盲目のロンギヌス
独立行政国家 イスラエル エルサレム
「さて、君達も先を急ぐことだろう…。とはいえ、ゆっくりして行きたまえ。」
「はい、そうします。」
俺、ベアトリクス、ロンギヌスは再びお茶を飲み、菓子を食べながら話を再開する。
「この町は、どういう街なのですか?」
俺は、そうロンギヌスに尋ねた。
「雑多で喧噪でまみれた街だ。だが、君は気に入ると思うよ。」
「そうですか…。」
「ああ、そして防衛線でもある。」
「ローマ帝国にも、この土地はありましたが…やはりここもそうなのですか?」
「あそこの土地も私のものだ。」
「…どういうことですか?」
「私は、LLFのメンバーだが、特定の国家を持っていない。しかし、私はイスラエルの守護を命じられた。」
「イスラエルは、国ではないのですか?」
「君の世界のイスラエルは滅んだか?」
「いえっ、滅んでいません。」
「そうであるなら、イスラエルはこの世界に存在しない。」
「…どういうことですか?」
「昇、この世界には滅んだか、もしくは消え去った政府を基に国家として制定しているの。イスラエルに関する記述や、実際の話からでは国家の正確な位置がわからないし、なによりイスラエルという土地は歴史があって、魔女も現れなかったの…。だから、イスラエルという土地には、ロンギヌス様だけが統治をなさっているの…。」
「…それじゃあ、イスラエルの土地全てをロンギヌスさんが…支配してるってことですか?」
「まあ、そういうことだ…。」
ロンギヌスは、そうある程度考えながら頷いた。
「…ところで、魔女って現れるものなのか?ベアトリクス?」
「志願制よ。」
「ん?」
「ああ、いやっ…そうだな、昇よ。魔女という者は、この世界の外の人々がなるものだ。そして、異なる世界からの人々から魔女を選び、魔女となった者はその職務を果たす…。従って、この世界の人々にとって現れ、富や戦果をもたらすという意味で顕現するというものだ…。ベアトリクスは、君の存在を知ってから魔女になったから…うむ。」
ロンギヌスは、最後に言葉を断ち切った。
実際のところ、彼女の年齢は…俺の目の表記だとXXXX歳なので、そういうことなのか…。
(…いやっ、そもそも魔女って、志願制なのか。)
「私は、昇さんのことが好きで魔女になったんです。」
「…おおぅ。」
「君は、幸せ者だな…。」
「そう…なんでしょうか?でも、俺はベアトリクスと会ったのは初めてなんです…。」
「私も、ブッダとは初めて会ったよ。そして、君とも…。」
「それは、そうですが…。」
「はははっ、冗談だ。未来の人と会うなど荒唐無稽であるし、君も過去の人と出会うのは信じられないだろう。だが、実に簡単なことだ。君は、まだ彼女には会っていないが、彼女は君と出会ったのだ。」
「別の世界の俺ですか?」
「そうだ…。これ以上は、私からは言えない。でっ、いいか…ベアトリクスよ?」
「ありがとうございます、ロンギヌス様…。」
「では、もう一度手合わせをしようか…昇。」
「もう一度ですか?」
「左様、その間に用意を整える故な。」
「では、支度をしてきます。ロンギヌス様、あなた様。」
「ああ、頼む。」
そういうと、ベアトリクスは入り口の方へ向かった。
ロンギヌスは、椅子から立ち上がり身体を伸ばした。
「では、君には槍の扱いと戦法を伝授いたそう…。」
「手合わせでは、なくですか?」
「十分に扱えないようでは、手合わせの意味はないからな…。」
「そうですよね…すいません。」
「謝ることはない。だが、これは私から君への贈り物だ。私個人のな。では、服装から用意しよう。」
そう言うと、やはりローマ帝国の兵士が出てきた。
「これが、あなたの能力ですか?」
「ああ、さすがだな…魔女を倒した勇者よ。」
「勇者には、ほど遠いかもしれません。それに外の兵士の服装とも、あなたの護衛の兵士とも、手伝いとも思えない格好でしたし…。」
「少々ヒントが多いということだな…。まあ、今は平時だ。」
「…その。」
「なんだ?」
「あなたは、死んだのですか?」
「そうだな…我ら…もとい、キリスト教徒は…科学の概念では、最後の審判まで死ぬことはない。だが、私は確かに殺された。…では、この世界は、どこなのかという問いに対して、LLFとしては、『最後の審判の前』という答えを持っている。これは、宗教による考えとしての見解ではあるが、往々にして『元の世界の死後の世界に行かねば、死ねない。』という結論に至る。この世界においては、『無限の生命』と唱えた者にそれを与えたが、最後は耐えきれくなった…。つまるところ、『死んだが、死んでない。』ということだ。ややこしい言い回しだが、わかってくれただろうか?」
「元の世界に帰る…という目的は同じでしょうか?」
「そうだ…それこそが、真意だ。」
「元の世界に帰らなければ、死ねないという、ことでしょうか?」
「ああ、その通り…私のような死者や、君やベアトリクスのような生者もこの世界では、死ねない。だからこそ、帰らなければならないのだ。」
ロンギヌスは、そう話した。
俺だって、元の世界には少なからず帰りたいとは思っている。
ただ…。
「死ぬために、元の世界に戻るというのも変な話ですよね。」
「ああ、あり得ないことではある。そして、その解釈すらも人によるところだ。」
「LLFの人間でも、そうなんですか?」
「まとまりが無いと言うのは、虚しいものだ。そして、何より真実が揺らいでいく。宗教やその人の人生観、死生観、価値観など組織としての足並みを揃えるのは大変であり、何より殺し合った敵との和解など、叶うはずもなかった…。だが、それでいても…多少は心変わりがあるものだ。人々の欲求の底に達すればだが、人間関係は虚しいものだ。」
「私には、LLF…生命解放軍については、よく知りませんし、構成員が誰なのかもわかりません。…ですが、元の世界に帰ることを手伝っている組織であるとは聞いています。ですが…。」
「信用が揺らぐか?」
「ええ…そうです。」
「そうか…。」
ロンギヌスは、俺の言葉に一呼吸おいてから、こう答えた。
「信用とは、他者の意見のみで成立するものでない。」っと…。
「生命解放軍については、あまり深く知り必要がないのではなく、君も誰から聞いたとは思うが、話せない。それについて、不審に思うのは当然だ。そして、答えとしてはあるが、それが残酷なものであることを伝えなければならない。」
「…残酷なものですか?」
「どうだろうか…おそらく、君にとっては結果は変わらないのかもしれない。」
「どういうことですか?」
「生命解放軍の演算では、結果へと向かうルートへ足を進めている。それは、君を含む、入間基地の人物共々だ。それが、運命ではなく予定調和と知ったとき、人はその後に絶望する。」
「それなら、杏樹の負傷や、ステラ達の死亡、魔女を殺したのも予定通りということですか?」
「まあ、落ち着け…。」
(…全て、予定通り…。なら、やっぱり…俺の選択自体に何も意味はないし、意識を保っているのも、ただ抗っているだけなのか…。)
ロンギヌスの言葉通りに、俺はジャンヌ達に騙されたのではと思った。
でも、それはやはりそうだとは割り切っていた。
なら、なんで…俺の部下も…死んだのだろうか?
ああ、無意味に違いない。
「正確に言うと、確率の問題だ。そして、その変数は君だ。君の行動次第で結果が変わるだけだ、そしてLLFはその情報から統合して、とある道を作っている。だから、君の選択には意味がある。」
「じゃあ、俺が殺したようなものですか?」
「いやっ、LLFと言えどもそこまでの計算能力は無い。ある魔女は、短期的な未来…もとい、演算まではできるが…君が私に会うまでの間にも、世界は綻びだらけで後から精算してきた…。」
「じゃあ、どうすればいいんですか?」
「LLFは、予測は示せても答えは出せない。だから、私達はこうして何かを探り当てなけばならない…それこそ、人生のように不条理で、不可解で、不快で計算通りにことが進まない…元の世界と変わらない、そんな人生を歩むだけだ。答えにはなっていないが…改めて、問おう…君は、まだこの先を進むのか?」
相変わらず、優柔不断な俺は迷った。
だが、俺はこう答えた。
「はい、この先を見ていきたいです。…けど、後悔はしています。」
「そうか…いい答えだ。自分で選んで後悔するのは、屈辱的で理不尽だが…迷いはないのか?」
「ありますよ…たくさん…でも、このまま進みたいです。」
「元の世界に還った時には、記憶を忘れていても…それでも、先に進みたいのか?」
「…はい。」
「ふふっ…はははっ、いいぞ少年…心ばかりの手向けではあるが、技をものにするがいい…。」
「はい、お願いします!」
俺とロンギヌスは、槍を交えた。
ただ、何かを忘れて本能で動いて痛みを伴う…そういうものだ。
だが、それが何なのだろうか…考え事をしないでいる今が…俺にとっては重要だった。
俺に対して、笑っていたロンギヌスの表情を…俺は、もう一度見ることができなかった。