港町でのデート
「ユーリア殿、今夜はこの宿に泊まり、明日我が領地に出立致そう。丹羽も動ける状態ではないのでな。ここからは歩きですが大丈夫ですか?」
船を降りた私達は港町の宿に来ています。私は到着直前まで寝ていたのでそれほどでも無いのですが、丹羽様は大変辛そうでとてもこの後すぐに歩ける状態ではありません。
「普通の貴族令嬢よりは体力があると思いますけれど、ここからどれ位の距離なのですか?」
「まぁ、おなごの足なら歩いて二時間といった所であろうか。木島が先に到着を知らせに向ったので、迎えの者が明日の朝来る事になっておる」
この港町のある長江のお隣が藤堂様の治める領地なのだそうです。浅い海に面した土地なので直接船で着ける事ができないらしく、ここからは歩きで移動です。なんと荷物は馬車ではなく荷車を人力で引いて運ぶのだそうで、とても驚いてしまいました。私の持参した荷物は少ないけれど、その事を知っていればバラを持ち出すのは諦めましたのに。
休息を十分に取った私とナタリーは体力が有り余っており、加えて見慣れぬ町並みを見て少々気分が高揚しておりました。
「ねぇナタリー、少し外を歩かない? 町の様子を見てみたいの」
「ええ、私も先ほどチラッと見ただけでしたので、散策してみたいと思っていました。藤堂様、この辺りは治安がそれほど悪く無いと言っておられましたよね? 宿の前の通りだけでもお嬢様と散策に出かけてよろしいでしょうか?」
この港町は国内外からの船の出入りが頻繁にありますが、たくさんの役人の目が常に光っており犯罪などは比較的少ないのだそうです。騒ぎを起こせば港の利用を禁止されてしまうので、船乗りや商人達は揉め事を起こさぬよう気をつけています。逆に気をつけねばならないのは町に住む貧しい人によるスリなどの窃盗です。それは私の国でも同じで、人ごみでは注意しなければなりません。
「女二人で出かけるのは止めた方が良い。私も一緒に行く。案内も必要であろうしな」
「あらまぁ。では私は遠慮いたしましょうね。私は丹羽様のお世話をしておりますからお二人で楽しんできてくださいな。お嬢様、私何か甘い物が食べたいです。お土産よろしくお願いしますね」
ナタリーは私にウインクして二人で行けと言います。それはつまり藤堂様とデートをして来なさいと言う意味です。私は途端に恥ずかしくなり藤堂様を見ましたが、藤堂様の方は涼しいお顔で外に出る用意を済ませていました。船を降りる時初めて見ましたが腰には刀という剣を大小2本差すものなのだそうです。
「では参ろうか、ユーリア殿。この町には名物の蒸し饅頭などもありますぞ」
藤堂様に付添われ、私は町の様子を興味深く観察いたしました。わが国とは建物の造りが全然違います。レンガや石でできた建物は無く、全て木造で二階建て以上の高い建物は一切ありません。店に並ぶ商品はどれも興味を引く物ばかりで、私は夢中で品物を見て回りました。
「ユーリア殿、何か欲しい物はありますか?」
「目に映るもの全てが目新しくてつい夢中になってしまいました。あの湯気の立つ木の箱はなんですか?」
「ああ、あれが名物の蒸し饅頭ですよ。一つ如何ですか?」
藤堂様はそう言って、饅頭を幾つか買って下さいました。紙の袋に詰めてもらい、ナタリーへのお土産にするようです。
「少し行った所に神社があります。そこで休憩しましょう。久しぶりに人ごみの中を歩いて疲れたでしょう」
神社と言う場所が何なのかわかりませんでしたが、藤堂様の後をついて行くと赤いアーチの入り口があり、石段を登ると奥に荘厳な雰囲気の建物が建っていました。その前には建物を守るように二匹の犬のような石像があります。
「犬? にしては何だか怖い顔。これは何の動物かしら……」
「これは神を守る狛犬と言います。この建物には神が祀られておるのですよ」
「まぁ。神様が……」
「折角来たのだ、お参りするか。ユーリア殿はこの国に移り住む事になったのだし、土地の神に挨拶して行こう」
藤堂様はこの国の神様についてお話しして下さいました。何だか不思議な気分でした。神様は一柱だけではなく、たくさんいらっしゃるのだそうです。参拝するにも細かな作法があり、教えて頂きながら神様にこれからよろしくお願い致しますと挨拶をします。
「なんだか神聖な気持ちになりますね。藤堂様、改めて、これからよろしくお願い申し上げます」
「ああ、こちらこそよろしく頼む。そろそろ戻ろう、ナタリー殿も待っておるしな」
神社を出て宿に戻る途中で誰かの叫び声が聞こえました。財布を盗まれたようで、その男を捕まえてと言っているように聞こえました。声の聞こえる方向から、犯人は私達の方へ近付いてきているようです。
「ユーリア殿、危ないから隠れていなさい」
「藤堂様はどうなさるおつもりなのですか?」
「スリを捕まえます」
藤堂様は私を建物の陰に隠し、道を塞ぐようにして盗人を待ち受けました。私はハラハラしながらその様子をも見守るしかありません。
「藤堂様……」
盗人はすぐに藤堂様の前に姿を見せました。財布を盗まなければならないほどひもじい思いをした者かと思えば、逞しい体躯の山賊のような大男です。その男の後ろからは余裕の表情の少年が一人付いて来て、刀に手をかけた藤堂様を見てギョッとして大男の影に隠れました。
周囲に人は居ましたが誰も手を貸してくれそうにありません。
「盗った物を出せ。大人しく言う事を聞けば痛い目は見ないで済むぞ」
「へっ、そんな事言われて大人しく従うやつがいるか、馬鹿め。こっちは二人だ、一人で何ができる」
大男は少年をガッと掴んだと思えば彼を振り回して藤堂様に投げつけました。
「あ!」
私は思わず建物の陰から出ようとすると、誰かに肩を掴まれてしまったのです。




