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青金の王妃と大地の王の最後の戦い


第五章:青金の王妃と大地の王の最後の戦い


 さて、シンシア、ライトとはぐれたバルドス、フラニー、ベル、リンドの四人はエールメイレンの陣地に居た。次元ホールから現れた魔物を撃退した後エールメイレンの軍勢が現れてあっという間の四人を取り囲んだのだ。偶然にもベルの顔見知りの騎士がおりベルが事情を話す事が出来た。しかしバルドスやフラニーなどはグランドトーテムの騎士、簡単に全面的に信用される事は無く、現在エールメイレン陣地の奥のテントに厳重な警戒の中指揮官の判断が下るまで待たされているという状況だ。

「ああ、もう不覚だわ。このあたいが敵の捕虜になるだなんて」イライラを募らせて叫ぶフラニー。

「よせフラニー、我々はシンシア様をお守りすると言う使命を果たした。その為なら命も投げ出す覚悟で城を出たはずだ」嗜めるバルドス、もしライトと捕虜になっていたら、わめいて居たのは自分だろう。フラニーのおかげで冷静で居られる、いや今は自分が冷静でなければいけないそう自分に言い聞かせる。

「だけど、私達は生き残っています。まだ戦えるんですよ、こんな所で掴まっているなんて戦力の無駄じゃないですか」唇を尖らせるフラニー。

「今、ベル殿の知り合いが上の者の判断を仰いでいる。ベル殿とシンシア様の祖国を信じるのだ」

「は~い」渋々納得するフラニー。

 当のベルはというとテントの隅で落ち着かずに立っていた。知り合いの騎士といってもそう親しい間柄ではなかった。そもそもベルにはレイを覗いてそれほど親しい騎士など居ないのだ。騎士団の幹部に事情を説明するなど出来るのだろうか、そもそもエールメイレンはシンシアを見捨ててグランドトーテムとの戦争に踏み切った、自分など裏切り者として処分されるかもしれない、そんな不安がベルの中で渦を巻く。

 その時テントの幕が開き騎士団の幹部らしき女性が入って来る。

「し、シンシア様…!」バルドス、フラニー、リンドの声が重なる。

 しかしよく見てみるとそこに居るのはシンシアではない。淡いブルーの髪とサファイアブルーの瞳は同じだが、その髪は先の方でカールしており、瞳もシンシアよりやや大きくきりりと細長い、他の顔のパーツも全てシンシアより凛々しく整っており上級騎士だけが着る事が許されたと思われる白銀の鎧が良く似合っている。

「メランダ様」嬉しそうな声をあげて駆け寄るベル。

「おおベル、無事であったか、そなたの事も案じていたぞ」メランダは威厳ある声を少し弾ませて答える。

「はい、何度か駄目かと思いましたがどうにか」答えるベル。彼女はエールメイレンでは王女付きの侍女をしていた。ほとんどシンシアの専属であったが他の王女とも関わりはある。

「ベル、その人は一体誰?」状況について行けないフラニーが尋ねる。

「あ、そうだった」ベルは思いだした様に呟くとまずはメランダに向き直る「メランダ様、こちらの者達は現在エールメイレンでシンシア様の側近を務めております者達です。王妃付き騎士団の隊長バルドス殿、団員のフラニー殿、そして王宮の御者リンド殿です」説明を終えると今度はバルドス達の方に向き直り続ける「バルドス殿、フラニー殿、リンド殿、こちらはエールメイレン第一王女メランダ様です。シンシア様の姉気味です」

「メランダ・マクラレーンだ。貴公らの処分については慎重に検討させてもらう」表情を変えずにメランダが言う。

「王妃親衛隊隊長バルドスであります。やはり我々は敵という事かな」礼を取りながらも眼は睨み続けてバルドスは答える

 フラニーの方は挨拶もせずに訝しげにメランダを睨み続けている。

「しかし、ベルそなただけでも無事でよかった」メランダはベルに向き直り続ける。その様子はバルドス、フラニー、リンドを無視するかの様だ「シンシアの事は残念であった。どうか気持ちを落とさずに居てくれ」

「ど、どう言う事ですか?」もしやシンシアの身に何かがあったのではと心配になって尋ねるベル。

「うむ、グランドトーテムに行ったシンシアとそちをクライフィス王は散々弄んだ後に嬲殺しにしたとの情報はこちらにも入ってきている。まあ、厳密に言うとシンシアは嬲殺されたがそちは分からなかったのだがな」

「そ、そんな情報一体どこから?」ベルは驚いてそれ以上言葉が続かない。

「ちょっとあんた、エールメイレンのお姫様だかなんだか知らないけど随分な言い草じゃないさ」堪え切れずついに食ってかかるフラニー「何時、クライフィス様がシンシア様を弄んだって、クライフィス様はシンシア様をそれは大事にしているのさ、クライフィス様に感謝こそすれど、そんな言われ方をする筋合いはないね」

「ふ、フラニー辞めぬか」バルドスが嗜める。口では嗜めても気持ちもフラニーと同じだった。

「でたらめを言うな!グランドトーテムの騎士の言う事など信用できるか」メランダも負けじと言い放つ。その眼は鋭くとがりフラニーに負けぬ勢いだ。

「いいえ、メランダ様、フラニー殿の言っている事に嘘などございません。シンシア様はクライフィス様から深く愛されて、国民達に慕われて幸せに暮らしておりました。もちろん私もレイも酷い扱いなど一度も受けた事はございません」そこで、いったん言葉切り意を決して続けるベル「エールメイレンがグランドトーテムを裏切るまではの話ですが」

「なんだと」メランダは驚いてキョトンとした表情をする。

「教えてくださいメランダ様、一体何処からその様な情報が」

「うむ、連れ来ているな」メランダは後ろに控えていた薔薇の騎士団の女騎士に目配せする。

 女騎士はすぐにテントから出てすぐに一人の騎士を連れては言って来た。

「れ、レイ!」驚きで言葉を失うベル。

 そこにはベルと同郷で一緒にシンシアについてグランドトーテムに行ったレイが居た。レイは魔法酔いの治療の為に今は魔法大臣のゴードンの元に居るはずだ。それがメールメイレンの騎士の鎧を着て何故か虚ろな眼をしてベル達の前に現れた。そう、その眼はとても虚ろでぼんやりとしていた。

「レイは命からがらグランドトーテムより逃げ出してシンシアの受けた扱いについて教えてくれた。レイ自信も酷い扱いを受けたらしくチャールハム城で療養を勧めたのだが、本人の意思で今回の遠征にも参加する事になった」メランダは淡々と説明をして最後にレイに向き直り「そうだな、レイ」と確認する。

「はい、その通りです」感情を込めずに答えるレイ。

「レイ、どうしたの?なぜ、そんな嘘をつくのあなただってグランドトーテムの騎士や城のみんなに仲間として受け入れられてとても楽しく過ごしていたじゃない」訴えるベル。

「ベ、ベル…」レイはぼんやりと呟く。そしてその眼を大きく見開く「う、うわ~」突如頭を抱えて苦しみ出すレイ。

「レイ、どうしたの?しっかりして」悶えるレイを気遣うベル。

 しかし、レイは頭を抱えたまま地面に蹲り苦しみ続ける。

「どいてベル」フラニーが駈け出してレイに歩み寄り方手をレイの頭に掲げる。

「レイ、レイ…」必死に呼びかけるベルはバルドスによって引き離される。

「落ち着いて下さい、ベル殿。フラニーは光の魔法の使い手。光の魔法は回復に特化しております。今はフラニーに任せるべきです」そう言うとバルドスはフラニーに向き直る「フラニー、レイはどうしたのだ」

「どうやら強い洗脳を受けているようです。本来会うはずのないベル殿と会った事で対処が効かなくなり、本来の記憶と人格が出てこようとしているみたいです」フラニーが叫ぶように説明する。

「治せそうか?」バルドスが尋ねる。

「魔法を無効化する魔法をかければすぐにでも落ち着くと思います」そのまま集中して魔力を手に集めるフラニー。口先で呪文をごにょごにょと詠唱すると掌から光を発する。

 光はレイの体を包み込み。悶え苦しんでいたレイは次第に落ち着き眠りに落ちる。

「レイ、レイは大丈夫なの?」ピークより若干は落ち着いたがまだ少し興奮さめない様子で尋ねるベル。

「ええ、もう大丈夫よ。元々解けかけていた洗脳魔法はあたいの力で完全に解けた」

「そう、よかった」安心して力の抜けるベル。

 一方次の瞬間フラニーの眼が優しい治療者の眼から鋭い女騎士の眼に変わったのをバルドスとメランダだけは見逃さなかった。

「はー」レイの腹に懇親の突きを叩き込むフラニー。

「ぐはっ」一瞬で息を吹き返してげほげほと悶えるレイ。

「レイ」ほっとしていたベルも突然の事に驚きすぐにレイに駆け寄り介抱する。

「眼が覚めたか?レイ」厳しい口調で近づくバルドス「辛いかもしれないが話して貰うぞ、何があったのかを、貴公には親衛隊副隊長としても義務があるのだ」

「は、はい…」腹を擦りながら答えるレイ、しかしそこでまた頭を抱えてしまう。

「レイ」心配そうに背中を擦るベル。

「記憶が混乱しているみたいね、洗脳は解けても洗脳される直前や洗脳中の記憶は曖昧になる事があるから」フラニーが言った。その言葉の端々には女性らしい優しさが感じ取れる。

「だ、大丈夫です」レイは気丈に答えて話しだす「僕は魔法酔いの治療の為に魔法研究所に併設している魔法病院で療養しておりました。療養と言ってもただ休んでいるだけでしたけど」

「魔法酔いに具体的な治療法はいまだにないらしい、しばらく休んでいれば治るものだけに研究も行われていない当然といえば当然よ」フラニーが答える。

「黙って聞けフラニー」バルドスが嗜める。

「そしたらある日ゴードン大臣がやって来て治療だと言って僕の頭に手をあてて呪文を唱え始めたんです。そしたら頭の中に偽の記憶が流れ込んで来たんです。グランドトーテムに来た後、シンシア様とベルが連れて行かれて僕は牢屋に入れられる記憶が、その内どちらが真実か分からなくなり、さらには本来の記憶の方が薄れて行きました。さらに体が言う事を聞かなくなり、そして気がついたら僕はエールメイレンに居ました。そして植え付けられた記憶の方を話してシンシア様とベルのかたきを取る為に今回の遠征に加わりました」

 バルドス、フラニー、ベル、リンドは愕然としながらその話を聞く。

「我々はその話をレイから聞いた直後ウルナハインより同盟の話がありシンシアのかたきを打つべくそれに乗り、今出陣して来たという訳だ」メランダが付け加える。

「そ、そんな、その様な事が出来るのですか?」信じられずに叫ぶベル。

「闇の魔法は人を洗脳したり記憶を書き変えたりできる魔法だ。特にゴードン殿はそういった関係の魔法、傀儡術を得意としている」バルドスが説明する。その口調はどこか重い。

「でも、何故ゴードン殿はその様な事を…」

気弱だが優しそうなゴードンが人をおとしめようとするなどベルには信じられなかった。

その時レイが頭を押さえて苦しみ出す。

「レイ」慌てて背中を擦るベル。

「お、思い出した」苦しみ終えて呟くレイ「どうやら洗脳刺される時ゴードン殿の記憶の一部が僕の中に入りこんだみたいです。ゴードン大臣は国を混乱させてその隙をついてクライフィス様とシンシア様、それに邪魔になる者を全て殺して国を乗っ取るつもりです」

「なんだって!それは本当か?」驚いてレイに詰め寄るフラニー。

「はい、ドール様、ヘルスコビア様をそそのかしてシンシア様を殺させようとしたり、ウルナハインの国の重鎮を僕と同じように洗脳して戦争を仕掛けさせる計画などが、僕の中に流れ込んで来た記憶の中にあります」

「くっ、我々の脱出を手助けしたのもシンシア様を孤立させる為か!してやられた」歯峨みするバルドス。

「それだけでありません、次元ホールを開けていたのもゴードン殿です。表向きは解析に苦労している様に見せながら、実は真実に近づかない様に証拠を握り潰しています。そして対処に困るクライフィス様達を心の中で笑いながら最も困る様に次元ホールを開けていたのです」

「なんだって!」フラニーが叫ぶ。

「レ、レイ、いくらなんでもそこまで出来るものなの?」ベルが尋ねる。

「いや、ゴードン殿ほど闇の魔法に特化した人物なら不可能でない、全ての黒幕はゴードンだったのか」バルドスはすぐにメランダに向き直る「聞いての通りだ、メランダ殿。我々はこの事をシンシア様とクライフィス様に伝えに行く、よろしいかな」

「ああ、もちろんだ。私自信にわかに信じがたいがそれが真なら由々しき事態だ。妹と妹婿の命に関わるし、我々も悪党の手の上で踊らされていたのであれば騎士として屈辱の極み、何より万一その様な悪党にグランドトーテムを乗っ取られては我がエールメイレンもただでは済まん。バルドス殿我々も及ばずながらその悪党退治協力しよう」切り替えの早いメランダはバルドス達を信用していた、彼女は人を見る目も確かだ、それがバルドス達は信用できると痛感していた。

「ありがたい」感謝の意を表すとすぐにベルに向き直るバルドス「ベル殿、レイは長く洗脳されていて体調も万全ではないしばらく側に居て上げてくれ、レイも城に戻ってこの事をドール殿、ヘルスコビア殿に伝える役を頼む」

「は、はい」

「ええ、バルドス殿達もお気を付けて」

 レイとベルが答える。

「メランダ殿、貴公の軍は戦場から引いてグランドトーテムの首都へ向かって下さい。そこに居るリンドは現在留守を任されているドール殿の遠縁にあたります。リンド殿が口をきけば受け入れて貰えるはずです。必ずシンシア様クライフィス様を連れて我々も戻ります」

「うむ、分かった」返事をするとくるりと踵を返して「リュシュファー」と叫ぶメランダ。

「はい」

一人の金髪の凛々しい騎士が名乗りです。この男はリュシュファー、エールメイレンの上級貴族でメランダとは長年武勇を競ったライバルであり親友だ。同時にメランダと並ぶこの部隊の最高指揮官でもある。

「聞いての通りだ、私と薔薇の騎士団はシンシア達の元へ向かう。貴公は残る全軍を指揮してリンド殿、ベル、レイをドラゴンアース城へ届けてくれ、グランドトーテムの大臣には今回の件を詫びて同盟の継続を願っておいてくれ。グランドトーテム側より協力要請があった時には出来る限り答えるのだ」

「はい、メランダ様もお気を付けて」リュシュファーが答える。

「うむ」一瞬女性らしい顔を見せて答えるとメランダはすぐに踵を返す「ビィフィーダすぐに支度をせよ。我らはバルドス殿達と共にクライフィス王の元へ向かう」

「はい」気持ちの良い返事をして近くに居た女騎士達が駆けだす。

「そういう事だ、同行させて貰えるかバルドス殿」

「ええ、もちろんです」答えてがっちりと握手をかわすバルドスとメランダ。バルドスもフラニーもメランダの事がすっかり気に入っていた。

「バルドス隊長気を付けてください、ウルナハインの宰相ジグルドはゴードンに洗脳されています」最後にレイが忠告する。


 一方グランドトーテムの陣地についたシンシアはライト、ラークファクトより金の魔法についての指導を受けていた。そこへ騎士団長のロイドが駆けこんで来る。

「シンシア様、ラークファクト殿出立の支度が整いました」人目を気にしてか固い口調のロイド。

「分かりました」シンシアも同じく毅然とした態度で答える。心の中でそんな自分を苦笑していた。

 シンシアが到着後ライトの予言を聞いてすぐに軍議が行われた。もちろんクライフィスは自分の命惜しさに退却を決める人間ではない、しかし命がいらない訳でもない、国の為に多少の犠牲を払ってでも自分の命を守らなければならない事を理解していた。そして戦況もこのまま戦い続ければ死傷者が増えるばかりだった、一度引いて態勢を建て直さなければならない。何より自分が死ねばシンシアが悲しむ事を知っていた。

 退却はしんがりとして一部の部隊を残したまま全軍で一気にドラゴンアース城へと引き返す作戦だ。クライフィスは先頭を走り、シンシアはライトの乗る馬に乗せて貰う予定だった。その時突如シンシア達の前に一つの人影が現れる。

「ゴードン殿!」シンシア、ラークファクト、ロイド、ライトの声が重なる。

「おお、シンシア様、御無事でしたか」魔法で姿を現したゴードンはシンシアの手を取り涙を浮かべながら喜んだ、いや喜んでいる振りをしていた。

「ゴードン様、私は未来を見てしまいました。クライフィス様が死む未来を…」ライトは上級の闇の魔法の使い手に自分の見た予知を説明して助言をこう。

「うむ、その未来なら私にも少し見えている。しかし悪い未来はその未来一つではない、どうやらシンシア様がお亡くなりになってしまう未来も存在するらしい」

「なんですって!」ラークファクトが驚きの声をあげる。

「ドール殿とヘルスコビア殿はどうやら相当周りが見えなくなっているようだ。今戻ればシンシア様の身に危険が及ぶ可能性もあります。私も必死で説得したのですが聞く耳を持たないと言った感じでした。おそらくクライフィス様や宰相様でも簡単には行きますまい、いや下手をすれば返って強行に走らせる可能性すらあります。私の方で安全な場所に隠れ場所を用意したしました。護衛の騎士数人を連れてそこへ御隠れください」

「分かったすぐにクライフィス様の判断を仰ごう」ロイドが走り出そうとする。

「お待ちをロイド殿」ゴードンが止める「エールメイレンの少数精鋭の騎士団が奇襲の為こちらに向かっております。すぐに迎撃の支度を奴らは卑怯にも降伏の白旗を掲げて近づき油断したこちらを一気に奇襲する作戦の様です、近づく前に迎撃するのがよろしいかと思います」

「なんだと、それは大変だすぐに準備を」

「それとシンシア様の事はクライフィス様には後で話せばよいかと思います」

「なぜだ?」疑問に思うロイド。

「はい、クライフィス様は二度とシンシア様と離れたくないと思っております。報告すれば自分が居る限りシンシア様に手出しはさせないと言って城へ連れて帰ろうとするでしょう。しかし状況はそんなに甘くありません、王が過ちを犯す時、それを諌めるのも家臣の務め、私は予知した幾つもの未来の中から最良の未来が来る様に準備を整えてまいりました。ここは一度クライフィス様達のみで国に戻り争いを収めた後、ドール殿達を説得するのが最良です」そう言ってシンシアに向き直るゴードン「シンシア様今しばらく御辛抱を耐えて頂ければ必ずクライフィス様と優雅に暮らせる日々が戻ってまいりましょう」

「分かりました。ゴードン殿あなたを信じます」

「うむ、この判断の責任は私が取ろう。シンシア様はライトを連れてゴードン殿と共に行って下さい、追って追加の護衛の騎士も派遣しましょう」ラークファクトが言った。「ロイド、貴公は迎撃準備を」そう言ってラークファクトとロイドは走り去った。

「シンシア様こちらへ、外に馬車の用意もしてあります」言ってゴードンは心の中でほくそ笑む、すでにレイの洗脳が解けた事は術者のゴードンには分かっていた。急がなくてはならい、馬車があると言って森の中で連れ込んだら、隠しているナイフでライトを刺した後シンシアを気絶さて連れ去り、いざとなったら人質にするつもりだった。


 ロイドはクライフィスに報告をするラークファクトとは分かれて前線にやって来た。

「あ、ロイド団長今伝令を出そうと思っていた所です。あれを」そこを仕切っていた副騎士団長のメイリンが地平線の彼方を指さす。

 そこには白旗を掲げたエールメイレンの騎士の一団が迫っていた。

「うむ、あれは罠だ。白旗を掲げて油断させて奇襲をする作戦の様だ」ロイドが告げる。

「そうなのですか?しかし不審な点は白旗を掲げているだけではありません。何故か先頭に我が国の騎士が居るのです」

「なに!」驚いてもう一度向かってくる集団を見つめるロイド。

 ちなみに向かって来ているのはメランダ達薔薇の騎士団だった。フラニーは女性ばかりの騎士団に溶け込んでいたが大柄で色黒のバルドスはその中でとても目立っていた。しかし遠眼からではそれがバルドスとフラニーとは判断出来ない。

「おそらくは油断させる為に偽の鎧を作り先頭に立てているのだろう。女性ばかりの中にあんな大柄な男が居るのは不自然だ。おそらくあからさまに目立たせている為に入れたのだろう、迎撃しろ」ロイドはすぐに決断する。

「弓矢隊前へ、迎撃用意」メイリンが叫ぶとすぐに弓矢を持った数人の騎士が並ぶ「てー」続けて叫ぶと一斉に矢を放った。

 飛んで行った矢がもうすぐ敵に命中するという所で敵騎士の前に鉄の板の壁が出現して騎士達を守る。

「な!何事だ?」敵には金の魔法使いが居るのかと訝しむロイド。

「ロイド様、駄目です。あれは私の姉の騎士団です。私が説得しますのでどうか矛を収めください」突如瞬間移動でシンシアが現れて訴える。

「シンシア殿、それにどうしてここに、いやそもそもお逃げになられたのでは?」訳も分からずに叫ぶロイド。

「逃げる途中で向かっているのがシンシア様の姉上の騎士団と気付いて止めに来たのですよ、それに先頭を走る騎士はバルドス隊長とフラニーです」瞬間移動で一緒に来ていたライトが訴える。

「そ、そうか…」まだ混乱しているロイド。

「とにかく攻撃を辞めてください」さらに訴えるシンシア。

「そ、そうか、攻撃辞め」ロイドが叫ぶ。当然の騎士達は動きを止める。

 一方の攻撃を受けた騎士の一団は、突如敵陣から飛んで来た矢、そして眼の前に生えるように現れた鉄の壁に訳も分からず混乱する。しかし一瞬だ、事情は分からないがただならぬ事態が起きているのは予想が付いた。そしてそこに居たのはいずれも勇猛な騎士達すぐに鉄の壁の横から出てグランドトーテム陣地へ向けて猛然と走る。

 幸いにもそれ以来矢による攻撃は無かった。陣地につくとフラニーが馬から降りて一気に走り出す。

 ちなみにフラニーは火の玉娘としてたびたび隊中で問題を起こした事もあり、有名人だった。彼女が味方である事は誰もが知っていた。その為に誰も止めない、訳も分からず猛突進する彼女に唖然とするばかりだった。

「シンシア様、何をしておられるのです。早く馬車へ」瞬間移動で追いかけて来たゴードンがシンシアの手を引いて連れ去ろうとする。

「お待ちをゴードン殿向かって来ているのは私の姉の騎士団なのです。どうか説得する時間をください」訴えるシンシア。

「今は御自分のお命がかかっているのですおわかりください」声を荒げるゴードン。

「分かっております、しかし自分の命ばかりが大事と言っていてはいけないと私は気付いたのです。王族である以上自分の命以上に国に使える家来そして民の命を守らなくてはならないと」

「しかし、向かって来ているのはシンシア様の姉上、この国の民ではありません。他国のそれも同じ覚悟をされているはずの王族です」理性でかろうじて理屈を言ってはいるが、その顔は鬼の様になるゴードン。

「いいえ、自分の大切な人ひとり守れなくて民を守る事など出来ましょうか、あそこに居るのは私の大切な人そして同盟国の王女です」

「ええい、つべこべ言わずに来ないか」ついに怒鳴るゴードン。

 その時だった。

「王妃様、そいつから離れて」駆けつけたフラニーは鉄球を取りだして投げる。

「ぐはっ!」鉄球はゴードンの腕にあたり、シンシアを離して数メートル程吹き飛ぶ。

「ふ、フラニー何をするのです?」シンシア以下そこに居た全員が唖然とする。

「こいつが全ての黒幕です」フラニーはシンシアとゴードンの間に割って入り鉄球を構える「レイ副隊長や多くの人を洗脳して戦いを先導していたのもこいつ、ドール様、ヘルスコビア様を騙してシンシア様に差し向けたのもこいつ、次元ホールを起こしていたのもこいつです。こいつはあわよくばシンシア様とクライフィス様を亡きものにして国を乗っ取るつもりです」

「くっ…」ゴードンは顔をしかめた後その場からふっと消えてしまう。

「フラニー、一体どう言う事だ?」ロイドが問う。

「どう言う事も説明した通りです。エールメイレンの陣地で洗脳されていたレイ副隊長から聞きました」

「そ、そんな…?」シンシアにはやはりどこか頼りないが優しそうなゴードンのイメージが離れない。

「いや、間違いはないだろう」そこへクライフィスが現れる「ゴードンの不審な動きに関しては私やラークファクト、ドール、ヘルスコビア達も警戒していた。もちろん次元ホールまで奴の仕業とは思わなかったが言われてみれば奴ならそれも可能だ、手掛かりを握り潰すのも含めてな。何より今逃げた事が限りなく黒に近い事の証だろう」そのままクライフィスはシンシアに近づき呟く「シンシア、怪我は無かったかい」

「はい」体が熱くなるのを感じながら答えるシンシア、しかしすぐに幸せを感じている場合ではない事に気が付く「そうだ、メランダ姉さま、クライフィス様メランダ姉さまを…」

「心配いらないラークファクトが手配している。すぐにここにやってくるだろう」

 クライフィスの言葉にほっと胸を撫で下ろすシンシア。そして間もなくバルドスとメランダの声が聞こえて来る。

「シンシア様」

「シンシア」

「メランダ姉さま、バルドス、それに薔薇の騎士団の皆様」顔をほころばせるシンシア。

 駆けつけたバルドス、メランダ、薔薇の騎士団の後ろにはラークファクトの姿もあった。

「クライフィス殿下、事情の方は?」ラークファクトは再会を喜ぶシンシア達を横目にクライフィスに駆け寄る。

「うむ、フラニーから大方は聞いた」クライフィスもラークファクトもみんなの前なので尊大な態度だ。

「どういたしましょう」

「うむ、全てがゴードンの企みの上で踊らされていたのなら全てを話してエールメイレン、ウルナハインと同盟を結ぼうと思う」

「ウ、ウルナハインともですか」驚愕するラークファクト、他の面々も同じな様だ。

「そうだ、たしかにウルナハインは長年の宿敵だが何時までもいがみ合っていては互いの国に犠牲ばかりが増えるだけだ。ゴードンが強行に出る可能性もある、一度同盟を結ぶ必要がある、その為に我が国が出来る限りの譲歩をするつもりだ」

「たしかに、今我が国とだけ同盟を結び直すのは難しいだろう、我が父オーガスト王は今ウルナハインの陣地に招かれている」メランダが進み出て進言した。

「そうか、メランダ殿御助力を願いたい」

「無論だ」

「それとシンシア、しばらくライトを借りるぞ。両国と同盟を結ぶとなると外交に優れたヘルスコビアの力が必要不可欠だ。これより私は瞬間移動で一度ドラゴンアース城へ戻りヘルスコビアを連れてウルナハインの陣は向かう」

「クライフィス様、私もまいります。私はエールメイレンとグランドトーテムの同盟の証、この話し合い見届ける義務があります。それに…」そこでシンシアは少し俯き顔を赤らめて続ける「私は誓いました何があっても二度とクライフィス様のお側を離れないと」

「そうか…」静かにシンシアを見つめるクライフィス、二度と離れたくない気持ちはクライフィスも一緒だった「分かった、シンシア一緒に来てくれ、今は君の助けが必要だ。君の事は何があっても私が守る」クライフィスは静かに言った。

「はい、喜んで」シンシアも顔を赤くしながら答える。

「王妃様が行くのならば私も護衛の為付いてきましょう」

「当然、あたいも行くよ」

 バルドス、フラニー、そして無言のままジェラウドが進み出る。

「よし、分かった。これより余とシンシア、メランダ殿、ジェラウド、バルドス、フラニーはライトの瞬間移動でヘルスコビアを連れてウルナハイン陣へ向かう。他の者はラークファクトの指揮の元ドラゴンアース城へ帰還せよ」

「ははぁ」兵士達の返事があたりにこだました。


 その後、シンシア達はメランダから詳しい事情を聞くとライトの瞬間移動でドラゴンアース城へ向かう。メランダの薔薇の騎士団もラークファクト一緒にドラゴンアース城へ向かう事になる。ちなみにライトの魔法はシンシアの金の魔法で強化した、空間移動に対しては最も相性がいい組み合わせらしい。

 しかし、城の庭に出てシンシア達は驚く。それがどんよりとした雲に覆われ、時々ゴロゴロと雷が鳴っている。

「こ、これは…」クライフィスは何かを感じて説明する「大きな次元ホールが開く前触れの様だ。ゴードンめ、強行に出るつもりだな、急がねば」そう言って踵を返すように城に向かう、もちろんシンシアをエスコートするのも忘れていない。

「場所が足らないのなら謁見の間でも、王の間でも王妃の間でも空けて使うのだ。蔵の食料も全て出せ責任は私が取る」広間にヘルスコビアの声が響いていた。どうやら非常事態を察して国民を城に避難させてその後の指示を出して居る様だ。

「ヘルスコビア」そこへクライフィスが駆け込んできた。

「おお、クライフィス様御無事でしたか、突然空が曇り大きな次元ホールの開く前触れが起こり心配しておりました。とにかく国民達は城に避難させました何かあればこの身を楯にしてでも守る覚悟です」ヘルスコビアは一気にまくしたてる。

「うむ、どうやらゴードンが次元ホールを操っていた様だ。今度のウルナハインとの戦もな」クライフィスが苦い顔で説明する。

「あやつめやはり何かを企んでいたか、姿を消したのであやしいと思っていたのだ。責任は全て見抜けなかった私にあります。全てが片付いたらどのような処分でも受ける覚悟です」

「よい、ゴードンの企みを見抜けなかったのは余も同じだ。それよりドールは何処だ」

「ドールは逃げ遅れた子どもを探しに街へと行きました。騎士や兵士は全て国民の護衛に残して、老い先短い自分の命など捨てるつもりで一人飛び出したのです」

「そうか、そこのお前」クライフィスは一人の兵士を指ささして続ける「この場はお前が仕切るのだ。ヘルスコビア、これよりエールメイレン、ウルナハインとの同盟を結ぶそちの力が必要だ」

「はい、喜んで、この不詳ヘルスコビア命に代えてでもお力になります」

「うむ、察しが早くて助かる」

「おや、王妃様」ヘルスコビアはシンシアに気付きすぐに駆け寄る「保護に向かった我々から逃げられて、ゴードンの罠にはまったのではないかと案じておりました」

「保護…」シンシアはその言葉を繰り返して呆然と少し考える「ヘルスコビア殿達は私を殺そうとしたのではなかったのですか」

「めっそうもございません、私どもはシンシア様の事を信じ、おささえして行くつもりでした。しかし国の中には敵国の王女と不信を抱く者も出てきておりました。そこで一時的に私の別邸にかくまう為にお迎えにあがったのです」申し訳なさそうに話すヘルスコビア。

「しかし、ドール殿などは私の事快く思っていないようでした」少し戸惑いながら話すシンシア、ヘルスコビアではなくそこに居ないドールを悪者にした事を少し心苦しく思う。

「いいえ、シンシア様の事を一番高く評価していたのはある意味ドールだったのですよ。昔からドールは人を褒めるなどという事をしない男でしたが、年を取ってから一層その傾向が強まりました。いつもシンシア様を労いに行くとついつい小言を言ってしまう自分を悔いていました。ドールの無礼はこの私が謝ります、どうかお許しを願いたい」頭を下げるヘルスコビア。

「そんな、頭をおあげ下さいヘルスコビア殿。しかし、それならばそうとヘルスコビア殿が伝えてくだされば良かったのに」

「いえ、私は妻と娘から止められていたのです。根がスケベ親父なのだから王妃様への接触は一切禁じると」

「そうだったのですか…」

 全ては誤解だった。ドールもヘルスコビアもそれぞれに自分の出来る事を考えて時に悪者になる事さえいとわずに見守ってくれていたのだ。シンシアの心は熱くなり、眼にはうっすらと涙さえ浮かぶ。

 そこへドールが駆けこんで来た。その手には小さな子どもをがっちりと抱え、老体に鞭を打って走り回ったのだろう息はかなり荒かった、いつもきちっとしているはずの服装もかなり乱れている。そんなドールに母親と思われる女性が駆け寄り、子どもを受け取っている。ドールは優しそうな笑みを浮かべて子どもの頭を撫でると母親に頭を下げてこちらに向かってくる。

「クライフィス様、シンシア様、御無事でしたか」息も整わないままにシンシア達を気遣うドール。

「うむ、私達はこれよりエールメイレン、ウルナハインとの同盟の為ヘルスコビアを連れて再び戦場へ向かう。詳しい話はそこに居る騎士に聞いてくれ」後ろの兵士を指さしてクライフィスが指示する「それとエールメイレンの軍がここへ来るかもしれない、来たら受け入れてやってくれ」

「承知いたしました」クライフィスに礼を取るドール、そしてシンシアに向き直る「シンシア様、他国との同盟は王族に取って最も重要な仕事の一つ、くれぐれも侮られはなりません、かと言って尊大すぎる態度も相手に不快を与え後に問題になる事もあります。くれぐれもお気を付けください」

「はい、ドール殿も御無理をなさらずに民達の事をよろしくお願い致します」

「何をおっしゃいます。我々貴族は非常時に民を守る為普段は良い暮らしをさせて貰っているのです。今こそ身命を賭して働く時、心配には及びません」

「ええ、よろしくお願い致します」シンシアはそう言って静かに頭を下げる。

「シンシア様もお気を付けて」

 見送るドールを尻目にヘルスコビアを加えた一行はライトの魔法で姿を消した。


 グランドトーテム国境にあるウルナハイン陣地ではエールメイレンの王オーガストとウルナハインの王テテスが王座にも似た椅子を並べて座っていた。テテス王の隣にはウルナハイン宰相のジグルドが控えている。

テテス王はすでに齢六十を超える老人、髪も長い髭もすでに真っ白だ。深い皺の刻まれた眼を閉じて腕を組み静かに考え事をしている。

第一の側近と名高い宰相ジグルドは三十を過ぎた青年で、金褐色の髪をしており瞳の色は濃いグリーンだ。戦場でも鎧は付けずに式典用の軍服を着て王の側に控えている。名門の家の出の彼は、若い頃より優れた政治手腕を発揮して大国の宰相にまで上り詰めた。先の大戦では敵国グランドトーテムの奇襲に遅れを取りはしたものの今回それを挽回するかの様に敵の動きを的確に読み奇襲作戦をたてては成功している。しかしテテス王は最近のジグルドの行動に些かの疑問を持っていた。そもそも彼は平和主義者の典型の様な人物だった。国の貴族に後押しされての先の戦にも最後まで反対した一人だったし、敗北後は逸早く停戦を掲げて自ら交渉に立った。しかし、その交渉の時から彼の行動は少し変わる。時に民をないがしろにするような強引な政策で国を建て直し、エールメイレンとの同盟を再び締結させて出陣を押し切った。しかし不審な点はあるものの戦で実績をあげているのも事実、戸惑いながらも彼に従う以外ないのも事実だった。

「ご報告申し上げます。グランドトーテム軍撤退の様子、我が軍勝利です」伝令が駆けこんで来て報告する。

「おお、真か?テテス王殿やりましたぞ」まるで子供の様に喜ぶオーガスト王。

「うむ、大義であった。撤退と見せかけて踵を返して奇襲という事も考えられる。最後まで警戒を怠らず、確認が済んだら順次交代で休む様に伝えよ」どこか面倒くさそうにも見える態度で伝令に伝えるテテス王。

「なりません、テテス王。敵はダメージを受けて退却を余儀なくしているのです。ここは追撃するべきです。そして長年の宿敵グランドトーテムを今度こそ滅ぼすのです」ジグルドがすかさず進言する。

「しかし、たび重なる出兵で我が軍も疲弊しおる。兵達の事を思えば今は休ませるべきではないか」

「いいえ、たしかに我らは苦しいですが敵はそれ以上に苦しいはずです。この気を逃せば再び力を付けて我が国の領土に押し寄せて来るでしょう。今は一気に決着を付けるべきです」強い口調のジグルド。

「そうです、クライフィス王は我が娘を嬲り殺しにした、憎っくき王。ここで叩かねばどの様な報復があるか分かりません」オーガスト王が力説する。

「しかし、ジグルドここで同盟を結ぶと言う手立てもあるはずだ」オーガスト王を無視してジグルドの説得にかかるテテス王「そもそも我らの目的は本来の領土を安堵する事にある。勝っている今なら有利な条件で同盟を結ぶ事も出来ようぞ、ここ数百年続く争いに終止符を打てれば我が国にとってこれ以上の事は無いではいか」

「その通りですテテス王」

 突然聞こえて来た声に驚き声の方を見る一同。そこには金髪でエメラルドグリーンの瞳をした青年が立っていた。ちなみに後ろには二人の従者をしたがえている。一人は背の高い騎士というよりは執事風の男、もう一人は年配の太った男ちなみにこの男には見覚えがあった、戦時下でもウルナハイン、エールメイレンの外交官と会談した事もあるグランドトーテムの左大臣だ。二人の王の警護の騎士達に緊張が走る。しかし彼ら以上に三人いや真ん中の青年に対して反応した者がいた。エールメイレンの王オーガスト王だ。

「き、貴様はクライフィス、何故ここに居る」怒鳴るオーガスト王。

 テテス王は年をとった者の落ち着きか少し眼を見開いただけでそのまま玉座に座り続けている。

「お久しぶりです、父上。たしかシンシアを貰い受ける時に貴国を訪問して以来ですかね」

「父上だとよくもぬけぬけと貴様何をしにここへやって来た」

「エールメイレン、ウルナハイン両国と同盟を結び三国に平和を迎える為です」

「貴様よくもぬけぬけと私の娘をシンシアを嬲殺しにしておいてその様な事が言えたな」

「いいえ、オーガスト王私は嬲殺しになどされておりません」

 突如聞こえて来た声に驚き全員が声の方を見る。そしてオーガスト王は眼を見開き言葉を失う。

 そこにはエールメイレンの嫁ぎ、その後死んだと聞いていたはずの王女シンシアが居た。シンシアはエールメイレンに居た事より来ていた淡い青色のドレスを着ており、そのドレスはかなり汚れはいるものの二本の足でしっかりと立ち言葉を喋っている。決して死んだ訳でない事はそれだけで分かる。ちなみに隣には長い黒髪のグランドトーテムの騎士がエスコートをしている。さらに反対側には戦場に居るはずの一番上の娘メランダが居た。

「父上、我々は謀られたのです。戦を起こしその隙に国を乗っ取ろうとたくらむグランドトーテムの悪しき大臣によって」メランダが言った。

「そう、全ては我が国の落ち度で起きた戦い。その責めは甘んじて受けましょう、しかし我らが非を認めた以上これ以上戦を続ける必要な無いはずです。どうか矛をお納めください」懇願するシンシア。

ガタン

 その時何かが落ちる物音がした。全員がそちらに注目をするいや正確には一人だけそうではないものが居た。ウルナハイン宰相のジグルドだ。彼は全員の注目が自分の反対側へ向いた隙を狙い素早く剣を引き抜きシンシアへと切りかかる。

 しかしもうすぐシンシアに切りかかれるという所で突如彼の視界が持ち上がる。そして両方の腕を強い力で締めあげられる。

 驚いて離した剣がシンシアの方へ飛んで行く。

「危ない」とっさに飛び出したクライフィスによってシンシアは突き飛ばされて飛んで来る剣を回避。

「きゃあ!」シンシアは後ろにひっくり返る形になって倒れたが、幸いにも怪我はないようだ。

「ぶ、無礼者離さぬか」突如現れた大柄な騎士にはがいじめにされながら喚くジグルド。

「話すものか!フラニー」バルドスが叫ぶ。

「了解です隊長」

 ジグルドの眼の前に一人の女騎士が出現する。女騎士の手は何故か金色に光り輝いていた。

ずぼっ

 女騎士のパンチがジグルドに決まる。ジグルドは呻き声をあげてどさりと倒れ込んだ。

 周りに騎士達は驚き慌てて槍を構える。

「辞めよ」テテス王が威厳ある声で呟いた。「どう言う事かな、クライフィス王」騎士達が槍を降ろしたのを見届けるとクライフィスに向き直り問いただす。

「僭越ながら貴国宰相ジグルド様は、我が国の悪しき大臣によって洗脳されていたのです。そして両国の戦いを促していたのです」まだ倒れたままのクライフィスに代わって説明をしたのはヘルスコビアだ。

「何!」これには少し驚き表情を見せるテテス王。

「御心配には及びません。そこに居る我が国の騎士フラニーは回復魔法に長けております。洗脳はすでに解けたはずです。しばらくすれば眼が覚めます。始めて魔法を体験した者がかかる魔法酔いにしばらく苦しむ事になるかもしれませんが、命に別状ありません」

「そうか、ならよい」

「し、シンシア」我に返ったオーガスト王がシンシアに駆け寄り助け起こそうとする。

「無礼者」

 しかしシンシアは突如跳ねのけた。オーガスト王は内気でこの状況なら怖いと言って抱きついて来ると思っていた娘が意外な反応を示した事に、驚き後ろは飛び退き尻餅をつく。

「オーガスト王、私は会談の為にこの場へ来たグランドトーテムの王妃です。いかに同盟国の王であろうともこの身に触る事は無礼にあたる。その様な事も分かりませぬか」シンシアは毅然と立ち上がりオーガスト王を見降ろす。

「何を言っておるのだシンシア、私達は親子ではないか」訳も分からずに訴えるオーガスト王。

「オーガスト王、そこに居るのはあなたの娘ではない、グランドトーテムの王妃だ」テテス王が威厳ある態度で言った。

「そうです父上、今シンシアは王妃として三つの国の行く末に関わる大事な役割を果たす為にここに居るのです」メランダも進み出てオーガスト王を止める。

「う、うむ…」納得するしかないオーガスト王。

「さて、クライフィス殿、話を戻そう」テテス王はオーガスト王を無視してクライフィスに歩み寄る。「戦を辞めて三国の同盟を結びたいという話であったな」

「はい、今回の戦いは完全に我がグランドトーテムに非があります。同盟の証として我が国の領土の一部をウルナハインに献上いたしますゆえにどうか矛を収め、これより先は共に歩む道をお探し頂きたい」

「そちの国の領土などいらん」厳しく言い放つテテス王。

「な、何ゆえです?」一瞬気押されながらも食い下がるクライフィス。やはり長年の因縁は簡単には治まらないかと思う。

「領土とはあれば良いというものではない、我が国は長年の戦いの結果疲弊している。とても新たな領土を納める余裕などない、それよりも長年続いたグランドトーテムとの戦が治まる事の方がありがたい。ついでに言うと三国同盟が成り立てば我が国にも塩が安定して入る様になる。南方よりの塩の道が再び断たれた我が国にとって塩の道こそが一番の問題だ。それにはエールメイレンがどちらかにつかねばならない戦を続けるよりも、両国に安定して塩を供給できる立場にあって貰えるは我が国にとっても利益だ」

「テテス王、ならば…」期待に満ちた声をあげるクライフィス。

「ああ、いいだろう同盟の話受けよう。細かい事は後に文官を派遣して話し合えばよかろう。しかし同盟の証として人質交換を行いたい」

「そ、それは…」その言葉を聞いてたじろぐクライフィス。

「心配せずとも良い今グランドトーテムに王と王妃を覗いて王族が居ない事は知っておる。聞けばシンシア王妃はエールメイレンより人質としてグランドトーテムに嫁いだそうだな」

「は、はい」シンシアが進み出て答える。

「うむ、それとグランドトーテムの有力貴族のライム家の二男が国の騎士団長を務めていると聞くが真か?」

「は、はい、ロイド様の事ですね、たしかに騎士団長を務めております」思いがけない質問に戸惑いながら答えるシンシア、一体テテス王は何を要求するつもりなのだろうか、不安で胸がドキドキと高鳴る。

「ほう、ロイドと言うのか良い名だ。ではそのロイド殿を一度シンシア王妃、クライフィス王の養子にして、その後我が娘の婿に迎えたい」

「え…!」驚きで言葉を失うシンシア。

「実はわしには娘しかいないのだ。おかげでこの年になっても王を続けなくてはならない状況なのだよ。一番上の娘は現在二十歳、とても聡明で下手な男より国政に長けている。武勇に富んだ者を婿に迎えて女王として国を納めて欲しいと思っているのだ。次いでそこに居るのはエールメイレンの一の姫、メランダ姫かな?」突如メランダの方に視線を変えて問いかけるテテス王。

「はあ、お初にお目にかかりますテテス王」メランダは騎士として正式な礼を取る。

「うむ、聞きし勝る勇猛ぶり見事である。先ほども申した様に我が国の皇子はおらぬが我が国の有力貴族からしかるべき者を選び、わしの養子に迎えてそなたの婿に行かせよう。その者を夫君としてエールメイレンの女王となるが良い。ウルナハイン、グランドトーテムの両国が支えよう」

「はい、ありがたきお言葉メランダ・マクラレーン身命をとして両国の力になれるように努めます」深く頭を下げるメランダ。メランダも王族だ、いずれ見知らぬ者と政略の為に結婚する覚悟は出来ていた。まあ突然の事で内心少し戸惑ってはいるが。

「さて、これでよろしいかな、オーガスト王」テテス王は呆然としているオーガスト王に向き直り笑顔でしかし眼だけは有無を言わせぬぞとぎろりと睨んで言った。

「は、はい、もちろんでございます」小国の王は納得するしかない状況だ。ましてや今は良い助言をしてくれる家来は居ない。まあ居たとしても国の安定に繋がるこの話に否を言う事は無いだろうが。

「あははは…これには三国同盟成立だ」声高らかに笑うテテス王、そして笑いを止めるとシンシアの方をぎろりと睨む「さて、シンシア王妃」

「は、はい」緊張が解けて内気な部分が顔を出していたシンシアはびくっと震えあがる。

「エールメイレンの二の姫と聞いてどんな姫かと思っていたが中々美しく立派な姫、いや王妃だ。そなたとクライフィス殿ならば娘夫婦を支えてくれるはずだ」

「はい、ロイド殿は勇猛なだけでなくとてもお優しい騎士です。きっと良い夫君となるでしょう。まあ頭の方はちょっと良くなし堅物な所がありますけど」

「あははは…他国から迎える夫君は頭が良いと国を乗っ取られるのではないかと心配になる。堅物で真面目なくらいがちょうどよいのじゃ」

「はい、よく存じております。私も真面目さはともかく姉妹で一番頭が悪かったのでクライフィス様に選ばれました」

「おい、シンシア、私は決してそんな理由であなたを選んだ訳では…」慌ててとりなそうとするクライフィス

「冗談ですわ、クライフィス様」

「あははは…」その場に笑いがこだまする。

「わははは…」しかし他の者が笑いを納めてもまだ笑い続ける者が居た。それは楽しく笑うというよりは人をあざ笑う様な笑い方だった。

 全員が笑い声の方を見る。笑い声の主は宰相ジグルドだ。

「ふ、フラニー、どう言う事だ」バルドスが問いかける。

「洗脳は解けたはずなのになぜ?とにかくもう一度無効化の魔法を…」フラニーが慌てて再度呪文を詠唱しはじめる。

「必要はありません」闇の魔法に詳しいライトが駆け寄る「洗脳はすでに解除されております。しかしこの人はゴードンと相性が良すぎた様です。洗脳が解けた後もこの人を通じてゴードンがメッセージを送ってきているのです」

 全員がジグルドの言葉に注目する。

「三国同盟成立おめでとう。しかし、少し遅かった様だ。これよりグランドトーテムの首都を滅ぼす。事情を知る者は貴様達を含めて全員死んでもらうのだ。殺したのはウルナハイン、エールメイレン両国だ。そして各地に散らばる騎士達は一人生き残った私の指揮の元王達の仇を討つべく両国に攻め入るのだ。オーガスト王、テテス王、勝てるとは思うなよ、この国には私が居る。死にたくなければ大人しく降伏して私に従う事だな、もちろん事情を知る貴様らを何時までも生かす気はないが、まあ黙って滅ぼされるよりは長生きをさせてやる」そう言い終るとジグルドはふっと眠りについた。

「ライト」シンシアはライトに駆け寄る。

「大丈夫です、もうゴードンの気配はありません。どんなに相性が良くても離れた所から洗脳する事は出来ません。メッセージを送るのも今ので最後かと思われます」そこで一旦言葉を切るライト「しかし、ゴードンの言っていた『国を滅ぼす準備が出来た」の言葉が気になります」

「ああ、急いで国へ戻ろう。ライト頼めるか」クライフィスはライトに問いかけると返事も待たずにヘルスコビアに向き直る「ヘルスコビア、そちはここに残り同盟についての細かい話をまとめよ」

「はい」ヘルスコビアは低頭する。

「私も行こう、ドラゴンアース城には多くのエールメイレン兵が向かっているはずだ」メランダもライトに駆け寄る。

「それでは、オーガスト王、テテス王、御機嫌よう」シンシアは丁寧に挨拶をする。

「うむ、今度は戦場ではない場所で会える事を楽しみにしておる」テテス王が返す。

 シンシアは返事をしていた様だがその言葉は姿と同時にふっと消えてしまう。

「テテス王、良いのですか…」ずっと呆然としたままだった。オーガスト王が問いかける。

「良いのだ。新たな時代を開くのはわしら年寄りではない、彼ら若者だ。見守るしかない」

 テテス王、オーガスト王、ヘルスコビアの三人はクライフィス達が消えた場所を静かに見守っていた。


 一方撤退中のグランドトーテム軍と薔薇の騎士団はあと少しでグランドトーテムの首都という所まで来ていた。

先頭を行くラークファクトは訝しげな表情で空を見上げる。シンシア達が見たのよりもさらにどんよりとした黒い雲で覆われている空を見上げ、ラークファクトは闇魔法に関する知識を必死に引き出そうとする。その時兵達がざわめきはじめる。

「ラークファクト大変だ」ロイドが駆け寄ってくる。

「何事だ!」つい怒鳴ってしまうあたりに余裕のなさを自分でも感じて自分で自分に苦笑するラークファクト。

「あれを見てみろ」ロイドは空を指さす。

 空を見上げてラークファクトも言葉を失う。そこには空中に静止するゴードンの姿があった。その周りには何やらどす黒い瘴気が漂う。

「おのれ裏切り者が我らが怒りを思い知れ」一人の騎士が叫び声をあげて矢を放った。それに触発された様にあちこちから矢や魔法が放たれる。

 しかしそれがゴードンに届く事は無かった。矢はゴードンに刺さる事無く折れてはじけ飛び、魔法はゴードンにあたるとぼんと消滅する。

 騎士達は一瞬怯んだものの続けざまに矢や魔法を放つしかし結果は同じだった。

「よさぬか、打っても無駄だ」ラークファクトが止める。

 騎士達が攻撃を辞めるとやれやれという表所でゴードンが眼を開ける。

「ふふふ…ようやく到着か、まあ早かったと褒めてやろう。しかし国の滅亡は変わらぬ、むしろここに到着しない方が幸せだったと後悔する事になるぞ」そう叫ぶとゴードンは手の上に無数の黒い玉を作りだす。そして手を前に突き出すとその玉が一斉に騎士達めがけて飛んで来る。

「ロイド、兵達を守るのだ」ラークファクトは叫ぶと両手を掲げて一気に魔力を放つ。

 地面から木が生えて来て兵達の間に壁の様に立ち塞がる。ロイドも素早く呪文を唱えたらしく木の生えない場所には氷の壁が立ちふさがる。

ドカドカドカーン

 黒い玉は木の壁を突き抜けて兵士達の頭上に降り注ぎ、爆煙をあげて兵士達を吹き飛ばす。

「ちっ、私の魔法は元々防御向きではないからな」歯峨みするラークファクト。

「無傷な者の半数は怪我人を保護して王都へ走るのだ。他の者は私に付いてこい裏切り者ゴードンを成敗する」ロイドが叫び、駆けだした。

 副騎士団長のメイリン以下十名程度がロイドに合流する。

「待て、ロイド迂闊な行動を取るな」ラークファクトは叫ぶがすでにロイド達の耳には届いていない。

「ラークファクト殿、これは一体どうゆう事か?」駆け寄ってきたのはエールメイレンの薔薇の騎士団副団長ウィヒィーダという大柄の女騎士だ。

「ウィヒィーダ殿、どうやらゴードンが捨て鉢の攻撃を仕掛けて来た様です」

「しかし、ゴードンとやらはこれ程の力の持ち主だったのですか」

「ええ、仮にも魔法大臣を務めていただけあって我が国随一の魔法使いである事はたしかです。それに加えてあれを見てください」ゴードンの後ろを指さすラークファクト。

 ゴードンの後ろには小さな黒い穴が開いておりそこから瘴気が噴き出していた。そしてその瘴気はどんどんゴードンの体に吸い込まれて行く。

「あ、あれは…」恐ろしさを感じてヴィヒィーダも顔をしかめる。

「次元ホールの向こうがどうなっているのかは私にも分かりません、しかし大量の瘴気が存在する事はたしかです。瘴気は通常の人間には有害なものなのですがゴードンは闇の魔法の使い手、その力を自らの力に上乗せしているのです」

「そ、そんな…」呆然のゴードンを見上げながら、自らの足ががたがたと震えるのを感じるヴィヒィーダ。

「ヴィヒィーダ殿お逃げ下さい。ここは我らが食いとめます」

「いや、そうは行かない、騙されたとはいえ約束を先にたがえたのは我が国だ。ここはグランドトーテムの為、命を懸けて戦わせて頂く。皆の者続け」ヴィヒィーダが叫ぶと薔薇の騎士団の騎乗した女騎士達が一斉に駆けだす。

「お待ちをヴィヒィーダ殿迂闊な行動は危険です」

 ラークファクトの制止も聞かずにヴィヒィーダ達薔薇の騎士団もロイド達と反対がから駆けだす。右からグランドトーテム精鋭部隊、左から薔薇の騎士団が挟み討ちでゴードンを追いこむ形となる。

 両騎士団は矢を放ちながらゴードンへと突進するが相変わらず矢はゴードンに当たると折れてしまう。

「水の力よ、悪しき者を凍りつかせよ」ロイドが両手をかざすと大量の水滴がその手から放たれる。水滴はやがて凍りつき大きく鋭い、つららとなってゴードンに突き刺さる。

ぼきぼきぼき

 しかしロイド渾身の魔法もゴードンには全く通じなかった。

 それを見て騎士達は歯峨みしてゴードンを見上げる。接近すれば可能性はあったが上空数十メートルの所に居るゴードンまでジャンプする事は不可能だ。

「団長、例の方法で行きましょう」メイリンが声をかける。

「よし、タイミングを合わせるのだ」がてんした様に叫ぶロイド。

「イエス、サー」叫ぶと駆けだすメイリン。

 それにタイミングを合わせるようにロイドが一本のつららを放った。

 メイリンは見事なタイミングでそのつららに乗った。ロイドが魔力を調節するとつららは上昇してゴードンへと近づく。

「でやー」つららがゴードンに当たる直前でメイリンはつららから飛び、槍をゴードンに突き立てる。

 これにはゴードンも驚き慌てて両手で防御しようと身を引いた。

 しかし、間にあわない、急所への直撃こそ避けたがメイリンの槍はゴードンの腕を貫いた。

 しかし、つららはゴードンの体に当たるとぼきりと折れて落ちて行く。支えを失ったメイリンはゴードンの突き刺さった槍にぶら下がる形になる。

「ふふふ…これで勝ったつもりか?」不敵な笑みを浮かべて腕を貫いた槍の穂先を掴むと力任せにぼきりとへし折るゴードン。

「まだまだ~」叫ぶと同時に腕に力を入れたメイリンは腕の力でジャンプする形でゴードンより数十センチ上に飛び上がり、剣を引き抜き力一杯振り下ろす。光魔法で全身を活性化させているから出来る技だった。

ざばっ

 ゴードンは頭の上に両腕をクロスさせて防御する、しかし腕に剣が食い込んだ鈍い音が鳴り響く、同時に腕から瘴気が噴き出す。

 落下の勢いに任せて切り裂けると思ったのに止められた事に驚くメイリン。しかし諦めず今度はゴードンめがけて蹴りを繰り出す。

「ええい、うっとおしい」そう叫んでゴードンが右手を前に突き出すとそこに黒い瘴気の弾が出来てメイリンの胴を直撃する。

 これには溜まらず吹き飛ぶメイリン、しかしその顔に不敵な笑みが浮かんでいるのをゴードンは見逃さない。何か細工をしたのかと慌ててあたりを見回す。しかし何も見当たらない。

「こっちだ、ゴードン」

 声は正面から聞こえて来た。驚いてそっちを振り向くと無数の騎士達がつららに乗って飛びかかって来る。

ずばっ、ずばっ、ぐさっ

 次々斬撃や突きが繰り出される。とても防ぎきれない。しかし常の瘴気を補充している以上傷はあっという間に再生する。メイリンにやられた傷はとっくに再生して騎士達にやられた傷はドンドン癒えて行く。そう思っていた瞬間だった。

ぐさぐさぐさ

 反対方向から飛んで来た無数の矢が治りかけの傷に突き刺さる、これにより傷の完治はかなり遅くなった。薔薇の騎士団の放った矢だ。

 すぐに矢を引き抜くゴードン。

 しかしその隙をついてまた騎士達がつららに乗って飛んで来て、斬撃や突きを繰り出す。そして出来た傷に矢が突き刺さる。

 それでも常に瘴気を吸っている事もあり、ゴードンにとってはたいしたダメージでなかった。しかし鬱陶しい、例えるなら地面から風が吹き上げて次々に落ち葉が舞い上がり襲いかかってくる感じだ。これをなんとかするにはつららを作っているロイドを倒すのが一番だ。しかし襲い来る騎士に気を取られて中々ロイドを見つけられない、ロイドも捕えられない様に走り回っているのだから当然といえば当然だが、しかし一瞬ゴードンの眼にロイだが映る。その隙を逃さない様に攻撃態勢に移るゴードン。

 しかしその瞬間突如蔦が伸びて来てゴードンの体を拘束する。

「捕えたぞ!ゴードン」その蔦の上を器用に走ってメイリンがゴードンへと迫る。

 メイリンは闇の力と相反する光の力を剣に溜めこんでいた。その剣を力一杯ゴードンの腹へめがけて突きつける。

ぐさっ

 剣はゴードンの腹の真ん中に突き刺さる。そして中に詰まった光の力を解放する。

 ゴードンは全身が熱くなるのを感じた。そう体中の瘴気が焼き払われて自分が灰になる様な感覚、しかしその中でゴードンは残った瘴気を顔と両腕に集める。

 メイリンは剣を突き立てた後、ここがチャンスとばかりに剣に向かって光の力を送り込む。手ごたえはあるこれなら確実に倒せる。そう思った瞬間

 ゴードンの左手が大きく膨れ上がる。巨大な筋肉の塊の様な腕になりメイリンを殴りとばす。

 全神経、全魔力を剣にそそいでいたメイリンは無防備のまま殴りとばされ、地面にたたきつけられる。

「これでもくらえー」ゴードンは叫び声をあげて右腕に無数の黒い弾を作りだして一斉に放つ。

 弾はまるで意思を持つように自在に曲がり戦場に居る騎士達の方へ飛んで行く。

 ロイドは弾を剣で切り裂いた。

 ラークファクトは直前まで引きつけて回避、しかし地面に当たった爆風で数メートル吹っ飛ぶ。

 この二人で自分の身を守るのがやっとだった。他の騎士達がこれを防げるとは思えない、まして気絶していたであろうメイリンは?ロイドの頭の中に無残な姿になったメイリンが浮かぶ。

 しかし爆煙が晴れて見えた想像していたのは全く違うものだった。

 メイリンは鉄の壁によって守られており、他の騎士達も気を失ってこそいるが死んだ者も大きな怪我をしたものも居ない様だった。

「団長、宰相様」叫び声をあげながらバルドス、ライト、フラニーが駆け寄ってくる。

「おお、お前達無事だったか?」思わぬ援軍の登場に思わず顔をほころばすロイド。

「急ぎだったのでそれほど強いバリアは張れなかった。命に別状はないはずだが戦いを続けるのは無理だろう。とりあえず安全な土の中に避難させる」

 クライフィスの声に驚きそちらを振り向くロイド、するとそこには集中して呪文を詠唱するクライフィスが居た。側にはジェラウドとメランダも居る。そしてメイリンを守った鉄の壁の後ろからシンシアも顔を出してこちらに走って来る。

「ゴードン様、いえゴードン全てはあなたの仕業だったのですね」シンシアはクライフィスの元へ戻るとゴードンに向けて言い放つ。

「そうだ…全ては私がやった事、上手く言っているはずだった。馬鹿なオーガスト王を騙して再び戦争を起こし、ウルナハインに内通して魔法やこちらの動きを教え、クライフィス王を殺すはずだった。たった一つの誤算が王妃様あなただ、あなたは王を惑わせて判断を鈍らせてあわよくば王があなたの為に命を落とすはずだった。しかしあなたは強かった私が思った以上に!私の唯一の失敗はあなたを怯える事しか出来ない弱い王妃と侮った事にある」

 ゴードンいやゴードンだったものは状態を起こして呻くように言った。その姿はどす黒い瘴気の塊が上半身だけの筋肉質な人の形をしている、もはや人間ではなく魔物だ。

「あなたの見解は間違っていません。私は怯える事しか出来ない弱い王妃です。いえ弱い王妃でした。でもクライフィスと今まで出会った人達が私に勇気をくれました。力を貸してくれました。あなたもその一人であったはずなのに、なぜこの様な愚かな行為をしたのですか」

「黙れ、私は優秀な人間だった。大陸でもっともレアな魔法の使い手であり、豊富な魔力そして高い頭脳を持っていた。しかし人々は私を受け入れるのを拒んだ。私が貧しい平民の出だったからだ。だから私は壊そうと思った。この国のこの世界の全てを、見ろこの力を非力な私がこれほどまで力を手に入れた。そう私に手に入らないものなどないのだ」

「それでは何を手に入れてもあなたは一人ぼっちになってしまいます。それでは何の意味もない、そんな事も分からないのですか」

「一人ぼっち…いいではないか、この世界で価値のあるのは私一人だ。私が居ればそれで良いのだ、私一人の世界で私が王になるのだ。うわはっはっは…」大声で笑いながらゴードンの体はどんどん大きくなる。

「シンシア様、危険ですお下がりください」ライトが駆け寄りシンシアの手を掴む。「ゴードンは瘴気を吸収しすぎました。どうやら強大な瘴気にやられてすでに正気を失っているようです」

「そんな、ゴードンを助ける術は無いの」たとえ悪人でも殺すべきではないとシンシアは思っていた。生きたまま連れて返り法の裁きを受けさせるべきだと考えていた。

「難しいでしょう、でも可能性はあります」ライトは神妙に答える「あの体はゴードンの本体ではないようです。ゴードンの体はあの体の中で眠る様に収容されています。人間で言う心臓のあたりにある、魔力のコアを潰せば倒せるはずです。ちなみにゴードンはコアに意識を飛ばして体を操っています。自分の脳で考えていないのが正気を保てない理由の一つです」

「しかし、それは容易なことではなさそうですよ」近くに居たラークファクトが説明を取る。

「どうしてですかラークファクト様?」シンシアが尋ねる。

「あれを御覧下さい」ラークファクトは上空を指さす。

 そこには小さな次元ホールが開いていた。

「あれは…?」

「ゴードンが空けた次元ホールです。あそこから無限に瘴気が放出されて、ゴードンの体に吸収されております。このままではゴードンはダメージを受けてもすぐ回復します。ほっとけばどんどん力を付けて行ってしまいます。そして力を付ければ付ける程正気を失って行きます」

「そ、そんななんとかならないのですか?」

「方法はあります。八系魔法陣はっけいまほうじんを使うのです」

「はっけいまほうじん…」シンシアはオウム返しする。

「ええ、火、水、風、土、木、金、光、闇、八つの魔法の使い手がそれぞれ反属性の相手と力を高めあいながら複雑な印を結ぶ事でさらに強めあう、最強の魔法です。八系魔法陣ならばゴードンのコアを一気に射ぬく事も可能でしょう。そして今それぞれの属性の人間がここに揃っています」

 シンシアは、改めてあたりを見回す。そこに居るのは火の魔法の使い手バルドス、水のロイド、風のジェラウド、土のクライフィス、木のラークファクト、金の自分、光のフラニー、闇のライト、そしてメランダの九人だった。たしかに全ての属性の使い手が揃って入る。

「使えるのですかその八系魔法陣は?」

「最も高度な魔法であります。成功した事もありません、しかし何度もシュミレーションはしています。私がなんとかコントロールをしましょう。しかし魔法を飛ばす為には風の力が最前列に出なくてはなりません。つまりジェラウドとラークファクトが最も危険な位置に居る事になります」

 シンシアはドキリとした。そう誰かが危険を犯す事になるのは分かっていた。ここに居るのは全員大切な人のはずだ、ましてそれがクライフィスとなると何故か躊躇してしまう。それは人として正しい事なのか王妃として間違っている事なのかそんな疑問がシンシアの胸をよぎる。しかしシンシアのそんな迷いを断ち切る言葉が飛ぶ。

「やろう、ラークファクト、国を守るには他に方法は無い。他のみんなも協力してくれるな」クライフィスが力強く言う。

「シンシア様、御安心をクライフィスは私が必ず守ります」ジェラウドが笑みさえ浮かべて言った。

「分かりました、皆頼みます」シンシアも決意と共にラークファクトの手を握る。

「分かった。シンシア様、私の手を話さないで下さい。調節は私がしますシンシア様はただ魔力を高めてくだされば結構です。フラニー、ライト組はライトがバルドス、ロイド組はロイドがそれぞれ調節せよ」

「おお」仲間達の威勢の良い返事がこだまする。

 シンシアは言われた通り魔力を高める事だけに集中する。右にはフラニーとライト左にはバルドスとロイドがそれぞれペアを組んでついた。

 そして正面にはジェラウドの肩に手を乗せて支えるクライフィスの姿がある。それが自分を守ってくれているようでとても頼もしく感じるシンシア。そしてシンシアの中にみんなの魔力が流れ混んでくるような感じを受ける。とても温かく力強い、そしてその中からクライフィスの意思を感じ取った。自分と出会ってからのクライフィスの思いがシンシアの中を走馬灯のように駆け巡る。何故三人の姫の中で一番地味な自分を選んでくれたのか、どんなに深い愛情で自分に接してくれていたのか、下らない事で悩んでいた事までシンシアにはとても愛しく思えた。

 そして陣形を作る八人の前に八つの星が出現する。対象にある星と星を線が結ぶ。そして星から光の線が放たれて結ばれている以外の星に向かって飛んで行く。放たれる線の数がどんどん増えてやがて全ての星が結ばれる形となると八つの星は高速で回転しはじめる。

「今だ、ジェラウド」ラークファクトが叫ぶ。

「おう、今全てをぶつける」ジェラウドが両手をかざすと八つの星に向かい強い風が吹きゴードンへ向かって星を飛ばして行く。

ドカーン

 星がゴードンに激突大きな噴煙をあげて爆発した。

「やったか」メランダが思わず叫ぶ。

 そしてシンシアはクライフィスの思考の中から現実に戻った様な感覚になりゆっくりと眼を開ける。まだ温かい体の感覚が心地よい、手ごたえはあった自分達が勝ったのだ。そう思って眼を開けるとそこにあった光景に唖然とする。

 ゴードンは魔物の姿のままで左腕をだらりと垂らして右腕を前に突き出している。そして右手の指が鋭く伸びてジェラウドの体を貫いていた。

「ク、クライフィスは…無事か…」それだけ言い残してばたりと倒れるジェラウド。

 気のせいか最後一瞬笑った様な気がした、クライフィスの無事を眼で確認したからだろう。しかし次の瞬間地面から黒い線が延びる。ゴードンのだらりと垂れた左腕は機能を失った訳ではない、地面に指を突き立てる為に下げていただけだった。地面から五本の指が生えてクライフィスの体に巻き付く。

 クライフィスは驚き一瞬怯んだ隙に体を拘束されて、一瞬にしてゴードンに引き寄せられる。その後ぐにゃぐにゃとした気持ち悪い感覚が全身を襲う。必死にもがくが効果は無くそのままゴードンの体に吸い込まれてしまう。

「ク、クライフィス!」弾かれた様に飛び出すロイドとメランダ。

ぐにゃり

 メランダの剣がゴードンの体に突き刺さるが鈍い音をたてて止まり食い込む事は無い。メランダが歯峨みしている所にゴードンの太い右腕が振り下ろされる。

ガシャーン

 メランダが気付くとそこには大きな氷の壁が出現しており、ゴードンの拳が食い込んでいた。

「メランダ殿、御無事ですか」ロイドが駆け寄る。

「ああ、かたじけない」メランダはゴードンから眼を話さないままに答える。

「ゴードンはすでに理性を失っております。今の奴は本能のままに攻撃を繰り出すだけの魔物です。常に動いていないとやられます。メランダ殿は右から私は左から攻めます」

「分かった」

 そして二人は左右から突きや斬撃を放つが、やはり固さと柔らかさを両立させるゴードンの皮膚に刺さる事は無く、鈍い音をたてて止まってしまう。

 そしてゴードンは左右の腕を振り回して攻撃する。二人は避けるので精一杯となってしまう、時々その拳を剣で受け止めると、ずずずっと音をたてて数メートル吹き飛ばされてしまう。その後は両手が動かないのではないかと思う程に痺れる。それでも止まっていては的になるばかり、気力を振り絞りは走り攻撃を繰り出す。自然と体力が削られて徐々に二人の動きは鈍くなって行き追い詰められていく。

「ク、クライフィス、クライフィス」一方シンシアはパニックに落ち入りとにかくゴードンの元へ駆け寄ろうとしていた。

「シンシア様、危険です。お下がりください」バルドスが取り押さえる。

「放してバルドス、クライフィスが、クライフィスが…」必死にもがくがバルドスの太い腕はシンシアの力ではびくともしない。

 クライフィスがゴードンに吸い込まれた。すでに死んでしまっているのかもしれない、もう会えないのか、そんな不安がシンシアの中を駆け巡る。

「落ち着いて下さい、シンシア様。クライフィス様は死んでおりません、ゴードンの中に捕えられているだけです」ライトが駆けより必死で訴える。

「え…!」シンシアはもがくの辞めて呆然とライトの方を見つめる。

「分かるのかライト?」フラニーも駆け寄ってきて尋ねる。ちなみに後ろにはラークファクトも居る。

「ええ、透視の力は通じる様です。クライフィス様は気を失ってはおりますがゴードンの中で生きております。コアの近くに漂う様に浮いております。ちなみにゴードンの本体もすぐ近くに居ます。あの肉体を破ってコアを突ければなんとかなるのですが…」

「そう…良かった」クライフィスが無事と聞いただけでシンシアの中を安堵感が駆けめぐる。しかし助けるのは容易でない事はシンシアにも理解できる、そうなると別の感情がシンシアの中に湧きあがる。「ラークファクト様、何故八系魔法陣は失敗してしまったのですか?」あたる様に尋ねた。

「申し訳ありません、シンシア様。やはり八系魔法陣は最も高度な魔法、即興では成功しませんでした。八人の魔力の量、そして互いの繋がりが均一でなくてはならないのです」そこで一度ラークファクトは言葉を切り少し考え込むそして意を決した様に続ける「今回特にシンシア様とクライフィス様の繋がりが強すぎたのです」

「そ、そんな…」シンシアは眼の前が真っ暗になる様な感覚に陥る。自分とクライフィスの繋がりの深さが仇になるなんて…

「シンシア様、気をたしかにまだ策はあります」ライトが叫ぶ。

「ほ、本当か、ライト」フラニーも少しはずんだ声をあげる。

「ええ、それを使います」

 そう言ってライトが指さしたのはシンシアだった、いや正確にはシンシアの懐にある湖の懐剣だ。

「ライト、これが役にたつのですか?」シンシアは湖の懐剣を出して尋ねる。メランダやロイドの太い剣ですら食い込まないゴードンの体に、こんな細い懐剣が通じるのかと疑問に思うシンシア。

「はい、この懐剣はどうやら神聖な物の様です。魔力も大変込め易い、これに僕とフラニーで闇の魔力と光の魔力を込めます。ゴードンと同属性の闇の魔力は全面に広げます、これで闇の守りは同属性の為無効化できるはずです。一方の光の魔力はコアに達した時に一気に爆発する様に小さく圧縮して中心に込めておきます。それをコアのある心臓の位置に突き立ててれば一気に食い込み、コアに達した所で光の力が爆発して倒せるはずです。クライフィス様とついでにゴードンも解放されるはずです」

「し、しかし、闇の力と光の力は反発関係にある。よほど上手く込めなければ爆発してしまいかねないぞ」ラークファクト心配そうに告げた。しかし、すぐに状況を見て「やるしかないのか…」と呟き納得した様だった。

「フラニー、ライトお願い」シンシアは懇願する様に二人に言った。

「イエス、マム」二人は返事をして湖の懐剣を握る。

 それを見守るシンシア。そして、その後ろを固めるようにラークファクトとバルドスが立ち塞がる。

「はぁはぁ…」メランダは息を切らしながらゴードンと戦っていた。すでに満身創痍である。

カキーン

 そこへゴードンの拳が飛んで来て剣の穂先にあたるとついにメランダの手から剣が離れ、放物線を描いて飛んで行ってしまった。

 メランダの手にもダメージが伝わり痺れる。それによりついに足を止めてしまうメランダ。そこへゴードンの追撃の拳が迫る。見えてはいたが頭の体も動かない。

「危ない、メランダ姫」とっさにロイドがメランダの前に進み出て庇う。

ズボッ

 鈍い音が鳴り響くとロイドの体は後ろに吹き飛びメランダにあたる。

 二人はそのまま吹き飛ばされて数メートル先に転がってしまう。

「ロ、ロイド殿…」かろうじて思考が動く様になったメランダが叫ぶ。

 しかし、ロイドは返事がない、気を失っているようだ。胸が小さく上下しているのでどうやら死んではいないようだ。メランダ自信もどうにか立ち上がろうとするが体が言う事を聞かない。ゴードンは二人にとどめを刺そうと構える。

 これまでか…メランダの頭に絶望がよぎる。その瞬間だった。

しゅるしゅるしゅる~

 地面から蔦が生えて来てゴードンの体を拘束する。ラークファクトの木の魔法だ。

 ゴードンもメイリンの光の力、八系魔法陣、そしてメランダとロイドの連続攻撃で大分ダメージがあったのだろう、それを容易に振り切る事は出来なかった。それでもどうにかはずそうと必死にもがくゴードン。その姿はすでに理性を失って暴れ狂う魔物そのものだった。

ずぼっ

 そこへバルドスの矢が突き刺さる。だだの矢ではない矢の先に自らの魔法で火を灯した火矢だ。

「がー」叫び声をあげて痛みにもがくゴードン。

「一発じゃないぞ」バルドスは次々に火矢を作ってはゴードンに向かって放つ。

「バルドス、クライフィス様にあてるなよ」注意するラークファクト。

「了解です」本当に分かっているのか心配になる様な軽い返事をして、勢いよく火矢を放ち続けるバルドス。

 その様子見てラークファクトは少し心配になる、バルドスは元々お調子者だ。しかしバルドスの方にばかり気を取られても居られない。ラークファクトの腕に突如大きな力が加わりびくんと動く。もがくゴードンの力が巻き付いた蔦を振りほどいている。再び集中して蔦を追加して押さえこむラークファクト。自分達の役目は湖の懐剣にライトとフラニーが魔力を込める時間を稼ぐ事だ、その事に集中する。

 シンシアは湖の懐剣を二人で握り魔力を送るライトとフラニーを見守っていた。何も出来な自分が無力に思えて悔しい。ふと気が付くとそこはもうすでにグランドトーテムの首都のすぐ近くだった。そうライトの予言で見た、クライフィスが死んでいた場所はそこだった。それに気が付いた瞬間、シンシアの胸に一気に不安が広がる。急がなくてはクライフィスが死んでしまう、そう思えてならなかった。

「ライト、フラニー急いで、急がないとクライフィスが…」冷静さを失い叫ぶ様に急かすシンシア。

「シンシア様落ち着いてここは慎重にやらなくてはなりません」ライトが感情を込めない声で答えた。

「でも、クライフィスが、クライフィスが…」パニックになりかけるシンシア。周りは全く見えていなかった。

 その時、ゴードンが一瞬動きを止める。やったか!ラークファクト、バルドスが同時に思う。しかし違っていた、動かなくなったのは瘴気を一点に集める為だった。数秒止まった後にゴードンは多いく口を開けて大量の瘴気を口から放つ。

「し、しまった…!」

 ラークファクトもバルドスも油断していた。自分自身はどうにか身をかわしたがシンシアを庇うには至らなかった。

「え…!」シンシアも突然の事に驚くばかりとっさに体は動かない、迫りくる瘴気の咆哮の前に棒立ちになる。

「シンシア様、あぶな~い」フラニーが叫びながらシンシアに体当たりをする。

 シンシアは突き飛ばされて咆哮を回避するが、フラニーは完璧には回避できずに瘴気に弾き飛ばされてしまう。

「ふ、フラニー」すぐに身を起して叫ぶシンシア。

 数メートル先にフラニーが倒れている。

「シンシア様!お怪我は?」慌てて駆け寄るライト。

「私は大丈夫よ、でもフラニーが…」すがりつく様に訴えるシンシア。

「大丈夫です、フラニーも優秀な騎士、この程度では死にません」そう言ってライトは辛そうに思案して続ける「でも、困りました。作戦ではフラニーがこの湖の懐剣を突き立てるはずだったのですが、流石に動けそうにない」

「そんな…」自分のせいだ。守るのは自分の役割だったはずなのに、パニックなって取り乱してそのせいでフラニーは…激しく自分を攻めるシンシア。

 その間にもゴードンは二発目の咆哮を放とうと瘴気を溜めている様だった。

 バルドスもそれに気付く。今は自分がやるしかない、そう思い両手に魔力を集めて集中する。

 そしてゴードンが咆哮を放つと同時にバルドスも両手を突き出してありったけの炎を放った。

ドカーン

 大きな音をあげて瘴気と炎が衝突する。今度はさっきとは違い、弾ではなくビーム状の瘴気を長く放つタイプらしい。バルドスもありったけの魔力を注いてこれを押さえる。押され気味ではあるがどうにか瘴気を防いでいる。

 それを見てシンシアは一つの決意を固める。

「ライト、懐剣に魔力は込め終わったの」

「ええ、作業はぎりぎりで終了しています」

「では、懐剣を渡しなさい、私がゴードンの胸に突き立てます」決意に満ちた表情で述べるシンシア」

「え…!」驚き呆然とするライト、しかしすぐに彼も決意を固める他に方法は無いと「分かりました、ゴードンの胸の中央心臓の位置に刺してください。その瞬間まで僕の後ろに隠れていてください、シンシア様は僕が命に代えてもお守りいたします」過保護な程に丁寧説明をして二本の剣を引き抜き構えるライト。

 シンシアはライトから懐剣を受け取り胸の前でぎゅっと握りしめる。ずっと持ち歩いていた懐剣がその時はとても重く感じられた。

「ライト、時間がないわ。急ぎましょう」意を決してライトを促すシンシア。

「分かりました。行きますよ」叫ぶとライトは走り出す。

「がー」ゴードンも気付いたらしく右手の指を針の様に伸ばしてライトと後ろのシンシアを攻撃しようとする。

きんきんきん

 ライトが二本の剣を器用に動かして爪を弾き飛ばす。しかし爪も意思がある様に弾き飛ばされてまた戻ってくる。そこに足止めされた形になるシンシアとライト。

しゅるしゅるしゅる~

 その時ゴードンの体に蔦が巻きついて再び拘束する。

「シンシア様に指一本触れさせん」ラークファクトが叫んでいる。

 バルドスもここが最後の踏ん張りどころとばかりに魔力を注ぎ込む。しかし彼の魔力はそれほど高くは無い、すでに尽きかけており瘴気は眼の前まで迫っていた。

「これまでか!」バルドスが叫ぶ、その時だった。

「バルドス殿御加勢いたします」

 グランドトーテムの騎士達がやって来てバルドスの左右から炎を放った。

 これにより押され気味だった炎は一気に威力を増して一気に瘴気を押し返す。

「ぐがー」ゴードンも驚き身悶えする。

「今です、シンシア様」攻撃が弱まるとすかさず全ての爪を叩き落としてライトが叫ぶ。

 返事もせずに走り出すシンシア。両手で抱えるように持っていた湖の懐剣を構えてゴードンに向かって一直線に走る。母はいざとなったらこれで自害しろと言った。ライト達はこれを戦いの道具にしようとした。でも自分は違う、自分はこの湖の懐剣を大切な人を救う為に、生きる為に使うのだ。そんな決意をしながらシンシアは力一杯湖の懐剣をゴードンの胸に突き立てた。

 懐剣は吸い込まれる様にゴードンの体の中へ入って行く。シンシアはそれを見つめていた。時間が止まった様な感覚に襲われる。思考も停止して何が起こるか分からないままに懐剣の吸いこまれた部分を見つめていた。その時だった。

パン

 短く、大きく何かが弾けた様な音がした。

 ライト、バルドス、ラークファクトはその場に尻餅をつく。三人ともすでに限界が近く、もう立ち上がれない程疲弊している。

 弾けた音の後、ゴードンの体から大量の瘴気が噴き出した。それはシンシアの視界をあっという間に埋め尽くす。全身に瘴気の気持ち悪い感覚が駆け巡る。抗う力もなく瘴気の波に身を任せてそのまま意識が遠のいていった。

 霧散して行く瘴気は一度大きく膨れ上がった後、徐々に薄く、少なくなって行った。ラークファクトはその様子をじっと見守る。やったのか、それとも…もし駄目ならもう自分達に戦う力は残っていない、不安と希望と友を心配する気持ちがぐちゃぐちゃになりラークファクトの中を駆け巡る。そして立ち上る瘴気の中に人影を見て眼を見開くラークファクト。

 瘴気の中から現れた人物はだいぶ汚れているが立派な王家の鎧を纏った、金髪でサファイアブルーの瞳の青年だった。そしてその細長くも逞しい腕には淡いブルーのドレスを纏った女性を抱えている。

「クライフィス」

「クライフィス様」

「国王陛下」

 ラークファクトがライトがバルドスがそしてその場に居た騎士達が同時に声をあげた。

 クライフィスは優しく微笑み無事である事を皆に知らせるとすぐに腕に中に居るシンシアに視線を向け、小さく揺すり起こす。

 少しずつ意識を覚醒させるシンシア。頭の中がぼんやりとして何が起こったか分からない、しかしそこにはクライフィスの顔があった。世界で一番愛おしい人の顔、それを見た瞬間残りの意識は一気に覚醒し、頭の中に記憶が流れ込む様にそれまでの事を思い出す。「クライフィス、無事だったのね?」今にも泣き出しそうな顔で尋ねるシンシア。

「ええ、あなたが助けてくれたのですね。物語の中ならお姫様を助けるのは、王子様の役目のはずなのにこれでは逆だ。まったく私は情けない王子だ」自嘲気味に笑うクライフィス。

「いいえ、あなたは王子ではなくて王様です。そして私はあなたの妻、私達は夫婦なのですから助けあうのが当然です」今にも泣き出しそうなのを堪えて答えるシンシア。

「そうでしたね、これからも私を助けてくれますか」

「ええ、もちろんです」そう言った後、とうとう堪え切れずにシンシアは泣き出してしまった。

 クライフィスはそっとシンシアを胸に抱き寄せる。

 クライフィスの胸に顔を埋めながらシンシアは幸せを感じていた。ようやく平和が訪れた、そして自分はクライフィスの側に居る。これから何があろうとも絶対この手を放さない、何があってもこの人の側に居ようと思うのだった。


エピローグ:三カ月後…


 グランドトーテム主城ドラゴンアース城の前に一台の馬車がガタゴトと音をたててやって来た。馬車に豪華な飾りと王家の紋章が付いており、周りには十名近くの従騎士が居る所からその馬車が王家の馬車である事は容易に想像がつく。

 馬車から一番先に降りたのはエールメイレン末の姫セーラだった。

「まあ、何と大きなお城でしょう」素直に賛奨の声をあげるセーラ。流石のセーラも自城の数倍もある城に驚きを隠せない様だ。

「みっともない声をあげてはなりませんよ、セーラ。今日は各国の重鎮の方もお見えになっております。これは重大な外交の場でもあり、あなたはエールメイレンの代表の一人なのですから」後ろから母のナンシー王妃が降りて来て嗜める。ちなみに後ろには父のオーガスト王も居る。

 そこへグランドトーテムの出迎えが到着する。太子となったロイドを先頭に妻子を連れた左大臣ヘルスコビア、数人の文官にジェラウドも居た。

「オーガスト王、ナンシー王妃、セーラ姫、ようこそおいで下さいました。同盟国の太子として歓迎いたします」慣れぬ王族の礼を取り挨拶をするロイド。

「ふっ、ロイド殿すっかり公子が板について来たな」従騎士を務めていたメランダが馬上から声をかける。

「およしください、メランダ姫。慣れぬ事で毎日戸惑ってばかりです」ロイドは苦笑しながら答える。

 ロイドは一月程前にクライフィスとシンシアの養子となっている。慣例により三ヶ月間太子としてグランドトーテムで暮らした後、正式にウルナハインの王女と婚約をする予定だ。最高位の貴族として育ったとはいえ王族となればまた桁が違う、周り者の態度や生活の代わり方に戸惑うばかりの毎日らしい、何より同い年で幼馴染みにクライフィスが父親で年下のシンシアが母親というのはかなり抵抗があるらしい。最も三人だけの時は普通に接しているが今日はそういう訳に行かず気が重い。

「ふっ、その気持ち良く分かる。私も王族の身分など捨てて一人の戦士として武芸に生きたいと思う時がたびたびある」メランダも少し苦笑して言うとすぐに両親と妹に向き直る「父上、母上、こちらがグランドトーテム太子のロイド殿だ」とロイドを紹介した。

 エールメイレン側の王族もオーガスト王、ナンシー王妃、セーラの順で挨拶をする。それが済むとグランドトーテムの外交の最高責任者ヘルスコビアが前に進み出て来た。

「さあさあ、青金の王妃シンシア様がすでにお待ちです。どうぞ控えの間へとお進みください」丁寧に頭を下げながらヘルスコビアが言った。その後、メランダとセーラに少しいやらしい眼を向ける「しかし流石シンシア様の姉君と妹君、どちらもお美しい本日はこの私がエスコートをしたいくらいですなぁ」

どすん

 ヘルスコビアの脇腹に強烈な肘打ちが決まりすぐに身悶えする。彼の妻ランド夫人の仕業だ。

「仮にも同盟国の王女様に失礼な振る舞いをしてはなりません。我が国の恥になりましょう」冷静にヘルスコビアを叱りつけてメランダ、セーラに丁寧に詫びるランド夫人。

「やれやれ、大地の王クライフィスも一目置く我が国古参の大臣も奥方の前では肩なしですな」ロイドの言葉と共にその場に笑いが響く。そしてメランダに向き直るロイド「メランダ姫、本日は私がエスコートをいたします。セーラ姫はこちらのジェラウドが」

 その後一同はシンシアの待つ控室へ向かう。ちなみにナンシー王妃は夫のオーガスト王がエスコートをしてヘルスコビアは妻のエスコートをする事になった。

 控室の扉が開くと一番に淡い青の髪をして真っ白な花嫁衣装に身を包んだシンシアの姿が眼に入って来た。メランダもセーラもすぐに駆け寄りたい衝動にかられるがそこは王族の礼義、家来達がシンシアを呼んで来るまで待たねばならない。

 ヘルスコビアがランド夫人を連れてシンシアに近づく、後ろには娘も続いている。

「シンシア様、御家族が御到着なされました」ランド夫人が言った。

「まあ、ランド夫人お久しぶりです」振り向いたシンシアは笑顔で挨拶する。花嫁の化粧を施したその姿はとても美しかった。

「はい、お久しぶりです王妃様。王妃様におかれましては御機嫌麗しく…」

「いいえ、実は本日はあなた方に苦情を申し上げたいと思っておりましたのよ」やや厳しい口調になるシンシア。

「な、なんでございましょう、王妃様」ランド夫人と娘に緊張が走る。まさか夫が王妃様に対してセクハラ行為でもしたのではないかと不安がよぎる。

「ええ、お二方ともあまりにも酷いのではなくて」そこで一度言葉を切るとすっと手を伸ばして何故かヘルスコビアの手を取るシンシア。その後元の笑顔に戻り続ける「私とヘルスコビア殿はこんなにも仲良しなのにヘルスコビア殿に私との接触を禁じるなどあまりに酷すぎます」

「え…!」驚いて言葉を失うランド夫人、そこには夫を信頼の眼で見上げる王妃の姿があった。夫の方は照れた様な笑いを浮かべている。

「意外ですか?ランド夫人」悪戯っぽく問うシンシア。そして答えを待たずに続ける「遠く故郷を離れた私にとりましてドール殿こそがこの王宮での厳しき父、そしてヘルスコビア殿優しき母の様な存在です」

「こ、この人が母…うえ…ですか…」流石に驚き言葉を失うランド夫人。

「頼りなくお思いになって?」

「はい、失礼ながら王妃様、我が夫で母親の代わりが務まるとは思えません」意を決した様にランド夫人が言う。

「では、これよりランド夫人が私を助けて頂けますか?」

「え…!」意外な展開に再び言葉を失うランド夫人。しかしすぐに気を取り直して続ける「もちろんでございます。王妃様の為に誠心誠意努めさせて頂く所存です」

「そう、では今後はヘルスコビア殿共々よろしくお願い致しますわ」

「はい、王妃様」深くお辞儀をするランド夫人と娘。

 その様子をセーラとオーガスト王は呆然と見つめている。あれが本当に初対面の人と話す事も出来ずに自分達の後ろに隠れてばかりいたシンシアなのだろうか?そのあまりの堂々とした姿にグランドトーテムの用意した偽物なのではないかと疑う程だった。

「セーラ、それに父上、成長したものでしょうシンシアは」二人の気持ちを察した様にメランダが声をかけた。

「ええ、本当に強くなりました」答えたのはナンシー王妃だ。凛とした口調だが眼にはうっすらと涙をにじませている。

 その時、シンシアは遠くから自分を見守る家族の姿に気が付く。

「お父様、お母様、それにお姉さま、セーラ」たちまち少女の様な顔になり駆けよって来るシンシア。

「シンシア、はしたないですよ。その様な格好で走るものではありません」ナンシー王妃が厳しく嗜める。

「は、はい…」慌てて姿勢を正すシンシア。

 改めて見るとその姿はたいそう美しかった。真っ白なウエディングドレスにはシンシアの淡いブルーの髪とサファイアブルーの瞳に良く似合っていた。そして以前と変わらず真っ直ぐな髪を生やした頭の上にはとても大きく沢山のダイヤを散りばめたティアラが乗っている、これこそが王妃のティアラ第一位と呼ばれるティアラだ。そして胸には髪の色と同じ淡いブルーに輝くペンダントを付けていた、このペンダントが夜店で売っている玩具だと気付く者はとうとう式が終わるまで誰も居なかった。

「ああ、シンシア立派になって、内気なお前が一人グランドトーテムに向かった時には心配でこの胸が張り裂けそうでしたよ」そう言って娘を抱き寄せるナンシー王妃。

「お母様、私もお会いしとうございました。グランドトーテムに来てからお母様達が恋しくて眠れぬ夜が何度もありました」シンシアもナンシー王妃の胸に顔を埋めて涙を流す。

 すでに王妃として経験を積んでいる母娘には、今日が親子として接する事が出来る最後の日である事が分かっていた。明日から同盟国の王妃と王妃甘える事など許されない。

「お姉さま、私達も心配したのですよ」セーラも歩み寄る。

「そうだシンシア、なんなら戻っておいでエールメイレンに」出来るはずもない事をその場の勢いだけで口にするオーガスト王。

「ご心配はいりませんわ、お父様。それにセーラもたしかに寂しい夜もある、辛い日もあるでも私は一人ではありませんのよ。クライフィス様といつも共に笑い、共に泣いてくれる仲間が居ます。私を信じてくれる沢山の民達も居るのです。だから私は大丈夫です」そう言うとシンシアはにっこりとほほ笑んだ。

「メランダ様、セーラ様」次の瞬間ベルが部屋の隅から飛び出して来てメランダ、セーラに駆け寄る。その後ろからレイも続いた。

「ベル、久しぶりね」セーラも喜んでベルの手を取った。

 ヘルスコビアやロイド達は再会の様子をしばらく見守るとオーガスト王達親子とエールメイレンからのシンシア主従を残して静かに部屋を立ち去った。


ゴーン、ゴーン

 ドラゴンアース城の片隅にある大聖堂の鐘が大きな音をたてて鳴り響く。扉が大きな音をたてて開くとシンシアとオーガスト王がバージンロードを歩いてチャペルの中心へと向かう。シンシアの右にはバルドスとライト、左にはレイとフラニーが二人を守る様に従っている。長く伸びたドレスの裾はアイリーンとベルが持っている。

 一歩、一歩進み向かう先にはタキシード姿のクライフィスの姿がある。

 クライフィスの眼の前まで来るとシンシアは父の手を放してクライフィスの方に進む。ここからはクライフィスがエスコート役だ。お付きの騎士と侍女は引き続きシンシアに従う。

 そして二人の前に神父が現れる。

「クライフィス・ヒルトン・バルーン、汝はかの者を妻として生涯愛し守り抜く事を誓いますか?」神父がクライフィスに尋ねる。

「誓います」迷いなき声で答えるクライフィス。

「シンシア・ヒルトン・マクラレーン、汝はかの者を夫として生涯支える事を誓いますか?」

「誓います」シンシアが答えた。その心に迷いはなかった。

「では大陸を守る九神の名の元に二人を夫婦と認めます」

 牧師の言葉を合図に大聖堂に集まった人々から多くの拍手が漏れる。

 シンシアはそっとクライフィスの顔を見上げる。出会った時と変わらず優しく微笑んでいた。

「クライフィス、これで私達は夫婦なのですね」そっと呟くシンシア。

「ああ、これからはずっと一緒だ。何があってもね」クライフィスが優しく返す。

 しかしその声は二人を祝福する多くの声によって掻き消される。そして魔法で七色に輝く雪が二人の上に降り注ぐ。

 シンシアもクライフィスも我に返り大聖堂の出口を振り返り歩き出す。オーガスト王、ナンシー王女、テテス王、ラークファクト、ロイド、ジェラウド、バルドス、レイ、ライト、フラニー、ベル、アイリーン、ドール、ヘルスコビア、メイリン、サーフィス、ドライヤー、メランダ、セーラ、レレイ、アダイ、リミ、ロト、プライス伯爵夫妻、リンド、そこには多くの人々の姿があった。内気だったシンシアが短い間にこんなに沢山の人と出会ったのだ。これ程沢山の人の顔があるのに全て知っている顔だ。そして一人ひとりとの思い出がある。そんな人達に祝福されてクライフィスと共に歩む幸せをシンシアは噛みしめていた。


 その日の夕方闘技場には今日の良き日を祝おうと多くの国民が集まっていた。メランダ達エールメイレンの王族を始めとする来賓もラークファクト達国の重鎮もすでに会場に来ている。

 初めてグランドトーテムを訪れるセーラはすでに緊張して顔を強張らせている。事前に予習をして来たつもりだが、やはり緊張は隠しきれない。一方のメランダは噂に聞く人と猪の戦い猪闘が楽しみで胸を弾ませていた。その時闘技場にファンファーレが鳴り響く。

 闘技場の一番上の席に真っ白なウエディングドレスのシンシアとタキシードのクライフィスが姿を現した。

「おー、王妃様だ。青金の王妃シンシア様だ」国民達が一斉に歓声をあげる。

 青金の王妃とは金の魔法が使えるようになったシンシアに付いた新たなあだ名である。シンシアはこの三カ月政務やゴードン事件の後始末の合間を縫って魔法の練習をした。シンシアには元々才能があったらしくメキメキと魔法を覚えて行った。そして時には鉄を作る工場へ行き魔法で難しい加工を行ったり、ライトと協力して物資の輸入を円滑に行ったりもしている。そういった働きは国民の口伝いに伝わりシンシアの人気を一層高めた。

シンシア様~シンシア様~

 口々に声援を飛ばす国民達の前に歩み出て笑顔で手を振るシンシア。しかしその瞬間だった。突如シンシアの眼の前がぐらりと歪む。態勢を立て直そうにも上手くいかずそのままバランスを崩して倒れてしまうシンシア。

おーーー

 国民達が一斉に悲鳴にも似た歓声をあげる。闘技場のてっぺんの席に現れたシンシアが突如として倒れたからだ。そしてお付きの騎士や侍女が近づきシンシアを運んで行く。

 メランダもセーラも驚きの色を隠せない、ただ呆然と事の成り行きを見守る意外ない。

 二時間近くが経過した。お祭りムードだった会場は一転して通夜の様に静まり返っている。聞こえる声といえば時々国民達が口にするシンシアを心配する言葉かぼやきに似た不満だけだった。それでも会場を離れようとする国民は一人もいない、むしろシンシアが倒れたと聞いて新たに駆けつける国民もおり、会場の人は増えているほどだ。それだけでシンシアがいかに国民達に慕われているかが分かる。中には「クライフィス様がシンシア様に負担をかけたせいだ」と国王を罵る者まで居る。

「ええい、どいつもこいつも何をやっている。こんな事なら私が行けば良かった」エスコートの為にエールメイレンの王族の側に残ったロイドが苛立たしげに叫ぶ。ジェラウドを含み彼のお付きの者は順にシンシアの様子を見に行かせたが誰一人帰って来ない。

「たしかに私達も行った方がいいかもしれませんわ。誰も戻って来ない所を見ると状況はかなり悪いのかもしれません」セーラも心配顔で呟いた。

 その時闘技場の入り口から一人の騎士が駆けこんで来た。シンシアの親衛隊長のバルドスだ。彼は真っ先にシンシアに駆け寄っていた。彼であれば何らかの事情を知っているはずだ。そのバルドスが戻ってきた、会場中の注目がバルドスにそそがれる。

 そしてバルドスは長く走って来たのだろう息も絶え絶えだ。それでも会場中に聞こえるように精一杯声を張り上げて叫ぶ。

「王妃様、ご懐妊です」と…

おーーーーー

 今日一番の声援が闘技場にこだまする。

 通夜の様に静まり返っていた国民達は突如知らされた世継ぎの誕生、シンシアに王家にそしてグランドトーテムに訪れた最高の幸せを噛みしめた。

 その後はクライフィスの取り計らいにより宰相ラークファクトの指揮の元盛大に宴が催された。主役であるシンシアとラークファクトは居なかったが、それを気にする者は居なかった。その夜のトーテム踊りは王妃の間に居るはずのシンシアに届くようにと誰もが声を張り上げていつも以上に陽気に一晩中続けられた。

 そしてその声は王妃の間で横になるシンシアの元にも届いていた。

「国民達盛り上がっているようですね」自分のお腹を擦り側に居るクライフィスに声をかけるシンシア。

 自分のお腹の中に居る新しい命、シンシアはそれを強く感じる事が出来る。そしてその命がとても愛おしく思えた。

「ああ、皆私達の結婚とこの子の誕生を祝っているのだろう」優しく微笑んですぐに真顔に戻るクライフィス「行っては駄目だぞシンシア。この所、式の準備で君は忙しかった。相当疲労が溜まっているはずだ。そしてそれはその子への負担ともなっている」

「ええ、分かっていますわ」静かにもう一度お腹を擦るシンシア、今はこの子を守る事が一番大事だと切に思う。そしてもう一度クライフィスを見上げる「あなたの方こそ行きたいのではないですかクライフィス?」悪戯っぽい笑みを浮かべて尋ねるシンシア。

「いいや、今宵はぞっと君の側に居たい。その…構わないかい…」何故か心配そうに尋ねるクライフィス。

「ええ、もちろんよクライフィス」シンシアは温かく優しい笑みを浮かべながら返した。

 外からトーテム踊りの歌が聞こえる。二人は言葉少なげにその歌を聴きながら幸せな夜を過ごすのだった。

                                              完


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