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はじまりの場所  作者: ひろゆき
10/15

 ーー イカナクチャ ーー (1)

 “雪花の星”が近づき、螺閃はタイムリミットに焦りが強まります。それは絶対に守らなければいけない焦りです。だからこそ、ミロクの心臓であるレンズに触れることで知ることは、螺閃にも思いもよらないことになっていきます。よろしくお願いします。

              第四章

         ーー イカナクチャ ーー



 後悔を何度も繰り返しているうちに、時間が流れるのは早かった。霞からの通信が途絶えて、一週間が経とうとしていた。

 その日、雲の流れは早い。雲は一定の場所に留まらず、果てない居場所を求めて進んでいた。その光景を中庭から見上げる俺の目は、焦りで曇っていた。

 雲が急ぎ始めたのは二日ほど前のことだ。肌に触れる風も時折、刺すように痛く、上着が恋しくなる。そんな感覚になるのは、あの現象の前触れであった。

「そろそろ降るかもな」

 細かく、薄い雲を眺めながらぼやき、“雪花の星”の訪れをひしひしと感じていた。

 迫り来るタイムリミット。

 その重圧に押し潰されそうで、ため息ばかり漏らしていた。今も、かぶりを小さく振りながら視線を落とし、肩を落とした。

 目の前に胸の装甲を外して座り込むミロクと対峙して座り込んでいた。

 霞と話さなくなってから、ほとんど修理は前進していなかった。

 残る部分はレンズ部分。そらに手を拒めていた。手を抜いてサボっていたわけでもない。レンズを覆っている膜の除去に頭を悩ませていた。

 元々、このレンズ部と手帳の入っていた部分はこれといった修理方法が見当たらなかった。手がかりが記されていると思った手帳にもそれは記されておらず、もうすでに元の場所に仕舞っておいた。そのために振り出しに戻った形となり、表情を強張らせていた。

 一週間の間、ずっとそれを悩んでいたわけわけでもない。何か別の方法はないかと、かなりの散策をしていたのだが、見つからなかった。やがて残された時間が少なく、俺は一つの決断を下すか悩んでいたのだ。

足元に折り重ねられた真新しいタオルの山。腕を組んでタオルをじっと睨んだ。一つの決断とは、このタオルで、地道に膜を拭い取る方法だった。

 下手に刃物を使い、膜を剥がした際、レンズに傷をつけては元も子もない。

 レンズを取り出すのは容易にできるが、残された問題に悩んでいた。別の解決方が見つかるだろうと高を括って、この部分を後回しにしてきたが、それもできなくなった。

 霞に事情をきちんと話し、俺としては実に情けないのだが、相談もしようとした。だが、俺のかけ声は一方通行なだけで、霞の声は聞こえない。

「やっぱり、するしかないよな」

 煮え切らない思いを断ち切るように言い聞かせ、すべてが上手くいくと願いながら、作業を行うことを決めた。

 一度深く頷くと腰を上げ、右手に工具を握り締めると、ミロクへと覆い寄った。

「大丈夫だ。きっと上手くいく。俺が絶対に直してやるからな。それで直ったら、霞の場所へ向かうんだろう? あぁ、行かせてやる。絶対に」

 ミロクの顔とのすれ違い際、優しく話しかけた。安心させようとこぼれた言葉は、大方、俺の願いも含まれていた。

 俺も霞に会いたくなっていた。そして謝りたかった。

 レンズを固定していた部品が一本ずつ外され、芝の上に敷かれたシートの上に並べられていく。

 頬を掠める風はひんやりとしているにも関わらず、額には汗が滲み出そうになってくる。工具を握った掌もどこか湿っていく。

 緊張から手汗が止まりそうにない。

 レンズを傷つけてはいけない緊張を、体は正直に表していた。

 一つずつ取られていくにつれ、ため息をこぼす。

「ーーっしゃ。後はレンズを取り出すだけ」

 緊張で濡れた手をタオルで拭い、意識を手先に集中させながら、レンズに手を伸ばした。

 ーー チガウ ーー

 息を押し殺し、レンズを凝視いていた俺の視線が一瞬闇に染まり、はっきりとその言葉が浮かび、手を止めた。

 それは明らかに目の前に現れた。声ではない。まさに“言葉”だ。「チガウ」と、この三文字が視界に白く浮かび上がり、俺の作業を邪魔したのだ。不気味さに手を引き戻した。

 薄気味悪さ抱えながら、ミロクの顔を見上げた。

「まさか、今のーー」

 あり得ない可能性と知りながら、原因を確かめるべく話しかけた瞬間、背中に悪寒が走り、それと同時にミロクの体に人影が映るのが目に入った。

 人影はミロクの顔までの高さだった。俺はしゃがんでいたので、腰の部分までしかなく、顔の高さまであるとすれば、そらは俺の後ろに誰かが立たなければ生まれない影だった。

 すぐさま振り返ったが、そこに人などおらず、普段通り風が走り、草や木の葉を揺らしていた。

 ちょっと待てよ……。

 閑散とした光景に寒気が襲い、苦笑いをするしかなかった。こんな思いをするぐらいなら、同じ不可解さでも、ミロクの仕業だとはっきりした方が気持ちよかった。

 恐怖に体を硬直させたのか動けず、前方を眺めていた。今の出来事は幻であったと錯覚させるように、草花は穏やかに風に揺れていた。

 ーー マチガッテル ーー

 穏やかな揺れに落ち着きを戻そうとしていたとき、またしても闇は視界を覆い、別の言葉が現れた。その言葉を読み終えると、胸を締めつける不快感と頭痛が襲う。

 頭痛に頬を歪め、両手で頭を抱えていても、言葉は消えなかった。目を瞑っても、目蓋の裏に焼きつけるように浮き上がってくる。

 頭痛はさらに攻撃を強め、頭が揺らぎ、その場に倒れ込んだ。横たわる姿勢のなか、意識が遠退きそうになると、現れた言葉が光りを帯び、瞬く間に目の前を真っ白に変えてしまった。

 視界からすべての物体が白く消え失せて、前後左右も掴めなくなってしまうと、その空虚な輝きから逃げるようにして、意識が遠退いた。


 耳を凝らし、その音を確かめるが、真っ暗な闇のなかでは何も聞こえない。それでも、心臓の鼓動は全身に伝わり、目覚めを望んでいた。

「…………っ」

 どこからともなく声なき声が鼓膜を横切った。それに導かれるように、暗闇に水平線が広がっていく。

 目を開き、視界が広がっていくが視野は狭く、視界の四方の隅が黒く霞んで何もに見えなかった。その狭さのなかで、最初に見えたのは中庭の芝生だった。見える高さからして、倒れたはずなのに、なぜか立っているみたいだ。

 意識が戻り出し、自由を求めて腕を動かそうとした。 

 しかし、腕は硬直して動かない。

「……ーーっ」

 なんだ、声が……。

 それだけじゃない。声がまったく発せられなかった。口を動かそうとするのだが、上唇と下唇が離れず、動かせなかった。

 姿勢は起立した状態だが、どの関節も思い通りに動いてくれない。首も動かず、視野の狭さから何も見えない。まるで操り人形の糸で縛られているみたいで、自分の体ではないようだ。

「おはよう」

 身動きが取れない体でもがいていると、後ろから聞き覚えのある声が投げかけられた。

 霞なのか?

 声の主は霞だと直感した。が、それを確認しようにも振り返れない。

 サク、サクと芝生の上を歩きながら、誰かが近づいて来る足音がする。その時点で霞の可能性はなくなるが、彼女の声がしたのも、足音がする方角からだ。

 不安になる俺をよそに、足音は俺を回り込むように近づいて、俺の目の前で止まった。

 霞でないと諦めて目を閉じていた俺は、半ば半信半疑で目を開いた。

 すると、そこには幼い姿の霞がいた。

 肩まで伸びた黒髪にリスみたいにパッチリとした目。立体映像で観たときと同じ黄色いワンピースを着ていた。だが、以前と違うのは、霞は映像ではなく、そこに人として現れていたのだある。

 なぜ突然霞が現れたのか、そもそも、どうして十年もの昔の姿で目の前にいるのか、いくつもの疑念に驚愕し、面喰らってしまう。そんな俺を、幼い霞は満面の笑みを献上してくれた。それを目の当たりにすると、不安が自然と薄れていった。

 映像越しではなく、目の前にして霞の笑顔を見るのは初めて。よく見れば霞の笑顔はどこかぎこちなく見えた。

「とうとう、来ちゃったね。私たち、出撃だって……」

 出撃? なんだ?

 意味不明な言葉を発すると、霞の表情は一変して、今にも泣き崩れそうに唇を震わせ、次第に震えは酷くなり、視界から消えていたが、全身に広がっているみたいだ。

 立っているのさえ、覚束ないほど震えた霞を、俺はただじっと見詰めるしかなかった。言葉をかけようにも、未だに声がでなく、歯痒くてならなかった。

 クソッ、動けっ。早く動けよっ。

 目に見えない呪縛に抵抗している間にも、霞の顔は苦しさを増していた。苦痛に耐え切れなさそうな霞は、ついに目蓋を閉じた。

 霞っ。

 辛うじて動く目で視線を下ろすのと同時に、霞の震えが治まっていた。

「やっぱり、できないっ。私にあんな命令なんて言えないっ」

 霞の叫びが木霊した。悲鳴のような叫びが響くと、霞の姿は俺の視界から消えてしまった。

 霞はしゃがみ込んだみたいで、消えた先ですすり泣く声だけが耳に届いていた。

「やっぱり、嫌よっ、私にはできない……」

 霞の尋常じゃない様子に、視界が少し広がり、その限界まで視線を落とすと、霞が泣き崩れて膝を着いて座り込んでいた。

「ねぇ、そうでしょっ。あなただって、そんなの絶対に嫌でしょ」

 霞の眼差しが俺を震撼させる。やっとの抵抗が、悲しげな目を見返すしかない。

 事態がまったく掴めないでいた。霞の言動は疑問ばかりで、それを確かめようにも、体は依然動かず、声も発せられなくて自由になれない。狭い視界に映る霞の姿が儚く見えるだけだ。

「………」

 クソッ、なんで声が出ないんだっ。

 ただ名前を呼べるだけでいいんだっ。

 それなのに、息を詰まらせるような鈍い音が空回りするだけ。

 頼むっ。でないと。

 刹那、俺の思考がピタッと停止し、眼前の光景が歪んでいく。渦を巻くような光景のなかでうずくまる霞の表情も次第に強張り、瞳孔を開くと、目を剥いて、俺の背中に向けて眼光を注いだ。

 誰かが後ろにいる。異様な気配を背中で感じると、頭痛までしてきた。それは人なのかも分からない。けれど、その物体の足音がこちらに迫って来ていた。

 ーー コナイデ、キテホシクナイ ーー

 意識が呆然とするなか、あの白い文字が頭に浮かび、足音が近づくたびに、俺を襲う頭痛は激しくなっていく。

 ーー イヤダッ、イヤダッ ーー

 渦を巻く視界が暗くなり、そこに文字が浮かぶ。しかも、今回の文字は今までの整えられた文字ではなく、筆で乱暴に走らせたみたいに荒々しい文字であった。

「まだここにいるのか。もう作戦内容は話したんだろうな」

 低く、ドスの利いた声が背中から聞こえる。声質からして、かなり年老いた男の声だ。

 身動きが取れなくて姿は見えないが、イメージからしてゴツゴツとした顔をしていそうだ。

 そいつの顔を見て怯えているのか、霞の顔色は血の気が引いてしまい、青白くなっていた。

 不思議なのは、俺の心臓が激しく脈打っていることだ。初めて聞く声なのに、以前から知っていて、この人物に恐怖から怯えているみたいに。

「霞。もう話は済んだんだな。早くこいつを連れて行け」

 男は俺を無視して霞に命令する。

 なんか、ムカつく奴だ。

 振り返って怒鳴りたいが自由が利かないので、霞の表情で把握するしかなかった。霞はまだ怯えている。

「早くしろっ。お前たちのためだけに一個小隊を待機させている。こんな場所で無駄な時間を費やす暇など我々にはないのだぞ」

 男は霞のことなど気にもせず、容赦なく追い立てた。

「……ません」

「ーーあん?」

 投げかけられた視線から逃れるように、霞は目を逸らし、途切れそうな小声で呟いた。

 聞き取りにくかったのか、面倒臭く返事した男に、霞は体をビクッとさせ、意を決したみたいに、口を開いた。

「私には命令なんてできません。やっぱり無理ですっ」

 威勢よく声を張り上げ、決意のこもった眼差しを男に向ける霞だが、すぐに打ち砕かれてうつむいてしまう。

「ふざけるなっ。お前は自分の存在意義を知っているのかっ。すでに何人ものお前と同じ境遇の者を見送っているのだろうっ。なら、理解しろっ。次はお前なのだ。さっさとこいつに命令しろっ」

 間髪入れず、男は怒鳴った。この怒声にまたしても霞は肩を縮めてうずくまり、座り込んだまま動けないでいた。

 霞を見る限り、男の無言の圧力は凄まじかった。霞は一向に顔を上げず、壊れそうな声で、微小な抵抗をする。

「できません…… ほかのみんなを見ているから、余計にできません…… 嫌です」

 霞……。

 次第に息を詰まらせ、鼻をすする音が混じり始めた。影土見えないが、霞は泣き出したようだ。

 すすり泣く霞の声が広がる。風の音もしないここでは、泣き声さえも大きく響いてしまう。そんな霞に、俺は手を差し伸べることさえできない。

 情けない。

「泣いて助けてもらうつもりか?」

 男の声が耳に入った瞬間だった。非情な言葉を吐く男に、さっきまで怯えていた感情が吹き飛んでしまい、代わりに男に対する怒りの震えが湧き上がってきた。

 ふざけるなっ。

 ふざけるなっ。

 何勝手なこと言ってやがるっ。

 憤りは強かった。ほんの少しの微々たるものだが、体の自由が戻りつつあり、腕が少し持ち上がりそうだ。

「お前、自分の命は大切か?」

 突拍子のない男の問いに意識が揺らいだ。

「なんのことですか?」「もし、俺がこいつを助けてやる代わりにお前が死ねと言えば、お前はどうする?」

「ーー?」

 突然の問いに言葉を失った。それだけじゃない。霞は目を剥いて動揺を露わにしていた。

 それは、裏を返せば俺か霞。どちらかを選べと言っているのか。選ばれた者は助け、外された者は殺すと。

 そんな選択を幼い霞に迫っている。

 霞の動揺が地面を伝って響いてきそうだ。それほどまでに周りは静まり、この場にいた三人は沈黙した。

「迷うことはない。自分の本当の気持ちを言えばいいのだぞ」

 これまでとは違い、温厚な口調で男は述べた。

 戸惑う霞に優しく気遣うが、言葉の裏に隠した薄汚い魂胆が丸見えだ。

 何が迷うなだ。クソッ。

 内心で毒づくしかできない。

 苛立つ気持ちは治まらないが、それよりも霞が心配になった。こんなふざけた提案に惑わされてしまうとは微塵にも思っていないが、霞を見守った。

 視線を傾けた瞬間、息が詰まってしまう。

 霞が俺の顔をじっと見詰め、真っ赤に腫らした目から、大粒の涙が頬を濡らしていた。

 判断に迷う悲痛な霞の眼差しが痛すぎて、霞を直視できず、目を泳がせていた。

 わけも分からなく殺されるのはゴメンだ。だが、霞に死なれるのだってもっと嫌だ。状況が掴めず、体すら自由に動けない俺にとって、どんな意見を言える立場じゃない。けれど、これだけは言える。

 お前の好きなようにしろ。

 身勝手な言葉かもしれない。でも、どちらかの選択を迫られると、結局巡りつく結論は一つだけ。声を発せられない俺は勝手だと知りながらも、霞に判断を託す。

 少しでも俺の思いが届けばと、動く範囲で霞を見た。すると、不思議なことに気持ちが伝わったのか、霞は微笑みを献上してくれた。

 そして、一つ大きく頷いた。霞のなかでこの腹立たしい選択の答えを見つけたみたいだ。

「そんなの、決まってます」

 華奢な身をゆっくり起こし、凛とした態度で構えると、はっきりとした口調で霞は男に向かって言った。

「だろうな。迷う必要ない。なら、お前の命は助けーー」

「私を殺してください」

 なっ。

「ーー?」

 霞の返答は、男もまったく予測していなかったみたいだ。

 俺も、まるで全力投球で投げられた石が心臓に直撃したみたいな衝撃に体全身を痺れさせた。

 背中の男も何も言わないのを考えると、動揺しているのだろう。

 膝から下の力が一気に抜けていきそうだ。動揺する俺ひ反して、霞は力強い眼差しを男に注いでいた。

「それは意外な答えだな。お前はこんな奴のために、自分の命を捨てるのか?」

「ーはい」

 即答である。霞に揺らぎはない。

「お前のような奴は初めてだ。これまで全員がお前のように命令を下さなかった。だが、今のよいな選択を投げかけるとどうしたと思う?」

「………」

 ーー全員?

 男は霞の反応を楽しむような口調で話を焦らした。

 それに対して、霞は男の悪ふざけに乗らないように、必死に耐えていた。

「教えてやるよ。みんな、自分の命を選んだんだ。結局、自分が可愛いんだろう」

「酷い……」

 霞の表情が青ざめていく。全身から力が抜け、立っているのがやっとのようだ。

「悪く思いなよ。こうでもしないと、お前たちはちゃんと従ってくれないからな」

 霞の反応を楽しむような言い方しやがって。その言い方はないだろっ。

 砕けた話し方をしていたと思えば、急に真面目腐った言い方をするふざけた態度に、冷めかけていた怒りがまた込み上げてきた。

 霞を追い込みそうな男の話は続く。

「そいつを見捨てるのが嫌だなんて考えるな。そんな感情はこいつらに必要はないのだ。早く命令を下せ。そうすることが、こいつのためでもあるんだ。お前も死なずに済むぞ」

「………」

「悩む必要も恥じることもない。みんな、そうしてきたんだ。悪いことは言わん。お前もそれに続け」

 そうするのが最善の方法だと言わんばかりに、男は霞を誘導しようとしていた。

別に霞が助かるのなら、俺はどうなってもいい。だが、それをこの男に言われるのだけは尺に障る。

「私は……」

 困惑を誘う男の言葉に、霞はようやく重たい口を開こうとした。俺の意識もそちらに集中した。

 まだ決心が揺らいで迷っているのか、霞は小さな手を握っては開くを何回も繰り返していた。

 五、六回目に手を握り締めたとき、そのまま開こうとせず、ギュッと強く握る。どうやら決心したらしい。

「やっぱり、私は命令したくありませんっ」

 霞の覚悟が強く響き渡った。だが、俺はそれを素直に受け止められない。

 揺らぐことのない真っ直ぐな目に戸惑うのは俺だった。答えを聞いた瞬間、罪悪感に苛まれた。

 ちゃんと、俺が自分の意識を言えれば。

 声が発せない自分を責める。俺はそれを理由に甘えていたのかもしれない。

 だが、後悔も後の祭りなのか。もう霞は答えを出してしまった。後の判断を下すのは俺ではなく、背中にいる男だ。

「最後にもう一度訊く。それがお前の答えなんだな?」

「はい」

 二人の会話を耳を澄まして聞き、自分に下される判決を待つような身で、男の言葉を待った。

 俺の心配をよそに、男はすぐに答えない。

「バカなガキだな」

 男は一言吐き捨て、それ以上何も言わない。それどころか、俺たちを焦らすように、ゴソゴソと物を探すような音がした。

「あぁ、俺だ。ちょっと、問題が起きた。いや、そうじゃない」

 急に男は一人で話し出した。

「ーーだな。で、こうなってしまってはどうする?」

 話の間からして、誰かと通話しているようだ。

 数分の間、俺と霞を放置して男の会話は続いた。

「……分かった。ではそう処置する」

 意見がまとまったらしい。

「ま、これもお前が望んだ結果だ。恨まないでくれよ」

 刹那、霞の表情が歪んだ。

 男が俺の見えないところで何か不穏な動きをしたらしいが、それを確認できない。

「最後に教えてください。この後、彼はどうなるんですか?」

 最後? ちょっと待て、どうしていきなり最後なんだ?

 霞の何気ない台詞がなぜか引っかかり、気になってしまう。

 男に体を向けながらも、視線は俺に向けている霞。俺を気にかけてくれているのか、男を直視できないのか、その真意は掴めない。

 体の自由が利かない分、音だけで動作を察知しようと神経が研ぎ澄まされるなか、背中での微かな音を、聞き逃さなかった。

 音? なんだ、今の?

 ギリギリと金属でだきた何かが擦れ、ゆっくりと回る音。背中が警告するように、確かに聞こえる。

 それだけだはまだなんの音だか分からない。聴覚だけでなく、視界をも頼りにこの状況を理解しようとした。

 しかし、霞しか見えない。霞の姿から後ろの男の姿を推測するしかなかった。

 あの音…… あれに霞は怯えたのか? 怯える? あの音は金属音だったな。金属音で怯えそうな物ーー

「心配するな。こいつはそのままの姿ではいられないが、いろんな部品として役に立ってもらうよ。じゃぁな」

 じゃぁな? 最後…… 死ぬ? それで金属……  まさかっ。

 俺の脳裏にある凶器が浮かび上がったとき、風を切り裂き、凍らせるような轟音が轟いた。

 命を脅かし、金属を回す音のする物。直感的に浮かんだのは「拳銃」だった。金属の回る音、それは引き金を引いたときの音。

 気づいたとき、装填されていた弾丸は男の手から離れていた。

 刹那、霞の体がふらりと揺れる。

 幼い霞が出たとこと。螺閃の前に現れる白い言葉。それはある強い意思からくるものであり、それは恐怖にも似ているのかもしれません。螺閃は霞のために、声に出さずにも動こうとしているのですが、螺閃の思いに反する言葉の壁。なぜ否定するのかが、サブタイトルにも繋がっていきます。

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