かれた内容から、霞が偶然聞いてしまった会話は、ミロクが記録していた映像の現場に当たるのだろうか? 


 ーー 私はミロクを戦場になんて行かせたくない。絶対に…… ーー


 このころ、霞の心は酷く揺れ動いていたのだろう。出来事を綴らなかった三日間。それは霞が動揺し、苦しみ、そして大人たちに対しての憤りが入り混じっていた期間だったのかもしれない。

 霞の新たな決意が

高まっていくのが書かれていた。だが、そんな霞らにも非情な現実が迫っていたらしい。


 ーー 今日、私は一人で偉い人に呼ばれた。何人も怖い男の人が私を見ていた。そして言われた。「出撃」を。どんなことをしても「嫌だ」と話すつもりだった。けど、あの人たちの目が怖くて何も言えなかった。あ~あ。とうとう、私たちの順番なんだ ーー


 最後の一行は文字が崩れていた。霞は震える手で必死に書いていたのだろう。


 ーー これからミロクにこのことを話しに行こうと思う。私はちゃんと話せる自信がない。ほかの人もそうだったのかな。あの女の子、男の子、ほかにもみんな。ちゃんと名前を訊いていればよかった。あの二十二人の名前を ーー


 ーー この施設にはもう「抑」はいない。私が最後の二十三人目。それだけの涙がその施設で生まれてしまった。私はこの数を忘れない。そして、これ以上の数字が増えないことを祈ってる ーー


 見覚えのある数字。これを見て、一つの場面がフラッシュバックした。

 あの数字、こいつのロックは、「抑」の数だったのか。

 目を丸くしながらも、確認のためにページを捲り直した。すると、端下に書かれた数字は、この日の記録までの間に、その数を増やしていき、そしてこのページまでの経緯からして、霞の順番である「二十三」が記されていた。

 戦場を暴れた鬼兵の数からして少なく見える数字だが、それはこの施設だけのもの。これと同じ、もしくはこれ以上の数の抑と鬼兵がいくつもの場所から戦場に駆られていることに、俺は驚きを超え、人の業の深さに嫌気が差した。


 ーー こうなってしまっては、私もミロクも逃げられないと思う。けれど、最後に私のたった一つの望みを書いておこうと思う。これが絶対に叶わないとしても…… ーー


 事細かく綴られた霞の気持ち。休む間もなく俺は一気に読み、いつしか残り一ページとなっていた。次を捲ると、霞の願いが書いてある。なのに、薄い紙の一ページが重すぎて捲れない。

 いつしか日も暮れかけ、太陽が屋敷の影に隠れようとしていた。俺は躊躇していたので、これは天の助けだと読むのを止めようとしたが、微かに好奇心も残っていた。

 夕焼けが射し込むなかで、手帳をじっと眺め、その表紙に手を当てた。

 最後のページにすべてが記されている。はたしてこれを読んでしまっていいのか?

 果てない不安と矛盾が襲う。なぜ、ミロクはこれを俺に差し出したのか。俺は修理に関する記録を教えてくれと頼んだのに。

 霞が見せる悲痛の表情。霞の記憶とも呼べる日記。ミロクが見せたのは自分に関する物ではなく、霞の物ばかり。

 ミロクは何を望んでいるのか?

「それが、この先にあるのか? だから俺にこの日記を読ませたのか?」

 伝えたいことが最後に書かれている。俺はそう信じて、最後のページを開くと、一行だけ遠慮深く小さな文字で書かれていた。

「見たかった。ミロクと二人でーー」

『あの“雪花の星”を……』

「ーーっ」

 声に出して読んでいると、いつしか俺の声と霞の声が折り重なっていた。突然の乱入に動揺し、俺は体勢を崩した。

 手帳に書かれていたのはそれだけ。読み終えると静まり、思わず目を見開いて辺りを見渡した。

「ーー霞か」

 当然ながら中庭に誰もいないのを確認すると、ミロクの首元を見上げて名前を呼んだ。

『ーーうん』

 小さく頷く霞の声は久しぶりで、無性に懐かしさが込み上げてくる。その反面、手帳を勝手に呼んでしまった後ろめたさで、胸が痛んだ。

 体裁が悪いような気がして、そらから何も話せないまま、手にした手帳に視線を落とした。

『あれ、読んだんだね』

 別に霞は責めたわけではないだろうが、抑揚がなく、ゆっくりとした口調が逆に胸に突き刺す。

「悪い。えっと、その、ゴメン……」

 この先、どう話せばいのか迷った。下手に言葉を重ねてもただの言い訳だ。素直に謝ったが、目は焦りで焦点が定まらず、泳いでしまう。

『いいよ、それは。でもすごいね。よく、あの番号が分かったね』

「いや、それはミロクの奴がその、導いてくれたって感じで。上手く言えないけど、番号を教えてくれたのはミロクなんだ。勝手に数字を入力してくれて」

『そっかぁ。ミロクが』

「でも、なんで俺が手帳を読んでいると分かったんだ?」

 霞に俺の姿は見えない。無論、手帳さえも。なのに、それを知っている霞が気になった。

『螺閃がミロクに話しかけているのが聞こえて。その後にあの言葉が。私にとって、その言葉は忘れられないから』

「ーーそうか」

 やはり、この文章は霞にとって大きい存在なのだと伝わってきた。

 今回は霞の日記による過去になるのですが、そこで彼女以外の「抑」の存在など、螺閃の知らない事実が分かってくるのですが、今でも「抑」の数が少なかったかな、とも思っています。それは、数ある施設の一つとして、捉えてもらえれば、と思います。

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