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はじまりの場所  作者: ひろゆき
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 ーー ここから ーー (3)

 これまで螺閃は霞ミロクと出会い、考えが変わってきました。だからこそ、霞と本気でぶつかったりもします。でも、それは決して中庭に初めて訪れたときとは違う考えからぶつかっていきます。そして、螺閃は最後の決断をします。それを見守っていただければ嬉しいです。よろしくお願いします。

 雪が冷たく大地を染める中庭に、霞のすすり泣く声が響いていた。俺は悔しさで拳を握り締め、鉄の塊となってしまったミロクから目を逸らした。

 二人の間に会話が発生しない。霞は悲しみ、俺はどう接すればいのか分からず、黙ってしまう。二人の間にそびえる見えない壁。俺にはこの壁を乗り越える勇気がなかった。

「私って、何やってたのかな……」

 沈黙を破ったのは霞。霞は涙を拭いながら俺に訊いてきた。

 ミロクの死がよほどショックだったのか、自分に自信をなくしていた。

「私がこうしてここにいるのは無駄だったのかな? だって、そうでしょ? 私は生きてほしかったのに、ミロクは……」

 互いに目を合わそうとしない。霞の声だけが悲しく染み渡る。

「ふざけんなよ……」

 俺はかぶりを振る。

 頭では言葉を探そうとしているのだが、口が勝手に動いてしまい、気づけば吐き捨てていた。

 ようやく霞の顔を見られた。涙で目が真っ赤に腫れている。それなのに、俺はまた追い込みをかけた。

「ふざけるなよっ。お前はそんな気持ちだったら、ミロクはどうなるんだよっ。こいつは最期までお前のことを考えていたんだぞっ。それなのに、お前はそんな態度取るのかよっ。バカバカしい」

 胸に詰まったものをすべて吐き出した。見据える霞の表情が段々険しくなってくるのが分かる。

 俺の言い方がよほど頭にきたのか、霞は大きな目で俺を睨み返した。

「螺閃に何が分かるって言うのよっ。この十年間、私は必死だったのよっ。それなのにほんの一ヶ月程度で私たちのすべてを知ったような気にならないでっ」

「ーーなっ」

 感傷的な空気が広がっていたのが一転して、気が張り詰めた空気になっていた。お互いに不満を言い争い、睨み合ってしまう。

 緊迫した空気が辺りの空気を重くした。

 ーー刹那。

 小さな亀裂音が二人の間に割って入った。

 互いに一歩も引こうとしなかった俺たちだが、不意に音源に目をやった。

 聞き間違えるはずがない。それは雪に身を包まれようとしていたミロクからした。

「……ミロク?」

 確実に亀裂音はミロクの体から漏れていた。

 それまで睨み合っていたのに、引きつけられるように、二人はその音源を探し始めた。

 霞が場所を指示し、俺はそこの雪をかけ分け探る。自然とそんな分担が生まれていた。

「そこは?」

 何気に霞の指差した場所はレンズが飛び出していた場所。そこにはもう雪に完全に埋もれていたので、雪をかき分けた。

 姿を現したレンズに、俺たちは言葉を失いながらも、レンズを両手に拾い上げる。

「ーー割れてる」

 ミロクが倒れた際、レンズはヒビで済んでいたのに、今は真っ二つに割れて、触った衝撃でさらに破片が散らばった。さっきの音源はこのレンズが割れた音だった。

 亀裂音にしては、耳に鮮明に届いていた。

「ミロクが見ていたのかな……」

 ミロクに視線を向ける俺に、霞の呟いた声が聞こえ、高まっていた感情が急に落ち着いてきた。

 それはミロクが俺たちの言い争いを止めたのか? 

 唇を噛み、息を呑んでしまう。

「悪い。ちょっと言いすぎた」

 一時の感情に走ってしまった自分が情けなくなり、面と向かっては言えず、斜めを向きながらも、素直に謝った。

「ううん。私も、ちょっと変になっていた」

 霞も恥ずかしそうに目を細めて謝ってきた。ミロクは死んでも俺たちを見ていた。

 そう思えて仕方がなかった。

 レンズの欠片を手にしたまま、ミロクの座っていた木の下まで二人で戻った。そこは枝のおかげで、雪はさほど積もっていなかった。なので、そこに腰を下ろして、そして地面にレンズを置くと、二人してじっと眺めていた。

「螺閃って、これからどうするの?」

「ーーん?」

「だから、これからどうするの?」

 突然の問いかけに、俺はすぐには返答できず、呆然とした顔で霞を見てしまう。

 視線を宙に動かすと、腕を組んで首を傾げ、その質問に合う返事を模索して、いろんな道を思い描いた。

「やっぱり、「解体屋」?」

 考える俺に霞は投げかける。

 考えられる道と思いながら言ったのだろうが、霞は寂しげな表情を浮かべていた。

「……俺、「解体屋」は辞めようかと思ってる」

 思いがけない返事に霞は驚いたが、頬を和らげた。

 決して彼女の気持ちを考慮して言ったんじゃない。

 そう思い始めたのは、もっと前だ。

 考えが傾き始めたのは、ミロクの修理をしているころからだった。

「俺さ、正直、「鬼兵」をただの「兵器」としてしか捉えていなかった。けど、ミロクに会って、お前に頼まれて修理をしていく間に、何か考えが変わっていったんだ。ミロクからはまったく、“殺気”とか、“恐怖”を感じなかったんだ。それで、本当に兵器かって思い始めて。

 それから、特にあの手帳。お前の日記を読んでからさ、嫌々戦争の駒にさせられているのを知って、「鬼兵」や「抑」も俺と同じ被害者なんだって分かってから、それもありかなって思ったんだ」

 正直、ミロクを修理している間、楽しいとさえ思えていた。

「ふ~ん」

 小さく何度も頷く霞の顔は確かに笑っていた。

 そして、霞は両手をポンッと叩いて不敵な笑顔を俺に献上された。俺はその顔を見て、嫌な予感がしてしまい、苦笑してしまう。

「じゃぁ、一つお願いしていい?」

 ほらきた。

 予感が的中した。霞の右手の人差し指を立てて、目を細める姿が俺には怖かった。

「ーーダメだっ」

 俺は即答してかぶりを振ってやった。きっと、無理難題を押しつけてくるに決まっている。そもそも霞の一言で、俺はこうしてここにいるのだから。

 俺の返答に、霞は大いに怪訝な表情を作っている。その威圧感はすさまじい。

 無言の圧力は実際に姿が見えるより強烈になる。

「分かったよ。何をすればいい?」

 もう頼みを受けるしかない。俺は諦めてため息交じりで用件を聞き出した。

 嫌々受託した俺だが、霞のホッとした笑顔を見ると、さほど嫌な気分ではなかった。

「ただね。ほかの「鬼兵」を探してほしいの」

「はぁ?」

 突拍子のない頼みに俺は顔をひそめた。

「あ、その、ミロクみたいにきっちりとした姿で残ってるのなんてないと思うんだけどね。戦場に出て行ったみんなが、その後、どうなったのか、ちょっと知ってみたいなって思っただけ。ゴメンね。無理な頼みごとしちゃって」

「ハハハッ」

「ちょっと、そんなに笑うことないでしょっ」

 自分の言ったことに言い訳をしている霞の姿が可笑しくて、つい笑ったが、霞は逆に拗ねた。

 それには俺も言いすぎかと反省し、頭を掻きながら笑うのを止めた。

「いいよ。その頼み、受けてやるよ」

 俺の返事に霞は驚いてこちらを向き直して、疑いの目を向けてきた。それに俺は大きく頷いた。

 それでも信じられないのか、首を傾げる霞に、一拍置いてから言う。

「実は俺、いろんな街を歩いてさ、記録でもなんでもいいから、ほかに残ってるの「鬼兵」を探そうかなって思ってるんだ」

 以前なら考えられない自分の言葉に照れながらも、決心を固めて言ったつもりだが、俺の顔を見て呆然としている霞だった。

 じっと見詰める霞に我ながら恥ずかしくなり、目尻を指で掻いた。

「あ、ゴメン。ちょっと意外だったから」

 視線を泳がせる俺に、やっと気づいた霞は苦笑した。

「それにさ」

 俺は手にしていたレンズの欠片を顔の前まで持ち上げた。

「それに、このレンズを覆っていた「膜」について調べようと思ってるんだ」

「膜? どうして?」

 意味が分からず、霞は首を傾げる。

「実はさ、さっき雪が降り始めたとき、その膜も同じように輝いていたんだ。まるで雪と同調するみたいに。だからそれを調べたら、鬼兵がどうして停止したのかが分かってくるんじゃないかなってな。まぁ、そうなると、必然的にほかの鬼兵も探すわけだし」

 それが霞の頼みを快く引き受けた理由だった。偶然にも、俺の行動と霞の願いが重なっていたのだ。

 途方な旅になるかもしれないが、俺には迷いがなかった。

「なんだか嬉しい」

 霞は屈託ない笑顔を咲かせた。

「きっとみんな、喜んでくれると思うよ。きっと、ミロクだって「ありがとう」って言ってくれると思う」

「バ~カ」

 羨ましそうに言う霞に、一言冗談っぽく言った。そして、ミロクの最期の言葉を思い抱いた。

「ミロクはお前に一番感謝してるだろ」

「ーーえっ?」

 あのときの声は霞にも届いていると思っていたのは勘違いのようだった。霞は本当に心から驚いていた。

「ありがとう、僕のお母さん」

 俺はゆっくりとミロクの言葉を代弁した。

「ーーっ」

「お前、言っていただろ。自分はミロクにとってはお母さんのような存在だって。ミロクもそう思ってたんだよ。そして、最期までお前のことを」

 中庭の中心辺りで横たわるミロクを眺めながら、一文字一句ちゃんと伝えた。きっと、ミロクもこれは霞に届いてほしかっただろうから。

 また涙を流しているのだと思い、それを茶化してやろうと振り向くと、俺は絶句する。

 確かに霞は泣いていた。しかし、その体が透け始めていた。

 いくら霞が幻だと言っても、これまでは姿もはっきりしていた。なのに今は透けて、後ろの風景が見えていた。

「霞っ」

「ーーん?」

 声を張り上げる俺に、何も知らない霞は涙を拭いながらおどける。

「お前、その姿……」

 驚きを隠せず霞の体を指差した。そこでようやく霞もうつむいて、自分の体を確認した。

 一通り体を見ると、霞は俺の顔を見て、驚きもせず苦笑した。

「安心しちゃったのかな?」

「安心?」

「うん。いろんなことに」

「じゃぁ、お前……」

 分かってはいても、それ以上の言葉が出てこない。自分が認めたくないのかもしれない。

「まぁ、元々そうだしね。それがちょっと遅れていただけだから」

 不安を一切見せようとしない霞。それに俺は胸を打たれ、ここで動揺してはいけないのだと気づいた。

 俺も普段通りの顔をしてみせた。それでも心は動揺で壊れそうだ。だが、それを気づかれてはいけないと、必死で堪えた。

「そろそろ、私行かないといけないみたい……」

「……そっか」

 静に呟き立ち上がると、ミロクの方を向いた。俺も立ち上がると、霞の様子を見守った。

 霞はそのままミロクの方に進む。

 すると、踵を返し、俺に抱きついてきた。突然の出来事に驚き、心臓がが暴れ出した。

 元々、霞の体に触れられない。それでも、俺はこの小さな体に手を回し、抱くフリをした。

「ありがとう、螺閃」

「あぁ」

「私、あなたに出会えてよかった。本当によかった……」

「あぁ」

「うん…… うん」

 次第に霞の体が消えていく……。

「じゃぁ、そろそろ行くね」

「あぁ」

「じゃぁ、約束守ってよ」

「ったく。結局、それかよ」

 このような状況になっても、こんなことを言うのはやはり霞らしかった。霞はクスクスと笑っている。

「ミロクにとっては、ここは最期の場所になったけど、螺閃にとってはここからだね。ここが「始まりの場所」になるのを私、信じてるから」

「あぁ、そうする」

「ありがとう、螺閃」

 耳元でそっと囁くと、それを最期に、霞の姿はスゥッと俺の腕のなかから消えていった。


 青い雪が周りを青く照らしている。気温も下がっているのだろうが、さほど寒さを感じない。

 霞が消えた瞬間、暖かさが全身を包み込み、それが今でも残っていた。

 何気に夜空を見上げた。

 降り続ける雪が頬に触れる。

「ここが俺の「始まりの場所」か。確かに悪くない」

 右手をギュッと握る。

「ここから……」

 寒い夜に輝く“雪花の星”……。 

 俺はその雪をじっと見続けていた……。

 



   了

 

 この作品を考え出したころと、展開はかなり変わっていきました。当初、ミロクを修理し終え、ミロクと螺閃が霞の場所に行く。その道中、ほかの「抑」や「鬼兵」と出会う、という展開にしようと思っていました。しかし、霞とミロクの過去を考えているうちに、今回の展開にしました。異世界物では、剣や魔法、戦いというキーワードが出てこないのは物足りないかもしれませんが、こういう話もいいかな、と思っています。この作品を読んでいただき、ありがとうございました。

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