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はじまりの場所  作者: ひろゆき
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 ーー ここから ーー (1)

 今回から第五章になります。元の中庭に戻ってくる螺閃。でも、そこに彼の望んでいる形とはちょっと違います。だからこそ、これからの行動に迷いが生じてしまいます。それでも、ミロクにとって致命的なことが起こり出し、螺閃をさらに焦らせることになります。よろしくお願いします。


             第五章

         ーー ここから ーー



日の光はなく、周りは薄暗くなっていた。

 目の前の大きな木に座り込むミロク。風に揺れてなびく草。そこは紛れもなく屋敷の中庭だった。

「……戻って…… 来たのか?」

 この場所に戻れたことに安堵する一方で、日が暮れていることに焦る。

「風が冷たい」

 不安を積もらせる俺の横に近づく誰かの足が見えた。

「ーー霞?」

 見上げると、そこには空を見上げながら頬を風に触れさせていた霞の姿があった。

 あの白い空間での出来事は夢でも幻でもない。

 それはこの霞の姿が物語っていた。そうなると、もう俺は抵抗しようがない。霞が死んだという事実を受け止めるしか。

 日も暮れ、月明かりが中庭を照らしている。いつもと違うのは、その月が普段よりも鮮明に見えていたことだ。

「なんだか、もう降り出しそうね……」

霞が夜空を眺めながら、そっとこぼした。俺も見上げると、月の鮮やかさに焦りが積もった。

 手元に明かりを灯すのもそっちのけで、慌ててミロクのそばに落ちていた工具と、シートに並べていたボルトを拾い上げ、ミロクの前に座り込んだ。

「どうしたのよ、急に?」

 自分の横を慌ただしく走り抜けた俺に面喰らい、霞は声を荒げる。

「もう、時間がない。修理はひとまず後回しにして、取り出した部品を戻す。それからミロクにシートを被せて、雪から守るんだよ。でないと、いくら木の下でも、雪は当たりそうだ。これまで、ここまで無事なのが不思議なくらいなんだ」

 レンズから目を離さず、手を動かしながら話し、霞は「うん」とだけ返事した。もうここまできては、手を止めている時間さえももったいないぐらいだ。

 しかし、これほど時間が経っているのは予想外だ。あの白い空間と、こちらの空間とでは時間の経つ早さが違うのか。

 シートの上に並べられた部品を拾い上げるのに振り返る際、霞の姿がチラチラと視界に入った。霞は心配そうに胸の辺りで手を組み、祈るようにこちらをじっと見詰めていた。

 霞も辛いのだろう。自分は何かをしようにも、物を持てない。何もできず、じっと見ているだけ。それもかなり歯痒いはず。

 期待に答えるべく、俺の手も早くなるが、焦りで手元が狂い、部品を落とすのを繰り返してしまう。

 なぜ、そうなってしまうのかは自覚していた。俺は迷っていたんだ。霞の思いと、ミロクの思いに。

 霞はミロクを「生かしたい」と思っている。だが、それに対してミロクは……。

 お前は「行きたい」なんだよな……。

 ミロクの顔を眺めて問いかける。ミロクが行きたい場所。それは霞のそば。

 それはミロクの気持ちに触れたときに感じたからまず間違いない。

 問題なのは霞がいる場所。それはすなわち、「死」を望んでいる。互いの思いを痛感しているからこそ、俺は困惑する。

 二人の間に揺れる思いは、つい作業の手を止めてしまった。工具を持った手を膝の上に落としてうつむき、間を閉じた。どちらか一方に決断を下すために。

 ミロクの願いを尊重するのなら、俺はこのまま作業を中断すれば済む。ミロクは“雪花の星”に触れれば、完全に機能を停止するだろう。

 なのに、どこか納得できないような気がした。俺が手を止めたことに霞は焦ったのか、後ろで叫んでいた。耳に膜が張ったみたいで、内容が入ってこない。でも必死なのは伝わってくる。

 二人に挟まれた俺。どちらにしても、俺の選択がすべてを握ってしまっていた。

「早く、螺閃っ」

「ーーっ」

 霞の俺を呼ぶ声が、うつむいた体を震撼させる。その叫び声に目を開いた。

「……そうだよな。決まってるよな」

 二人の気持ちはできる限り尊重したい。けれど、それは根本的に間違いだと霞の一括が目覚めさせてくれた。

 ミロクの霞に対する気持ちは充分に分かる。ミロクと同調した際に触れたし、俺も親を亡くして生きる目的を失い、その道を選ぼうとした。

 けれど、それは違ったんだ。

 やっぱり、自分から死を選ぶのは間違ってるんだ、ミロク。

 ようやく決心がついた。この選択がミロクを裏切るものとなっても、俺はもう迷わないし、後悔もしない。

 工具をギュッと握り締めたとき、頭上で淡い光が漂っているのに気がついた。どこか優しくも感じる不思議な光に。

 頭上とはいえ、それはミロクの体の辺り。ちょうど、部品を取りつけ直している「レンズ」付近。

「ーーなんだ、これっ」

 光が飛び込んできたとき、俺は驚愕した。光は予想通りミロクからだったが、輝きを発していたのはレンズだった。

「ーー? いや、違う。それはレンズじゃない。この膜が光ってるのか?」

 目を凝らし、淡い光に顔を寄せると、光が膜を通り抜けた様子は伺えない。光っているのは表面に覆われた膜の方だった。

 この光が体にどんな影響を及ぼすか不明なのに、好奇心が背中を押し、膜に指を伸ばしていた。

「ーー螺閃っ」

 上擦った霞の声が指を制止させた。

 が、それ以降、一向に文句が飛んでこない。

「どうした? 文句はないのか?」

 拍子抜け俺は、半分にやけながら振り返った。すると、こちらを向いていると思っていた霞は、まったく別方向の夜空に顔を向けていた。

 声をかけた俺にも気づかず、こちらを向こうとしなかった。

「おいっ、霞っ」

 大声で名を呼んでみたが、それでも向こうとはしなかった。

 霞は何かを食い入るように見詰めていた。

 人の名を呼んでおいて、それかよ……。

呆れて気力も失せ、頭を掻き毟ってしまう。

「螺閃、空っ」

 やっと反応を見せた霞を見ると、右手の人差し指をスゥッと夜空に差し出した。

 無言のまま夜空を指し続ける霞に、俺も空を見上げた。

「空がどうかしたか?」

 ぽっかりと穴を開けた建物の上部の夜空。闇には無数の星々が泳ぐ中心から、満月がこちらを覗いているだけ。

 別に異変はないと、頭を下げた俺だったが、すぐにその“異変”に気づき、また夜空を見上げた。

 冷たい風が木の葉を揺らすと、無数にあった星たちが一つ、また一つと大きくなっていった。

「まさかっ」

 目を剥いて声を張り上げた。

「降ってきた?」

 不安そうな表情を浮かべ、霞は俺に訊いてきた。俺は無言のまま小さく頷き、夜空の様子を伺った。

 星は淡く青い光を帯びた雪に姿を変え、天使の羽が舞うようにゆっくりと地上に降ってきた。

 ある一つの雪が俺の頭上に降ってくる。

 ゆっくりと散る雪を目で追い、その行き先に掌を差し出して待っていると、雪は掌に舞い落ち、儚い光を輝かせて溶けていく。

 身を凍らすような冷たい風、淡く青い光を帯びた雪。間違いなく、これは“雪花の星”が訪れた。

「間に合わなかったの?」

「ーーっ」

 雪に気を取られていた俺は我に返り、慌ててミロクに振り返ると、まだ本降りでないのと、その場所は木の枝によって傘ができていたので、ミロクにまだ被害はなかった。ただ、同調したように、レンズ付近が雪と同じ光をまとっていた。

 一目散に俺はシートを敷いてあった場所に駆け寄り、工具を投げ捨てて、代わりにシートの端を握ると、その上にあった物など気にも留めず、勢いよく引っ張った。

「ちょっと、何っ、急にっ」

 驚いた霞がオドオドしながら声を荒げる。

「もう、時間がないっ。このシートでミロクを隠すっ。いくら木の下だからって、風に乗って雪が飛んでこない保証はないっ。安心できないんだよっ」

 手元のシートの扱いに戸惑いながら、険しい形相でいる霞なの説明する。

 俺の考えが伝わったのか、霞は心配そうになりながら、何度も頷いていた。だが、その横で次第に増している雪の輝きが目障りでしかたない。

 両手に持ったシートを大きく左右に広げ、ミロクの前でこれをどう被せるかを考える。どう考えても、ミロクの方が大きい。

 ミロクと睨み合う俺に、レンズの輝きが俺を惑わせた。この光が雪のように見えて仕方がなかった。

 考えている暇もなく、このレンズを隠すように覆い被せようとした瞬間、俺の足は止まってしまった。

 この膜が光り出したとき、雪は降り出した。まるで、それを待っていたように。この膜と“雪花の星”とは何か関係があるのか?

 膜の光がまるで俺の動きを止めるように、脳裏を刺激してきた。

 ダメだ。今はそんなことを考えている場合じゃないっ。

 漠然と浮かんだ疑問を振り払うようにかぶりを振り、シートを被せることだけに意識を集中させた。

 内部がさらけ出された部分が雪に触れるのは一番厄介だと感じ、腹部を中心にシートを被せようとした。

「………っ」

 膝を着いてミロクにシートを広げていると、背筋が凍りつく悪寒が全身に走り抜けた。

 体を硬直させたのは、獲物を狙う獣が鋭い牙を尖らせ、鋭い眼光で射程範囲にいる俺を捉えている。そんなイメージだ。

 誰だ?

 獣の威圧に負けて体は動こうとせず、視線だけが泳いでしまう。

 耳を澄まして気配を探ろうとしていると、どこかからかジィィッと、機械音が聞こえる。

 ーー トメナイデ ーー

 ……ミロクッ。

 あの白い文字が俺の視界を遮る。これまでの出現のタイミングからして、それはミロクの声だと直感して、恐る恐る首を反らした。

 腹、胸、首と、ミロクの体を上に辿っていくと、行き着いた先には、首を下げて俺を睨む冷たい目が光っていた。

 赤い目の奥のカメラが、ジィィッと音を鳴らしている。俺はミロクが動いた事実より、その無機質な目に恐怖を抱き、視線を逸らせなかった。

 何十にも重なったシャッターの壁が開いたり閉まったりを繰り返している。どうやら、俺の動きを伺っているようだ。

 ミロクがこんな動きをするのは初めてだ。

 ーー ユキガフッテイル ーー

 その文字と同時に、ミロクは顔を上げ、霞のいる方角を見た。

 ーー イカナクチャイケナイ、ヤクソク ーー

「ちょ、ちょっと、待てっ、ミロクッ」

 嫌な予感が走り、俺は慌てて体勢を立て直し、ミロクの両肩を手で押さえると、力を込めてその場に踏み留まった。なぜだか体が勝手に動いていた。

 こいつ、やっぱり。

 予感は当たった。ミロクは立ち上がろうとしていた。

 ーー イクンダ、アノサキ ーー

 ミロクは今まで一度も動こうとしなかった重い腰を上げようとしていた。俺はそれを必死で押さえた。

 だが、人よりも一回り大きい巨体。体の至るところに故障をきたしていても、その力は計り知れず、俺がどれだけ歯を食いしばって抵抗しても、負けそうな勢いだった。

 ミロクと地面との距離が次第に広がっていく。それに対して、俺の腕が悲鳴を上げそうになっていた。肘が細い枝みたいにすぐに折れそうだ。

 ーー ジャマダッ ーー

 腕を押し出すのに顎を引いていると、冷酷な文字が乱暴に浮かんだ。これまでにないミロクの感情に、つい目線を上げた。その瞬間、全身から力が抜けていき、俺は膝から地面に崩れ落ちた。

「……鬼だ」

 焦点が定まらず、地面を呆然と見続けながら呟いた。思い返しても、その恐怖から体が震えそうだ。

 霞とミロクの考えが違ってきます。それは、お互いのことを考えているからこその行動です。いつか、螺閃、霞、ミロクが向かい合う形を作りたいな、と思っていました。そして“雪花の星”によって、また螺閃らを苦しめます。これは初めから大きな存在であり、苦しめるものとして考えていました。

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