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出会い

 片側で結んだ絹のような金色の髪に、畏怖さえ憶えるような深紅の瞳。魔性のように美しい白い肌。俺は思わず息を呑んだ。


「おいテメエ、聞いてんのか!」


 犬男が喚きたてるが、少女に見蕩れていた俺の耳には入らなかった。当の少女は俺のことなど見えていないように、退屈そうな目で行き交う人々を眺めている。そんな少女の背後から、透き通った声が響いた。


「大声で当家の名を口に出すものではありません。品のないこと」


「は、すいやせん!」


 犬男が媚びた笑顔を向けた先には、少女に劣らないほどの美しさを持った、長身の女性が佇んでいた。青みがかった銀髪は尖った耳の上で揃えられ、その上に純白のヘッドドレスを着けている。それに合わせた白と黒を基調としたクラシックなメイド服が、女性の立場を明確に示していた。


「テメエ、いつまで突っ立ってやがる! おい、こっちを向け!」


 怒声が耳に入り、ようやく俺は犬男の方に向き直った。犬の癖に猫背気味で、俺よりもやや小柄に見える。服装はそれなりだが、毛並みの悪さと態度をを見るに、小間使いのようなものだろうか。


「オメエの飼い主はどこだ! 人間の分際で堂々と街を歩いてんじゃねえよ……といっても、オメエみてえな低脳な人間野郎には分からねえだろうけどな。お前は悪くねえよ、躾がなってないのは飼い主の責任だ。オラ、さっさと飼い主を呼んでこい!」


 犬男が早口でギャンギャンと吠え立てる。この世界では当然のことなのだろうが、あまりの発言に俺は怒りを通り越して呆れていた。昨日からこんなことばかりだ。俺はこの世界の理不尽さに対する苛立ちもあり、投げやりな口調で言葉を返した。


「飼い主なんてものはいない」


「あぁ!?」


 もうどうにでもなれだ。俺はあえて喧嘩腰に言葉を続けた。


「大体邪魔になってるのはお前の方だろうが。見ろ、お前が騒ぎ立てるから周りの奴らがみんな見てるぞ? 主人に恥をかかせるのがお前の仕事か?」


「な――」


 フッ、とメイドの方が鼻で笑うのが聞こえた。


「野郎、この場でブチ殺されてえか!」


 犬男が顔を真っ赤にして俺に掴みかかる。人間離れしたその迫力に思わずたじろぐが、


「それは困りますねえ」


 と、突如現れた黒い人影が俺と犬男の間に割って入って来た。

 それは全身黒尽くめの大男だった。その細身に高級そうなスーツを纏い、首元にはマフラー、手には白い手袋をはめ、その肌は一切見えない。

 だが何よりも異常なのは、顔を覆う不気味なマスクだ。まるで中世のペスト医師を思わせるそれは、男の威圧感を更に際立たせていた。


()()は私共の商品でしてねえ、傷物にするわけにはいかないんですよ。お分かりいただけますね?」


「あ、ああ……」


 犬男も怯えた表情で一歩後ずさる。その先にいた金髪の少女が、初めて口を開いた。


「あらごきげんよう、ラウム商会長殿。相変わらず小銭稼ぎに余念がないのね」


「これはこれは。うちの商品がご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありません、セーレ嬢。」


 男は臆する様子もなく、芝居がかった口調で続けた。


「ついでにもう一つだけ申しあげますと、私共が得ているのは金銭だけではありません。それを通じて得られる情報、お客様との信頼関係――それらは何事にも代えがたいものです」


 男の声はマスクを通しているとは思えないほど明朗で、それが男の不気味さを更に増していた。


「では、もうじき販売会が始まるので私はこれで失礼いたします。さあ君、こちらに来なさい」


 俺は男の威圧感に呑まれ、大人しく従う他なかった。先ほどの女性達を横目で見ると、メイドの方は明らかに大男を警戒していたが、少女の方はどこ吹く風で市場を眺めていた。

 ざまあみろ、という犬男の小さな声が耳に残った。



 男の言った『販売会』という言葉に偽りはなく、俺は両手を縛られたうえで20人程の人間達と共に壇上に上げられていた。その前には大勢の異形の者達が群がり、じっくりと品定めをしている。


「さあ、本日の商品も他店に引けをとるものではありません。絶世の美女、丸々太った子供、大蜘蛛の巣から生還した猛者。皆様の欲しいものがきっと見つかります。まずはご相談を――」


 先ほどのネズミ男達が声を張り上げている。俺は全てを諦めた目で、売られていく人間達を眺めていた。そんな俺に、ネズミ男の一人から声が掛けられる。


「おい、てめえも他の奴みたいに自分を売り込むんだよ。売れ残った商品は傷んでいく一方だし、最後は俺達のガキの餌にされちまうんだ。そうはなりたくねえだろ?」


 ネズミ男の言うことは尤もだ。俺も周りの人間のように、自分がどれ程労働に向いているかアピールをするとか、官能的なポーズで潤んだ瞳を向けるとか、そういった()()()()ための努力をするべきなのだろう。だが俺にはもう、そんな気力もなかった。

 そうしてどれ程の時間が経っただろうか。


「通してもらえるかしら」


 聞き覚えのある声とともに、辺りが一瞬静まり返った。思わず目を向けると、先ほどの金髪の少女とメイドがこちらに向かってくるのが見えた。


「これはこれはセーレ嬢。まさか自らお越しいただけるとは思いませんでした。お眼鏡に適う商品があると良いのですが」


 奥から出てきた先ほどのマスクの男が声を掛けるも、少女は無視してこちらに向かってくる。

 そう、一直線に――俺の方に。

ご意見・ご感想などお待ちしています。

あらすじを一部変更しました。

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