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婚約破棄するのは私  作者: 大森蜜柑
第二章・和の国
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藤堂清雅

「離して! 離して下さい!」

「ほお、異国の娘は威勢が良いな」


 私は掴まれた肩を強引に引き寄せられ何者かに後ろから羽交い絞めにされてしまったのです。藤堂様から目を離さず思い切り相手の足をブーツのかかとで踏みつけてやろうとしましたが、男はヒョイヒョイと面白そうにそれを避けるのです。その間も藤堂様は盗人との格闘を繰り広げています。

 投げられた少年を受け止めたかと思えば、うつ伏せで地面に降ろし、足でグッと踏みつけ更に向って来た大男に刀を抜き低い姿勢から相手のスネを斬ったのです。私は思わず目を瞑ってしまいました。


「ぐああああああ……!」


 大男は唸りながら斬られた足を抱えてのた打ち回り、その間に藤堂様は刀を鞘に収め足元の少年から帯を解きそれを使って縛り上げます。よく見れば大男の足は切れてはいませんでした。しかし骨は折れているようで腫れ上がり歩ける状態ではありません。

 藤堂様は遅れてきた役人に盗人たちを引き渡しました。彼が私のところへ来た頃には背後に居たはずの男はいつの間にか消えていて、あの人は私に何かしようとしたのではなく、無謀にもあの場に出て行こうとした私を引き止めただけだったのかもしれないと思いました。


「藤堂様……! お怪我はありませんか?」

「あの程度で怪我などしませんよ。怖い思いをさせてしまったかな。こんなに震えて……」


 藤堂様はしばらく私の様子を見て、それから手を引いて宿に向けて歩き出しました。


「藤堂様はお強いのですね。二人一度に倒してしまいました」

「フ、あなたにそう言ってもらえるとは、頑張った甲斐がありました」


 頑張ったなどとご冗談を。まったく本気を出していなかった事くらい分かります。顔色一つ変えず一瞬で倒してしまったあの流れるような滑らかな動きは、日々の訓練の賜物でしょう。


「お侍様、お待ちください」

 

 私達を後ろから呼び止める声が聞こえ振り返ると、身形の良い男性が共の者を連れてこちらに歩いてきました。


「先ほどは有難う御座いました。気をつけていたのですが、まんまとヤラレてしまいました。お礼に私共の商品ではありますが、こちらをお納め下さい。そちらのお嬢様にどうぞ」

「なんの、礼には及びません。謝礼が欲しかった訳では無いのだが、ありがたく頂戴しよう。つげ櫛か、良い品ですな」

「ありがとうございます。姫君にも献上した事のある職人が作った物ですので、品物はたしかです。では、我々はこれで」


 財布をスラれたのは商人だったようです。壮年の男性は頭を下げて去って行きました。


「素敵な櫛ですね。とっても細工が細やかで可愛らしいわ。私は何もしていないのに、頂いてしまって良かったのでしょうか」

「私がもらっても同じ事ですよ。どちらにしてもあなたの手に渡るのだから」


 私は頂いた黒い艶々の櫛をとても気に入りました。ピンク色の花を咲かせた木の絵が描かれていて、その美しさに目が離せませんでした。


「ああ、饅頭が無事で良かった。あの男を受け止めた時、これだけが心配でした。ハハハ」


 藤堂様は懐から紙の袋を取り出して中を確認しました。あの最中、そんな事を考える余裕があったのですね。

 宿に戻った私達は藤堂様達の部屋でナタリーと一緒にお茶を飲みながら饅頭という食べ物を頂きました。茶色い皮の中にあんこと言う黒い物がびっしり詰まっているのです。


「藤堂様、これは食べ物ですか?」

「あんこは甘く煮た豆ですよ。それをすり潰して漉してあるので滑らかで口当たりが良いのです。美味しいから食べてみなさい」


 私とナタリーは饅頭を一口大に千切り、恐る恐る口に運びます。パクッと口に入れると何ともいえない甘さが口いっぱいに広がります。


「美味しい! 食べた事の無い味だわ。ね、ナタリー」

「はい、わが国よりも甘さは控えめですが、そのせいで何個でも食べてしまいそうで怖いです」


 丹羽様が寝ているので小声で話していたのですが、どうやら起きていたようです。


「ユリ殿、ずるいです。饅頭は拙者の好物ですぞ……」


 いつからなのか丹羽様が恨めしそうにこちらを見ていました。 


「ふふ、丹羽様の分は一つ取っておきますから心配しなくて大丈夫ですよ。あら? 随分顔色が良くなったではありませんか。夜までに回復できそうでなによりです」


 丹羽様は初対面の時とても怖そうな印象でしたけれど、知り合う内にどんどん表情が柔らかくなり、今ではよく笑顔を見せて下さいます。


「自分でも前回より回復が早くて驚いております。もう起きても大丈夫そうですぞ」

「康高、回復したならば風呂に入りに行くぞ」

「良いですな、ユリ殿達も女湯がありますから、行ってきてはどうか」


 この国では知らない人と一緒に広い浴槽に浸かるのだとか。何だかとても恥ずかしいですが、船では体を拭くのみだったので是非体を洗いたいです。


「お嬢様、私達も行きましょう」

「そうね。では藤堂様、また後ほど」


 私達は部屋で別れ、お風呂へ向います。そこでの衝撃。女性達はどこも隠さず堂々と体を洗い、湯に浸かっています。


「ナタリー、あなたには散々見られてるから平気だけれど、逆に隠す方がおかしいみたいに感じるわ」

「お嬢様、郷に入れば郷に従えですよ。バーンと出して行きましょう」


 女湯にはそれほど客が入っていませんでしたが、異国人の私達は目立ってしまいチラチラと盗み見られているようでした。ナタリーは顔の彫りは深くても黒髪に黒目なのでまだこの国に馴染んでいますが、母国では地味だった私の焦げ茶の髪はここでは明るい髪色の部類です。それに青い目が珍しいのか何度も目が合います。


「早く洗って出ましょう。何だか落ち着かないわ」


 私達は急いで体を洗い一度湯に浸かります。家のお風呂も良いですが、この広いお風呂はとても気持ちがいいです。


「お嬢様、今日のデートは如何でしたか?」

「あ、そうだったわ聞いてナタリー、私達宿に戻ろうとした時に逃走中の盗人二人と遭遇したのだけれど、藤堂様が一瞬で二人同時に捕まえてしまったの。本当に一瞬だったのよ。それでもまだ全然本気を出していない感じで、動きが美しくてとっても素敵だったわ……」

「惚れ直したのですね。強い男性は魅力的に映りますものね。ふふふ」


 ナタリーにからかわれ、熱い湯のせいなのか恐らく今私の顔は赤く染まっております。


「からかうのは止してちょうだい」

「お嬢様が立ち直ってくれてよかったです。あの男の事を思い出すと今でも腹が立ちますけどね。実は私、旦那様にも抗議いたしました。その場の勢いで大事な娘を外国に嫁がせるなどと決めてしまって、しかもその事を帰国してから誰にも話していなかったのですよ。ベンさえも知らされておらず、藤堂様からの手紙が来てから慌てて迎え入れる準備を始めたと言っておりました。本当に迎えに来るのかは旦那様も半信半疑だったそうですが、それにしたって当事者となるお嬢様には一言あっても良かったと思うのです」


 ナタリーは静かに怒っていました。私も少し考えておりました。後で気が変わって約束を反故にするくらいならば、自分から娘を嫁に貰って欲しいなどと言うべきではありません。あちらはわざわざ海を渡って私を迎えに来るのですから。


「でも、お相手の藤堂様が好青年で良かったですね。木島様、丹羽様も親切ですし、ご家族もそうだと良いのですが」

「明日お会いするのが少し怖いわ。異国の娘を嫁として迎えて頂けるのかしら」

「迎えると決めたから藤堂様達は海を渡って来てくれたのですよ。心配無いと思います。信じましょう。とりあえず湯が熱すぎるのでもう出ませんか」




 翌日の朝、木島様は荷車を引いた村の方達と一緒に、宿にいる私達と合流しました。村人達は宿に併設された倉庫から荷物を出して荷車に載せ始めました。

 木島様は来るなり慌てた様子で宿の部屋に上がって来て、人払いをして藤堂様、丹羽様と三人だけで話をしております。

 木島様の様子から良い知らせではないと感じましたが、領地を留守にしている間に何かあったのでしょうか。


 

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