妹への劣等感
私の部屋に入って来るなり機嫌の良さそうなレギーナを見て、父にグランフェルト様との結婚を許された事が嬉しくてその報告にでも来たのだろうと思った私は、一瞬何を言われたのか理解できませんでした。
「レギーナあなた、何を言っているの?」
レギーナは鼻で笑い、私よりも背の高い彼女はこちらを哀れむような目で見下ろしてきました。
「お父様に怒られるとは思わなくて叩かれた時は本気で腹が立ったけれど、お姉ちゃんならやってくれると思っていたわ。私の予想通りに事が進んでホッとした。お父様が悪いのよ、あんな野蛮な島国に私を差し出そうとするんだもの。私ね、先月お父様にお願いがあって書斎に入った時、和の国からの手紙を見つけてついそれを読んでしまったの。内容を簡単に言えば、お父様が嫁に貰って欲しいと頼んだ娘を約束の日までに迎えに来ると書いてあったわ。お姉ちゃんはもう婚約しているし、それって私の事でしょ? そんなの絶対に嫌だと思ったわ」
「あなたは、お父様に届いた手紙を勝手に読んだというの?」
父の書斎には仕事に関する手紙や書類などが山済みになっている。父の手伝いをする為に机の上を整理する際、封筒に入った物は指示が無い限り絶対に開けて見てはいけないと言われているのです。そうでなくとも家族とはいえ他人宛の手紙を無断で読むなど言語道断です。
「あれを読んでなかったら私は和の国に嫁がされるところだったのだもの、読んで正解だったわ。急いで誰かに結婚を申し込んで欲しかったけれど、殿下は交際は申し込んでくれても結婚までは考えて下さらなかった。他の方達もそう、交際して欲しいと言い寄っては来るくれど、結婚したいとは言ってくれなかったわ。まぁ、私もまだ16歳なのだし、仕方がないわよね。でもね、殿下以外の人にプロポーズされても、それじゃ弱いなって思ったの。お父様の反対にあえばそれで終わりですもの」
何となくレギーナの言いたい事がわかって来た私は背筋が寒くなりました。この子は無邪気に言うけれど、自分の事しか考えていない。自分の行動が回りに与える影響など気にもしないのだ。
「それでね、お姉ちゃんに婚約者がいなくなれば良いんだって気が付いたの。私って頭が良いでしょう? アキムはいつも私を見ていたわ。だからほんの少し微笑みかけてあげたら、ふふ、あとは簡単だったわよ。本当に二人は上手くいっていたのかしらね。話に聞いていたのと全然違って拍子抜けしちゃった」
この子は、グランフェルト様を本当に愛しているのかしら。外国に嫁ぎたくないから誘惑して私から取ったと言っているようにしか聞こえないのだけど。昨日私の前で見せた姿は何だったの? ずっと好きだったから告白して両思いになったと言っていなかった?
血を分けた妹だというのに、得体の知れない生き物を見ている気がして何だか気持ち悪くなった私は部屋を飛び出してしまいました。
小さな頃は私に懐き纏わり付いて離れなかった妹は、年頃になるにつれて男の子とばかり遊ぶようになり私の注意を聞かなくなりました。いつの間にこんな子になってしまったのか、昨日私に見せた優越感に浸る女の顔をしたレギーナを思い出し、吐き気がこみ上げてきます。
「ユーリア殿、どうされましたか、顔色が悪いですぞ」
外の空気を吸いたくて屋敷を出た私を呼び止めたのは藤堂様でした。どうやら丹羽様と木島様を連れて庭を散歩していたようです。お二人も顔色の悪い私を見て心配して下さっているのがその表情から窺えます。
「いえ、大丈夫です。ちょっと温室に行って参りますね」
「そんな今にも倒れてしまいそうな顔色をして大丈夫なものか。私も付いて行きますぞ」
温室に着くと藤堂様は一緒に中に入りましたが、後の二人は扉の前に立ち背を向けました。まるで護衛騎士のようです。
「……何かあったのですか? 昼間の疲れが顔に出たわけでは無いでしょう。明らかに心の動揺が原因だと顔に書いてある。話して楽になる事ならば、私に話しませんか?」
レギーナの事はとても人様に話せる内容ではありません。たとえ父であろうとも話す事は無いでしょう。
「心配して頂きありがとうございます。バラを見たら気持ちが落ち着いて来ましたわ。そうだ、どの子を和の国に連れて行こうかしら。船旅に耐えられる丈夫な子じゃなくては駄目ですわね」
藤堂様は黙って私について来ました。どうせまた、「強情なおなごだ」と思っているのでしょうね。
しばらくバラの香りを堪能して、私達は夕食に向いました。そこで初めて藤堂様はレギーナを見る事になるのだと思うと、胸がチクリとします。
この国一の器量良しと言われるレギーナ。背が高く豊かな金髪にアイスブルーの瞳、ツンと尖った鼻はとても高く、紅をささなくても赤い唇は同性から見ても魅力的です。
比べたくはないけれど、私は母に似て小柄で、髪は焦げ茶色で目は濃いブルー、鼻は小さく、それだけでこの国の美人の条件から外れてしまっているのです。今までこんなにも自分の容姿を気にした事はありません。母に似た事は嬉しかったし、日に焼けようが髪がパサつこうがどうでも良かった。
あの子と並んで座れば比べられてしまうと不安になりましたが、レギーナはその夜食堂に現れませんでした。理由は和の国の人と一緒の食卓では食事をしたくないという子供の様な我が儘です。そして藤堂様達が帰国するまで私室で食事を取るという無礼な態度をとるレギーナを父を含め誰も咎めませんでした。