ーー “空”が見たかったの ーー (3)
第二章も終盤になり、ミロクがまた、新たな動きを見せます。それはミロクの意思として表しています。螺閃であるから、彼を信用し始めているからこその動きであるとして、描きました。よろしくお願いします。
日は落ち、俺たちの笑い声や怒鳴り声を聞いていた太陽も、いつしか水平線の奥へと去り、月が暗闇に輝いているころ、俺はミロクの足を借りて凭れ、月を眺めた。
考えるのは霞のこと。今日は色々と起こりすぎて、なかなか寝つけなかった。はっきり言って、このままミロクの修理し続けていいものかさえ、考え直してしまう。
様々な思惑が渦巻き、その迷路の出口を探すように目を閉じた。
『ーーバカバカしい』
そのとき、どこかからか機械音が響き、男の声が聞こえた。機械音はすぐにミロクだと気づき、慌てて目を開いてミロクを見上げた。
ミロクの目はまたしても赤く光っていた。記録装置の部分から音は漏れているようだ。ミロクはまた映像を流すつもりらしい。
視線をミロクの視線の先に移すと、丁度、目のカメラから投影された映像が、宙に映し出された。
今回は立体映像ではなく、普通の映像だった。奥の壁に映し出される。
映像が劣化しているのか、正常に録画されていないのか、一部が周りの闇に溶け込んで欠けていた。しかも時折、ノイズの波が横断していた。
俺は目を細めながら映像を凝視した。すると、映る物が次第に姿形をはっかりとさせてきた。
映し出されていたのは二人の人物と、何かのモニターのようだった。モニターは奥で淡く光って、文字が配列されているようだが、内容までは確認できない。
辛うじて確認できるのは、その人物が上着に白衣を着ていて、声からして中年の男だというくらいだ。この映像を記録しているのがミロクから考えて、二人は軍関係者、「鬼兵」の開発者と考えていいだろう。
状況からしてミロクの整備中の映像だろう。
お前は俺に何を見せたいんだ?
映像から目を離さず、ミロクの膝に手を当てて問う。
答えはこれから流れるかもしれない。俺は胡座を掻き直し、頬杖を突きながら、ミロクの映像の鑑賞とした。
『早く再調整を済ませろ』
『しかし、私には霞の言葉が頭から離れないのです』
『くだらんことを。こいつが戦いを拒んでいると言うのがか。バカバカしい。ガキの冗談に付き合っている暇はない』
『ですが、最近のミロクの動きには問題があります。このままでは、戦場には送れません』
やはり、話の内容からして開発の関係者らしい。しかも、話は霞が関わりを持っているのは明白だ。
さらに話は続いていた。
『”ミロク”? なんのことだ?』
『あ、すいません。実は、霞がこいつのことをそう呼んでおりましたので、つい』
あいつ、昔からそう呼んでいたのか。
あのガキの姿でミロクを呼んでいる霞の姿が浮かび、思わず笑ってしまった。
『兵器に名前をつける必要などない。番号があればそれで充分だ。それに、お前は「抑」に対して甘やかしすぎだ。もっと自分の立場をわきまえさせろ。ガキどもの代わりなど腐るほどいる。奴らはこの鬼兵の一部のパーツにすぎんのだから』
『ーーは? いや、しかし、彼女らは鬼兵を動かすのに不可欠な役目の者では?』
やけに二人の会話がズレてきた。微かに見える映像のなかで、左側にいた人物が動揺を隠せないであたふたとしている。
立場が上だと思われる人物がメモを取りながら、ミロクの顔を覗き込んできた。それでも、顔を認識できなかったが、不敵な笑みを浮かべているのは認識できた。
そして、辺りを見渡してから、部下と思われる人物に聞き出した。
『お前は知らないのか、「抑」の立場を』
『「鬼兵』を指示できる唯一の人物ではないのですか?』
『指示するのは合っている。だが、“唯一”ではない』
男はもう一度、辺りを見渡す。やけに人の目を気にしていた。その場に二人しかいないのを確認すると、男はまた喋り出した。
『「抑」が聞いていてはしゃれにならないからな』
「…………」
『お前は鬼兵の整備に就いて間がないから知らないだろうが、「抑」の役割など、誰にでもできるのだ。もちろん、私やお前でも』
男は自分と部下とをペン先で指して言った。
『ですが、大半の「抑」が子供です。それにもわけがあるのではないのですか?』
部下は整備していた手を止め、男に理由を問う。俺もそれには興味が湧き、身を乗り出して耳を澄ませた。
男は呆れたように頭を掻いていた。
『……お前、この戦争で、戦死した兵士の人数を正確に答えられるか?』
『……いえ、正確には。けれど、信じられないくらい大勢の人が戦死したことは』
『そうだ。そして、戦場を駆ける兵士は次第に鬼兵へと変わっていった。こいつらはパートナーの「抑」が必要となった。だが、多くの兵士を喪って、それを務める人材がなくなってきた。なのに、戦火は広がるばかりだ。そこで上層部が目をつけたのが、「戦災孤児」だ』
戦災孤児? 確かに霞は親を亡くしたと言っていたな。まぁ、俺もそうだが。
『兵士が減る一方で、戦災孤児は増える一方だった。そこでそれを利用したのだ』
「ーーなっ」
『行き場を失った子供らは軍に従うしかなかった。しかも、戦争を終わらせるためだと知れば、なおさら力を貸そうとする。そうした子供らに、「自分は特別だ」と刷り込ませ、鬼兵を動かせていたんだ」
「ーー酷いな」
言葉に詰まるだけだなく、淡々と話すこの男に憤りを覚え、その怒りから拳を強く握り締めた。
しかし、「抑」の条件が戦災孤児だと知ると力が抜け、急に恐怖心が芽生える。もしかすれば、自分がそうなっていたのだはないか? と。
『そんな、酷すぎる話じゃないですかっ』
耳を塞ぎたくなったとき、部下の男が反論して叫んだ。閉じかけていた俺の目は、もう一度映像に注がれた。
『じゃぁ、お前は善人面して鬼兵を止め、戦争に負けるか? 爆撃によって自分の命や、大切な者の命を奪うか?』
『それは……』
『それにな、これは私個人の推測ではあるが、じきに戦争は終わる』
男は突然、思いもよらないことを言い出し、部下の男も俺も不意を突かれた。
『もうじき、“雪花の星”の時期なのは知っているだろう』
『えぇ。あれは私も好きです。あの青い雪には心が揺さ振られます』
なぜか、話は鬼兵とは無縁の“雪花の星”の話題へと脱線していった。
雪花の星 ーー
それは世界に起こる気象現象だった。
秋から冬にかけての季節の変わり目に降る特別な雪。丁度、今の時期に降る雪の名だった。
この雪は通常の白い雪とは違い、青い色をしており、別名「蒼明の雪」とも言われていた。俺の知る限りでは、その雪はいつも夜に降っていた。
月明かりに照らされた雪は、名の通り青白く光り輝き、幻想的な風景を演出し、一週間ほど、夜を楽しませてくれた。この雪は気温の低下を誘い、振り終えた後、風の冷たさに冬の訪れを予感させるものだった。
俺はこの“雪花の星”がとても好きだった。
この男は俺の好きな“雪花の星”でさえ非難するのかと、耳を澄ませて聞いていた。
『去年のその時期のことだ。その年、初めて“雪花の星”が観測された日、何体かの鬼兵が突然停止したのだ。その後、雪が観測された期間に停止する鬼兵は次々と増えていった』
『それは知っています。しかも、その原因は未だに解決されていないと』
『そうだ。軍はその解明に力を注ぎ込もうとしなかったのだ。目先の勝利を求めるために、鬼兵の生産を優先させた。だから、今、配備されている鬼兵にその対処処置はされていない。この意味がお前には分かるか?』
『原因を追求しなかったために、そのーー』
部下は口を噤んでしまう。男はそれを見て、彼に顎をしゃくって結論を急かした。
『今年も鬼兵は停止し、行動不能になってしまうと』
『そうだ。そして、次第に生産も追いつかなくなり、仕舞いには「抑」の数さえもなくなってくる』
『じゃぁ、いずれは鬼兵を動かす者さえいなくなってくると?』
『「抑」は決められた鬼兵一体しか動かせず、複数の機体を動かせない。問題を解決しなかった軍にとって、残されている道は二つに一つだろうな』
これは戦時中でもいつのころの記録なのだろうか? 確かに真実はどうであれ、戦争は“雪花の星”での鬼兵の解析不能な停止が原因で集結したと知らされていた。
映像と俺との間で、不思議な沈黙が流れた。
『それじゃぁ、今、私たちが行っているのはなんのためですかっ。戦争が終わると知りながらも、鬼兵を整備して、無駄な犠牲者を増やそうとしているのですかっ。戦争に勝つためと信じながら』
『これはただの憶測にすぎんと言っただろ。それにデカい声を出すな。もし、上の者の耳に入れば、我々の身も危険なんだぞ』
『しかし、これではっ』
『割り切るしかないのだ。これが戦争だ。それに俺たちがこうして、鬼兵を整備しているのだって、戦争に加担しているのだからな。ま、私は鬼兵を扱えればそれでいいんだがな』
部下の一言に希望が見えた気がした。けれど、男の冷静な世界の見方は、部下をも黙らせてしまった。
その後も男は平然と調整と思われる作業を続けている。その行動に俺は怒りが込み上げてきた。
「ふざけるなっ」
二、三歩離れた場所に転げる小石を拾い上げ、画面の男に向かって、勢いよく投げつけてやった。
石は見事に男の顔面に命中したが、相手が実際にそこにいるわけではないので、石は顔を通りすぎ、映像を隔てた壁に跳ね返り、無惨にも草むらに転げてしまう。
息を荒げながら、大きく振り上げた格好で立ち竦む。男は平然と映し出されたまま。空しさだけが嘲笑っている。
何が戦争だっ。何が割り切れだっ。そんなものは大人の身勝手な都合だ。傲慢にもほどがある。俺たちだって、好きで親を喪ったわけじゃない。みんな、戦争の犠牲になってしまったんだ。
それなのに、人手不足だからと行き先を失った子供を利用しる。しかも、嘘をついてまで。
「くそったれっ」
湧き上がる苛立ちをぶつけられず、その場で地団駄を踏んだ。
歯を食いしばりながら肩で息をしていると、誰かの視線にぶつかる。視線を移すと、それはミロクだった。
まだ映像を流すミロクの目は光っており、俺の体を通してあの男たちの映像が映っている。うつむいた俺の視線の先にそれが見えると、余計に苛立った。
俺の気持ちに気づいたのか、ミロクは映像を止め、目を光らせるのを止めた。光を失い黒くなったミロクの目をじっと睨んだ。
映像の輝きを失った中庭に暗闇が戻った。微かな月明かりがミロクの姿を照らす。
「お前は何を言いたい?」
ミロクを睨みながら歩み寄った。
「お前は俺にあんな映像を見せて何が言いたいんだっ」
元々、背の高いミロクは座っていても立っている俺と大した差はない。辛うじて目線が高い俺が見下ろして問いただした。
ミロクは答えるはずがない。なんの反応を見せない彼に苛立ちは高まる一方だ。
「答えろっ。お前はワザとこれを見せただろうっ。あいつの、霞の声がしないときにっ。どんな理由があるんだっ。今の映像にっ」
右腕を大きく振り払い、ミロクを叱咤した。
ただ分かっているのは、この内容を霞には話せないということ。
「ーーくそっ」
それをまるで分かっているように、俺一人のときを選んでこれを見せたミロクの意思を読み取れず、歯痒くて仕方がなかった。
ミロクが伝えたかったのはなんなのか? 未だにその答えを見出せないまま、また一週間がすぎ去っていた。
俺は今日もミロクの隣りに肩を並べるように座り込み、使う当てのない工具を掌でクルクルと回しては掴む、を繰り返していた。
時間が経つのは早いものだったが、それに反して修理の作業は遅れており、遊んでいる工具を握ったときに無意識に力がこもってしまう。上手く作業が進まない自分に、焦りさえ生まれていた。
作業の邪魔だと追い払っていた霞の声も、この身を裂くような静けさから逃れるためには望んでしまう。だが、今日に限って霞の騒がしい声は聞こえてこなかった。
「なぁ、お前ってさ、ほかにも記録してあるんだろう? 修理に関する映像があれば、見せてくれないか? このままじゃ、間に合わなくなってしまう」
手を止めて立ち上がると、ミロクの前に回り込み、神にもすがる気持ちで頼んだ。
ミロクの無機質な目が俺を突き刺してきた。俺はその目からどうしても視線を外せないでいると、ミロクの体から歯車が回るような音がした。
音が聞こえて間もなく、ミロクの目が赤く光り出した。彼は俺の頼みに答えてくれた。俺は図面の製図などを期待して、顔をほころばせながら振り返った。
映し出された映像が目に飛び込んでくると、緩んでいた頬が険しくなる。
宙に映し出されたのは図面ではなく、この中庭に似た、芝生に立つ幼い霞だった。
それだけならば、別に表情を曇らせない。現れた霞が、今にも泣き崩れそうに悩んだ表情で、助けを求めるような眼差しで立ち尽くしていたからだ。
見上げるように視線を送る霞と目が合うと、余計に霞の姿が儚く見えてしまった。
『ねぇ、ミロク、聞いた? あなた、出撃なんだって……』
霞は背中で手を組みながら、無理に笑顔を繕って弱々しく言った。
『私、聞いちゃったんだ。戦争はもう終わるって。なのに…… それなのに……』
次第に言葉は詰まっていき、最後には涙をこぼし、唇を噛んでしまっている。
必死に涙を拭おうとする姿は痛々しかった。
「止めろ……。もうこんな映像俺に見せて、何が目的なんだっ」
振り返り凶弾した。しかし、俺の声は空しく響くだけで映像は消えてくれない。
依然としてミロクの目は赤く光っている。
「聞こえないのかっ、止めろっ」
直接映像を止めようと、ミロクに駆け寄った。これ以上、霞のなく姿を見ていたくなかった。あいつが泣いていると、心が辛くて苦しかった。
それまで、“声”としか接していなかった霞は、まだどこかで幻なんだと言い聞かせている自分がいた。
だが幼い霞を知り、彼女が実在する人物となると、俺のなかでの霞の存在が膨れ、切り離せない存在となっていたのだ。
そんな彼女が苦しんでいる姿は、早く消したかった。
「ーーっ」
直接、映像を止めようと、胸の装甲を外し、工具をビスへと差し込んだとき、工具を伝って指先から全身に電気が走った。
咄嗟に工具を放り投げてしまい、離れた場所に飛んでしまう。まだ痺れの残る右の手首を左手で掴み、痺れを落ち着かせた。
痺れの残る掌を眺める俺のそばで、記録装置の動く音は鳴り続いている。
『どうして、戦わなければいけないんだろうね?』
「ーーっ」
寂しい霞の問いかけが耳に触れ、俺は痺れのことなど忘れて振り返った。
霞は目を真っ赤に腫らしながらしゃがみ込み、膝を抱えるように座ってこちらを眺めていた。膝の辺りで組んでいた手には、何か赤い手帳のような物を持っていた。
『偉い人はね、戦わなければいけないって言うの。戦わないと、私みたいな子供が増えてしまうって。そんな悲しい人を産まないためにミロクはいるんだって。それは分かるよ。私も独りになったとき、すごく辛かったから。
それでね、あなたと私が繋がる何かを持ってこいだって。二人の協調性を高めるために必要なんだって。それでなね、私考えたの。何があるかなって』
霞は両手で手帳を膝の上で握り締めじっと見詰めていた。その後、何も語ろうともせず。
その手帳に何が記されているのか、協調性を高めるとはどのような方法を取るのか、見当もつかず、霞の口が開くのを待った。
『あの日ね、私嬉しかったの。お父さんも、お母さんも、友達もみんな死んじゃって、もう生きる自信がなくなっていたとき、あなたに出会えたのが。
偉い人には、「そんなんじゃダメだ」って。あなたとの接し方に何度も怒られたわ。けれど、私にはそんなの全然つらくなかった。ミロクという友達ができたから。
この手帳のなかにはね、そんな私の気持ちがすべて入っているの。あなたと一緒にいた時間。私にとってこれは、ミロクと繋げる大切な物なの。だから、ほかの人には絶対にめせたくない。見られたくない。だから、あなたに持っていてほしい。お願いね』
両手で大切そうにこの手帳を抱えながら、目を細めて言った。
まるで、俺自身がミロクの記憶のなかにいるような錯覚に陥った。霞の赤く腫れた目が痛々しいのに、なぜか目を背けられない。
『でも、やっぱり、やだな』
霞……。
感情が込み上げてきたのか、再び霞の頬を涙が流れていた。霞は指で拭っているが、涙は溢れるばかりだ。
声をかけてやりたかった。映像の状況からして霞は一人なのだろう。しかもまだガキ。話の内容からして、身を裂かれるような気持ちに違いない。何もできない自分に、拳を握り締めるしかなかった。
『どうせなら、もっと無茶をしてもよかったね』
涙で息を詰まらせながらも霞は笑い、俺の知る今の霞のように冗談っぽく、明るい口調で言った。
『見たかったな。こんな寂しい室内の灰色の天井じゃなくてさ、真っ青な…… ら……』
「ーー?」
座りながら上を見上げる霞の声が一瞬途切れ、それと重なるように、霞の体にノイズが走った。
映像が古いのか、修理が完璧でなかったのか、霞の体はノイズで切れるのがさらに酷くなる。
『見せたかったな、あな…… にも、あの……』
ちゃんと最後まで言い切れないまま霞の声は途絶え、無声になった霞が笑顔をこちらに向けたところで、映像も声に続いて途切れてしまった。
誰もいなくなった俺の視線の先で、風が無邪気に舞って草を揺らしていた。
この後、こいつはどうなったんだ? 本当に戦場へと行ったのか? いや違う。霞は確か「戦え」と命令していないと言っていた。そうなると、今の映像は……。
俺は胡座を掻き、その意図を考えた。
「お前はなぜ俺にあの映像を見えた? 俺に何を伝えたいんだ? 教えてくれ」
もう偶然とは言えない。ミロクが出す映像には、なんらかの意味があり、自分の意思を俺に伝えようとしている。
それは自分の体の修理よりも重要で、優先しなければいけないほどに。霞がいた場所を見続けるミロクの目からそう受け取った。
映像の内容から読み取れる重要と思えるのは、撮られた時期がミロクに出撃命令が下った直後であるかこと。
今の霞の言動からミロクにそんな命令は出していない、と言っていたが、そもそも、おそらく戦場であったこの場所にミロクがいる時点で、それはあやふやになってしまう。
残ったものといえば、霞が持っていた「手帳」だ。彼女自身、それはミロクに出会ってからの経緯を記してあると言っていた。もし、手帳の中身を見ることができれば、ミロクの修理に役立つ物が記されているかもしれないし、もっと重要なことも手に入れられるかもしれない。その在処が分かればいいのだが、もちろん分からない。
「どこにある? それがあればいいんだが」
目を瞑り、目蓋の裏に可能性のある箇所を思い描いた。
「一番、可能性のあるのは、やっぱりその施設だろうな。けど、俺はその場所を知らないし。霞に聞こうとしても無理だろう。前に似たような状況であいつは拒んだからな。ほかには……」
思い当たる場所が浮かばないなかで、霞の言葉が空耳のように聞こえた。
「待てよ。確かあいつは手帳を見られたくないとか言っていたな。それで、それで確か」
霞の姿は見えていた。口が動いているのも。だが、その声が俺には聞こえてこなかった。
頬杖を突き、右の目尻を指圧しながら必死に言葉を思い返した。
見せたくない。誰に? あの映像に映っていた奴らだよな。じゃぁ、見せてもいいのは…… ミロク。お前だよな」
こいつの名前が浮かんだのと同時に腰を上げ、ミロクの目を眺めた。
視線を傾けず、右手の掌でミロクの肩に触れていると、俺の頼みを拒んでまで映像を見せていた意図が掴めた気がした。
高まる気持ちを抑えつつ、
「お前は俺にあの「 手帳」の存在を知らせたかったんじゃないか? あの赤い手帳にはすべてが記してあるんじゃないか? 俺が望むことも含めて」
そして、ここからが本題であり、和らいだ表情を引き締め、肩から手を離してミロクを見据えた。
「教えてくれ。お前はあの手紙の在処を知っているんだろう。もし、はっきりと教えられないなら、どんな些細なことでもいい。俺が探しに行くから」
強く求めたつもりだったが、反応はやはりなかった。
「頼むっ。あの手帳には何か深い意味があるように思えてならないんだ。ミロク、頼むっ」
これで返事がなければ為す術がなかった。拳もちからがこもり、強く握りながら固唾を呑んでじっと待った。
何度息を呑んだのだろう。口のなかが乾燥してしまいそうだ。ミロクに変化は依然としてなかった。
空しさからため息がこぼれる。
無理か…… それとも、まだ俺を信用されていないのか。
崩れるように地面に腰を下ろし、足を大きく開きながら背中を丸め、光をなくして両手の掌で顔を覆い隠した。
行く当てなくしてその場に寝転び、ミロクの凭れる木の枝の隙間から漏れる日差しを浴びていた。
「空がない部屋か。確かにそれは辛いかもな」
霞との会話で出てきた施設を不意に想像していまい、呟いてしまった。もし、俺がその施設にいたのならば、日の当たらない息苦しさで潰されてしまいそうだ。
もしかすると、霞もそうだったのかもしれない。あいつの声からして、活発な性格に違いない。きっと、ミロクと一緒ながらも、退屈を弄んでいたに違いない。
ミロクが映した人物二人は、大人の身勝手さを表しました。この二人の会話から、霞もある意味、被害者であることが分かり、自身も戦争による被害者である螺閃も苛立ちを覚え、それがこの作品の根源になるようにしました。
なぜ、この映像を見せたのか問う螺閃に反応を見せないミロク。それは今後のミロクの気持ちに繋がっていきます。




