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大人は自己犠牲を背負うもの。

「はあ~、疲れた。」

三日間、休憩はあったものの快適とは言えない長時間に渡る連続したフライト。

そのせいで、身体はとても重くなっていた。

基地でシャワーを浴び、入間基地から持ってきた服に着替えたのぼるは、敷いてあったベッドに頭から落ちて行った。

布団は柔らかく、昇の頭を包み込んだ。

そして、しばらくして重い身体を起こした昇は、部屋を見た。

これまでと同じ様に、殺風景な部屋を。

あるのは、ベッドと机、白い壁。

勿論、コンセントも無く窓もない。

そして、水道も無く、トイレなどは部屋を出て突き当りにある。

シャワーも例外ではなく、部屋の外にあった。

最初は、抵抗も有ったが疲れてきたせいかどうでもよくなっていた。

ただ、ほこりっぽくないというのが救いだろう。

これなら、すぐに寝付ける。

そう思った昇は、ひと通り準備を終え、寝ることにした。

昇がベッドに入ろうとした時、昇の部屋のドアがノックされた。


「ん?はい、開いてますよ?」

そう昇は、答えた。

重い金属製のドアが開かれると、そこには黒色の髪をした少女が立っていた。

年は昇と同じくらいで、大きな目と成長した身体で、ポニーテールをした女の子だった。


「あの、どうかされましたか?」

久しぶりに、同じ年の女の子を見た。

しかし、今はそんなことよりも早く布団に入りたい、そんな気分だった。


「少し、いい?」

「いいって…何を?」

「いいから、いいですから…あなたは黙って口を動かしてください!」

「いや、待て!言ってることが矛盾してるじゃん。」

「いいですから、あなたは黙って私の質問に答えてください!いいですね!」

「あっ…はい。」


…困ったなあ。なんでこんな事になるのやら…。

仕方ない…この子には悪いが寝落ちをして朝を迎えよう。

そう昇は、考えとりあえずはこの女の子に答えることにした。

何であれ、確かに同年代から質問されるのも無理はないだろう。

なんせ、輸送機で運ばれて来たのだからっと、昇は解釈した。

昇にとって、この時は自分と同年代の女性が軍事基地に居ること自体になんら疑問を抱かなかった。

そして、彼女が白い軍服を着ていた事にも気づきはしないほど昇は疲れていた。


「…それじゃあ、質問しますね!」

「ああ…。」

「よし、まず最初に…あなたのお名前は?」

長篠ながしののぼる。」

「次に、あなたの職業は?」

「高校生。」

「歳は?」

「16歳。」

「あなたが居た基地は?」

「入間基地。」

「あなたが来た目的は?」

「…観光になるのかな?ブルーインパルスの展示飛行を見に来たんだ。」

「そうですか、それでは軍人じゃないんですね?」

「ああ、そうだけど。」

「そうですか、ご家族に軍に居た方は?」

「祖父の年の離れた従兄弟だったかな?確か若い時に亡くなったって、聞いた事はあるけど…本当のところはよくわからない。」

「…大東亜戦争ですか。」

「だいとうあ戦争?」

「あっ、いえ太平洋戦争なんですよね?それです!」

「あっ、うん。」

「それじゃあ、あなたは何処から来ましたか?」

「…日本から。」

「両親は日本人ですか?」

「両親というか、親族全員生粋の日本人だけど?」

「なるほど。」

「あの…もう寝たいだけど?」

「ダメです、まだ終わりません。」

「そんなあ~。」

「ですが、次の質問に答えてくれたら…かもしれませんよ?」

「わかった…もう寝かせてください。」

「日本の国歌は何ですか?」

「こっか…政権?」

「いえ、歌です。」

「…君が代。」

「正解!あなたは日本人ですね!」

「…なんていうか、なんだそのアバウトな日本人判定?」

「いいんですよ、良かった。」

「はあ~、もういいか?寝ても?」

「ダメですよ、まだ寝かせません。まだ、私はあなたを信用していません。と言いますか、何であなただけがこんな世界に来ているんですか?他に、ご学友とか居なかったんですか?あなたと一緒に来た友達は?」

「居たよ…でも、確かあの時…はぐれて。いや、そういえば何であの会場にはたくさん人がいたのに…。」

「…そうですか、それでは前戯はこのくらいにしてあなたに本当に、聞きたいことを聞くことにしましょう。そして、あなたにもこちらが答えて欲しいことを答えていただきましょう。私達は、あなたにこの世界で生きる力を提供いたします。…それでは、質問しますね?」

「あっ、ああ。」


眠気を抑えながら答えてはいたが、彼女の声色が変わったのに気づいた。

眠くはあるもののここは、一つ真面目に答えるべきだと自覚した。


「はい、あなたはこれからの未来どう生きていきたいですか?」


彼女の言葉はえらく簡単な物であると同時にその人がわかる言葉でもあった。

それもかなり簡単なはずなのに日に日に難しくなっていくそんな言葉を。


「…どう生きたいか。」


無論、自分の思う通りに運ばれていく事が良いだろう。

しかし、そんな言葉を使えば批判され居場所を失っていくものだ。

そして、何とかしてつなげた答えとなって話せば他者は納得してその人に興味を失うものだ。

そして、その答えは自己を封じることで作り出される。


…どう生きるのかか、思いつかないな。

というよりも何でこの娘はそんな事を聞くのだろう。

まあ、いいや適当に答えておけば後から何言われても大丈夫だろう。

っと、昇は常套句のように人の真似をした。


「そうだなあ、俺は自分らしく生きていければいいと思う。」


彼女は俺の問いに対して憐憫を込めた視線を一瞬、俺に突きつけすぐさま笑顔になった。

その視線は…ただ寒かった。

そして、彼女から切り出された。


「…嘘ですね、本当はそんな事を言いたくないのに言った方が楽になる。そういった典型的な弱者の逃げ方ですね。あなたの時代にあった精神手術的な施しですね。それも広く広範囲に蔓延まんえんしてしまった最悪の方法ですね。」

「ああ、そうだ。」


俺はただそう答えた。

誰にも責められないそんな答えをただ社会は求めている。

そのことだけが確かなことだ。

あとは、それに従い動けば解決する。

どんな理不尽であってもだ。


「…そうですか。でも、このままだと死んでしまいますよ?」

「死ぬ?」

「ええ、自死です。」

「そんなことは…。」

「無いとは言えませんよね?」

「ああ、その通りだ。」

「なら何故そんな事に従うんですか?」

「えっ?」


確かに従う理由こそないが、それが当たり前になっている。

誰もがその理不尽に気づきながら、変わろうとはしない。

どんなに歪んでいたとしても自ら動くことをせずに、動いた人を批判する。

だから、俺は従っているだけ。

何も間違ってはいない。

ただ、そう話すだけの奴隷だ。


「もう一度聞きますよ?あなたはどう生きたいんですか?」

「…俺は…。」


…俺は、どう生きたいんだろうか?


「はい!もう一度質問しますね!あなたはどう生きたいんですか?」

「俺は…誰よりも強くなりたい。」

「それだけですか?」

「誰よりも幸せになりたい。」

「…答えてください!あなたの本音を!」

「自分の邪魔をする社会を人を全て殺したい。不幸な事に巻き込まれたくない。嫌な話を聞きたくない。俺に常識を押し付けないでほしい。俺に当たり前のことだと教えないでほしい。自分の尺度を俺に適用しないでほしい。一人で幸せに生きて生きたい。無駄なことを俺に教えないでほしい。もっと綺麗な身体になりたい。もっと遠くを見たい。人に合わせず自分の意見を通したい。嫌な過去を直したい。自分より頭のいい人を倒したい、彼らに勝ちたい、彼らよりも優れた人になりたい!身体の差を教えないでほしい。自分が生きる意味を最初から教えてほしい。…叶うなら自分が産まれないでほしかった。これ以上、俺を苦しませないでほしい。…本当は、行きたくなんかなかった。」


俺は名前も知らない彼女に何て事を言ってしまったのだろう。

それに気が付いたのは、全てが言い終わった後だった。

我に返った俺は顔を下に向けた。

きっと、顔が赤くなっているのだろう。

耳が痛い。


「それが、あなたの答え何ですね?」

そんな俺の事をよそに彼女は明るい声で俺に話しかけた。


すぐさま、俺は彼女に顔を向けた。

きっと、情けない顔になっていたのだろう。

彼女は、ただ微笑んでいた。


「ふふ、良かった。ちゃんと生きているじゃないですか?」

「…生きている?」

「ええ、あなたは人間ですよ。ちゃんと苦しんで悩んで理解されなくて違和感を抱く。ちゃんとした人間ですよ、あなたは。」

「…本当に?」

「ええ、そうですよ。…ちゃんと生きていますよ。」

「でも、俺は…。」

「はい、確かに人を殺したいという思いは不順かもしれません。しかし、本当に悪いことでしょうか?他人を蹴落としたり、殺したり、苦しませたりした人はちゃんと地位を築き、その後、贖罪のために社会貢献した人はたくさんいますよ。だから、ですね。

「「あなたは好きなだけ人を殺しても良いんですよ。だって、それで多くの人が幸せに成れば人々はあなたに感謝しますから。」」。」


彼女は、幸せそうにそう言葉を紡いだ。

ただ、人が人であるように、冷たくもそれが理性的な方法であるように、ただ彼女は述べた。


「…ああ、俺もそんな人になりたい。」


…俺は…ただ、人に尊敬される人間に成りたいだけだ。

だから、俺は心の奥底に彼女と同じ考えを持っていた。

そう、だから俺はその考えをひた隠してきた。

自分がちゃんとした人間であるために…そうだった。

それが、社会が俺に課した理不尽だった。


この時、俺はただ心の奥底にあった本音を彼女の前で口にしてしまった。

皮肉にもそれが、俺が人間であることを示す大事な物で俺が胸を張って堂々と自分の言葉で言えた初めての言葉だった。


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