お館様の城
「よく来た、清雅、ユーリア。ほお、着物を着せてもらったか、似合うではないか。のぉ、清雅」
「は、はい」
鮫島様は29歳にしてこの国の三分の一を掌握するほどのお方で、見た目は頬に傷があって厳つい印象です。しかしよく見れば整ったお顔立ち。こうしてお話ししていると、お母様達が怯える様な怖い方には見えません。
城の内部もその力を見せ付ける様な豪華な装飾は施されてはおらず、ただし襖に描かれた絵だけはとても素晴らしいものでした。
「して、早速だが清雅。祝言の日取りを変える事になりそうだ」
「カヤ様の嫁いでいた大崎で御座いますか」
「ああ、昨夜密偵から報告があった。あやつ、この俺を裏切り隣国辻山と手を結びおった。カヤを人質にせず城から放り出したのは負けると分かっていての事なのだろう。馬鹿な男だ、こちらに付いていれば死ぬ事も無いのに、あえて義理を選びおった。年が明けたら大崎に攻め込む。その勢いで辻山も落とすぞ。落とした大崎の城はお前達にやる。俺からの祝儀だ」
「は! では戦の準備を致します」
藤堂様は木島様の話を聞いてこうなる事を予想していたようです。
私の方は心配していた事が現実のものとなってしまいました。しかし戦国武将の妻になると決めたのです。おろおろしていては藤堂様の負担になるだけだと思い、できるだけ冷静に、心の動揺を見せないよう振る舞いました。
「いやに落ち着いているな、夫となる男が戦に出るというのに。さすが、この俺の足を踏み潰そうとした女だ。肝が据わっておるな。ユーリアよ、戦の前に急いで祝言を挙げても良いのだが、そうして欲しいか?」
鮫島様は私を買いかぶり過ぎだと思います。肝が据わってなどいませんわ。
藤堂様を見ると、もう戦の事を考えている様子。その直前に気をそらせるような事はしたくありません。
「いえ、藤堂様の帰りを待ちたいと思います」
藤堂様は私を見ました。少し驚いているようです。
「ユーリア、それで良いのか? こんな時、他の奴ならばさっさと祝言を済ませて跡取りを作ろうとするがな」
確かに、勝ち戦と分かっていても実際はどうなるか分からない。もしもの事を考えればそうするのが正しいのかもしれません。
「はい、ですから藤堂様は絶対無事に私の元へ帰らなければなりません」
藤堂様はフッと笑いました。
「ユーリア殿、必ず勝って帰ります。そうしたらすぐに祝言を挙げましょう」
それから五日後、新年を向えた藤堂家ではこの日ばかりは戦の事を忘れて皆酒を飲み賑やかに過ごしました。藤堂様も酔うほどにお酒を召し上がって、また前の様にその場で寝てしまいそうだったので私が部屋に連れて行く事になりました。戦を前に風邪を引かせるわけには参りません。
「うむ、飲み過ぎてしまった。だが酔ってはいないぞ」
「藤堂様、酔っていますよ。足元がおぼつかないではありませんか。部屋まで頑張って自力で歩いて下さいね。まだ寝てはいけませんよ」
もうすでに目は閉じかけてウトウトしているのです。廊下で寝落ちてしまっても私一人の力では運ぶのは困難です。何としても部屋にたどり着いてもらわなくては。
藤堂様を肩に担ぐ形で障子を開け部屋に入る事ができました。前もって布団は敷いておいたので、後は寝かせるだけです。
「藤堂様、もう少し歩いてお布団に横になって下さい。もう目が閉じてますね、布団に下ろしますよ」
布団の前まで行ってゆっくり肩から藤堂様を下ろそうとした時、グッと引き寄せられいつの間にか組み敷かれていました。抵抗しようと出した手は頭の上に押さえ込まれ、もう身動きができません。藤堂様は真面目な表情で私を見下ろします。ちょっと前まで寝落ち寸前だったとは思えません。
「い、いけません。結婚するまでこのような事……」
「……私が国を出た半年前は、あなたをこんなに好きになるとは思っていなかった。……正直に言えば、あなたの国には別の目的があって行きました。花嫁を迎えに行くというのは単なる口実のはすでした。それが初めてあなたを目にしたあの時、一目惚れしてしまったのです」
胸がドキドキして何を言われているのか分かりません。この状況が私の平常心を保てなくしているのです。話をするならこんな体勢である必要は無いのですから。私は今の彼の言葉に何かを返すべきでしょうか。
「藤堂様、私もあなたと初めてお会いしたあの時、一目惚れしてしまいました。そしてあなたのお人柄に触れ、どんどん惹かれていきました。あの、恥ずかしいので、手を離してくれませんか? それにこの体勢は……まずいのではないでしょうか」
藤堂様は愛おしそうに私を見て、軽く触れるだけの口づけをしました。それは本当に一瞬のふれあいで、すぐにゴロンとふとんに転がり私を解放した彼は、腕で顔を隠してしまいました。
「私はやはり酔っているようだ。ユーリア殿、早くこの部屋を出て行った方が良い。私が理性を保てるうちに」
「は、はい。では、おやすみなさいませ」
私は藤堂様に布団をかけてから部屋を出て、離れに繋がる渡り廊下で月を眺めながら顔のほてりが治まるのを待ちました。その間先ほどのシーンが何度も思い出されて胸のドキドキは鳴り止まず、また更に顔が赤くなるのでした。