北の樹海の果実取り
妖狐の攻撃パターンは、言ってみれば実にシンプルだった。距離が離れれば狐火飛ばしで、間合いが近くなったら噛み付きとか飛び上がり体当たりって感じだ。
魔法扱いの遠距離攻撃は、正直鎌鼬の方が強かった気がする。両方見事に喰らった俺が言うのだ、間違いはないと思う。ただし近距離攻撃は、妖狐に軍配は上がるかな?
体格も一回り大きいしね、体力もその分多かったし。
とにかく何とか倒せたものの、この北の森の妖怪軍団は一癖も二癖もあると実感した次第である。待ち伏せ上等で、攻撃方法も多岐にわたると言うか。
遠距離系の攻撃魔法っていいなぁ、喰らってみて初めて実感するその有効性。こちらは射程の短いのと、足止め魔法しか今の所所持していないし。
風系を伸ばして行けば、その内に手に入るかなぁ?
肝心の敵のドロップだけど、鎌鼬も妖狐も牙や毛皮の類いは全く落とさず。その代わりに風の水晶の欠片や炎の水晶の欠片、それから魔石(微少)と言うアイテムをドロップ。
何となくだけど、水晶の欠片は範囲攻撃の水晶玉に加工出来るんじゃないかなと想像。魔石の類いは、お金の代わりだったり合成に使えるんだったかな?
とにかくモノが小さいので、鞄内保存にはとても有り難い。
それはそうと、ダルマ狩りに夢中になっていたせいで、地図のチェックをすっかり忘れてしまっていた。虹色の果実の回収を、そろそろ念頭に入れておかないとね。
安全地帯に戻る予定も、しっかりと活動時間の中に入れておかないと。後で大慌てする破目になってしまう、以前ヤッちまった失態だから尚更慎重に行かないとね。
そんな訳で、地図と睨めっこで虹色の果実の予想地点を割り出してみる。
ってか、やっぱり“樹海”の中央付近なんだろうなぁ……樹海の大きさが判然としないが、地図の情報から割り出すとおおよその見当は付く。
好き勝手に動き回っていたから、今は東方面に多少ずれているけど。半分はファーのお茶目のせいとは言え、少し行けば中央付近に到達出来そうな好位置である。
良かった、これも幸運の導きの為せる業だろうか?
冗談は置いといて、さてそれでは怪しい場所を探そうか……今までの経験から言って、1本だけ目立った樹が生えていたりするんだろうけど。
とにかくこの樹海は、なかなかに油断がならない。移動が厄介だし視界は悪いし、その上不意打ちが得意な敵が至る所に潜んでいるし。
時間は気になるが、ここは慎重に進む事にしよう。
それより先程の失点を気にしていた妖精が、やけに収集に力を入れてるのが気掛かりだ。少し叱り過ぎたかな、あまり離れ過ぎないように注意しておこうか。
と思った矢先、ファーったら変な色合いのキノコを採って来たw
「おおっ、何か凄い奇抜な色合いだな……食べられるのか、コレ?」
俺の戸惑ったコメントに、妖精も首を傾げてさあ? ってな返答。君キミ、食べられないモノを採って来るんじゃありません……うん、説明欄を読んでみても不明食材って書いてある。
見た目は完全に、明らかに毒キノコなんだけどなぁ。ひょっとしたら食べられるのかも、自分は無理に食べようとは思わないけどw
ファーはちょっと不満そう、まだまだ向こうにいっぱいあるらしい。
とにかく彼女は、自分の得た収穫物を褒めて欲しいっぽい。そうは言っても、連れられて来たこの空間……毒々しい色のキノコとか、やたら大きなカタツムリしかいないw
いやいや、カタツムリを捕獲しろって……そもそも君は肉食と違うでしょう? これも食材らしいけど、俺だってこんなの食べたくない!
妖精はちょっと残念そう、何でだっw
気を取り直して再度収集に励んだ結果、ファーは普通に食べられそうな果実と、ちょっと良さ気な木切れを発見してくれた。良かった、これならちゃんと褒められるよw
ちなみに、さっきのカタツムリはちゃんと野に放ったので安心を。束の間妖精が、突いたり持ち上げたりして遊んでいたけど。フランス人で無い俺は、美味しそうとは思わなかった。
いやでも、架空世界だし試してみる価値はあるのか?
悩む事1分少々だったが、残念ながら試す時間は無かった。妖怪の襲撃が、再び断続的に始まったのだ。魔除けの香炉を使えば休憩も取れるけど、やって来る経験値をむざむざ逃がす手は無い。
まず目に入ったのは、植物系のモンスターだった。ってか普通に根っこを足代わりにして歩いてますけど……洞が目と口に見えるのは定番、蔦を伸ばして絡め取ろうとして来る。
射程内に入ると不味いので、止む無く移動するとして。
どうやら見事におびき出された様子、背にした捻れ大木から大量の何かが降って来た。慌てて確認すると、薄青色染みた妙な色のヒル型モンスター……。
コイツと植物タイプは、妖怪カテゴリーでは無いような? どうでも良いけど、身体にくっ付いてるヒルはどうでも良いなどでは済まされないっ!
ソイツはみるみる、朱色に色を変えてふっくらと膨らんで行って。
血を吸われてますけど……いや、減ってるのはMPも同様みたい。つまりコイツ、体力と魔力を同時に吸ってるみたいだな。嫌な敵だ、その分機動力は無いみたいだけど。
後ろの腰の付近に貼りついてるので、振り落とそうにも武器の狙いがつけにくい。その内に、貼り付けなかった奴らもジャンプで再挑戦を敢行中の模様。
しかも植物型モンスターのトレントも、樹林を縫って近付いて来た。
これはピンチと思いきや、慌てていたのはファーも同様だったらしく。躊躇なく水晶玉を使用して、貼り付いていたヒルを取り外してくれた。
おやっ、今日は俺……水晶玉を渡してないけど、何で持ってる? 何しろ昨日の激戦で、水晶玉は綺麗に使い切ってしまって。持っているのは、海賊NMの落とした闇の水晶玉だけ。
ひょっとして精霊に貰ってたのは、この光の水晶玉だったのだろうか?
とにかくこの隙を逃すと相棒に笑われてしまう、まずは地面に落ちたヒルの群れをモグラ叩き宜しく棍棒でノシて行く。幸いHPは低い敵らしく、簡単に倒れてくれた。
よしっ、これでトレント到着前にフリーになれるな。
……おやっ、何かトレントの枝に乗っかっているように見えるけど。サルかな、何故かサングラスを装着しててヤンキー風だけど。いや、名前が“視ザル”って言うらしい。
名前に由来して、猿にそぐわない装備を付けているのかな? 妖怪カテゴリーに所属しているのなら、一癖も二癖もありそうなんだけど。
嫌な特殊攻撃とか、持ってないと良いんだけど。
臆する事は無いけど、相手の戦闘パターンが分からないのは怖いな。しかもタッグを組んで来るとは、ちょっと今までに無い流れかも。
それでも変な焦りは無い、何度かNMと遣り合っているせいで、経験予測的なナニカは付いて来ている。試合慣れみたいな度胸もかな、これが意外と大事なのだ。
バーチャ世界で、生き残るための財産的な意味合いで。
案の定、サル型モンスターはいきなり魔法を飛ばして来た。トレントはもう殴れる間合いなので、そんなに射程の長い呪文では無いのだろう。
次の瞬間、いきなり視界が黒く染まってしまった……暗闇付与か何かの魔法らしい。これには大慌て、大体の敵の方角しか分からないぞ!?
視界を奪われるって、喰らってみると厄介この上ないな!
んむっ、敵の位置もこの状態の治療の仕方も分からないw ゲーム慣れしてないって、ある意味怖いなぁ……琴音なら、何かしらの対処法を知ってるだろうけど。
メールで尋ねる訳にも行かず、そもそも目が見えない状態だし。そう言えば、鞄の中の薬品箱に“万能薬”ってのが入っていた気がする。
何でも治せるのか、凄いなぁと思ったのを微かに覚えていたり。
鞄の中なので、これも今は使用不可だけどね。ちゃんと取り出して、スパッと使える確信がまるでない。さぁ次だ、次の最善策を思い付くんだ、早く!
って思っていると、身体に衝撃が響いた。恐らく殴られたんだろう、こんな時は感覚の鈍い身体は不便である。何となく殴られた部位は分かるが、どんな攻撃なのかサッパリ。
物凄く痛いよりはマシだが、こんな時だと判断材料になってくれない。
ビビッて後ずさりしていたら、今度は背中に衝撃が。これは攻撃の類いでは無いな、恐らくは周囲に生えている樹だと思う、確信は無いけど。
それを盾に廻り込もうとしたら、身体のバランスを崩してしまった。根っこか何かに躓いてしまったらしい、思わずにした武器を取り落しそうになって冷や汗を掻く破目に。
視界を塞がれた上に、武器まで手放したら洒落にならないよ。
何かを引き摺る音は、依然として聞こえてはいた。これが唯一の手がかり、トレントが根っこを使って移動する音だ。丁度俺が背にした樹の真後ろ、どうやら上手く回り込めたみたい。
距離は……近い様な遠い様な、ちょっと分からない。これは困った、この窮地をどう切り抜けよう? 悩んでいると、暗かった視界に光の斑点が急に出現した。
何事だと思わず注視するように身を乗り出すと、鼻先に何やら柔らかい感触が。それから目蓋をパタパタと叩く音が……これは、ファーの羽根の音?
この前みたいに、羽根の鱗粉パワーで回復してくれているらしい。
と言う事は、鼻に触れたのはファーのお尻だったか。これは知らぬとは言え失礼、ってか効果はあるのか? そう思った瞬間、目が見えている事に気付いた。
おおっ、これは霊験あらたかな妖精パワーを頂いちゃいましたか! この鱗粉はひょっとして、HP回復どころか万能薬的な作用があるのかなぁ?
とにかく有り難い、ここは素直にファーに短く感謝の意を述べて。
何しろまだ戦闘中だからな、ってかさっきの特殊技をまた浴びたら怖い。どうしたもんかと、取り敢えず武器を持ち替えて。樹の影から、素早く石斧を投擲。
これで視ザルが落ちてくれたら儲けモノ。
まぁ、そう都合よくは行かないよね。石斧は何故か、巨体なトレントに命中して体力を削ってくれたけど。それに怒ったのは何故かサルの方、奇声をあげて俺の側の樹に飛び移る。
近付かれると厄介かな、いや殴り合いの方が特殊技を気にせずに済むのか? 武器を棍棒に持ち替えて、樹の上を気にしていると。やっぱり後ろからトレントの蔦攻撃、それをモロに浴びて気を散らしてしまう破目に。
おのれ、そんなに早く倒されたいか!
予定変更、危険な視ザルを放置は怖いけど、変則的な攻撃を繰り出すトレントを標的に。試しにくっ付いて《Dタッチ》を飛ばすが、効きはイマイチな様子。
吸収したHPも少ないし、暗闇効果も付いていないみたい。そもそも視覚に頼っていないのかも、まぁいいやと続いて打撃を繰り出す俺。
鞭のような腕の反撃が、呼応してトレントから。
背後からは、もちろん無視された視ザルの襲撃が。目潰し技では無くて、普通の引っ掻き技だけど。そこはこっちは織り込み済み、そう何度も連続しては来ないだろうと。
もし来ても、これだけ密着してたら棍棒の振り回しで何とでもなるかなとの甘い目論見。所詮は雑魚の体力とこちらのHP、とことん比べてやろうじゃないかとの根性論だ。
それを実行するための気合いを入れて、棍棒をフルスイング!
結局は、この決定が勝負の運気を引き込んだっぽい。まずは小柄な視ザルが脱落、SPが貯まってからのスキル技を放り込んだとはいえ、元々HPは低かったらしい。
逆に木のモンスターのトレントは、大型だけあってタフだった。しかも戦闘の様子を察知してか、樹海の奥からもう1匹追加のトレントが。
思わずその大木モンスターの枝上を見るが、コイツは相棒無しらしく。
ホッとしてしまうのは仕方が無い、現状この樹海の妖怪モンスターの中で、一番怖い敵じゃないかな? 対応方法を知っていればともかく、その知識をこちらは持ってないもんね。
とにかく相手は、こちらを殴ろうと近付いて交通渋滞を起こしている様子。木々の間隔の狭い樹海だもの、大型のモンスターはすこぶる不利に出来ているよね。
お陰でこちらは、1体ずつ相手をすれば良いと言う。
それでも鞭のようにしなる攻撃は、避けにくい事この上なかったけど。ポーションを使う暇が無かったので、戦闘終了時にはかなり削られていたりして。
それでも今回の戦闘で、もう視ザルの特殊技だか魔法だかの目潰しが来ない安心感は大きい。こちらの体力をかなり減らしつつも、波乱含みの戦闘は無事に終了。
何とか勝ててホッと一息、雑魚戦だったと言うのに力が入ったなぁ。
そしてドロップは、全く大した品は入手出来なかったと言うね。そんなもんかな、レア種でも何でもない雑魚なんだし。木切れとか闇や土の水晶の欠片とか、まぁねって感じ。
良いモノ落としたら、大変な敵でも連日通う気力にもなったのに。つまりこの北の森は、ダルマさんのポーションが一番のドロップご褒美で確定っぽい。
つまり今後狙うのも、樹上のダルマさん一択で決まり。
――そんな訳で、獲物も決まったし探索を続けようかな。