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はじまりの場所  作者: ひろゆき
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 ーー 寂しいのか ーー (1)

           第一章

       ーー 寂しいのか ーー

   


 空は青かった。

 この腐敗した世界には似合わないほど綺麗だ。この罪深い世界は嫌いだったが、ガキみたいに無邪気に顔色を変える空だけは好きだ。

 高級住宅が建ち並び、金持ちの貴族どもが活気づいていた姿が蜃気楼みたいに霞む街は、今となっては屋根が吹き飛び、窓ガラスは散らばり、壁も吹き飛んでしまい、廃墟に成り果てていた。

 ざまぁないな。

 プライドを剥ぎ取られたみたいな廃墟を、一人歩いていた。

 広い敷地に焼け焦げた柱の跡や、砕けた壁が帰らぬ主を待つように、まともに残っている建物はほとんどない空虚な風景。

 おっと、へぇ、意外だったな。今日はもうダメだと思っていたんだが。

 生気すら失った街並みに諦め、追い風に絶ち阻まれていると、街の一角に半壊しつつも、比較的にしっかりと建てられた屋敷を見つけた。

 そこは街を外れる一本の道を進んだ奥の丘の上に建っていた。

 今日の仕事場を見つけて胸を踊らせ、屋敷へと急いだ。今日の戦利品が残っているのを信じながら。

 街を散策して走るなか、誰一人として人影を見なかった。街の状態を見るからに、以前は激戦地になっていたのだろう。そのために、街は死んで人は消えていった。

 当然だろう。誰だって、また襲われるかもしれない街に居座るつもりはないし、戦争が終わったって、嫌な思い出が残る街に帰りたくはないだろう。

 しかも、街は見るからに貴族が住む街。ほかの街に別の家を持っていたって、不思議じゃないからな。きっと、みんな移住したんだろう。だから、この街には俺みたいな「解体屋」しか足を踏み入れないだろう。


 十二年前、俺が五歳。まだ、ガキだった俺にとっては、理由もクソもない。ただ、戦争が起きた。

「これが戦争なの?」

 無頓着な問いをテレビを見ながら親に 問いかけたかとがある。

 このときばかりは、親も困り顔をしていた。本当にバカな質問だ。

 テレビ画面に赤い火の手が舞う被害地や、白い包帯を血で真っ赤に汚した被害者が残酷なまでに映されていた。

 意味が分からないままでも、その姿を見て背筋を凍らせていた。だが、そのころ住んでいた街はまだ、「テレビのなかの世界」として傍観者として観ていた。

 開戦から一年が経ったころ、安全な立場は横暴に奪われた。次第に広がる激戦地。どの街も戦火に染まっていく。テレビで観た光景が目の前に広がり、俺の小さな瞳と、鼓膜には悲痛なまでの銃声と悲鳴が木霊していた。

 親もそのころ、簡単に奪われた。

 これが戦争なの? 

 誰に尋ねたって答えてくれる人はいなかった。みんな自分が大事。いや、答えてくれる余裕すら、すべて奪われていたんだ。

 たった一人になり、少しでも安全な場所を探し求めて迷走した。その間、ガキに誰も手を差し伸べてなどくれない。親は生きるためになんでもやった。盗みなんて毎日。誰も責めない。それが当たり前だった。

 それからまた一年、開戦から二年。ようやく終戦を迎え、静まりを取り返した。 

 そのあとの政治状況なんかに興味はない。無関係だ。そんなことより、生きるためには、一つの選択肢しかなかった。

 戦争が終わり、罪を背負った世界ならではの職業が生まれた。

 それが「解体屋」だった。

 読んで字のごとく、「解体屋」は物を解体すること。戦時中、世界に散らばった兵器を見つけては回収し、解体してその兵器をスクラップにするのが役目であった。

 銃などの小物はそのまま、大型はその物が使い物にならなかったという規定の部品を、政府公認の役場に持って行けば、解体済みと見なされ、それ相応の金を貰えた。

 だが、それ以上に危険も伴っていた。解体には不発弾も含まれている。もし、処理中に万が一の事故が起きようと、政府は一切の責任を負わない。

 そんな危険な職柄でも、世界に散らばっており、俺もその一人だった。

 勝手なものだ。自分たちが散りばめた兵器を国民に拾わせるのだから。

 そんな危険な仕事でも、解体屋は生きる術といっても過言ではない。終戦とはいえ、身寄りのない俺は生き抜くのにこの仕事に縋るしかなかった。

 残念なのは、十年経っても、一生遊んで暮らせる額を手にする大物には出会えず、小物は見つけては売ってを繰り返し、今まで綱渡りの暮らしをしているのが現状だ。


 そして今日も、この街に来て金目の物を探していた。廃墟の街ならば、それだけ激戦だったはずだから。けど、期待外れ。金目の物はすべて奪われ、本当にただの廃墟だと諦めた先に現れたのがあの屋敷。

 丘に辿り着き屋敷を見上げた。レンガ造りの立派な建物だ。けれど、そばで見れば、レンガのあちこちが崩れ、建っているのがやっとの様子で、玄関すらなく、不審な訪問者を好んで歓迎する老廃ぶりだ。

 さて、どうしたものか。

 顎に手を当て、入口の奥に見える暗闇を睨みながら、屋敷に足を踏み入れるか自問してみる。

 危険な匂いは漂っている。まるで見えない空気が手招きをしているようだ。けれど、勘は「入れ」と背中を後押ししていた。

 どうかしている。見えない手招きに心が騒いでしまうのだから。

「ま、手ぶらで帰るのも嫌だしな。調べるだけでもしておくか」

 ため息を一つ吐き、心の隅で躊躇して怯えた臆病に言い聞かせ、屋敷へ踏み込んだ。

 屋敷内はやはり老廃は進み、あちこちに瓦礫が散らばり、天井も壁も崩れ、隙間から楽譜に散りばめられた音符みたいに点々と日の光が暗い床を射していた。

 外からでは、玄関から真っ直ぐ通路があるように見えたが、そうだはなく、屋敷に入ると、そこはまず広間となり、中央に大きな階段があり、階段は途中で左右に分かれ、そのまま両脇にある二階の通路に繋がっていた。

 見え隠れしている二階の部屋に何があるのか、興味を誘われるが、残念ながら、両方とも屋根が崩れて、瓦礫によって進路を塞がれていた。どうやら、屋敷の機嫌は悪く、俺を拒んでいるみたいだ。

 残念なことに屋敷の機嫌を治す手土産を持っていない。瓦礫を登ろうとすれば、そのまま雪崩を起こされ、別の世界へ連れて行かれそうだ。ここは素直に二階を散策するのは諦めよう。

 けど、一階は探らせてもらうぞ。一階の部屋の扉は一カ所だけ進めそうだからな。

 屋敷の手厚い歓迎である瓦礫の上を音を立てながら歩き、扉のノブに手を当て、ゆっくりと押し開けた。

 自然と口角が上がりそうだ。

 未知の世界に入り込むこの瞬間がたまらなく好きだ。扉の先にどんな宝物が待っているのか、それを想像しただけで心が躍る。

 否応に始めた仕事であっても、自然と体に沁み込んだ解体屋の醍醐味かもしれない。

 待て、待て、落ち着け。今回はあまり期待してはいけないぞ。

 いくら大きくても、屋敷に戦車などの大物が残っているわけでもない。可能性としてあるのは、この場所を休憩所としていた軍が残していたかもしれない、銃や弾丸。そうした小物に体する期待に留まらせるべきだ。

 扉を開くと、まず迎えたのは風だ。通り道を見つけた風が頬を掠め、玄関の方へ駆けていった。その間、目蓋を閉じ、風が去ると目を開いた。

 するとその先は、またしても瓦礫が散らばった通路。右の壁にはいくつかの扉が並び、反対の左には大きな窓が並んでいた。

 やはり、歓迎されてないのかね、俺は。

 窓ガラスは砕け散り、その先が、丸見えになっていた。なぜだか、部屋の方にはまったく、意識が向かず、窓の外に興味が惹かれてしまった。

 二、三歩進み、窓のそばに立って外を覗いた。すると、そこには建物の状況とは不釣り合いなほどの綺麗な庭が広がっていた。

 この屋敷はコの字型に建っていたようで、どうやら中庭に位置する場所だった。

 外からでは、屋敷がこの庭を隠しているみたいだ。

 活き活きと生える芝生や、風に揺れる小さな花に、柄にもなく目を奪われた。

 庭がどれほどの広さなのか知りたくなり、ふと、視線を奥に傾けたときだった。

「ーーっ」

 刹那、胸に大きな衝撃が走り、唾を思わず呑み込んでしまい、目を見開いた。

 それからは衝動的に体が動いた。ガラスの抜けた窓を飛び越え、中庭に飛び出すと、その場に駆け寄って、そいつを確かめた。

 目を何度も擦り、幻ではないのを確認した。それでも鼓動は激しさを増すばかり。

「おい、おい、おいっ。うおぉぉぉぉっ、ちょっと、待てよっ、嘘だろっ」

 誰かがいるわけでもないのに、辺りを見渡し、誰かに問いかけるように歓声を上げた。

「そんな、これって、「鬼兵」? 」

 視線をそいつに戻し、ため息交じりで呟いた。

 中庭の中心には、立派な木が生えていた。大きく太い幹が伸び、長く空に伸びた枝には青々とした葉が風に揺れていた。

 木の幹の根元に、人の形をした“そいつ”は木に凭れる形で腰を下ろしていた。

 鬼兵 ーー

 戦時中、人はそいつをそう呼び、恐れていた。

 

 戦争の最中、人型起動兵器として扱われていたこれは、世界を飛び回り、戦場を駆け回っていた。背丈は人より一回り大きい二メートル弱。太い筒を繋ぎ合わしたような体格をしていた。

 丸みを帯びた体からは信じがたいほどの力を振り回し、顔にある一つ目はまるで鬼の目のように真っ赤に光っていた。

 どこの国がこいつを設計したのか、謎に包まれていた。どこから情報が洩れたのか、世界中の国がこの「鬼兵」を主戦力として戦争が続いていた。

 こいつの投入により、戦局は混乱を呼んだ。長い間、人ならざるこの鬼の息である起動音に住民は恐怖し、誰もがかの鬼を止められなかった。

 しかし、鬼兵も不死身ではなかった。早期投入を急いだためか、こいつらにも問題が発生し、ある日を境に次々と、その命の花を散らしていく。

 皮肉にも、鬼兵たちの鼓動が静まっていくごとに、人々の戦争に体する疑念が膨らんでいく。

 なぜ、戦うのか?

 何を求めるのか?

 どれだけの悲しみを背負えばいいのか?

 不安や疑念は積もるばかりだった。

 そして、開戦から二年。今から十年前に戦争は終わった。そのころ、鬼兵が倒れた原因を軍は突き止めたらしいが、詳細はまだ解明されていないらしい。

 噂ではまだ解明は続いているらしい。

 その後、用済みとなった鬼兵たちは当然のように、軍は回収を進めたが、何しろ数が多かったために、回収は困難を極め、今にいたっても続いているらしい。

 そして、最終的に「脅威の力を残さない」を理念に、政府はこの「鬼 兵」を兵器の一つとして、解体屋に探らせ、処理させるようになった。


 その問題児が目の前にいた。こいつは解体屋にとって、とてつもなく上玉で、宝とまでいってもいいぐらいに貴重な存在だ。

 目の前のこいつは、体のあちこちが錆びつき、装甲の一部は剥がれ、内部の千切れた配線が剥き出しになっていた。右腕の肘から下は破壊されたのか、吹き飛んでしまっていた。それでも、丸みを帯びた四角形の頭はしっかりと首を上げ、赤い目は青い空に、何かを求めるように眺めていた。

 さてと……。

 こいつがどういった具合に破損しているのかを、しゃがみ込んでじっくりと観察だ。

「思ったよりしっかりしているな。まぁ、俺も実物を見たのは初めてだけど。えっと、おっ、特徴の左腕は残ってるんだな」

 こいつの特徴である、大きく造られた左腕。この豪腕によって、いくつもの戦車や建物が破壊されていた。どんな銃弾よりも強敵だったらしい。

 そして、この手によって数え切れない人間の命も散らされたのも事実……。

 それでも左腕が錆びていても残っているのに感心した。その肩には、赤い文字で「三十六」と番号が記されていた。

 確か、蟹で似たような奴がいたな。片方のハサミがデカい奴。

 解体してしまうのだから意味はないんだが、なぜか嬉しかった。

 しかし、こいつはよく、こんなところで残っていたな。

 ふと、空に視線を上げて、流れる雲を見上げた。

「さてと、それじゃぁ、仕事にかかるか」

 視線をこいつ、「三十六」に戻すと、腰に巻きつけていた、小さなカバンから、解体用の棒状の工具を取り出し、右の指先で数回回転させてから、ギュッと握り締めた。

 簡単に解体といっても、こんな大物を扱うのは初めてだ。慎重にやらなければいけない。集中とともに腰を上げ、まずは「三十六」の首元を調べようと、顔の近くに体を近づけた。

 首元には装甲を剥がすためのビスが数カ所あった。まずはそれをは外そうと、工具を近づける。

「おい、おい、何緊張してんだよ」

 工具をビスにはめ込もうとするのだが、指先が震えて上手くはまらない。

 解体の順序は知っていたのに、初めてのせいか、手元が定まらない。

「大丈夫だっての。いくぞ、俺っ」

 鼓舞して手を動かし、なんとかビスにしっかりとはまってくれ、ひとまず胸を撫で下ろす。

 最初の動作なのに、疲れが一気に溢れるようだ。間を開けまいと、工具を回そうとするのだが、またしても手を止めてしまう。

「…………」

 今度は緊張からではない。なぜだか、手を回すのを逡巡してしまったんだ。

 一旦、「三十六」から工具を放し、一歩下がって、空を見上げるこいつをじっと見つめた。

 瞬きを忘れ、じっと見入ってしまう。そして、

「お前…… まさか、寂しいのか?」

 不覚にも、兵器なんかに話しかけてしまった。けど、冗談じゃない。心からこいつに訊いてみたかった。

 工具をはめて、回そうとするのだが、「三十六」の体から工具を通じて、俺の指先、そして、心になぜか壊れそうな感情みたいなものが伝わってきたんだ。上手く説明できない。けれど、一番表現しやすいのが“感情”だ。

 じっと「三十六」の顔を見つめた。こいつは何も語りかけてこない。目である赤いレンズはじっと空を見つめている。その無表情な顔から、不思議と誰かを待っているように見えた。俺は工具をカバンに戻し、もう一度そばに寄ると、今度は赤い目を覗き込んだ。

 赤いレンズの奥に、さらにまたレンズがある。何も感情なんてものは滲み出ない無機質なレンズだ。

「ハハッ。何やってるんだよ、俺は。「寂しい」? そんなわけないだろう。ハハッ」

 確認して我に返ると、一時の奇妙な感覚に戸惑いを抱きながらも、苦笑して「錯覚だ」と自分に言い聞かせた。

 気を落ち着かせようと、右手を「三十六」の胸に手を当て、深呼吸をしようとしたとき、

『あなたは誰?』

「ーーっ」

 突然の出来事に心臓が止まりそうだ。今回ばかりは錯覚でもなんでもない。確かに女の、まだ幼い子供のような声が鼓膜に響いた。

 心臓を鷲摑みにされたような緊張が走った。慌てて仰け反り、後ろの中庭の様子、さらに左右にある建物の窓の奥まで睨んで様子を伺った。

 眼光を光らせるが、視界に飛び込んでくるのは、日の光に照らされる芝と、殺風景な建物の内部だけで、女の姿どころか、人影さえもなかった。

 はぁ? 幻聴? 嘘だろう?

 困惑と不安が襲い、頭を抱えてしまう。嫌気が差すほどの気持ち悪さ。最悪だ。

 まったく。なんだってんだよ。冗談も程々に。

『ねぇ、あなたは誰?』

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