野原から続く道
スキル振りも終わったし、次は今日の課題の新スキル等の確認だな。まずは、昨日戦えなかった海岸沿いのモンスターの確認、それから新しく覚えた風魔法の試し撃ち。
束縛魔法って強そうだけど、実際はどうなのか使い勝手を試してみたい。MPコストも割と高いし、既に覚えている《Dタッチ》との連続攻撃も可能か見極めたい所。
うん、これが出来て初めて、魔法戦士デビューって威張れるかもね。
そこら辺をヒラヒラ飛び交う大蛾も、ついでに蹴散らして行って。何故か飛び魚が海岸の絶壁近くで散見されると言う珍事が。いや、これも立派な海辺モンスター。
文字通り空を飛んでいて、結構な違和感を醸し出している。
それを言ったら、飛行クラゲなんてその最たるモノではあるんだけどね。飛び魚の噛み付き攻撃に対して、コイツは触手の痺れ攻撃がとってもウザい。
両者ともダメージは大した事は無いけど、油断してるとたまに水系や雷系の魔法を使って来る。クラゲは雷属性らしい、HPは低いけど魔法攻撃はかなり怖い敵だ。
もっとも殴り続けてると、かなりの確率で魔法中断してくれるんだけど。
ドロップに関しては、飛び魚の方がクエ素材の魚の切り身を落としてくれた。それから魚の鱗とか、合成素材か何かも少々。クラゲは雷の水晶の欠片とか珊瑚の欠片とか、そんなモノばかり。
美味しいかどうかは不明だが、何とかクエを達成出来る程度のドロップは確保。その他には海鳥とか、集団で襲って来るフナムシの群れとか。
そいつらも、次々と新しい武器の餌食にして行って。
メインは猪の牙の短槍と盾での戦闘だが、群れで襲って来るフナムシには木の棍棒で対峙して行く。そして集団のど真ん中に、風魔法の《風の茨》を試し撃ち。
ダメージは……うん、大した事は無いな。1とか2とか、ゴミみたいな数値が上がって来てる程度。ただし風で出来た茨が、敵の動きを見事に阻害していてそこは高評価。
それから、どうやら敵が動く度にダメージが入る仕様らしく。
それを考えると、結構厭らしい魔法だなぁ。フナムシは割と小さい敵だから、風で出来た魔法の茨から抜け出すのに相当苦労している感じを受けるけど。
これが人間大のサイズの敵だと、果たしてどうなるんだろうか。後で要検証だな、この先に確かコボルトの群れがいた筈……彼らには悪いが、実験に付き合って貰おう。
そんな訳で、意気揚々と先に進む事に。
海辺のモンスターは、こんな感じで出尽くした感じかな? 群れるけど強くないフナムシと、魔法が厄介な飛び魚と飛行クラゲ。後は海鳥が、肉体派で接近戦を挑んで来る感じか。
そんな連中も、5分も進めば次第に姿を消して行き。
今日初めての狼と遭遇、君の皮はまだまだ需要があるので狩らせてくれたまえ。左手の盾を前に突き出して、相手の気を巧みに逸らしつつ。
大猪の牙の短槍で、狼の体躯に突きを仕掛けて行く。レベルが上がったお陰で、今やコイツ等もさほど苦労せずに倒せてしまう。武器が変わったのも大きいかな、強くなったモノだ。
軽く勝利して、狼の毛皮も見事ゲット。
植生も微妙に変わって来たかな、海辺に沿って北上して来たんだけど、なだらかな起伏が目立ち始めて来た。敵は大蜘蛛と戦闘蜂が出現するようになって、対処に大わらわ。
たまに大猪も茂みから突然飛び出して来るので、油断は全く出来ない。ただ連中が使う獣道っぽいのを、偶然発見出来たのはラッキーだった。
道なき道を進むより、断然楽が出来るし変な場所には出ないだろうし。
発見した獣道を進んでいると、不意にこちらに吹いて来る風を感じて立ち止まった。それは温かな陽だまりと花の匂いを含んでいて、森の湿った木立ちの中では異質だった。
不審に思って、やや歩調を速めて進んでみると。
何とまぁ、雰囲気のある広い野原が視界一面に広がっている。長閑と表現すれば良いのだろうか、陽だまりの空の下、草と小さな花の絨毯が小高い丘を埋めていて。
何と言うか、武骨な装備で入って行くのが躊躇われる感じすらしてしまう。体操着で授業を受ける様な違和感に晒されつつ、それでも妖精と一緒に周囲を窺うと。
どうやら敵はいるようで、何となくホッと胸をなでおろす。
戦闘蜂の群れが、幾つか連帯飛行しているようだ。1匹が24型テレビ位の大きさなので、遠目でもハッキリ目立つ。その群れが4つくらい、他にもあれはコボルトかな?
野原の奥の森の切れ端に、小さな生物がチラチラと見え隠れしている。どうやらここは、経験値を稼ぐ獲物には苦労しない“狩り場”らしいのだが。
今日は北の森探索と決めてたのに、さてどうしよう?
改めて周囲を見回すが、本当に和む風景だ。野原の右奥に大きな樹が生えていて、憩うのに丁度良さそうな、芝生と日陰の場所が用意されている。
樹はどうやら棗の木らしい、小さな実がこれでもかって程にたくさん生っていた。子供の頃にはお世話になったな、祖父ちゃんの田舎の家の庭にもあった記憶が。
そんなに美味しい実では無かったけど、何故か木に登っては食べてたっけ。
和んでいると、早速ファーが収集を始め出した。本当に働き者な娘である、コッチも呆けてないで行動に移ろう。幸い敵は多いし、狩り放題だ。
昨日の終了の時点で、琴音のレベルは10になったと言っていた。こちらも頑張って、今日中に二桁に乗せたいモノ。蜂の群れに向かいながら、そんな事を思いつつ。
棍棒を両手に持ち、いざ戦闘開始!
この野原の戦闘蜂は、平均3~4匹で群れを作っているようだ。女王蜂こそいないが、たまにサイズ違いの奴が混じっていてドキッとする。
名前を特攻蜂と言って、高く舞い上がっての毒蜂チャージがかなり怖い。盾に持ち替えたい気持ちをぐっとこらえ、野球のノック打ちだと脳内変換して対処する。
何しろ棍棒にしか、範囲攻撃技が備わってないからね。
初日の苦戦が嘘のよう、まぁあの時はレベル3とかだったから、複数の敵を相手にしようなんて図に乗り過ぎだった。特攻蜂には手間取るが、順調に群れの数を減らして行って。
途中に絡んで来た狼も、ついでに2匹ほど倒して野原の戦闘は無事に終了……とは行かず、何と途中に粗末な靴と腕輪が相次いで壊れてしまった。
海辺の洞窟で酷使したからなぁ、修繕に戻れなかったから仕方が無いとは言え。
穴あきの靴を見て、ファーが指差して笑っているのは良いとして。さっきの戦闘で、狼の毛皮は何とか2枚ゲット出来たので、今から安全地帯に戻る選択肢も実はある。
だが昨日の失敗を活かして、時間節約が一番大事な気もするし。幸い視線を巡らせば、装備を結構な確率で落としてくれるコボルトの群れが散見してる。
目的地の途中だし、積極的に狩っちゃいましょうか!
そんな訳で、蛮行に及ぶ事数十分……心の中では何か落とせ、靴か腕装備どっちでもいいから落とせ! とリフレインが酷いw まるで野盗だ、我ながらちょっと情けない。
だけど何故だか、こんな時にはドロップ運が無いと言うか。ファーの《幸運付与》は、NMの引き寄せにしか効果が無いのかと激しく問い質したい!
そして10匹目のコボルトが、何故か盾を落とすと言う……。
――継ぎ接ぎの手甲 耐久2、防御+2
うん、これは盾だな……『継ぎ接ぎの手甲』って名前だから、一瞬待望の腕装備かと思ったけど。どうやら手首と肘辺りの二か所を、縛って固定するタイプの盾で大きくは無い。
しかも軽量を狙ってかそんなに厚みは無いし、防御力も当然高くは無いと言う。それでも気に入ったのは、左手が自由に使えるので両手武器も使用可能と言う点だ。
これは良いかも、多少の補修は必要かもだけど。
他のドロップは、相変わらずのゴミ武器と廃棄装備……耐久値が1とかはまだマシ、人間には使用不可能のバッテン記載すら混じっていると言う。
そんな中から辛うじて拾った手甲である、大切に使って行かなければ。ついでにレベルが9に上がった、あとちょっとで念願の二桁である。
いや、そこまで急いで上げるつもりは無いんだけど。
琴音とあまりレベルが離れると、高確率で怒られるからなぁ……まぁでも、少しだけベテラン勢のレベル上げのコツってのが分かった気がする。要するに、敵の群れの多い場所に陣取ってひたすら倒して行けば良いのだ。
そんな都合の良い場所を、レベル帯に応じて見付けて行く嗅覚的なモノを、恐らくベテラン冒険者は持っているのだろう。まさに自分にとっては、今のこの場所みたいな所を。
後はひたすら狩って行くだけ、時間と体力の許す限り。
とにかく一段落ついたし、スキルPも再び増えた。念の為に確認したけど、ちゃんと2P増えていてホッと安心の吐息。前回はトラウマ物だったしね、あの悪夢はもう味わいたくない。
『魔除けの香炉』を取り出して、野原の端っこで暫し休憩を取る。ステータスのチェックと、それからスタミナの回復を兼ねたクールダウンだ。
ファーはひたすら、咲いてる花と戯れているけど。
これからの予定だが、最初に決めたのと変わりはない。北の森に分け入って、虹色の果実をゲットするのだ。ついでにポーションを落とす敵とやらを、見極めるつもり。
何しろ昨日の激戦で、瓶ポーションはほぼ使い切ってしまったのだ。今後も結構な数、この薬のお世話になるのは目に見えている。
補給は大事、でないと思い切って大物とも戦えない。
誠也の話では、北の森は密林みたいになってて進み難いんだそうな。琴音のネタバレぎりぎりトークでは、出て来る敵は妖怪系が多勢を占めるそうで。
何それマジでと、ちょっとテンションが上がっている俺である。
まぁ、このゲーム内が既にファンタジーなんだけどね……俺の隣では、妖精が野原で戯れてるしw それでも新しいマップは常に、期待と不安で満ち溢れてるのは確か。
何が出て来るか分からないし、変な仕掛けや強敵モンスターは言うに及ばず。ちょっとした油断が命取り、冒険するって傍目で考えるより遥かに大変だ。
そんな感じで気を引き締めて、いざ樹海の中へと分け入って行く。
コボルト達も単独出現の山鳥も、いつの間にか出現しなくなった。植生にも変化が出て来て、樹と樹の密度もグンと高くなって来ている感じ。
うねった根っこやブッシュのせいで、移動がどんどん大変になって来る。移動が辛いとの報告だったけど、確かに体感した今なら分かる。
これは樹海エリアを踏破で別エリア到達は、空でも飛べない限り無理!
途中に安全な、中継エリアでもあれば別だけど。そんな事を考えていたら、不意にファーが警告を発して来た。気付いたら真上からの攻撃、いや何かが落下して来たのか?
それはダルマだった、ファーの警告が無かったら脳天に直撃してただろう達磨落とし。いやいや洒落を言ってる場合じゃない、コイツはどうやら敵らしく。
落下の次は、体当たりでの攻撃を仕掛けて来た。
こちらも盾で受けての、短槍での突き返しをお見舞いして。なんかファンシーだな、巨大なダルマと戦うのって。しかもこんな森の中、お供に妖精を伴ってるって。
体当たりが強烈なダルマも、最初の不意打ちを凌げば何の事は無い。呆気なく倒し切って、そして待望のドロップ報酬。どうやらコイツが、ポーションを落とす敵だったらしい。
そうなると話は違って来る、どんどん落ちて来いと樹上に念を送ってみたりw
それを察したファーが、高く舞い上がって隠し達磨を探し始めてくれた。それを地上から追跡する俺と言う図式、実際は木の枝やら根っこが邪魔してスピードは遅いけど。
ファーがお茶目な囮役をしてくれているのか、全然関係ない場所にボトボトと達磨が落ちる音が響く。俺はそれに何とか駆け寄って、『猪突』込みの一撃を見舞ってやる。
なかなかのコンビプレイで、ポーションはあっという間に半ダース♪
そんな浮かれムードを一変させたのが、まさかの茂みの中からの不意打ちだった。上ばかりに気を取られていたせいで、当然ながら発見が遅れた感は否めない。
敵もやりおる、ってかかなり深い一撃を喰らって大慌て。敵の姿を確認すると、イタチの姿をしているみたい。名前は“鎌鼬”……なるほど、妖怪括りではある。
ってか、そもそも達磨は妖怪なのか??
スッパリと斬られた足元の一撃は、どうやら移動力低下のバットステータスまで付いていたらしい。しかも敵さん、魔法の詠唱を始めてしまった……こちらは止める術も無し。
って、簡単に諦める俺では無い! この恨みと痛みは倍返しだ、鎌鼬も詠唱中だし下手に動けまい。そんな算段で、小さな的に向けて牙の短槍での投擲をお見舞いしてやる。
これが見事にヒット、そして止まる敵の呪文詠唱。
体力も一気に削ってやった、ざまぁ見ろと不意打ちの仕返しに喜び勇んでいると。何故かダルマに後ろから突進され、少なくないダメージを受けてしまった。
あれっ、ファーさん……こっちの現状に気付いてらっしゃらない? 調子に乗って敵を呼び込み過ぎ、地上に落ちたダルマの数が4体もいるんですけど?
おいこらっ、無闇に敵を招き過ぎだってば!
彼女が己の失態に気付いた時には、敵の包囲網は完全に完成していた。好き勝手な方向からの突進体当たりに、こっちはヘロヘロ状態だったり。
辛うじて致命傷を避けているのは、盾の防御のお陰もあるけど。《風の茨》で後方の敵を絡め取ったお陰で、敵の突進方向をある程度狭められたせいもある。
移動力低下の効果はまだ有効らしいので、突進して来た敵に《Dタッチ》をお見舞いして。回復と視界塞ぎを喰らわせて、束の間の有利を得る事に成功。
短槍は投げてしまったし、残りは棍棒で仕留めて行こうかな。
その頃には大慌てのファーが戻って来て、自分の招いた混沌にプチパニック状態。大丈夫、君にはちゃんと後で説教だ……今はこの窮地を脱するように、祈っていてくれれば良い。
ってか、突進して来るダルマをバッティングの要領で打ち返すのは結構面白い。鎌鼬には再度の魔法攻撃を喰らったけど、その頃には移動力低下のBステータスは回復してたので。
近寄り様に、とどめの一撃を見舞ってやる。
後はポーション回収作業だ、何だかんだと短時間で1ダース近く集まってしまった。ここはファーに感謝……いやいや、やっぱり説教だな。
何故か敬礼で畏まっている妖精に、以後注意するようにと厳しい顔を作っての厳重注意。甘やかしだけが愛情では無い、時に厳しくが心の良心ストッパーを作ってくれる。
これが無いと、交友関係の形成が修羅場になる事請け合い。
琴音がまさにそうだったしね、彼女の短気で癇癪持ちな性格は、子供の頃から洒落にならなかった。一人っ子の甘やかしも手伝って、家の中外にまさに敵無し状態で。
それにストップを掛けたのが、何故か俺だった訳だ。それを琴音が愛情と感じて、今に至ると言うね……人生は侭ならないと言うが、本当にそう。
ボタンの掛け違いもあれば、ある日掛かったまま外れない場合もあるのだ。
そんな事はどうでもいい、時間節約に余り始めたポーションと蜂のドロップの蜂蜜で体力と魔力の補給をして。ちなみに蜂蜜は、さっきの野原の戦闘で結構貯まっていた。
ファーが物欲しそうな素振りだったので、彼女にもちょびっとお裾分け。叱った後でアレだけど、仲直りは早い方が良いのは当然ではある。
嬉しそうに甘い蜜を舐める妖精に、ホコッとなっていたら。
いきなり視界を炎が占めてビックリ、どうやら敵に奇襲を受けた模様。しまったな、せっかく貰った魔除けの香炉を使うのをすっかり失念していたよ。
慌てて武器を手にして、攻撃して来た敵を確認に神経を集中させると。どうやら今度は狐型のモンスターの様子、名前は“妖狐”らしいのだが。
さっきの鎌鼬より体躯は大きいし、結構強そうな顔立ちだ。
――色々と油断大敵だな、さて妖怪退治の続きを始めようか。