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11 血の匂い
過去数年の間に、この海域で何人かのダイバーがサメに襲われてニュースになっていた。そのことは青年も覚えていた。
たしかオオメジロザメという種類だ。
いや、今通り過ぎたのがその種類かどうかは分からなかったけれど。
あのサメはこの広い海の中を、たまたま通りかかったのだろうか。
違う。
明らかに血の匂いを嗅ぎつけて寄ってきたのだ。
青年は、いま、はじめて死の予感をリアルに感じた。
Uターンしてきたさっきのサメが、今度は正面から接近して、青年の真横をすり抜けた。
生きた心地がしない。
もう、いつ食われてもおかしくない。
青年は、恐怖で青ざめたが、いまやシビレは全身に回っていて、指一つ動かせない。
涙も出ない。
(タコ、絶対食ってるだろ、俺のケツ)
シビレているから痛くはないが、周囲の水の濁り方がすごいことになっている。
どこからか、殺気が迫る。
尻に絡みついていたタコがさっと離れて去る姿が視界のすみに映った。
そして、真横から高速で迫ったサメが青年の脇腹に食らいついた。
 




