軍の基本は身体ですか?
用語解説
・徒手格闘
白兵戦時や、その他所任務において使われる殺人術
「それじゃあ、早速訓練と行きますか!」
「えっ?」
グラウンドに着くや否やすぐさま、訓練を行うようだった。
さすがに気が早いとは思ったが、この服を着たからにはすぐにでも訓練を開始したいという意志は十分に伝わっていた。
このオリーブ色の服もその為なのだろうか。
とはいえ、何で俺にちょうどいいサイズの服が用意されていたのかは疑問だが…。
「それでは、始めますよ!」
「…いや、その…どんな訓練なのかもわからないんだけど?」
「それじゃあ、よろしく。カチューシャ!」
「だから、何を…。」
すると、左から衝撃を受けた。
殴られた後、そこを見ると妙に嬉しそうなカチューシャが立っていた。
「なっ、カチューシャ!何で!」
「訓練は始まっていますよ!昇さん!しっかり!」
「徒手格闘くらい出来ないとすぐに死にますよ!昇さん、頑張ってください!カチューシャは手を抜きません!」
「…だから、ちょっと待って!」
そう言い終える前に、カチューシャは右手を
俺にぶつけてくる。
俺は、とっさに避けようとするも腹に一発叩き込まれた。
「くはっ…。」
突き刺さるような痛みが腹部に走る。
そして、運が良かったのか鳩尾には、入らなかった。
俺は、後ろに下がろうとしたが、ジャンヌに後ろに回り込まれていた。
「昇さん、確かに逃げるのも手段ですが今回は認めません。」
そうジャンヌは言うと、俺の背中を力強く押した。
前には、カチューシャが居る。
そして、ジャンヌに飛ばされた俺はカチューシャに殴られた。
腰が引けた俺は、またも後ろに下がろうとしたが今度は、桜に背中を蹴られ、カチューシャにも蹴られる。
「…桜、ジャンヌ…何で?」
「今回は、格闘の訓練です。あなたとカチューシャの一対一ですが、場合により三対一になります。」
「昇さん、カチューシャをよく見てください。この後の講義で、徒手格闘を教えます。だから、今はカチューシャの技を見て、反撃してください!」
「そんなことを言ったって…。」
女性だから、殴れないことなんてないが、それよりも殴れる隙が無い。
今まで、喧嘩したことはあるが、それとはわけが違う。
一撃一撃が重い、そして、同じところをひたすらカチューシャは狙ってくる。
頭を守れば胴を、胴を守れば顔を、顔を守れば顎を。
そして、俺が蹴り返せば拳を一瞬で作り、叩く。
俺が拳を作って殴れば、蹴り飛ばされたり、手刀で落とされた。
そのため、俺は何十回か殴られた後、俺は彼女の肘より上、前腕部を狙った。
しかも、物凄く簡単な方法でだ。
俺の拳は、彼女には届かない。
でも、彼女は俺の拳を防ぐことがある。
要するに、相手がガードすることを最初から定義した上で彼女の腕を殴る。
そんなちんけな方法だった。
勿論、そんなことがうまくいくこともなく、また、俺はどうやら予備動作の時点ですぐにわかるらしく、その後はただ脇や、腰を蹴られた。
そして、しばらくしてから俺は、彼女が非常に力を抜いた状態…リラックスした状態で俺を殴っていた。
また、その際どうやら呼吸も制御しているようだった。
俺が、連続して右蹴り、左打突、右蹴り、右打突、右蹴り、左掌底、左蹴りを行っても彼女は、冷静に対処していた。
…そう、俺はこの時、すでに冷静な判断もできないまま彼女に力任せに拳を向けていた。
俺の目には、カチューシャしか見えていなかった。
桜、ジャンヌ…他の兵士から目線…それもわからないくらい俺は、必死だった。
ただ、身体が痛かった。
ただ、悔しかった。
ただ、…彼女を倒したかった。
衝動を抑えられなくなった俺は、ただ、彼女に向かい、言葉にならないことを叫び、跳ね飛ばされ、そして、桜やジャンヌに押し返され…また、カチューシャとぶつかった。
喧嘩の方法では、駄目だった。
相手を挑発する隙もなく、ひたすら足と拳が飛ぶばかり。
それから、俺の身体は重くなっていった。
そして、痛みにも鈍くなっていった。
感覚だけが離れていく。
それでも、俺はまだ、動いていた。
ただ、この鈍い感覚のおかげで身体の動き方がわかるようになっていった。
そして、カチューシャの動きを目が少しずつ捉えていった
ただ、彼女が昇を殴っているのではなかった。
大まかなモーションは、同じでも細部により身体を制御していた。
そして、少しずつ俺は、彼女をわかっていった。
けれども、そこまでだった。
「…カチューシャ!昇さん!止めてください!」
「…。」
「…はっ!」
「くっ…。」
桜の声が最後に聞こえた…。
俺は、グラウンドの上で突っ伏していた。
「…昇さん、お疲れ様です。」
「…ジャンヌさん?」
「はい、すぐに身体も体力も元に戻りますからね。」
「…そうですか…あのジャンヌさん?」
「はい。」
「…カチューシャと訓練してからどのくらい経ちましたか?」
もうずいぶんと長い間、戦っていた気がする。
けど、そんなのは俺が思っていただけだったのかな。
「…五分です。」
「えっ?」
「…はい、あの時計で5分ほどです。」
「…そんな。」
「さて、今度は桜と訓練ですね。」
「…そんな。」
「それとも、私がいいですか。」
「…。」
俺は、目を閉じた。
そして、また目を開けた。
「…まだ、明るい。」
「どうでしたか、身体の具合は?」
「…身体…痛くない…いや、待て!俺は、確か寝て…。」
「はい、10分ほど寝てましたね。」
「噓だ!そんな、はずわ!」
「桜!昇さん、もう平気だって!」
「いや、そんな!」
「昇さん、寝起きですけど!すいません!」
すぐさま、左の頬に痛みが走った。
その後、ジャンヌとも格闘をし、あとは三人のローテーションでひたすら殴り合った。
途中、何度かアドバイスを受けたりした俺であったが、その度に倒れしまい、起きたらまた殴り合いがスタートした。
涙になるはずの水分は汗へと変わっていく。
そして、格闘訓練を終えた俺は、一度昼食を取り、その後はひたすら講義だった。
寝そうになると、実習という大義名分の下に、俺は殴られた。
勿論、殴り返しもしたが…。
「遅い!昼間のはどうしたんですか?昇さん、頑張ってください!こうですよ!こう!」
「…く。」
「…本来は不意打ち、しかも、女性にすることは褒められたことではありません。これからは、戦闘技術の他にマナーについても学んでくださいね!」
「…かはっ。」
「…弱い!遅い!力任せ!」
「…。」
その後、講義を終え、夜食を取り、また講義をした後、シャワーを浴びた俺は、ベッドに深く潜り込んでしまった。
そして、目を覚ませば日が昇っていた。
…アラームは、4時58分に鳴った。




