いつもなら
―調査8 いつもなら―
「おーす、おはよー。」
“廊下を走る音”の調査の翌日。
俺はまた、いつものように挨拶をした。
いつもの時間、いつもの風景。
そんなことを考えてる内に、俺の目は自然と煉ちゃんの机に向かっていた。
そして、
「…………。」
期待は外れて、煉ちゃんは、居なかった。
※
その日の放課後。
陰陽決死団は煉ちゃんを除いた三人が、前と同じく校門前に集まった。
進はそれを確認すると、いつものように、
「では、今日の予定を確認する。」
と言って計画を説明しだす。
俺は咄嗟にそれに口を挟んだ。
「まってくれ、煉ちゃんがまだ来てない。」
進は俺の言葉に少し驚いたようだったが、すぐに平静を取り戻して言う。
「ああ、煉はこないぞ。」
そして返ってきた言葉は俺が期待したものとは違っていた。
俺は頭が真っ白になりながらも、
「なんでだよ。」
と精一杯の抵抗の言葉を絞り出す。
進は俺のそんな様子を、不思議そうに見てから、ポケットの中にあった携帯を取り出した。
「今日は風邪を引いて、家で寝ているらしいんだ。無理は言えないだろ。」
え?
言葉の後、進は自分の携帯を、見ろ、といわんばかりに俺の胸に押し付けてきた。
俺は直ぐに受け取って、画面に写し出された文面を見る。
―風邪引いたから休む。―
単純な文章。
それは逆に“大したことじゃない”と言っているようで、俺は心底ほっとした。
「………では、いこう。」
進は二分ほどの簡単な説明の後、いつものように先頭を歩き出した。
て、あれ、真面目にこいつの話聞いたのってこれが初めてじゃね? スゴくね?
しかし、残念なことに今回に至っては進の話を聞いても聞かなくても予想通りの内容だった。目的地はプールだし、赤く染まると言われれば、何のせいで染まる怪異現象なのかというのも大方の予想はつく。
目新しい情報といえば、その原因はズタズタにされて沈められた男子生徒だということぐらいだろうか。
真面目に聞いた時に限って無駄話という、よくある奴だ。
※
「はは、珍しいな。」
黒い装束を身に纏った、三十代ほどの男が横になっている人間に笑いかける。
笑われた方の人間はムッとして、装束の男に反論する。
「ちょっとミスしただけなんだな、そんなに笑うのは変なんだな。」
すると、装束男はさらに愉快そうに笑いながら、口を尖らせている青年の横に座る。
「別に面白がってるわけじゃないぞ、それもいい経験だってことだ。」
青年はため息をついた。
「もう考えるのはやめるんだな。」
※
俺たちがプールにつくと、
その水は本当に真っ赤に染まっていた。
「すごい! 」
それを目にした蛍子は好奇心の塊のように、水を触ったり、その臭いを嗅いだりしている。補足だが、進も大体同じ行動をとっている。
そして、俺はちょっと離れたところからそれを見ている。あ、別に怖いわけじゃないからな、勘違いしないでくれ。
「どうだ、本物か? 」
俺はその場から二人に声をかける。答は直ぐに返ってきた。
「うーん、水を持ち帰って調べてみないとちょっと分からないかな。」
蛍子は手提げの中から小瓶を取り出して、水を採取しようとしている。一方で進は、
「これは偽物だ。」
と確信のこもった口調で告げた。
「これを見ろ、この暗さでは見えにくいが、プールの底に食紅の瓶が落ちている。これが原因だろう。」
俺と蛍子は進が指差した懐中電灯の光の先に目線を写す。
「あ、ほんと。」
蛍子は目を細めて、水底に沈んだ幾つもの小瓶を見た。しかし、まだ進の言葉に納得しかねているのか彼女は、
「でも、なんで食紅なの? イタズラにしたって、安い絵具の方がいいんじゃない? 」
と進に食い下がる。
進は蛍子に指摘されても動揺せず、落ち着いて説明する。
「家庭科室にまだ備品があったんだろうな。ここからだと美術室よりそっちの方が近い。」
「うーん、そっか。」
今度の答えには納得したのか、蛍子は引き下がった。
まぁ、口喧嘩で進に勝てるやつなんて、このメンツにはいないからな。
「じゃあ、帰るか? 」
俺は二人の会話が落ち着いたのを見計らって、帰宅の提案をする。
ちょっと意外だったが、二人はすんなり俺の言葉に頷いた。そしてそのまま家に帰れれば良かったのだが、ここで無視できない事態が起こってしまった。
校舎の方から女性の悲鳴が響いたのだ。
続く!