26 旅路の終わり
ある日、元青年はひさびさにヒトを見た。ウェットスーツに身を包んだダイバーの一群。
そばにいた孫が尋ねた。
「お祖父ちゃん、おおぜいの見慣れない動物がこっちに来た」
「全身真っ黒で、足にヒレがついてる」
「あれはダイバーだ。人間という生き物だ」
「ボク、はじめてみたよ」
「いつもは陸に住んでいるのだ」
「陸って?」
「この海の底の地面が、水の天井よりもっと上に飛び出て、水がなくなったところ。それが陸だ」
「そんなところに生き物が住めるの? ヘンなところに住んでるんだね、人間って」
「いろんなところに住む、いろんな動物がいる。陸にもいろいろな生き物がいるんだよ」
「ふうん。その陸から、人間は、はるばる海の底に、いったい何をしにきたの?」
オニヒトデは答えに詰まった。
彼は知っていた。あの人間たちは、自分たちを駆除しに来た。
捕まえて、酢酸を注射して殺し、金属製の籠に入れ、トラックの荷台に積んで肥料会社に持っていくのだ。
近寄ってきたダイバーは、あのベテランのネイチャーガイドだった。
すばやくヒトデを殺処分して、次々と籠に入れていく。
元青年は殺されるとき、
(さすがに手慣れている)
と思い、それきりになった。
彼も、その子孫たちも、周囲のオニヒトデたちは、小一時間のうちにあらかた捕り尽くされた。
* * * *
陸に戻ったダイバーは、捕獲したヒトデを軽トラに積み替えた。
その様子を見ていたオババがベテランのダイバーに話しかけた。
「今日もしっかり稼いだか」
「おう。大漁さー。もっとも一銭にもならないけどな」
大量のヒトデは、肥料会社に運ばれた。
そこで、死骸は粉砕され、鶏糞や豚の糞や生ゴミやサトウキビの絞りカスなどと混ぜられ、発酵されて、肥料になった。
肥料は畑にまかれ、サトウキビを育てた。
サトウキビからは黒砂糖や、その他の砂糖が作られた。
商店やスーパーやお土産物屋で売られて、人間に食べられた。
一部の黒砂糖は、お土産として配られたが、そのまま棚の奥にしまいこまれ、数年後に発見されてそのまま燃えるゴミに出された。
* * * *
元青年の魂は、サトウキビを最後にその役目を果たしきり、長い輪廻転生の旅を終えた。
すべての煩悩から解放されて解脱を果たし、涅槃へと成仏したのである。
南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏
(完 2019.1.18)
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