皆既月食作戦 Ⅵ
※注意
今回、文章の後半がかなり口汚くなっていますがご了承ください。
用語解説
ヒンドゥー教卍
右卍の卍の空白部分に丸が4つあるマーク
ハーケンクロイツを右に90度回転させてへこんでいる部分に一つずつ〇を入れたもの
幸福の印とされている。
卍(スワスティカ、まんじ)の歴史は古く、日本やインドのほかアメリカの先住民にも似たようなマークがある
ムガル帝国 Fatehabad
「降車、用意!」
昇達はムガル帝国首都デリーを突破し、約230㎞超離れたファテーハバードにたどり着いた。
時間は、午後4時20分過ぎ。
Sri Ganganagarまでは、およそ200㎞であり別ルートでもさほど問題はない。
前線からも距離が離れており、日が暮れるため航空機による脅威もなくガンガナガルまでたどり着くと考えられた。
車を降りた昇は、替えの車に荷物を載せた後ロラ達に車の点検を行うようにいい、付近に設営されているテントの中に入った。
テントの奥の方で兵士が慌ただしく書類を手にしては駆け回っているのがわかった。
「ここの司令官は?」
「3つ左のテントです!」
昇は、それを聞くとテントを出て司令官がいるであろうテントに左の奥から手前に1つあるテントに入った。
テントの中に入るとソフィアとヴィクトリアが居て、後はこの地の司令官だと思われるインド人の男性が居た。
「日露仏連合陸軍第28師団第12歩兵連隊第3歩兵中隊第3小隊C分隊、総員到着いたしました。」
「ごくろう、分隊長を呼んできてくれ。」
「私です。」
「そうか…。」
「付近の状況を教えていただきたいのですが…。」
「そうだな…少し待ちたまえ…40分に始めようと思う。」
「了解しました。」
昇は、懐中時計で時間を確認するとまだ数分時間があった。
一刻も早く、ガンガナガルに向かいたいのだがそうも行かない様子だった。
司令官は、何やら地図で道を確認しては紙に鉛筆で何か書いていた。
「ヴィクトリア様。」
「どうしたのですか、昇さん。」
「はい…まだ先は長いのでお体に変わりはないかと…。」
「まあ…それは、…ええ、何も変わりはないです。それにしても…いえっ、そうですね。少しは強がって見たいのですが気を張り続けるのも楽ではないのです。それに、この先が正念場でしょう。」
「ヴィクトリア様…昇さん!少しは落ち着いたらどうなんですか?そんなに、早くここを離れたいと思っているのは私も同じなんですからね!」
「…俺は落ち着いているけど。」
「本当ですか?」
「…いやっ、なるべく早くこの国から脱出したい。」
「まったく…。」
少し、雑談をすると時間になった。
俺はソフィアの隣で話を聞くことにした。
「護衛部隊の隊長は全員居るな!居なくても居ることにする!今は、時間が惜しいので現在の状況を説明する。まず、デリーからの北部に向かって脱出している部隊とそれを追う敵の追撃部隊、最後に防衛線の構築を行っている増援部隊と敵の増援部隊との戦闘が行われている。デリーに居た部隊のほとんどが壊滅したとされ奪還はほぼ不可能。そのため、デリー奪還は現実的なものではない。アーグラ、デリー空港の航空機は付近の空港に着陸しこの両空港の爆撃を断続的に実施しており、日没まで行うことしている。防衛線としてはデリーまで敵は侵攻したがUdaipur、Rajkot、Hisar、Kota、Jaunpurでの防衛線は健在でありうまくいけばデリーに居る敵部隊を包囲、孤立することができると考えられます。ルートとしてはガンガナガルの市街に入る道が及び周辺にて物資輸送の為に渋滞しており、Abohar郊外を通ってのルートは距離は伸びますが安全だと考えられます。当初の計画のルートにて対空兵器の配備は完了していますが空戦猟兵が攻めてくるであろうと予想されていました。渋滞の原因は混雑のほかに輸送車の故障の報告もありやはり脆弱だと考えられます。以上が報告になります。」
昇は、少し考えていた。
戦艦瑞風はガンガナガルの西北方面におり、保険としてFazilkaという港にも高速艇が用意されている。
しかし、ガンガナガルをに向かうのが一番いいと考えられていた。
この場合、ガンガナガル市街を通らなくてもいいのだがファジルカにも向かいたくはなかった。
「ここは、パンジャーブを経由して行くのがいいかと思います。」
「確かにそうだが、問題は対空火力が低くなることだ。夜間でも目が効き低空で飛行してくる空戦猟兵はやはり脅威だと考えている。また、このまま行くと車両の数でデリーから逃げてきたソフィア様、ヴィクトリア様だとばれてしまい。無線で救援を呼ぶとしても傍受の可能性があり車両及び護衛人員を下げたくないというところだ。」
「…だとすると。」
問題点はその通りだった。
空戦猟兵は、夜間においてその脅威を表す言わば特殊部隊だ。
主に手榴弾などの爆発物の投擲を銃手の数による弾幕で防ぐという戦法だった。
昇は、あまりこの会議を長引かせたくはなくおそらく他の兵士も同じだった。
「…空戦猟兵をデリーに引きつけるしかありません。」
そう、ソフィアが言った。
「それは、わかっていますが…。」
「ソフィア、引きつけることができても安全を保障できないというかさらに危険な気がする。」
「そうですね。なので、2手に分かれましょう。」
昇は、ある程度ソフィアの考えがわかった。
「…ソフィア様、それは博打のようなものですが。」
「やるしかありません。」
「わかりました。」
「それじゃあ、作戦を説明いたします。まず、先遣部隊として1台ずつ車両を2つのルートに先行させます。この1台目のパンジャーブを経由するルートに私とヴィクトリア様が乗り、その後3台をパンジャーブに回し残りの5台をガンガナガルへのルートに向かわせます。」
「なあ、ソフィア先行した車じゃなくて2台目とか、2台ずつ先行させるのじゃダメなのか?」
「確かにその方が地雷や襲撃を受けても生存性は上がりますが、おそらくガルダは私達を探すために派遣されています。やはり、ここは1台ずつで先行するのが良いかと。味方支配地域ではありますが工作員、裏切り者のことを考えると少し突飛でも裏をかくほかありません。」
「…わかった。」
「決まりですな。1号車は先行、2、3、4、5、6、7はガンガナガルへ、8、9、10号車はパンジャーブ経由とする。なお、乗員割は番号のみ変換したものである。すぐに準備に…。」
「少将!」
「どうした、今は会議中である。」
何やら外から兵士が駆けてきて、テントの外から声をかけた。
「デリーからの放送です!」
「内容は?」
「これからです!敵側の放送です!」
「わかった…すぐ行く…。」
「はい…。」
そう言い終わると兵士はどこかに駆けていった。
「もう…他に言うことはない。すぐに、出発せよ!」
「「は!」」
「昇!」
「何、ソフィア?」
「またね。」
「ああ、すぐには会えないと思うけどいつか近いうちに!」
「ええ、そうね。武運長久を!」
「ヴィクトリアさんを頼むね。」
「まったく…大した護衛ね。護衛対象に護衛を任せるなんて…。」
「無責任かな…いやっ、どっかのギャンブラーのせいかな?」
「ったく…これあげるわ。」
「なにこれ?」
「幸運の印…大切に持っていてね。」
それがソフィアとのこの日最後の会話だった。
渡されたのは右卍の間に丸が4つあるヒンドゥー教卍というものだった。
卍、スワスティカはサンスクリット語で幸運または幸福の意味に由来するスヴァスティカに由来する。
昇は、胸ポケットにそれをしまうとロラ達の所へ向かった。
途中、デリーからの放送が聞こえたが先を急ぎ車に乗った。
「私は、بہادر شاہ ظفر(バハードゥル・シャー2世)。国民よ、私は戻って来た。この国はもう一度私達の物にしなくてはならない。先の大戦において私達は技術的な差からイギリスに屈し彼らの政治の元に暮らしを発展させてきた。今や工業力を手にした私達は発展の未来しかない。しかし、イギリスはそんなことを認めないだろう。いずれにせよ、旧式の武器ばかりこの国に運び入れるばかりである。かくして、この国は独立しなければならない。ソビエト連邦、大日本帝国、アメリカ、ローマ帝国、日仏露連合など様々な軍事的脅威が差し迫っている。この国は豊かだが悪がはびこっている。それは、イギリスがこの国でアヘンばかり製造していて医療機関にモルヒネが流通していないことだ。そのモルヒネはこの国を経由して海外に流れている。そして、何よりもモンゴル帝国への派兵だ。正に目的の無い戦いであった。優秀な兵士は皆、イギリスではなく私達に使えていた。だが、イギリスは彼らを捨て、この国も捨てた。そして、日仏露連合の手によりソフィア、ヴィクトリア女王はこの国を出ようとしている。私達は捨てられた!だが、本当にそうだろうか?否、私達は捨てられたのではない。これは好機なのだ。二度と私達は屈しないこのムガル帝国という国に住むムガル帝国人として強くあらねばならない。もし、君らが戦うことに悩んでいるのなら国を守るために戦うべきだ。土地を耕すべきだ!武器を作るべきだ!今こそ、真のムガル帝国人として独立するべきだ!」
彼らは、それを聞くと完成をあげた。
しかし、ここにいるインド人兵士達は耳を傾けず笑いこう言った。
「結局、彼らは身分制に囚われたままだ。」
「いつまでも宗教を根幹にしている奴らだ。宗教で語られることばかり気にしていて事実を曲げようとしない。」
「ムガル帝国人は全員知っているさ。このムガル帝国が滅亡するのは政府のせいじゃないいつまで経っても消滅して職業に気づかず、そのままの暮らしをしていき首を絞めていることに気がつかなかったからだ。」
「俺たち、嫌…ほとんどの国民はもうイギリス人だ。昔のことなんか知らない。身分制度があったことも…。」
「あいつらは、正しくない…南部の奴らは可哀想だ。古くから続く盟約に何もかも囚われている。」
「彼らを殺さないと、俺の家族も皆…全てを失う…。」
「ああ、そうだ…真理なんかくだらない。歪んだ自身で瞑想してもそこにあるのは固定観念で作られた先人達の思想の墓場だ。邪念として自分の夢すら捨てている!」
「身分制度の復活なんか嫌だ!あいつら、全員殺してやる!上級層だろうが、下級層だろうが!」
車の無線で昇達はこっそり、この放送を聞いていた。
「伍長…この放送はあまりよくありません。」
ロラがそう言った。
「どうして?」
「…はい、旧ムガル帝国には身分制度がありました。」
「それは、どの国でも同じじゃない?」
「ええ…ですが、ガンディーとバフト・ハーンは身分制度の撤廃、及び宗教による区分…カースト制度の廃止を掲げています。バフト・ハーンが協力しているのは独立国インドとしての革命であり、ムガル帝国の復活ではありません。」
「確かにあれは国民に向けられていないのかな…三郎はどう思う?」
「はい、伍長。上級階級向けだと思われます。」
「木下は?」
「医療的観点から見ればモルヒネやアヘンの話は事実です。市民の健康状態はよくわかっていませんがモルヒネの供給量は少ないと考えられます。」
「バフト・ハーンが裏切ってくれれば…。いやっ、革命を起こしてくれたら…。」
「…バハードゥル・シャー2世とサラを倒せば、この国は安定するとお考えですか、伍長?」
「そうなって、欲しいものだねロラ。とりあえずガンガナガルへ向かおう。」
昇が懸念していた士気の低下は起きなかった。
逆にこちらの士気を高める結果になった。
昇は、そのことをガンガナガルで知ることになる。




