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ミックスブラッドオンライン  作者: 鳥井 雫
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クライフ師匠




 ある拳法漫画で、人は人生の岐路に立つと、自然と“導く師匠”に出逢うと描かれていた。自分にとっては凄く夢のある話で、人は見えない絆で繋がっているんだなと思ったモノだ。

 実際、俺達兄妹は両親を失ってから、色んな人に支えられてここまで来た。人は成長するのに、色んなところから力やヒントを得る術を持っている。

 漫画や小説、人との出会いも言うに及ばず。


 まさかそんな体験を、バーチャ世界でも踏襲するとは思わなかったけど。クライフ師匠はこの『始まりの森』に隠棲する狩人で、魅力値の低い俺にも優しかったw

 恐らく彼の協力を得られるフラグを、俺が打ち立てたからだと思うけど。彼の話では、森の精霊の祠を造っている姿を見掛けて、俺とファーを気にしていたらしい。

 ゲーム的に言えば、それがトリガーだったのかも。


 そうして彼の家に、一時避難させて貰えた俺と相棒の妖精。とにかく助かった、騎士団の追尾をまさか暴力で追い払う訳にも行かないし。

 いや、ゲーム的にはそれもアリなのか? 後でややこしくなりそうなので、取りたく無い手段ではあるけど。こうして助けの手も得られたんだから、まぁ良しとしよう。

 その後の経緯なんだけど、まぁダイジェストでお贈りしよう。




 俺達はクライフと名乗るこの森で生活を送る狩人に、追っ手を撒く手伝いを講じて貰って。その甲斐あって、荒事も無く無事に騎士団の追走から解放されたのだった。

 本来なら助けにお礼を言って、その場で別れるモノなのかも知れない。ただ彼は、何故か精霊“ラマウカーン”の存在を知っていて、俺達との関係を知りたがっていた。

 それでその顛末を話すために、彼の家まで招かれた訳だ。


 うんまぁでも、この森で長く生活してるのだから精霊の存在を知っていてもおかしくは無いな。俺が精霊に話し掛けられたのも、妖精のファーがくっ付いていたからだろうし。

 狩人のクライフさんも、偉大な精霊の恩恵には常々感謝をしていたらしい。そして偶然、そんな精霊と親しく話し、あまつさえ彼の為に祠を製作している俺の姿を発見して。

 興味を持って後をつけたら、厄介事に巻き込まれていたと。


 なるほど、野原での一連の活動を遠目でチェックされてたのか……全然気が付かなかった、狩人の隠密行動って凄いなぁ。ちょっと弟子入りしたいなとか、この時思ったけど。

 それが本格的に形になったのは、彼の隠れ家を案内された時に裏庭の弓の練習場を発見した時だった。師匠の隠れ家は物凄い場所に立っていて、例えばすぐ近くを人が通っても発見は難しいかも。

 だから家も裏庭も、凄くコンパクトな設計なのだけど。


 とにかく森の南の斜面にへばり付いてるような、猫の額ほどの平地を有効利用していて。この『始まりの森』の全容だけど、北は樹海、東は大海、そして西と南は断崖で囲まれている。

 その南の断崖の斜面の所々に、大岩や崖崩れで出来た高場の平地が存在していて。それを巧みに利用して、下の森からは見えない場所に家を建てている訳だ。

 ただしこの隠居生活も、昔からだったのでは決して無く。


 ここから西に少し進んだ場所に、断崖の隙間を辛うじて進める枯れ谷があって。大昔から通路として使われていたんだけど、そこに野盗の集団が昔からあった砦を占領し、更には通行人を襲うようになって。

 迷惑な事に、野暮な隣人によって生活を荒らされ始めたクライフ師匠。仕方なく住処をこんな辺鄙な場所に移し、経緯を窺いつつ嫌がらせなどしてたらしいんだけど。

 そこに討伐と称して騎士団がやって来て、更に混沌さが増したと言う。


 本当に迷惑だな、前からの住人に何の敬意も払わずその生活を乱す奴らって。とにかくそんな成り行きで出来上がった隠れ家的な住処、今も色々と手を加えて行っているらしい。

 水源は近くの断崖から流れ落ちる滝の水を利用、これがまた綺麗で何と滝の後ろが通路になっている。ただし滝壺は30メートル近く下方なので、足を滑らしたらヤバいかも。

 水の勢いも、そこまで大瀑布って訳じゃ無いからね。


 幅もせいぜい3メートル程度、それでも音は結構響いて来る。近くでは相手の話す声も聞き取り辛いかも、ちなみにその滝の近くに風呂やトイレの水回りの小屋が経っている。

 小さな畑も飛び平地にあって、それに必要な水もここで賄っている。飛び地同士は蔦を編んだ橋で繋がっていて、風情はあるけど慣れるまではちょっと怖い。

 遠くから見たら、凄く情緒的なんだけどね。


 田舎の祖父ちゃん家を思い出すなぁ、樹の上の秘密基地とかね。師匠の庭の離れにも本当にあって、蔦の橋で繋がっていたのを知った時には流石に驚いたけど。

 別に遊び心で無く、見張り台として機能しているらしい。厄介な隣人の動向とか、獲物が罠に掛かったかを確認する為とか。緊急時に地面に降りる時など、色々な用途に使用可能。

 とにかくそんな遊び心満載の、隠れ家を案内され。


 その見返りに、こっちは精霊との出逢いの経緯を全部話す事になったんだけど。まさか師匠も、俺が一番食いついたのが弓矢の練習場だとは思わなかっただろう。

 そしてその後、弟子入りを申し出るなんてサプライズ演出がある事も。


 師匠は最初、散々とその申し出を渋って見せた。人にモノを教えた事など無いし、それ程の腕前でも無いしと。食い下がる俺は、1日1時間で数日の期限付きの条件を提示。

 その条件でなら辛うじてと、何とかオッケーを貰えたのは僥倖だった。押しの強さも時には必要、そんな訳でその日の残り時間を弓矢の練習に充てる事に。

 誰も予想出来ない小さなハプニングが起きたのは、その後だった。



 クライフ師匠の小さな家で、確かにその物体の存在は異様だった。木編みの籠に入っていたのも、いつかの妖精との出逢いを思い出すんだけど。

 それは巨大な卵だった、何のかは知らない。師匠も知らないと言っていた、出所が物凄く怪しいのは確からしいけど。そんなモノがここにある理由は、盗賊の砦から盗み出したから。

 ……師匠って凄いな、何と言うかアグレッシブw


 さっきも述べたが、盗賊の所業に頭に来ていたかつての師匠は。散々嫌がらせを企画して、それを実行に移していたらしく。その中の一つが、価値のありそうな物を盗む事。

 隠密とか盗賊系のスキルでも持っているのかな、ってか意外と盗賊の砦はここから近いらしい。火を焚く時は注意しろと言われたので、たき火の煙が見える範囲なのかも。

 その卵を見付けたファーさん、てっぺんに陣取って温め始めてしまって!


 これにはこちらも驚いた、これこれ人様のモノを孵化させたら不味いでしょと窘めるも。師匠は笑って構わないよと優しい返事、もしかして孵るとは思ってないのかも。

 それどころか、もし孵化したら俺達にタダでくれるとまで申し出てくれた。それは悪いので、せめて家事でも何でも手伝わせてくれと不肖の弟子の言葉に。

 それなら依頼形式にしようかと、何とここでもクエ依頼を受けれる事に。


 取り敢えずその日は、ログアウトまでに2時間程度は余裕があったので。1時間は弓矢の練習に、残りを師匠の畑の面倒を見る時間に費やして。

 それから薪割りとか、ちょっとした家の中の改修とか。幸いクエで貰ったのと拾った工具で、ダブっているのが幾つかあるので。家の修繕に使ったら、置いて行く事にしようかな。

 調味料も同じく、師匠の台所は揃いが凄くお粗末なので。


 それにも理由がちゃんと存在して、つまりは盗賊が半分以上悪いのだとの事。後の半分は自然災害とモンスター災害らしい、それによって南と西の断崖の道が遮断されたのだ。

 それを自分は確かに目にしていた、西の断崖のつづら坂のみだけど。あの坂を進むのは確かに怖い、護衛付きの馬車も軒並み落下して破壊されていたし。

 超大型捕食者の狩り場だしなぁ、騎士団でもアレは無理なんじゃないの?


 彼らは枯れ谷を塞ぐ野党の群れを、駆逐するためにはるばる軍艦でやって来たらしいのだけど。キャンプを張った場所が悪かった、どうもゴブリン大部族の縄張り内だったみたい。

 それで毎夜、嫌がらせの襲撃を受ける破目になって野盗退治どころの騒ぎでは無くなっているのだとか。阿呆の集団だな、移動するかさっさと用件を片付ければいいのに。

 それとも大部隊だと、そんな簡単な事も侭ならないのか。


 とにかくそんな感じで、西方面の道は塞がれてしまっていて。南の海沿いの道も、崖崩れとハーピーの群れが棲みついたお陰で通行不可能となったらしい。

 そんな訳で、陸の孤島と化したこの『始まりの森』……ゲーム的に、ここを通り抜けるのは虹色の果実を5個集める以外に手段は無いそうな。

 完全に被害者じゃないか、巻き込まれた師匠は。


 何とかしてあげたいけど、依然と野党と騎士団とゴブリン大部族の3竦みの状態は継続中らしい。野盗かゴブリン部族、どちらかを滅ぼせは解決する問題なのかな。

 良く分からないが、この状況だけは頭に留めておこうと思う。



 さて、それでは……後語ってないのは、弓矢の訓練と師匠の畑の害獣退治の依頼の顛末かな。ちなみに工具と調味料の差し入れには、師匠に物凄く感謝されて。

 お礼にと、何とこの森に生っている虹色の果実の場所を全部教えて貰った。それによると、例の騎士団のキャンプ広場に1つ、その向こうの湖の浮島に1つ、更に南海岸の断崖の道沿いに1つあるらしい。

 他は全部収集済み、まぁ4つ集まってるからあと1個で充分なんだけど。


 とにかく良い情報を貰えた、知ったからには全部集めたいモノだけど。ちなみにこれはネタバレでは決して無い、何故ならゲーム内で自力で獲得した情報だから。

 だから断じて違う、ネタバレちゃうねんて!


 おっと失礼、変な方言が出てしまった。この助言への流れだが、俺がこの森にやって来た本来の目的を話したためだ。そこで偶然、妖精を助けたり精霊の頼みを聞いたりと、色々と思惑外のイベントに遭遇したけど。

 実際の所、琴音は既にこの森での作業を全部終わらせた様子。こちらもあと何日、ここに滞在出来る事か。せめて弓矢を使いこなせるまで、踏ん張りたいとは思っているけど。

 時間制限は無いみたいだし、何とかなるのかな?


 畑仕事に関しては、水遣りとか雑草抜きが主なお仕事なのだと思っていたけど。実は何ともゲーム仕様の依頼形式、つまりは近寄って来る害獣の駆除がメインだったり。

 しかも結構な種類がいて、地中からはモグラが、空からはカラス。更に樹の上からは、サルが実った野菜を横取りにやって来る。

 それを全匹、武器を振るって退治して行くと言うミニゲーム形式。


 攻撃の波は割と熾烈だったが、そんなにレベルの高い敵達では無かったみたいで。それほど苦労するでも無く、どうやら畑は守り切った様子。

 モグラは神出鬼没で、やたらとあちこちに穴を開けて野菜を盗もうとして来るし。カラスはもちろん、空からの突然の襲撃。サルに限っては、一番強くて武闘派だった。

 まずこちらの息の根を止めて、全部分捕ろうと言う怖い魂胆が見え隠れ。


 しかも普通に、モグラやカラスと同じくらいの数、森の中から襲撃して来ると言うね。武器に棍棒を持ってる奴もいるし、投擲攻撃をして来る輩も存在する。

 こちらは新しい闇魔法の《バグボール》の試運転的に、遠距離攻撃に慣れて行く構え。近寄る奴は、海賊の短槍で串刺しに。新武器スキルの《二段突き》も、積極的に使って行く。

 《キャノンB》は封印だ、こんな畑の中では使えないっての!


 ちなみにこの離れ大地の畑には、ちゃんと妖精のファーも同行してくれている。出発までは大事に愛おしげに卵の温めに尽力を注いでいたファーママだったけど。

 こちらが出掛ける気配を見せると、名残惜しげに卵から離れて。律儀にも俺の方へとついて来てくれた、なんとも忠義心の高い相棒だ。

 今回は役に立ってなかったけど、そんな時もあるよね。


 それにしても、やけに騒がしい畑作業だったな……間違っても、あれが通常の業務なんて事は無い筈なんだけど。今度害獣避けの、案山子でも作ってみようかな?

 何しろこちらは、押し掛け弟子の身である。師匠の小屋も好きに使わせて貰う予定だし、積極的に周囲の細々とした仕事は片づけて行かなきゃね。

 これから数日お世話になるのだ、それ位は当然のこと。


 後はこっそり音を立てない様に、薪割りなどをこなしつつ。ちなみに畑仕事の作業のお礼にと、生の野菜を数種類頂いてしまった。生野菜は初めて入手したなぁ、野生の果物は何度も食べたけど。

 明日以降の行動はどうなるのかな、少なくとも最初か最後の1時間は弓矢の練習と決まってるけど。隙を見て、森の中央の安全地帯に戻ってみるのも良いかも。

 あそこにもクエ依頼書が湧くからね、チェックの意味も兼ねて。



 そんな感じで、これが6日目の行動の全てだったり。その後に時間制限が来たので、師匠とファーに別れを告げて。ファーは案の定、卵の温めに戻って行って。

 割と波乱に富んだ1日だったけど、何故か昨日の夜ほどのインパクトは無かったと言う。まぁアレを標準だと思うのは、実に危険な思い込みなのは分かっている。

 分かっちゃいるけど、何と言うかやっぱりね?


 とにかく何とか無事に6日目を終えてログアウト、そこから恒例の琴音とのミーティングが始まるのだけど。琴音の方は、今日はゴブリンの群れや西の断崖のクマや山羊や大トカゲを相手に、レベル上げと装備集めに勤しんだとの報告が。

 こちらの報告の番だけど、やんわりと騎士団とのいざこざの果てに師匠と巡り合った経緯の報告を。それから弓矢を教えて貰えそうなので、もう暫く森に籠るとも追加で。

 琴音は呆れ返った様子で、思わずジト目に。


「……もうこれ以上、恭ちゃん待ってても無駄な気がするから! 先に街に出て待ってるで良いっ!?」

「……はい……」


 何だか盛大に呆れられた気がするけど、まぁ仕方ないか。明日は月曜日、再び学業とバイトと束の間の冒険稼業を頑張ってこなす1週間が始まる訳だ。

 最近は毎日琴音とゲームをやっているから、冒険者の割合も普通に日常に食い込んでいる。それもまぁ悪くは無い、日々のスパイス的な役割を果たしてくれている。

 琴音も最近機嫌が良いし、それが一番の効果かもね。





 ――たとえ俺の冒険結果に、彼女が呆れ返ろうとも、だ。





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