盗賊の砦・屋上②
こちらの戦闘で手いっぱいで、向こうを気にする余裕が無かったのだけど。召喚した木人形は、どうも護衛盗賊に倒されてしまった様子。
渡し板の際に配置したので、攻撃力のありそうな牙虎は参戦出来なかったみたい。そのお陰で意外と時間を稼げた様子、その連中が現在兵舎の屋上を通過中。
そして俺の仕掛けた《地駆けラット》に嵌って、程良くダメージを受けている。
よしよし、こちらの目論見通りに足止めは出来ているな。とにかくこちらは、大ボスの盗賊首領と何とかタイマンに持ち込みたい訳で。
ここに生き残っている盗賊団の雑魚達は、奴らが合流するまでに何とか始末しておきたいところ。何しろエリアボスの“不屈”のゴラス、二つ名通りだと物凄くタフそうだし。
もちろんパワーも充分ありそう、そんな相手に更なる有利を融通したくない。
《地駆けラット》の有効時間は、割とあるようで掛け損で済んでなくて有り難い。ちなみに敵が罠に掛かってからの効果時間は、這い回る鼠が倒されるまでである。
その間、向こうは身体を這い回る仕掛けに、隙だらけでこちらは仕掛け放題な訳で。俺は武器を再度弓矢に交換しつつ、東の砦に陣取って射撃の構え。
場所的には、先行していた護衛盗賊の方が仕掛けやすいんだけど。
ここは攻撃力の高そうな、牙虎を先に始末したい。弓矢の的としても大きいし、散々練習した距離よりほんの少し遠い程度だ。ここは腕の見せ所、連射しながら少しずつ前へ。
敵の首領は、ようやく西の砦を渡り切った所。こちらのSPは充分貯まった、必殺の《貫通撃》を喰らわしてやると、途端にペットのサーベルタイガーはヘロヘロに。
いい感じに推移しているかな、接近前にコイツは始末しておきたい。
そんな事をしている間に、護衛盗賊の縛りが解けた様子。この距離なら魔法も届くし、風や土の足止め魔法も展開可能ではあるのだけど。
その後ろに迫る大いなる脅威に備えて、敢えて護衛盗賊は素通しに。
牙虎もその場で暴れ回った結果、鼠の束縛は呆気なく解けてしまった。向こうの怒りゲージはマックスの様子、ここまで一方的に攻撃されたら当然だと思うけど。
それよりも、最後の護衛盗賊がとうとう渡し板に足を掛けてこちらへ接近する素振り。ここは敢えて妨害せずに、近付けると厄介そうな牙虎を先に片付けるかな?
そのすぐ後ろには、首領ボスが既に追い付いている。
さて忙しくなって来た、護衛盗賊がこちらに接敵する前に、何としてでもサーベルタイガーを撃墜しなければ。などと考えつつ、既に魔法の詠唱は始まっているのだが。
ここは変に格好付けずに、一番スキルの高い闇魔法の《バグB》をぶつけてやる。射程がやや短い魔法だが、突っ込んで来た牙虎を迎え撃つには充分な威力。
敵のHPは後ほんの少し、これなら慌てずに削り切れるかな?
接敵までに華麗に武器チェンジ、短槍を取り出しつつ襲い掛かる牙虎を手甲でガード。愚かにも伸び上った姿勢で、柔らかそうなお腹が丸見えである。
さすがにケダモノ、こんなに簡単に弱点を曝け出すとは。右手で持つ短槍で思い切り突いてやると、相手はギャンと鳴いて嫌がるように身をくねらせた。
もう遅い、さらに追加でとどめの一撃を放り込む。
これで呆気なく、敵の主戦力の一角が瓦解した模様。ファーはネムを従えて、今はフリーの護衛戦士を迎え撃とうと飛んでいくところらしい。
健気なその勤労意欲に、俺は思わずほろっと気が緩みそうになってしまった。本当に世話を掛けて申し訳ない、俺も最強ボス戦に向けて増々頑張らないと。
その首領ボス、いよいよ東の砦の渡し橋に足を掛けていて。
その巨体が急に消えたのは、何と言うかトラップが正常に作動したからである。短い仕掛け時間だったけど、敵がこちらの罠に嵌まってくれたのは上々の出来栄え。
何の事は無い、本当の渡し板を外して『闇水』の海月モドキを板の形でセットしておいたのだ。首領ボスがそこに足を掛けたタイミングで、それを解除して退場願って。
今頃ボスは、落下ダメージに悶え苦しんでいる筈。
3階の高さ程度では、多分死んではいないだろうけど。大きな怒鳴り声が響いて来たので、敵の怒髪天を突く状況は辛うじて把握出来ている。
取り敢えず怒涛のクライマックス戦闘は間際らしい、魔力のガムを口に放り込んで各種強化魔法の掛け直し。最後にマナポーションを飲んで、体調を万全に整えて。
最後に残った護衛盗賊に、退場を願いに突進して行く。
武器は変わらず短槍だ、単体の敵だと信頼の複合スキルと、更に手甲での防御力上昇が有り難い。ネムの足止めが効いていて、隙だらけの護衛盗賊に勢い良く突き掛かり。
そうこうして行くうちに、相手の体力は確実に減って行く。段々とコイツ等の対処の仕方も分かって来た、対人戦に自信を持ちながら戦闘は華麗に終了。
さて、盗賊ボスがやって来るまで少し時間があるかな?
無かったみたい、それでも砦の壁際の窪みにポーション瓶を隠し置く時間は取れたので良しとして。さてと、いよいよ最終ボス戦のスタートだ。
気を引き締め直して、ようやく砦の屋上に姿を現した敵を見定める。
「このクソ餓鬼がっ……楽には殺してやらんぞ!!」
「餓鬼とか言うなよ、お前にとっての災厄だろう?」
首領ボスは他の雑魚に較べて巨体で、パワーもスタミナもかなりありそうだった。エリアボスなので当然だが、強さは相当なモノだろう。
俺の仕掛けた罠に見事嵌って、屋上から落下ダメージを喰らったエリアボス。東の砦の頂上に辿り着いた時には、HPを2割近く失っていて怒り心頭。
オマケにたくさんいた部下も、全て失っている始末。
こちらも万全とは言えないが、取り敢えずは戦える姿勢は整っている。長丁場の戦闘でスタミナはすり減っているが、幸い地下の牢屋で一息つけたのが大きい。
相手の怒りはもっともだと思うけど、同情する謂れはこちらには全く無い。むしろ自業自得だろうと、理論武装してラスボスと対峙してみるものの。
何と言うか、人型と対峙している気が全く起きないのは何故っ!?
むしろ獣だ、野獣じみた容貌もそうだけど、対面した圧が半端無い。装備する大斧も凄いが、奴から溢れ出る怒気と殺気の混合ミックスが致死量を超えそうな猛毒振り。
元々この首領ボス、髭も体毛ももじゃもじゃのワイルドな蛮族仕様なのは確かだ。体躯の大きさと怒気が混ざって、そこそこ広い砦の屋上が狭く感じる始末。
さすがにエリアボスだ、完全に呑まれそうな存在感である。
「まずは手足ぶっこ抜いて、それから念入りに頭を潰してやる……」
「そんなら俺は、一息にお前を始末してやるよ……」
おいおい、15~18禁の規制が緩くなったご時世とは言え、これは無いだろうと内心呟きつつ。挑発を交えつつも俺の観察は続く、何しろ実力では負けは確定なので。
敵は大斧使いで、兎にも角にも一撃が怖いのは確かだ。《硬化》を切らさず、スピードで攪乱する戦法でどの程度通用するかだけど。
こちらは相棒がいるけど、真正面からは正直向かわせたくない。
何しろ相手は爆発的なパワーの持ち主だ、今も挨拶代りの斬撃で砦の防壁が半壊している。何とか避けた軌道上にあった石壁があの様だ、この身に当てられたら一溜まりもない。
それはネムも同じなので、俺の心配は当然だけど。宙空から果敢に仕掛ける仔竜に、盗賊の首領はウザったそうに変な技を仕掛けて来た。
《鋼糸絡み》と言う技をモロに喰らい、地面にポテッと落ちる仔竜。
「ぐへへっ、コイツは高く売れる……儂の団の再建に、役立って貰わんと困るからな」
「させるかよ、そんな真似……っ!!」
良かった、命は取られないみたいだ……もっともこの身に限っては、その法則に当て嵌まらないだろうけど。なにしろ奴の斬撃は、情け容赦の無い破壊力。
戦線離脱したネムに、気を配っている暇は無い。ってか防壁を壊されたせいで、こっそり忍ばせて置いたポーション瓶が粉々になってしまっていた。
これにはファーもオカンムリ、ちゃっかり逃げ延びてたのね。
ファーが自由なのは朗報だ、それでなくても向こうのHPの方が遥かに俺より上なのだし。どこかで回復を挟まないと、負け路線は確定である。
隠し置いてたポーション瓶は無駄になったが、こちらにはまだパウダー系とファーの差し入れ戦法がある。削り合いに持ち込んでも、僅かに光明があるのと思っておこう。
そうしないと挫けてしまう、何しろ超巨大な壁を目にしてるのだから。
蟻と象とまでは言わないけれど、実力差は歴然としている。試しに交わした斬撃で、その差を身を以て体感しつつ。幸いボスの装備は硬くないけど、元の体力が違い過ぎる。
戦闘は既に始まっていて、何度か深い突きが“不屈”のゴラスの体躯に入っているのだが。全く効いている気がしない、実際敵のHPバーにほとんど変化が無い。
対するゴラスの一撃は、掠るだけでHPを持って行かれるレベル。
スピードはこちらの方が勝っているので、モロに喰らう事は無いとはいえ。圧力は半端無い、しかも段々と相手が特殊技を織り交ぜ始めて来た。
《大木斬》や《八裂斬》などはまだ良い、刃物の軌道が単純なので前以ての予測が可能なのだ。ところが《足払い》や《体当たり》が混じり始めると、こちらのペースも崩されて。
うっかり体勢を乱した所で、通常攻撃が左肩にヒット。
凄い衝撃だった、飛ばしてた自転車が急に横転したような、歩道を歩いてたら自動車に横から当たられたような。堪らず尻餅を突きそうになりつつ、根性で耐える。
機動力を失ったら、畳み込まれて完全にアウトなのは目に見えている。しかし予想外だ、敵が体術系の特殊技を使って来るとは。
持って行かれたHPは2割程度、計算すると5発で負け確定っぽい。
強烈な特殊技まで浴びてしまうと、更にノックアウトまでの間隔が縮まってしまう。マメに回復を挟みたいけど、相手も簡単には隙を見せてくれないだろう。
とにかく相手も焦らせないと、余裕を与えては向こうのペースで戦闘を運ばれてしまう。スキル技の《四段突き》をお返ししてやるが、全く怯む様子を見せない難敵。
それでも体力は減らせているし、こちらの余力もまだまだある。
連撃と必殺技を喰らうのだけは、とにかく阻止しないとと思っていたけど。癖のある特殊技まで混ぜられると、途端に死の門が近付いた気にさせられて嫌な気分に。
こちらの攻撃は順調に相手を削っているのだ、危なくなったらファーが水晶玉で目晦ましの援護もしてくれてるし。死闘を始めて1割は削れたかも、恐らくペース的には好調な筈。
再びやって来た《崩落斬》と言う特殊技も、間一髪で避ける事に成功。
冷や冷やモノだな……しかし相手の大技の撃ち終わりは、こちらにとってチャンスでもある。技の硬直時間を狙っての、必殺複合スキルの《白垂飛泉槍》を敢行!
ググッと減る相手のHPと、急速に上がるこちらのテンション。ただし残念なお報せが、足場が荒い石組みの屋上なので、水溜まりが出来る余地が無いのだ。
これでは、敵の動き阻害は期待出来ない。
少しでもアドバンテージを得たい所だけれど、それも侭ならない現状に少しだけ焦りつつ。それでも首領ボスの体力は6割程度に減った模様。
よしよし、倒せない敵ではないのだ。ちょっとHPが多くて、倒すまでの道のりが凄く大変なだけ。ボスの装備はワイルドだが、そこまで防御に優れてはいない様だし。
このペースを崩すな、きっと最後まで辿り着ける。
相手の目の色が変わったのに気付いたのは、俺が喧嘩慣れしているせいだろうか。まさかこちらが、複合技まで持っているとは思っていなかったのだろう。
侮りが消え、少しだけ慎重さが戻って来たような気がする。これは上手くないな、血気盛んに責められていた方が、むしろ単調さにこちら的には好機だったのに。
どっしりと構えられて、急にやり難くなったな。
それならこちらも絡み手だ、魔法を織り交ぜて敵を鈍らせて行けばよい。ただし目潰し系などの弱体は、掛ける程に相手も耐性が付くからいざと言う時用に取っておきたい。
回復がどうしても必要とか、いったん距離を置いて立て直したいとか。なにしろ長期戦は必至である、こちらの突きは既に3ダース程度は突き刺さっていると言うのに。
全く怯まない敵将、HPもまだ半減に至っていない。
しかし苛立ちよりも、慎重さを見せ始めた首領ボスはスキル使用もより綿密に。先ほどの《足払い》で体勢を崩しつつ、《威圧》でこちらの動きを封じる構えを見せ始めたのだ。
やばいな、思ったより遥かに強い……力だけでなく、技も持っているって狡くないか!? ネムも抜け出せる気配は無いし、ファーの援護は辛うじて貰えているけど。
段々と厳しくなって来た、先ほどから被弾が目立ち始めてる。
既に2回、ファーの用意したポーション瓶での回復を挟んでいる。それから《Dタッチ》からの《パワーヒール》で、大きく削られた体力の回復も行ってるし。
敵将もこちらの回復手段を見透かして来て、ファーが用意したポーション瓶を叩き壊し始める始末。備えてあった屋上の大砲が、瓦礫と共に落下して行く。
どんだけパワフルなんだ、とんだ壊し屋だな!
ファーが自分の努力を無駄にされて、かなりオカンムリな様子だけど。こっちには恐怖と焦りしかない、しかも再三の削りで、奴がとうとうHP半減からのハイパー化に至った模様。
ちょっと時期を誤ったかな、しかしどちらにしろ削らねば始まらない。焦りから敵の攻撃を避けるアクションも、段々と余裕がなくなっているのが自分でも分かる。
そしてとうとう、それが限界に達してどう仕様も無い状況に。
“不屈”のゴラスの初めて使う《目潰し》が、こちらの視界を完全に奪い去ったのだ。今まで隠してたのか……喧嘩殺法には気を付けてたのに、ダメージ付きのこの特殊技は痛過ぎる。
そこからの怒涛の大斧の特殊技、地面に転がり込んで何とか避けようとしたが遅かった。ハイパー化込みの威力は相当なモノで、呆気無く数撃でこちらの体力は削られて行く。
性急なダメージ報告が、連続でログに流れて行く。
もちろん自身のアバターにも、揺すられる様な衝撃が続けざまに襲って来ている。これは不味いなと思う間もなく、反撃も出来ずに地面に倒れ込む感触が。
そこからは初めて見るログ告知に気を取られ、正直何がなんだかな心境だったけど。首領ボスに倒されたのだけは、はっきりと自覚する事が出来た。
完敗だ、考えが甘過ぎた。
しかしログ告知は、上下感覚すら失う暗闇の中で救済とも言える光明を伝えて来た。つまりは“月の滴”を所有しているので、1度だけ蘇生が可能ですと。
おやっと思い、蘇生要項をざっと読んでの確認作業……ふむふむ、どうやら同一戦闘内での月の滴での蘇りは、本当に1度だけしか認められないらしい。
2つ持ってても意味無かったな、これはちょっと想定外。
だからと言って、諦める訳には行かないけど。2度目が無いと分かっただけでも有り難い、敵のHPは既に半分を割っているのだし、ここからは根性だ。
覚悟を決めて、ログに“イエス”と返答をする。その途端、肉体に重さが加わったような不思議な感覚。気絶してないのに、覚醒の気分を味わう妙な不釣り合い感の中。
自分のアバター状態を確認、おっとHPは全快しないのね。
ただしステータスの衰弱は見られないので、そちらに関しては有り難い。MPも半分程度しか残ってないが、こちらは戦闘中に減っていた分だと思う。
次いで周囲の状況だが、首領ボスは完全に戦闘状態を解除して背を向けている様子。どうやらネムを完全捕獲しようとしてるっぽい、ファーが狂ったように飛び回って邪魔している。
相棒にも心配掛けてるな、もう少し待っててくれよ。
まずはバレない様に回復作業、魔法だと詠唱で気付かれるのでポーション瓶をそっと口元に持って行く。マナポも使用して、これでステータス的にはオッケーだ。
ゆっくりと立ち上がって、武器を構え直す。
「……このクソ虫がっ、いい加減にしやがれ! 叩き潰……がっ!!?」
おっとファーさん、何をしたっ!? とか思って振り向いて確認したら、弓矢に左目を潰された“不屈”のゴラスの姿が。
師匠の仕業かな、この現状を見兼ねて何とかサポートしてくれたのかも? ボス首領は不意の遠距離攻撃に、完全に混乱している様だけど。
何故か妖精のせいにしてるよ、本当に大混乱の模様。
「テメェ、攻撃能力があったのか……!? 舐めてやがったな、もう容赦しねえぞ!!」
「おいおい、お前の相手はこの俺だろう……俺の可愛い相棒を、無闇に苛めんじゃねぇよ」
「……貴様、まだ生きてやがったのか。呆れるほどの強運だな、一体なにモンだ……?」
――さっきも言っただろ、貴様にとっての災厄だよ。




