皆既月食作戦 Ⅳ
用語解説
・香水
この世界と変わらず古くから存在している。
昇に渡した香水はペンハリガンで売られているようなものです。
・Webley MKⅣ Revolver
ウェブリーリボルバーという中折れ式の回転式拳銃
イギリスの標準的な拳銃であり、1887年にMKⅠが採用されボーア戦争の期間に改良型のMKⅣが採用された。
名前が長いのでマークフォーとしている。
1915年にMKⅥが採用されるのだが、このムガル帝国にはイギリスから渡っていないため生産もされていない。
・Mark II Matilda(マークⅡマチルダ歩兵戦車)
イギリスの戦車
第二次世界大戦に使用された戦車であり日本軍と戦うなど多くの戦場で用いられ。
ドイツ軍の88㎜砲に撃墜されたという印象が強い。
※火砲について
火砲(野砲、榴弾砲、山砲)は種類が多いため口径(砲によっては前後で異なることもあるが)での表記にしています。単位ミリメートルです。
翌朝、6時半頃に目を覚ました俺は着替えをし朝食を食べようと思っていたところアブドゥルさんが部屋にやって来た。
「おはようございます、長篠様。」
「あっ、はい…おはようございます。」
何の用か尋ねようとしたところ、彼は小さな木箱を取り出し俺に渡してきた。
「ヴィクトリア様からの贈り物です。」
「本当ですか?」
「はい。」
「ありがとうございます。」
「いえっ、ヴィクトリア様はこれをあなたに直接渡したかったのですが能力による制約の為にこのような形でのお渡しとなりました。感謝はヴィクトリア様に。」
「わかりました。…あの制約とは?」
「はい、ヴィクトリア様にとっては呪いのようなも能力があるのですがその影響は使用者ではなく非使用者に作用すると言ったものなので…いえっ…あなたにだけお教えします。誰にも言わないでください。いいですね?」
「はい。…いえっ、やっぱり聞かない方が…。」
「いずれ知ることになるので…お伝えします。ヴィクトリア様が能力を使ったときその影響を受けるものは他の人からの激しい嫉妬を受けることになることです。」
「嫉妬?」
「はい、どんなに仲がよかろうとその中を引き裂いてしまうほどの嫉妬を引き起こしてしまうのです。」
「…なんていうか、分かりづらい影響ですね。」
「はい。しかし、来るべき時がくればあなたにもわかりますよ。それでは…また、後で。」
「はい、また。」
彼は、そう言い残すと足早にどこかに行ってしまった。
昇は、小さな木箱をベッドの上に置き蓋を開けると中には小さな瓶が入っていた。
特に装飾のような物は確認できないが分厚いガラスで作られていた。
そして、中には2つ折りの手紙が入っており英語で文章が書いてあった。
内容は、『あなたの旅はとても長いものになるでしょう。しかし、この世界において終わりはあなたに訪れます。あなたがまだ知らないことを私達は知っていますが話すことはできません。この香水をあなたに差し上げます。来るべき日はもうすぐです。』っと書かれていた。
中を確認すると香水であることが分かった。
昇は、試しにその香水を使ってみることにし付けた後食事に向かった。
モンゴル帝国 首相官邸 午前7時
「既に知っての通り作戦の前段階は終了しこれより侵攻してくる新政府派及び旧政府派閥との戦いとなるなお今回の作戦は死守ではない。」
日仏露連合陸軍第701工兵師団第五連隊を率いる沖田寛二は作戦前最後のミーティングを行った。
「現在の状況において私達は決して優勢ではないが劣勢でもない。そして、私達の手元にあるのはほんのわずかの装備と骨董品の大砲だけだ。また、敵には消失の魔女という大層な名前の着いた怪物がいるらしい。だが、私達の任務はなんだ!時間稼ぎだ!既に封鎖しているのに、前線から遠く離れているのに何と戦えというのか?敵は目の前にいる!それこそ、油断している我々の前に敵が現れるのだ!いいか、敵は目の前にいる!それを忘れるな!これより、移動を開始する!」
沖田はそう兵士に命じ、ヤムナー川を渡ったデリー都市部の南側へと移動した。
昨日の時点で、各種火砲及び対空兵器の配置は完了していた。
しかし、沖田には懸念事項があった。
まず、運んできた75㎜無反動砲の有効射程距離は約1800mであり接近しないと効果が薄く。移動目標に対してはこの有効射程距離を下回る。
そして、骨董品の大砲というのは114.3㎜砲、84㎜砲、76.2㎜砲であり砲の数自体は多いが威力は現代の水準ではないに等しいのだが現状の戦力である。
陣地変換は難しく捨てることが前提で運用しており地雷と爆薬も数が少ない。
少なくとも戦車部隊を相手にすることは難しいだろう。
作戦開始前は抗議団体が敵勢力となる可能性が高いが7.7㎜機関銃で一掃できるだろう。
だが、火炎瓶による攻撃への対応はそれでいいのかわからない。
装甲兵力は付近に展開するMark.ⅣとMark II Matilda(マークⅡマチルダ歩兵戦車)を中核とする戦車師団と野戦砲の牽引車と装甲車が多くを占める。
南へと移動した沖田は中隊司令部にて作戦の開始を待った。
午前10時
食事を終えた昇は、装備で身を固めショットガンを持ち、車の近くで待機していた。
昇は、ソフィアとヴィクトリアと同じ車に乗るわけでなく昇と中山と木下、そしてロラの4人でガンガナガルを目指す手はずになっていた。運転席には中山が座り昇はその右側に座り後ろに木下とロラが座る。装甲車が郊外で車列から外れるため道中は10両の車両での移動となっていた。
「伍長、予備の銃の弾薬の装填が終わりました。」
「ああ、お疲れ三郎。後部座席に置いておいて。」
「了解しました。それにしても、敵はここまで来れますかね?いくら南側での動きが活発だとはここまで来ることができるかどうか…。」
確かに中山の言う通りであった。
まず、敵との距離が離れており移動するには時間がかかると思われる。
だが、モンゴル帝国での戦いでは味方の敗走が広範囲に渡っている為やはり何かしらの方法があるのだろう。件の消失の魔女もその方法と考えられる。
さて…なんと答えるか…。
「来るとしたら戦闘機か爆撃機かもな。」
「伍長、どこから来るというんですか?」
「この近くにある空港からだよ。」
「デリー国際空港からですか?」
「ああ、それと空戦猟兵が飛行機から飛び降りて来るかも…。」
「笑えない冗談ですよ、伍長。」
「まあ、いざとなったら君には運転しながら左手で銃を撃ってもらうしかなさそうだな。」
「わかりましたよ、伍長。安全運転を心がけます。」
「ああ、よろしく頼むよ。」
そんなことを話しているとようやくロラと木下がやって来た。
「伍長…もう出発しますか?」
「いやっ、まだ二時間ある。」
確認するために桜から貰った懐中時計を確認するとおよそ11時5分だった。
ムガル帝国の時間に合わせたがアナログなので少しずれているが、まだ早いとは思っていた。
「それじゃあ、ひとまずはこれで終わりですね。」
「ああ、そうだな。私はソフィアとヴィクトリアさんの所に行って来るから木下と中山は車の警備を頼む。ロラは他の車両と最終的な確認、それと予備のルートを覚えておいて。」
「…了解しました。伍長。」
そう言い残し俺はショットガンを抱えたままソフィア達がまだいるであろう司令部に向かう。
歩くこと数分、地上にある司令部から少し離れた地下にある一室にやって来た。
扉の前には、アブドゥルさんがライフルを持ちながら立っていた。
「こんにちは、アブドゥルさん。」
「こんにちは、長篠様。何か御用ですか?中の二人の移動予定時刻はまだですが?」
「はい、出発前に少しでも話しておきたくて…。」
「わかりました、既にお着替えも終えているのでお入りください。」
「ありがとうございます。」
「はい、お時間になりましたがその時は私がお声がけします。…では、どうぞ中に…。」
部屋は昨日、ソフィアと話した場所と同じ大きさで同じような内装の部屋だった。
ただ、ソフィアは警戒しているのか椅子から立ち上がっており右手を拳銃にかけていた。
おそらく、Webley MKⅣ Revolverだと思われる。
どちらも軍服を着ておりおそらく俺と同じ様なタイプのボディアーマーの類が空いている椅子に色の違うものが2枚が重ねられていたソフィアは他の兵士達と同じ色の軍服で、ヴィクトリアさんは同じタイプではあるが黒色の軍服を着用しておりボディアーマーも黒色となっていた。
「どうしましたか?昇さん?」
「何か嫌なことでも起きたの?」
「いやっ、そういう訳じゃないけど…。」
「それじゃあ、何の用?」
「いろいろと聞きたいことはあるけど、ここに来た目的は様子を見に来たのと、あとは香水のお礼を言いたかっただけなんだ。」
「それはそれは、私としたことが…まあ、香水も使ってくれたみたいなので遠慮なくその香水は使ってください。何かと私の能力は現段階では考慮すべきことが多いので…。」
「ヴィクトリア様がそうおっしゃられるのならそうでしょう…確かに香水の匂いがします。」
「ああ、ひとまずそれと…あとは懸念事項かな。」
「懸念事項?具体的に何について?」
「このデリーが占拠された時のこと…。」
「はい…ヴィクトリア様もご存知ですが、ここ首相官邸はやはり狙われるでしょう。少なくとも、それは予想されていますしデリー空港も最悪滑走路の利用を阻止するために破壊することも考えています。」
「昇さんが考えているのは、発見された時の追撃についてですね。」
「はい、そうです…。」
「なんという言葉が必要かは難しいところですが、あなたの予想は当たっているかもしれませんね。」
「…。」
「長篠様、ソフィア様、ヴィクトリア様…お時間です。」
「わかりました。」
「昇さん?」
「はい…。」
「計画を立てるときには憶測や予想といった推測が含まれていないことが多いんですよ。」
「はい…失礼します。」
そう言うと昇はロラ達の元へと駆けていった。




