驚く姫と優しき王の情熱の国
第二章:驚く姫と優しき王の情熱の国
情熱の国グランドトーテム、大陸南西部に位置するこの国は、広い国土と豊富な資源を有している。古から伝わる魔法の研究も盛んなこの国は、大陸の他の国に比べて様々な技術も発達しており生活水準もかなり高い。その為南側を広い荒野が広がっているにも関わらず大陸中央部との貿易も盛んに行われている。またここ数百年に渡り北西の大国ウルナハインと冷戦状態にあった為、その首都はウルナハインとの国境近くに存在する。現在ウルナハインの総力を決しての大規模侵攻を国王クライフィスが中心なった精鋭部隊による奇襲で撃退、それまでウルナハイン側に付いていた小国エールメイレンとの同盟を結んだ為ウルナハインはグランドトーテムに迂闊に手を出せない状態にある。そしてグランドトーテム最大の特徴はその情熱的な国民性にある。
シンシア達の一行は首都にある主城ドラゴンアース城へ向っていた。今日はその途中にあるプライス伯爵領で一泊する予定だ。しかし途中次元ホールが開き魔物の襲撃を受けた為予定は大幅に遅れて現在急いで伯爵領へと向かっている。
「リンド殿もう少しスピードは出ぬか、このままではプライス伯爵亭へ付く前に暗くなってしまう」親衛隊長のドライヤーがシンシアの乗る馬車の御者を急かす。
「はい、出来る限りやってみますじゃ」リンドは答える。
「そう、急くなドライヤー中には怪我人も乗っている。落ち着いて確実に進む事が大事だ」嗜めるクライフィス、しかしクライフィス自身も心の中では焦っていた。
一方馬車の中のシンシアは侍女のベルと肩を寄せ合い不安と戦っていた。ベルは先ほど魔物とクライフィスの戦いを見たショックからまだ立ち直れていないようだ。二人の眼の前には一人の騎士が横になっている。先の戦いでクライフィスと共に突撃をしたサーフィスだ。サーフィスは地面に叩きつけられた時に腕を骨折してしまったらしい、仲間の騎士達のより応急処置を施されたが充分とは言えず、現在腕の痛みに耐えながら呻き声をあげている。どうやら熱が出て来たらしく、額には脂汗がにじみ出ている。
ガタン
突如馬車が揺れる。その拍子にサーフィスは座席から転がり落ちてしまった。
ドスン
大きな音をたててシンシアの足元に転がるサーフィス。
「うぐゎ」痛そうな悲鳴をあげる。
「大丈夫ですかサーフィス殿」シンシアは身を前に出してサーフィスを気遣う。
「ああ、御麗しきプリンセスシンシア、どうか…我が妻に…さ、さすれば、私は…地位も家の名も捨てて…あ、あなたと、共に…」
「え…!」シンシアは驚いて固まる。
「な、何と汚らわしい」ベルが我に返り叫んだ「仮にもシンシア姫はあなたが使える国の国王の婚約者でありますよ。その様な方に求婚をするなどとは、不敬極まりない行為だとは思わないのですか」
「辞めてベル、サーフィス殿は熱があるのです。熱の上での戯言に本気で取り合う必要はないわ。それより馬車を止めて貰って」シンシアが勢いよくまくしたてるベルを止める。激しく揺れ動く馬車の中では体格のいいサーフィスをシンシアとベルだけで座席に戻すのは無理だ。
馬車が止まると親衛隊の騎士が二人程入って来てサーフィスを座席に戻す。
「姫、疲れておりませんか」外からクライフィスが優しく声をかける。
「ええ、大丈夫ですわ」シンシアが答える。
「もう時期プライス伯爵の屋敷に付きます。それまで御辛抱を」
それから程なくしてプライス伯爵の屋敷に付いた。
プライス伯爵は優しそうな初老の老人で妻と二人シンシア達を出迎えた。サーフィスは伯爵領の医者に診てもらう為に運ばれて行く。シンシアは用意された部屋へ通される。すぐに屋敷の侍女がやって来て湯あみの支度が出来ていると継げる。入浴後、ベルに部屋着を着るのを手伝って貰って着替えた後、夕食の為広間に向かう。夕食はプライス伯爵夫妻とクライフィスと一緒の予定だ。グランドトーテムの貴族の手前という事もあり薄く化粧を施して部屋着を着て広間に向かう。左右にはレイとベルが控える。
しかし、広間に入って少しびっくりする。クライフィスもプライス伯爵も夜着の上にガウンを着ただけのラフな姿だ。プライス夫人は流石に夜着ではないが飾り気のない質素な服を着ている。部屋着とはいえ来客に対応するドレスを着てきた、シンシアは明らかに浮いている。シンシアは姉や妹はもちろん国の貴族の娘達に比べても地味なドレスをいつも着ていて自分だけが目立つという経験がなかった。それで余計に恥ずかしくなる。しかし、その恥ずかしさも吹き飛ぶ様な事がすぐに起こる。
給仕と思われる従者服の若い男がシンシアの前に進み出て来て膝を付く。そしてシンシアの手をとったのだ。
「おお、御眼麗しきシンシア姫、どうか我が妻になって下さい。さすれば私は身分も家も捨ててあなたと共に遠き国へ逃避行をする所存、どうかこの私と共に遠き国へとお逃げ下さい」主従は淡々と述べた後、情熱的な瞳でシンシアを見上げる。
「え、ええ~!」シンシアは産まれて初めてではないかと思うほどの叫び声をあげてその場で狼狽する。
「従者殿、その姫は余の妻となるものだ。勘弁して貰いたい」席に付いているクライフィスが助け船を出す。その表情は柔らかに微笑んでいる。
「はい、ではいたしかたありません」言い終わると従者はシンシアを見上げる「シンシア姫、あなたと出会えました事、生涯この胸に留めおきましょう」そう言って立ち去り仕事へと戻って行った。
「あははは…、シンシア様はエールメイレンのご出身の姫様。我が国の流儀にいささか戸惑っている様ですな」プライス伯爵が自分の席で笑っている。
「どうゆう事なのですか?」立ち尽くしたまま呆然と尋ねるシンシア。
「我が国の男たちは自分が愛の告白をする前に誰かの物となってしまった女性がいる事を恥と考えております。よって婚約が成立した女性には必ず求婚をするのです、それが礼儀なのです。ましてやシンシア様は王妃となられるお方、王妃と国中の男達がこぞって告白する中で王がそのお心を射とめた女性でなくてはなりません。従って王への忠誠心と王妃への礼をはらう為に領内の男達はあなたに求婚するべく明日にはこの屋敷に詰めかけるでしょう」
「そ、そんな、私はどのように対処をすれば…」求婚された経験などないシンシアは身が震える思いだった。そもそもエールメイレンでは王女に求婚するなどたとえ貴族であっても許されない事だ。ましてや王の婚約者に勝手に求婚など不敬罪で死刑なっても仕方ない程の重罪だ。
「簡単な事です。『あなたのお気持ちは嬉しく思います。しかし私にはすでに心に決めたお人がおります。どうかあなたに相応しき方を見つけお幸せになって下さい。私もあなたに出会えたこの瞬間を生涯大切に思い、遠くよりあなたの幸せを願っております』と、言えば良いのです。簡単でしょう」教えてくれたのはプライス夫人だ。
「は、はい…」シンシアの口からはそれしか出て来ない。ましてや簡単な事には到底思えなかった。
一方のプライス夫人は満足げに納得すると席から立ち上がりシンシアの方へ歩み寄る。
今度はいったい何が?と怯えるシンシア。プライス夫人はあらぬ方向へ怒りを向ける。
「ところであなた、あなたもエールメイレンの出身ね」レイを指さしてただならぬ表情を向けるプライス夫人。
「は、はい…」レイも驚き返事を返す。おそらくシンシアと同じく反射的に返してしまっている。
「あなたはシンシア様付きの騎士でしょう。シンシア様をお一人で歩かせるとは何事ですか、クライフィス王も必ず側に居るとは限らないのです。その時はあなたがシンシア姫をエスコートするのですよ」そう言うと問答無用でレイをシンシアの隣に引っ張り、腕を腰に当てさせてシンシアを寄りからせる。
シンシアもドキリとしたが、まがいなりにも王族だ貴族の家の者にエスコートされた経験はあった。むしろ飛び上がらんほどに驚いたのはレイの方だ。エールメイレンでは男の家来が姫をエスコートするなど考えられない。生涯指一本触れてはならない存在のはずだ。
「あなたは、王妃親衛隊の騎士になるのです。グランドトーテムの流儀にならい、姫に恥をかかせない様にするのも務めのはずです。ましてや姫様自身がグランドトーテムの流儀に戸惑っているのならば、あなたは逸早く慣れてシンシア姫を安心させなくてはなりません。同じ国の出身であるあなたが堂々とグランドトーテム流を貫いている姿を見れば自分にもできるはずとシンシア姫の自身にも繋がるはずです」
「は、はい…」声をうわずらせながら返事をするレイ。
「まあまあ、プライス夫人。そこからはもう余がエスコートするから良いではありませぬか」クライフィスが立ち上がろうとする。
「いいえ、国王陛下今後の事もあります。この騎士も慣れておかなければなりません」そう言ってプライス夫人はレイに目配せする。
レイは仕方なしにシンシアを連れて歩き出そうとする。
「お待ちなさい」
プライス夫人はレイを止めると後ろで呆然としているベルの腕を掴みシンシアとは反対側にくっつけた。二人は恋仲だった為、ドキリとはしなかったが流石に何故という驚きはあった様だ。
「我が国では王族に限らず女性を一人で歩かせる事を殿方は恥と考えております。こういう場合は二人共エスコートしなくてはなりません」
「は、はい…」レイは目眩をこらえながらどうにかシンシアを席まで案内する。
「プライスご夫妻は私が幼少の頃よりお世話になっている方々だ。夏の休みにはここに泊まった事もあり、いまだに頭があがらないのですよ」クライフィスが優しく笑む。
「は、はい…」それなら格好がラフなのも納得だ。
「それより姫、私のお付きの騎士達が今夜にも姫に求婚に上がりたいと言っています。まあ大変でしょうけど断って差し上げてください」
「は、はい」言われてうんざりするシンシア。それが常識ならば王専属の親衛隊の騎士がこぞって求婚に来るのは当然だ。しかしそれを思うとまた目眩がする。ふと馬車の中で自分に求婚したサーフィスの事を思い出す。あれは不敬だった訳でもふしだらだった訳でもない、怪我して熱にうなされながらも王に忠誠を示そうとしていたのだ。明日あったらベルと共に謝らなければと思う。
その夜、国王の親衛隊の騎士達がシンシアの部屋にやって来て順に愛の告白をする。シンシアはプライス夫人に教わったセリフを思いだしながら対応する。何度やっても答え方はしどろもどろになってしまう。後のベルに聞いた話では一番笑えたのはレイの告白だったらしい、おそらくプライス夫妻の計らいだろう、サイズの合わないタキシードはプライス伯爵のもの、持っていなかったはず花束はプライス夫人が用意したのだろう、色合いだけはとても見事で女性好みだった。その告白は一言ごとにセリフを噛んでいて全身が酷く震えていた、それはそうだ仕える姫に結婚を申し込むなど昨日まで考えもしなった事だ。ましてや恋人のベルの眼の前だ。申し込む方も断る方もがちがちの告白は様子を見に来ていたプライス夫妻と使用人の口から広がり伝説の告白としてこの地方に残る事になった。
さて、翌日はもっと大変だった。領内の男達がこぞって押しかけると聞いてひやひやしていたが朝は静かに迎えて、朝食もクライフィス、プライス夫妻と共に静かに取った。もしや来ないのではと安心しかけていた。しかし、プライス夫妻に挨拶を済ませて馬車に乗り込む為に外に出る。ちなみにクライフィス達は馬の支度の為にすでに厩舎へ向かっており、レイにエスコートされて馬車を目指す。レイはまだ慣れない様だが、プライス夫人の言葉に従い左にシンシア、右にベルを連れて歩く。ちなみにより大事な人が左側というのが礼儀らしい。そして屋敷の外へ出た時だった。
「シンシア様、どうか私と…」
「いいえ、シンシア姫なにとぞ私と共に…」
外には老いも若きも沢山の男達が詰めかけていた。
「え、ああ、あ…」あまりの出来事にシンシアの頭の中からセリフが吹き飛び呆然とする。
男達の勢いはそれでも治まらず、どんどん押し寄せ飲みこまれる。男達はチャンスとばかりにシンシアを取り囲み、愛の告白の嵐が吹き荒れる。
ちなみにレイはとっさにベルを庇ってしまい。そのまま男達に押しのけられる。
「シンシア様、どうか私と…」
「いいえ、私と…」
「シンシア様」「シンシア様」「シンシア様」
嵐の様に吹き荒れる男たちの告白、シンシアは昨日一晩中暗記した断りのセリフも頭の中からどこかに飛んで行ってしまい、だた男達にもみくちゃにされていた。自分を求める男達の姿が自分を連れ去ろうとする亡者の群れに見えて震えあがりそこから一歩も動けない、そんな状態だった。その時シンシアは大きくて温かい何かに包み込まれる。
「シンシア姫は余の婚約者だ。たとえ我が命に代えても守り抜く。そちら民は国の宝であり余の命だ。しかしシンシア姫は余の宝であり命より大事な者、秤にかければシンシア姫が重く傾く、さあこの剣の錆びとなりたい者は名乗りをあげよ、誇り高いグランドトーテムの戦士として相手になろう」クライフィスは片手でシンシアを抱え、もう片方の手で剣を高く掲げて宣言する。
「おお…」どよめき共に男達が引き下がる。
シンシアはクライフィスの胸に顔を埋めて震えていた。遠く異国の地で唯一安全な場所を手に入れた気持ちだった。大きくて温かいその胸に顔を埋め、太くて優しい手に抱かれていると何と安心することか、最初は求婚する男達を見たくない一心で顔を埋めていたが徐々にその体温が気持ち良くなる。周りの声が治まったのを感じてなごり惜しくも顔をあげるとそこには日の光を浴びて輝くクライフィスの顔があった。
「姫、申し訳ない、私が油断しておりました。その為に姫に怖い思いをさせてしまった」クライフィスはそう言ってシンシアの髪をかきあげる。
「いいえ、そんな事はございませんわ、クライフィス様、私はクライフィス様が必ず助けに来てくださると信じていましたから…」
ああ、この人が私の旦那様、大地王と呼ばれる大陸の英雄、そして自分がピンチになると必ず助けに来てくれる人だ。そう思うとなんだが物語の中の姫になった様な気がして心がぽかぽかと温かくなった。
その日の夕方、グランドトーテム主城ドラゴンアース城の二階にある宰相執務室では、この国の宰相ラークファクトが一人眼の前に山積みにされた書類と格闘していた。
未処理の書類の置き場所と定めた場所にはすでに書類が山積みにされている。国王が居なくては処理できない書類だ。エールメイレンとの同盟は国における最優先事項だ、頭では充分に分かっている、しかしこうも仕事が滞るとどうしても苛立ちを隠せない。誰が悪いわけでもない強いて言うなら仕事をさばききれない自分だ、それも分かっているはずだ。ラークファクトは眼と眼の間に指をあててかなり乱暴にぐりぐりとする。これは癖なのだがやった所で仕事の効率があがる訳ではない、むしろ悪くなる事の方が多い、しかし流石にラークファクトもそんな事にまで気付けない。
トントン
「ロイドだ、入るぞ」突如ドアがノックされたかと思うと騎士団長のロイドの声がして返事も待たずにロイドが副団長のメイリンを伴って入って来る。
「おお、ロイドか」古い友人の訪問に立ち上がるラークファクト、少し心が晴れ渡るのが自分でも分かる。
「クライフィス陛下が今日戻るはずだが大事ないか?」ロイドが尋ねる。
「ああ、先ほどジェラウドから早文が届いた。途中次元ホールが開き、魔物に襲われるトラブルに見舞われたらしいが無事撃退、遅れも取り戻してもう時期到着するらしい」
「そうか、それは良かった。王妃親衛隊の人選が終わったので報告に来た」安心した様にロイドは返す。
「うむ、ジェラウドから報告によると姫の第一侍女は出発前に上げておいた候補の中の第一候補で良いそうだ。すでに王妃の間に待機している。王妃親衛隊が決まれば王妃にお仕えする者は全て決まる」ラークファクトはそう言って手を差し出す。早く書類を見せろと言わんばかりだ。
「まあそう急くな、人選に関してはメイリンに一任している」ロイドは傍らに控える女騎士に目配せする。
メイリンは髪を後ろにきつく束ねた女騎士だ。眼鼻立ちはしっかりしていて笑えばたいそうな美人だろうが、それを拒否する様に顔を引き締め情熱的なこの国の男達でも容易に近づけない様な鋭いオーラを放っている。ラークファクトの前に進み出ると「こちらです」と言って三枚の書類を置いた。
「ありがとう」そう言ってラークファクトは書類に眼を通す。そうしている内にその顔は徐々に曇りだす「ロイド、なんだこれは性格や素行に問題のある者達ばかりではないか」抗議の声をあげるラークファクト。
「いいえ、重大な隊務規定違反を犯した者はおりません、家柄、勤務年数、実績を考慮して人選および編成に問題はないはずです。そもそも小国の姫の親衛隊など隊であぶれている者たちで充分、これでももったいない程の人選です。それでも私の人選に問題があるとおっしゃるのなら納得の理由を書面にあげて頂きたい」息を荒げるメイリン。
「い、いや、別にそれほどの不満がある訳では…」メイリンの勢いに押されてラークファクトも少しのけ反る。
「では、その者達を王妃の間へと向かわせます」ぺこりと一つお辞儀をするとロイドの方へ向き直るメイリン「私は隊へと戻りますが団長はどうなさいますか?」
「ああ、私はここで国王陛下の返りを待つ。王妃様への挨拶も済ませておきたい」ロイドの答えだ。
「分かりました」それだけ答えるとメイリンは静かに執務室を去る。
「やれやれ相変わらずだな、メイリン嬢は」苦笑しながらロイドに向き直るラークファクト。
「ああ、最近では女性騎士も増えて来ているが騎士団はまだまだ男社会だ。その中で生きて行くのは並大抵じゃない、自分の実力を認めさせるべく必要以上に気を張っているのさ、つまりは心にまで鎧を着てしまっている」友と二人きりになった為にさっきまでより格段に柔らかな口調になるロイド。そして机の上の書類を指さして続ける「それに、俺は嫌いじゃないぜその三人、個性が強いのは長所でもある。それに根は優しくて真面目な奴らだ。案外王妃様と仲良くやっていけるんじゃないか?」
「そうだな、私もそう思うよ」
返事を聞くと一瞬だけ笑みを浮かべて、ロイドは来客用のソファーにどかりと腰を降ろす。
「おいおい、その体制で迎える気か仮にも王妃になられる方だぞ」嗜めてはいるがそれほど厳しくない口調のラークファクト。
「王妃になられる方だからこそだ。最初が肝心、舐められない事が大事だ」腕を組みやや声を荒げるロイド。
「やれやれ、そんな下らない意地を張っている事が舐められる要因だと私は思うけどね」
「下らなくなどない、男の意地に関わる問題だ」
「はいはい…」やや呆れ顔のラークファクト。
コンコン
丁度その時執務室の扉がノックされてクライフィスの声が聞こえて来る。
「ラークファクト居るか?余だ、エールメイレンの姫を連れて来た」
「お待ちしておりました国王陛下」執務机の前に戻り厳かに返事をするラークファクト。
「うむ、入るぞ」
次の瞬間扉が開き淡い青色の髪をして水色のドレスを着た姫を伴ったクライフィスが入ってきた。後ろには顔を引き締めて感情を一切表に出さないジェラウドが影の様に付き従っている。
「エールメイレン第二王女シンシア・マクラレーン、宰相様この度はお目通り叶い恐悦至極でございます」シンシアは礼をとりながら眼の前の宰相を観察する。
鮮やかな程の黒髪を耳のあたりでふわりとたらし、瞳は黒に近いブラウン、クライフィスとはタイプは違うが負けず劣らずの美青年だ。
「グランドトーテムの宰相を務めますラークファクト・ダヤッカです。ラークファクトとお呼び下さい」
「いいえ、クライフィス様を支えてくださる重臣の方、ラークファクト様とお呼びいたしますわ」
「それは光栄の極み」そう言ってラークファクトはシンシアの手をとる「御眼麗しき恩姫、どうか私の妻となって頂きたい、姫が御承知頂けるのなら地位も友も捨てこの愛とあなたの為だけの人生の全てを捧げましょう」
来た!心の中で思うシンシア。落ち着いて昨日教わったセリフを言えばいいそう心の中で思うシンシア。しかし覚えたはずのセリフが頭の中でぐるぐる回りいざとなると上手く出て来ない。
「私のお気持ちは嬉しく思われます、しかし私にはすでに決めた心がおります。どうかあなたに相応しきお幸せな方を見つけお幸せになって下さい。私も私に出会えたこの瞬間を生涯かけて大切に思われ、遠くより私の幸せを願っております」夢中でシンシアが言ったセリフはこんなだった。
「ぷっ、あははは…」ラークファクトは執務机に突っ伏して笑いだす。
シンシアははっとする。夢中で言ったセリフはめちゃくちゃだ。
「いかにもクライフィスが好みそうな姫だろう。私は最初に三人の姫が勢揃いした所を見た時からクライフィスはこの二の姫を選びと確信していた」
突如聞こえて来た声に驚き振り向くシンシア。聞き覚えのある声のはずなのに何かが違う、違和感を抱えたまま振り返るとそこには満面の笑みを浮かべたジェラウドが居た。
「ジェラウド様…」シンシアは呆然とする。ずっと一緒に旅をしてきたジェラウドとは別人だ。さっきまでのジェラウドは口を真一文字に結び、眼には感情が込められず人形の様にただ命令に従う人だった。それが今は自然な笑顔で顔をほころばせて、国の中で国王の次に高い位に居るはずの宰相に気さくに話しかけている。
「ああ、たしかにそうだ」ラークファクトはどうにか笑いをかみ殺す「しかし、お前が感情を表すとはどう言う事だ。シンシア姫の眼の前だぞ」
「私が頼んだのだ。シンシア姫は私の妻となる方だ、隠し事はしたくないゆえにシンシア姫が居る所でもあの仮面を外して普通に接してくれとな」答えたのはクライフィスだ。
「仮面…?ジェラウド様のあれは仮面だったのですか?」シンシアが尋ねる。
「まあ、私達がそう呼んでいるだけです。ジェラウドはクライフィスが国王になった時よりその影となり、いかなる時も側に仕えてクライフィスを支えると誓ったのです。執事長への昇格の話もあったが、執事長は城全体の従者を監督する立場、クライフィスの側にばかりは居られないと言って蹴ったのです。三人で説得してどうにか副執事長にはなって貰ったものの執事長の補佐役にはもう一人他の副執事長を付けて、自分はクライフィスの側を離れない徹底ぶり、そしてその時以来我々三人の前以外では感情を一切出さずに従順にクライフィスの側に居るという訳です」答えたのはラークファクトだ。
「私は地位が欲しいわけではない、クライフィスに逆らう従者を叱りつける事が出来れば充分だったのです」気さくに話すジェラウド。
「そう、だったのですか」まだ驚きが残るが納得するシンシア。
「貴族学院時代からの知り合いや自分の家族の前でも仮面をとらない徹底ぶりなのです。今やジェラウドがこうして話せるは我々三人だけいやシンシア様も加わると四人となりました」とラークファクト。
「え、四人…」シンシアは頭の中で数えてみる。クライフィスとラークファクト、それに自分もう一人誰かいる。そう思った瞬間だった。
「おほん」
部屋の隅からせき払いが聞こえて来てそちらを振り向くシンシア。そこには茶髪の髪を短く切りそろえ、ブルーの瞳をした男がどっしりとソファーに腰を降ろしていた。
「グランドトーテム騎士団長、ロイド・ライム・ラビリンスだ。シンシア姫以後御見知りお気を」
男は座ったまま礼をとる。丁寧ではあるが座ったままというのはどうなのか、それともこの国ではこれが常識なのだろうか。
「こら、ロイド、シンシア様は仮にもこの国の王妃となられる方だぞ、不敬であろう立って挨拶をしろ」ジェラウドが叱責する。何故かその顔がにやけているのが少し気になった。
「そうだぞ、ロイド、往生際悪く粘っていないで騎士らしく堂々としたらどうだ。隠してもすぐに分かる事なのだから」クライフィスも加わる。
ラークファクトは何故か笑いが堪え切れずにまた机に突っ伏している。どうやらこの宰相相当な笑い上戸らしい。
「くっ…」表情を強張られせるロイド。仕方なしに立ち上がりシンシアの前に進み出る。
その姿に驚くシンシア、この騎士団長相当背が低い。シンシアもそれほど背が高い方ではないがロイドはそれより更に数センチ低い。
「改めましてシンシア姫、ロイド・ライム・ラビリンス、グランドトーテムの騎士団長を務めております」
「はい、エールメイレン第二王女シンシア・マクラレーンです、ぷっ、ははは…」
自己紹介をしてお辞儀をした瞬間シンシアは堪え切れずに吹き出してしまった。ロイドは背伸びをしていた。この騎士団長は背の低さを気にしてあれほどまでに必死なって隠そうとしていたのだ。その姿があまりにも滑稽でそして可愛らしくて流石のシンシアも耐えきれなかった。
「な!何を笑われるのですか?」慌てふためくロイド。
「シンシア様も驚かれているだよ。お前の背の低さに」ジェラウドが言い放つ。
「な、何を言う、自分だけがやたらのっぽになりおって」顔を真っ赤にして怒るロイド。
「変な意地を張って隠そうとなどするからばれた時に笑われるのだよ」
「変な意地ではない」
二人の言い合いは下らないのに必死でそれでいて本気で傷つけあうつもりはないのだろう、側で聞いていても怖いとは感じなかった。ロイドは夢中になるあまり背伸びを辞めてしまい本来の背丈が露になる。当然小さい、まるで子どもの様だ、しかし体つきの方はしっかりしていて屈強な騎士である事が伺える。
その時シンシアの中に今までになかった感情が湧きあがる。悪戯心という奴だ。とっさに膝を折りロイドより小さくなる様にするとジェラウドの方へ注意が向いているロイドの手をとる。
「失礼いたしました、ロイド様。お詫びに私をあなたの妻として下さいまし。さすれば私は祖国も名誉も捨てあなたと共に歩みとうございます」芝居がかった口調で言うシンシア。
「な…え、あ…」自分が言うはずだったセリフを先に言われて驚くロイド。
「ぷっわははは…」執務室には国王、宰相、副執事長の笑い声がこだまする。
「ははは…これは一本取られたなロイド、シンシア姫堅物で知られるロイド騎士団長をこれ程見事に出し抜いたのはあなたが初めてです。驚きました」クライフィスが言った。自分のフィアンセが他の男に告白したというのに全く咎める様子などない、もちろんそれが冗談だというのはそこに居る全員が分かってはいたが。
「い、いえ、その様な事は…」褒められるとどうして良いか分からずもじもじするばかりのシンシア。
「この、三人は私の貴族学院時代からの友なのです。姫も何か困った事がありましたらこの三人を頼られると良いでしょうきっと力になってくれます。もちろん姫が困った時にはこの私が一番に駆けつけますが」そう言ってクライフィスはシンシアに歩み寄るとその手をそっと取る。
「はい、クライフィス様」シンシアもクライフィスを見上げてうっとりとする。
「はいはい、そこまでです。国王陛下お留守の間に戦後処理の書類が大分溜まっております。一刻も早く片付けて頂かないと困りますぞ」そう言って二人を遮ったのはラークファクトだ。
シンシアは二人きりでなかった事を思い出してはっとする。
「う、うむ、分かっている」クライフィスも無理に威厳を取り戻そうとする様な口調で言っている。
「シンシア姫、必要な書類の方にサインをお願い致します。それが済みましたらしかるべき処理をいたしますので、今夜姫の歓迎の宴の準備をしております。そこで国民達に姫のお披露目をすればシンシア姫は正式なこの国の王妃という事になります」ラークファクトは王家の婚姻に必要な書類を差し出す。
「は、はい」シンシアもそう言って執務室の机を借りて書類にサインをしはじめる。
「それでは歓迎の宴まで間、お部屋の方でお待ちになっていて下さい。すでに王妃付きの侍女と騎士達は王妃の間に待っております」そう言って言葉を締めるラークファクト。
シンシアは少なくとも国王派の重臣が怖い人でなかった事にほっとする。
王妃の間へはロイドが案内してくれた。がっしりとしたロイドのエスコートはとても頼りがいがある。まあ背はシンシアより低いが。
「ここが王妃の間です。それでは私は歓迎の宴の警備の準備がありますのでこれで」そう言ってロイドは部屋の前で立ち去った。
「はい、ありがとうございましたロイド様、また後ほど」シンシアは礼をする。
後ろを歩いていたレイがやって来てシンシアに腕を差し出す。まだぎこちないがレイも必死でエスコートしてくれる。そしてベルが扉を開く。すると中には三人の男女が立っていた。
「へぇー、あんたが王妃様かい」シンシアを見るなり真ん中の女性がシンシアに向かってずけずけと歩み寄り始める。シンシアと同じくらいの背丈、年齢も同じ位だろう。髪は赤みがかったショートヘア、この髪型は女騎士が良くする髪型の為この女性が騎士だというのは想像が付いた。茶色の瞳はなかなか大きく開かれて美人というよりは可愛い顔立ちだった。しかし服装の方はアンバランスで青いズボンは騎士団の制服らしいが上着は来ておらず、シャツのボタンを二つ目まで外しており、はちきれんばかりのバストがはみ出していた。部屋には男性もいるというのに何と言う格好だ。
「こら、フラニー挨拶もなしに失礼ですよ」そう言って迫りくる女性を止めたのは向かって左側の女性だ。年は二十後半から三十代前半、黒髪を後ろに束ねて眼は茶色、着ている服はおそらく侍女服だろう、顔は笑っていたがどこか堅物な感じがする。
「だって、興味があるじゃん。私達がこれからお仕えする王妃様なんだし」脹れっ面をする女性。
「興味を持ってはいけないと言っているのではありません。御挨拶が先だと言っているのです。それに礼をわきまえ必要もあります」そう言って侍女服の女性はシンシアに向き直る「私はアイリーン、シンシア姫の第一侍女を仰せつかった者です」
「は、はい、よろしくお願い致します」慌てて頭を下げるシンシア。
「それとあなたがエールメイレンから来た侍女ですね」アイリーンはベルを指さす。
「は、はい…」ベルが返事する。
「よろしい、これからは私が第一侍女、あなたが第二侍女となります。王妃専属は私達二人だけ、後は城の侍女が交代でやって来て王妃殿下の御世話をする事になります、明確に指示をしてあげてください」
「は、はい…」ベルも緊張している様だ。
「あたいはフラニー、王妃親衛隊の隊員だ。よろしくね姫さん」そう言って女性騎士が手を差し出す。
「は、はい、よろしくお願いたします」シンシアもその手をとり握手をかわす。
「怖がる事はありませんよ、口は悪いけど根はいい奴ですから」そう言って出て来たのは向かって右側の男性騎士だ。年は分かりづらいがおそらく二十程度で黒髪が肩まで伸びていてややもっさりとしている。ブラウン色の瞳やや眠たそうに閉じかけている。しかしその眼を含めて顔のパーツはしっかりとしていて男前だ。青い制服をきっちり着こなしていて、全体を見ると髪だけがだらしないのがもったいない。「僕はライト、王妃親衛隊の隊員です」それだけ言うとライトはさがりあくびをしながら面倒くさそうに立っている。
「ねえ、あんた年は幾つ?」ライトが下がると間髪いれずにフラニーが顔を出して尋ねて来る。
「じゅ、十八ですけど…」少し戸惑いながら答えるシンシア。
「へえ、あたいと同じ年じゃん。それで武芸とかは出来るの、得意な武器は何?」
「い、いえ、武芸は苦手なんです。武器とかの事も良く分からなくて…」
「へえ~、じゃあ学問が得意なんだ。やっぱり王妃様だから政略とか詳しいの?」
「と、飛んでもない私は学問もからっきし駄目で、そ、その…」慌てて否定したは良いが言葉が続かない。その時だった。
ガターン
突如としてドアが大きな音をたてて開く。
「おう、遅くなった。王妃様はもうお付きか」大声をあげて一人の大きな騎士が入ってきた。頭は坊主頭というよりはスキンヘッドで顔は色黒、深緑色の制服を着てその服にはあちらこちらに泥が付いていた。
「バルドス隊長、もうお付きですよ。ここに居ます」フラニーが明るい声をあげる。
「おお、そうか」そう言ってバルドスと呼ばれた騎士はシンシアの方へのっし、のっしと向かってくる。
シンシアは身構えてフラニーの腕を強く握る。
バルドスはシンシアの前に膝間づくとその手をとる。大きくて皮の厚い手だ。
「親愛なるシンシア姫、どうか私と…」
「バルドス殿、なんですかその格好は」
バルドスの告白はアイリーンの怒鳴り声によって遮られる。
「おお、アイリーン殿か?今、姫様に愛の告白を…」
「その様な事はどうでもいいのです。殿方の下らない意地の張り合いなど後になさい、それよりなんですかその汚ない格好は」再びバルドスの言葉を遮り怒鳴るアイリーン。
「え…?これか、すまん訓練の最中でな、調子が出ていたんで切り上げるタイミングが掴めなかった。まあ、歓迎の宴には間にあったんだし良いだろう」
「そういう者ではありません。あなたは王妃親衛隊の隊長なのですよ。何を置いても王妃の警護が最優先事項ではありませんか」
「いや、しかし俺もさっき言われたばかりだしな…」
「言われたらすぐに来るのが務めでしょう。現にフラニー殿もライト殿も間に合っています。何より式典警備用の制服はどうしたのですか」
「そんなもの着た事無い」堂々答えるバルドス。
「着た事無くても支給はされているはずです」
「ああ、窮屈そうだし着る事もないだろうと思ってしまっておいたら何処にあるか忘れてしまった。まあ、今日まで無くてもなんとかなったんだ、これからも大丈夫だろう。はっはっは…」そう言って豪快に笑いだすバルドス。
「今日からあなたは王妃親衛隊です。式典警備用の制服を着る機会も増えるはずです。第一今日の歓迎の宴はどうするつもりだったのですか、まさかそれで出るつもりじゃないでしょうね」
「いけないのか?」バルドスは何が悪いんだといった感じだ。
「駄目に決まっているでしょう」アイリーンはいっそう口調を強める。
なんだか二人はベテランの夫婦かだらしない子どもを叱る母親とその子どもの様だ。シンシアはその姿が滑稽で笑いをこらえるのに必死になる。
「そうは言ってもない物はないんだ、仕方ないだろう」バルドスは少し困った様に訴える。
「今日来るエールメイレンの騎士の分の制服がありますそれをあなた用にしますからそれを着なさい」
「しかし、それではエールメイレンから来る騎士が困るだろう」
「大丈夫です、どの様な方が来られるか分からなかったのでサイズは各種取り揃えてあります。レイ殿は真ん中のサイズでたりますのであなたは一番大きな服を着てください」
「い、いや、俺の制服は全て特注サイズで…」
「問答無用です。まずはその汚れた体を洗って何処へ出ても恥ずかしくない様にしなくてはなりません」アイリーンはバルドスを引きずる様にして部屋の奥へ向かっていく。二倍近い体の男の騎士をよくぞ思うほど勢いだ。浴室であろう部屋に入る前にアイリーンはこちらを振り向く。「シンシア様、緊急事態なので浴室を使わせて貰います。それとフラニーさんあなたも何時までもそんな恰好していないで早く正装しなさい」言い終わると返事も待たずに浴室へと姿を消した。
「ぷっははは…」姿が消えるととうとう堪え切れなくなりシンシアは吹き出した。
「面白いでしょう」同じく吹き出していたフラニーがシンシアに声をかける。「あの二人きっとずっとあんな感じよ、これまでだってそうだったんだから」
「ええ、とっても、でもお二人は以前から関わりがありましたの?」尋ねるシンシア良く考えると初めて会った人にこんなに自然に質問が出たのは初めての事かもしれない。
「ええ、と言ってもアイリーン様は騎士団と関わりのあるセクションには居なかったんですけど、バルドス隊長があの様子でしょう。お仕事とは別にたびたびやって来ては世話を焼いていたのよ」
「じゃあ、お二人は恋仲か何か?」
「隊中の者がその様に噂をしていますがお二人は否定しています」答えたのはライトだ「現に何もないようですよ、今の所は」
「そうなのですか?」シンシアが尋ね返す。
「ええ、バルドス隊長は見た目通り鈍いしアイリーン殿も仕事熱心な職業婦人の為、そういう事には鈍感なんです。まあ、これで同じ王妃付きとなった事でもしかしたら距離が縮まるかもしれませんけどね」
「あそこまで来ちゃうと距離の問題じゃないわよ、ライト」とフラニー意見だ「私達でくっつけるように仕向けちゃいましょうか」フラニーはシンシアの方に悪戯っぽい笑顔で振り向く。
「え、そ、それは…」面白そうと言いかけて言葉を止めるシンシア。やはり内気な部分は簡単には直りそうもない。
「そんな事よりフラニー、早く上着とリボンを付けたらどうだ」ライトはフラニーに向き直る。
「だって、あれ窮屈なんだもの」フラニーは口をとがらせる。
「でも、王妃様はフラニーがきちっと正装したら可愛いだろうなって思っているぜ」
「え…!ほ、本当」フラニーはシンシアを見つめる。
見つめられてドキリとするシンシア。たしかに可愛い騎士だとは思っていたが正装したらとかは思っていない、しかし否定するわけにも行かず固まっていた。
「心の声で嘘は付けないぜ、早く正装した所が見たいと思っているぞ」煽るライト。
「分かったすぐに着替えて来る。シンシア様待っていてね」そう言って走り去るフラニー。
「心の声は嘘をつかないけど僕は嘘をつくけどね」フラニーを見送ると小声で言うライト。すると次にシンシアに向き直る「シンシア様失礼いたしました。私は闇魔法の使い手で人の心を読む能力があるのです」
「え、そうなのですか?」シンシアは驚いて自分の胸に手をあてる、そして失礼な事を考えていないかもう一度思い出そうとする。
「シンシア様、誤解をしないで下さい。私はこの魔法はあまり得意ではなく心を読む時は相当集中しなくてはなりません。もちろんさっきも心を読んだりしていませんし、これからも必要な時以外しないつもりです」ライトは両手を振って言いわけする子どもの様に言っている。「まあ、フラニーとバルドス隊長は説明しても理解出来なかったし、それで居て自分の心が読まれているなんて微塵も思わない人なんですけど、それにあの二人は心を読まなくても思った事は全部言っちゃうタイプだし」
「まあ…」そう言ってまたくすくすと笑うシンシア。
「まあ、特にフラニーの方はお世辞にめっぽう弱いのでそこを利用するとコントロールしやすいでしょう。よろしくお願いしまよ、副隊長」そう言ってライトはレイの方をぽんと叩いた。
「え、ぼ、僕が副隊長」驚くレイ。シンシアの側でそれなりの役職に付く事は知っていたが改めて言われるとやはり戸惑う様だ。
「そうですよ、それと式典警備用の制服用意してありますんで着替えてください」
「は、はい」立場は上のはずなのにライトに敬礼をして立ち去るレイ。
「シンシア様も歓迎の宴の準備済ませておいて下さい」
「え、ええ、分かりました」そうは言っても今日は国の重臣達とも会う事を想定して朝からパーティー用のドレスを着ている。後は髪を結い直して貰うくらいだ。それをすませたら少しでも荷物を解いておこう。そう考えるシンシア「ライト殿鏡台はどちらかしら」
「はい、あちらにございます」ライトは鏡台を指さすと肘をシンシアに差し出す。
その肘に掴まって歩き出すシンシア。やっぱりこの国の騎士だ、エスコートには慣れている。でもこのライトはまだ結婚を申し込んで来ていないな。そんな事を考えながら鏡台へ向かう。
鏡台へ付くとすぐにベルも来てシンシアの髪を結い始める。ふと鏡台の上を見るときらきらした飾りのついた大きな箱が置いてあった。何だろうと思い開けてみるシンシア。
「きゃあ」そして驚いて悲鳴をあげる。
「シンシア様、いかがなされました」慌てて駆け寄るライト。
「い、いえ、何故でしょう、こんな所に宝箱が…」そう言ってシンシアが見つめる先には宝石のぎっしり詰まった箱が置いてあった。
「ああ、それは歴代の王妃から受け継がれて来た宝石です」ライトの答えだ。
「こ、こんなに沢山…」驚きが治まらないシンシア。母も宝石箱を持っていたがこれ程の量ではない。妹のセーラも宝石は好きで良く父にねだっていたが、おそらく生涯かけてもこれ程の量は手に入れられないだろう、まあ嫁ぎ先によって変わって来るだろうが。自分にいたっては持っているのは今付けている一揃いだけだ、それで充分用が足りた。それがまさかこれ全部自分が使っていいとは、そう考えて再度ドキリとしてしまう。使えと言われても使いきれないわと叫びそうだった。
「すごい量でしょう」ライトが説明を始める。「そもそもは初代王妃が後の王妃の為に自分の宝石をその箱に入れて残したのが始まりらしいです。その後歴代の王妃が自分の宝石の中から幾つかを後の王妃に残す為にその箱に入れて引き継がれて来たらしいです。まあ、全てを気前よくその箱に入れて退官する王妃も居れば、一つも入れなかった王妃も居るらしいし、中には在任中一つも宝石を買わなかったなんて人もいるらしいです」
自分はその一つも宝石を買わなかった王妃と同じ道をたどるだろう。シンシアはそう考えた。でも退官する時には今付けているこの宝石をこの箱に入れて後の王妃に残して行こう、などと考えるシンシア。しかしまだ王妃の座にすら付いていないのだ。退官の事など遥か先の話だ。そう考えると頭がくらくらとする。
「すごいのはそれだけじゃありませんよ」そう言ってライトは部屋の隅にあるドアに向かって歩き出した。
シンシアとベルは一瞬顔を見合わせておそる、おそる後に付いて行く。シンシアはベルの後ろに隠れる形になる。
ライトが開けたドアの向こうにある部屋を見てシンシアもベルも言葉を失い、呆然とその部屋を見つめる。シンシアは何故こんな所に貸衣装部屋があるのか疑問に思った。
シンシア達が今まで居た部屋より少し狭いその部屋にはドレスが所狭しと並べられていた。棚には靴がずらりと並び、壁には帽子が大量にぶら下げられていた。
「ちなみに貸衣装部屋ではありませんよ。ここは王妃のクローゼットです」ライトが説明する。
「こんなに沢山…」いったいここには王妃が何人居るのだろう。馬鹿な疑問がシンシアの頭の中に浮かぶ。
「これも歴代の王妃様が残して行かれたものなのですか?」ベルが尋ねている。
「まあ、中にはそうやって溜まって来た物もありますが、ほとんどが前王妃があつらえた物と今度エールメイレンから姫様を迎えるにあたり我が国で用意した者です。詳しくは後でアイリーンさんに聞くといいですけど、おそらくこの辺からこっちは安物のドレスです。国中の仕立てやに大量生産のドレスを一通り持ってくるように命令が出ていました」
「た、大量生産って、ドレスで出来る物なのですか?」シンシアは驚いて尋ねる。エールメイレンではドレスはどれも特注品で仕立屋が一つ作るのに何日も下手をすれば何カ月もかける物だ。
「さあ、僕も詳しくは知りませんけど、安くて同じ柄の生地を大量に仕入れて、大、中、小の片紙に合わせて切りそろえてその後、大勢雇った縫い子達が縫って行くらしいですよ。グランドトーテムは魔法の研究が進んでいるのでどんな物でも大量生産は可能です」
「そうなのですか?で、でもこれは流石に多すぎるのでは…」シンシアは失礼にならない様に気を付けながら尋ねる。ライトは自分のお付きの騎士なのだからそんな事気にする必要ないのだが。
「まあ、グランドトーテムの祭典では時に一度でドレスを駄目にしてしまう事もありますんで、多いに越した事はありません。まあ、王妃様も気に入らないデザインのがありましたらアイリーンさんに言って下さい、貴族の令嬢は皆ドレスを欲しがっていますから有効に使って貰えるでしょう」
「は、はい…」答えてシンシアは戸惑う。せっかく用意して貰ったのに処分してくれなどと悪い気がした。しかし中には派手な色のドレスもあり、自分には似合わないに決まっている、それなら似合う人に着て貰う方がいいのではとも思う。それよりライトは気になる事を言っていた、一度の祭典でドレスが駄目になる。大抵ドレスは買えば一生ものだ、親から子に受け継がれる事すらある。しかし、これだけ大量に安いドレスが出回っているとなればライトの言う事もあながち嘘や間違いではないのだろう。いったいグランドトーテムの祭典というのは何が行われるのだろう、考えるだけで不安になるシンシア。その時だった。
「シンシア様、仕度出来ましたよ」嬉しそうな声をあげてフラニーが戻ってきた。横にはレイも居る。
レイはライトと同じく青色の隊服をきちりと着こなしていた、真新しい服を妙にきちんと着て緊張している姿はなんだが初めて社交界に出る少年のようで新鮮だ。一方のフラニーは色は同じ青だが男性用とは少しジャケットの形が違う、それにネクタイではなくスカーフを巻いていた。男性のネクタイが制服と同じ青なのに対してスカーフはピンク色全身青にピンクのワンポイントが良く似合い、フラニーの可愛さをより一層引き立てる。
「まあ、可愛い」思わず声をあげるシンシア。
「やだ、シンシア様、正直者なんだから」照れた様な仕草のフラニー。
「さあ、シンシア様、こちらも仕上がりましたよ」そう言いながらアイリーンも戻って来る。
「ぷ、あははは…」
後ろに控えるバルドスを見て一同吹き出す。レイとライトと同じ青の制服はつんつるてんだ。
「おい、こら笑うな」顔を真っ赤にして怒鳴るバルドス「アイリーン殿、本当にこれで出ないとならないのか式典」
「当然です、特注で作っておいた制服を失くすあなたがいけません」アイリーンぴしゃりと言い放つ。
バルドスは仕方なしに諦めた様な顔を一瞬してからシンシアに向き直る。
「改めまして、シンシア姫、私はバルドス王妃親衛隊の隊長を務める者です」膝をついてバルドスが自己紹介する。
「よろしくお願い致しますバルドス殿」シンシアも挨拶を返す。
「バルドス隊長はフライングアローコンテストで三年連続優勝の猛者なんですよ」フラニーが説明を追加する。
「ふ、ふらいんぐあろーこんてすと?」シンシアはオウム返しだ。
「ええ、狙いの正確さや連射などは一切無視してどれだけ矢を遠くまで飛ばせるかを競うコンテストです」ライトも出て来て説明する。
「そんなコンテストがおありになるんですか?」
「ええ、グランドトーテムでは様々な武芸による様々な武芸大会があります。この時期に開催が少ないですけど秋には毎日のように様々な武芸大会が行われます」ライトが説明する。
「では、ライト殿とフラニー殿も優勝した事とかあるのですか?」尋ねるシンシア。
「いや、僕はあまりそういうの興味がなくて大会の運営委員を引き受けたり本来の任務にあたったりしています」ライトの答えだ。
「そうなのですか?ではフラニー殿は?」
「あ、あたいは…」少し歯切れの悪いフラニー。
「フラニーはどの大会に出ても大抵はルール違反をして失格になってしまいます」ライトが答える。
「ラ、ライト」顔を真っ赤にして怒鳴るフラニー「だって、シンシア様、戦場に出たら強い者勝つ世界でしょう、なのに大会ではルールがどうだとか礼儀に反するとか細かい事にうるさくて、戦場に出たらばあたいがこの鉄球で敵をばったばったとなぎ倒してやるんだから」そう言ってフラニーは鉄球をとりだして振り回そうとする。
「フラニー殿、なんでそんなものを持っているのです」アイリーンが怒鳴る。
「え、だってこれはあたいの命の次に大切な武器だよ」
「それでも置いて行きなさい」
「じゃあ、敵が出た時はどうするのさ」
「歓迎の宴に敵は出ません。万一の時は警備の騎士に任せてシンシア様を安全な場所にお連れするのです。王妃付きになった以上滅多に戦場には出ませんので、あなた達は城の守りがメインになります」
「え、え~」フラニーとバルドスが同時に声をあげる。
「知らなかったのですか」呆れるアイリーン。
「だって、王妃親衛隊になったら戦場に出てガンガン戦えるって」とフラニー。
「誰がそんな事を言ったのですか、第一ウルナハインとの戦争は終わりエールメイレンと同盟が成立した今戦いはありません」
「あははは…」思わず噴き出すシンシア。
フラニーとバルドスはアイリーンとまるで子供の様なやり取りをしている、ライトは部屋の隅で眠たそうにしている。どうやら騎士団のあぶれ者が王妃親衛隊に回された事はシンシアにも分かった。ふと姉と妹の顔がシンシアの脳裏をよぎる。二人ならこれを見てどうするだろうかと考えた。姉のメランダはフラニーやバルドスと気が合いそうだ、あるいは騎士団を編成したいと言って腕のたつ騎士を大量に要求するのだろうか。妹のセーラだったら人選に不服を申し入れるだろうか、それともここはあえて優秀な騎士をありがとうございますと余裕のある態度を見せるのだろうか、どちらにせよ納得はしないだろう。じゃあ自分はそう考えて改めて部屋を見回す。母親が子供を叱りつける様にバルドスとフラニーを叱るアイリーン怒鳴ってはいるが怖くはない、そこには優しさがある。フラニーもバルドスも強そうではあるが気取らず親しみやすい人柄だ。ライトは一見掴み所のない人だが根は気さくで親切な騎士だ。それにずっと自分を世話してくれたベルとその恋人レイ、シンシアはこのメンバーが好きになれそうだった。自分はこの人達とやって行こうそう思った。
その後アイリーンの勧めでドレスを着替えた。エールメイレンから持って来たドレスは高いものなので辞めておいた方がいいとの事だった。何故だか不安になったが結局聞けずじまいだった。それに王妃のティアラ第二位というティアラを付けている。非常に大きくダイヤが沢山ちりばめられている高そうなティアラだ。これは王妃が国民の前に立つ時に付けるティアラらしい、ちなみに王妃のティアラ第一位は王と王妃の結婚式の時に初めて付ける物でより大事な時にしか付けてはいけないらしい、王妃のティアラ第三位というのもあり、これは貴族達のパーティーなどの簡単な席で付けるものらしい。
支度が整った所でクライフィスが迎えに来た。後ろには人形の様なジェラウドも居る。
「さあ、姫参りましょう」優しく手を差し伸べるクライフィス。
「はい」シンシアはその手をとり謁見の間に向かう。
シンシアのすぐ後ろにはアイリーンとベル、そして王付きのジェラウドが控え。周りを王妃親衛隊と国王親衛隊が固める。
謁見の間には宰相のラークファクトと騎士団長のロイド、そして何人かの文官が待っていた。
「シンシア、歓迎の宴の前に国の重臣たちを紹介しようと思う。ラークファクトとロイドにはすでにあっているね。こちらが右大臣のドール」
「ドール・ホルス・サテライトです。主に内政を中心に国王を補佐しております」痩せ細り、顎鬚をはやした老人が進み出て手を差し出す。その眼は威嚇的にシンシアを見つめる。
「エールメイレンの王女、シンシア・マクラレーンです」シンシアも挨拶してドールの手をとり握手をかわす。骨が付き出たガサガサの手だった。
「ふん、何時までエールメイレンの王女のおつもりか、あなたは今日よりグランドトーテムの王妃なのですぞ、自覚はおありか」威圧的に言葉を放つドール。
「あ、いえ、申し訳ありません。グランドトーテムの王妃シンシア・マクラレーンです」慌てて言い直すシンシア。
「シンシア・ヒルトン・マクラレーンです。王家に嫁げば王家の名であるヒルトンを名乗らなければなりません。全く、何も知らぬのかこの王妃は」苛立たしげなドール。
「よさぬかドール、シンシア姫は急遽この国に嫁ぐ事になったのだ。それにはこちらの事情もある。この国の事はこれから勉強して行って貰えば良い。それに今日の宴が終わるまでは正式な王妃ではない、今日はエールメイレンの王女を名乗るのが正しい判断だと私は思うぞ」クライフィスが庇う様に言った。
「ふん」納得行かないといった感じで鼻を鳴らすドール。
「さて、こちらが左大臣のヘルスコビアだ」気を取り直して紹介するクライフィス。
「ヘルスコビア・ランド・ホイル、外交を中心に内政の補佐も行っております」でっぷり肥った男が出て来て手を差し出す。その眼はなんだか嫌らしい感じがした。
「ええっと、シンシア・ヒルトン・マクラレーンです」先ほどのやり取りでどう自分を紹介していいか分からずに口ごもるシンシア。
「王の許しが出たのですよ。今日はエールメイレンの王女シンシア・マクラレーンと名乗れば良いではないですか」ヘルスコビアは厳しく言い放つ。
「は、はい、エールメイレン王女シンシア・マクラレーンです」
「やれやれ、この調子では先が思いやられそうだ。それに何とも貧相な体でいらっしゃられる、それでお世継ぎが産めるのか不安で溜まりませんな」なおも嫌らしい眼つきでシンシアを見下ろすヘルスコビア。
シンシアはじろじろ見られるのがなんだか恥ずかしくなって顔を俯かす。逃げ出したい衝動に駆られてしまう。
「まあまあ、シンシア殿がグランドトーテムの王妃となる事はすでに決まった事です。今更どうこう言っても始まりますまい、シンシア殿には精一杯頑張って頂き足らぬ部分は我々で助けて行けばいいではないですか」そう言って初老の老人が進み出る。何とも優しそうな眼をしている「魔法大臣を務めておりますゴードンです。本来ならもう一人財務大臣が居るのですが今は地方に出ておりましてな、本日は御挨拶に来られないとの事変わってお詫びを申し上げます」
「は、はい…」シンシアは返事をするのがやっとだった。
「ふん、小国の王女などに挨拶するのが嫌だったのではないか、出来れば私も遠慮したいものだ」ヘルスコビアは厳しく言い放つ。
「は、はい…」怖くてそれ以上言えなくなるシンシア。
「ヘルスコビア殿、その様な言い方は…」咎めようとするゴードン。
「ゴードン殿、甘やかさないで頂きたいそもそも王妃とは国王を支え国を支える大事な仕事、この様な華奢な姫に務まる筈がない」高圧的にゴードンを睨むヘルスコビア。
「いや、ヘルスコビア殿ゴードン殿の申される事も一理あると思いますぞ」ドールが割って入って来る「シンシア殿がこの国の王妃になる事は覆しようがない事実、ゆえに出来る、出来ないではないこれからはやって頂かなくてはならない、甘えは許されませんぞ、シンシア殿」威嚇する様な眼を向けるドール。
「は、はひぃ…」もはや恐ろしさで言葉も出ないシンシア。
「ド、ドール殿もその様に厳しく言われなくても…」ゴードンが助け船を出そうとするが
「最初が肝心なのです」言葉を遮るドール、そして厳しい眼をゴードンは向ける「そもそもゴードン殿、次元ホールの解析はどうなっているのです」
「い、いや、魔法省あげて取り組んでは居るのですが、どうもはかどらずに…」
「言い訳は結構」ドールはそう言うとシンシアに向き直る「シンシア殿この様に言い訳ばかりの者は国政には不要なのです。最も言いわけすら出来ないよりは少しはましですがな」
シンシアは何も言えずただ下を俯くばかりだった。
「まあまあ、ドール殿もヘルスコビア殿も今日はめでたい宴の席です。その様な話は辞めましょう」ラークファクトが笑顔で止めに入る。
「最初が肝心だと言ったはずです」ドールがラークファクトを睨む。
「余の命令であってもですか」クライフィスは口調こそ穏やかだが眼はきりっとドールとヘルスコビアを睨む。
「うっ、ま、まあ、そうですな」そう言うとそれ以上シンシアには眼もくれずに退出するドールとヘルスコビア。
「ド、ドール殿、ヘルスコビア殿…」ゴードンは慌てた様子でシンシアとクライフィスに会釈すると二人を追って退出する。
「やれやれ、困ったものだ御二人には、シンシア姫大丈夫ですか」シンシアを気遣うラークファクト。
「は、はい…」我に返り返事をするシンシア。
するとシンシアの体をクライフィスの体がすっと包み込む。
「すまない、姫、三人は先代の王の頃からの重臣で私も時に頭があがらないのだ。これからも苦労をかけるかもしれない、しかし皆根は悪い人達ではないのです。信じてください、何があっても姫は私がお守りいたします」囁くクライフィス。
「は、はい、いつも信じておりますわクライフィス様」そう言ってシンシアはクライフィスを見上げる。
「はいはい、お熱い事で」そう言ってその場をロイドが通り過ぎる。
シンシアもクライフィスもはっとする。そうここは二人きりではなかった、周りにはまだ国の重臣や側近が居る。見回せば他の重臣もロイドに続きそそくさとその場を退出しており、二人の侍女と親衛隊はどうして良いのか分からずに囁き合ったり上を見たりしている。ラークファクトその様子が可笑しかったらしく口を押さえて笑っている。一人ジェラウドだけが表情を変えずにたち続けていた。
「お、おほん、では姫我々も会場へ向かいましょうか」威厳を取り戻そうとせき払いをした後、クライフィスがシンシアの手をとり歩き出す。
「は、はい…」火照る顔を覚まそうと務めながらその手をとり歩き出すシンシア。
さて、歓迎の宴と聞いてシンシアはダンスパーティーの様な物を想像したがどうも違う、広い闘技場の高い席に案内された、どうやら王族の席の様だ。見渡すと客席には多くの観客がつめかけていた。正装している者はほとんどいない、みんな平服どうやら平民の様だ。王族席の側には国の重臣の席があるらしく先ほどのドールやヘルスコビア、それにロイドも座っていた。少し遅れてラークファクトが現れる。
シンシアが現れると国民達は一斉に歓声をあげる。
クライフィスは立ち上がると前に進み出る。その姿を見て歓声はいっそう強まる。クライフィスが両手をあげて制すると嘘のように静まる。
「親愛なる我が民達よ、今宵は私の為に集まってくれた事に礼を言う」クライフィスが挨拶を始める「皆のおかげでウルナハインとの戦は終わり、エールメイレンとの同盟も成立した。そしてその証としてエールメイレンより余の后を迎える事なった。今日はその歓迎の宴である。まずは皆に紹介しよう我が妻シンシア・マクラレーンだ」
会場から拍手喝さいが漏れる。
どうして良いか分からずにその場でもじもじするしかないシンシア。
「姫、大丈夫です。私が一緒におります。堂々と国民達にその姿を見せてあげてください」優しい笑みを浮かべながらクライフィスが言った。
「は、はい…」そう言って立ち上がるとシンシアは国民達に見える様に手摺に向かう。
おー
国民達が歓声をあげる。あまり注目された事のないシンシアは胸がドキドキと高鳴り、その場に立って居られない程の緊張に襲われる。その時シンシアの手を温かい物がそっと包む。驚いて手の方を見るとクライフィスが手を繋いでいた。シンシアはその手をそっと握り返す。そこから勇気が流れ込んでくるような気がした。
「優しく微笑んで手を振り返してあげると良い」クライフィスがそっと呟く。
言われたままに精一杯の笑顔を作り、残った片方の手を振ると国民達の間から大きな歓声が湧きあがる。
「紹介しよう、エールメイレン第二王女シンシア・マクラレーン、いやグランドトーテム王妃シンシア・ヒルトン・マクレーンと言った方が良かろう。皆の者よろしく頼むぞ」
おー
国民達からより一層強い拍手喝采が起こる。
二人が席に戻ると宴の料理と飲み物が運ばれてくる。
「あ、あの、クライフィス様」シンシアはおそるおそる尋ねる「このお料理は国民達にも振舞われるのですか?」
「ああ、ここに居る国民達はチケットを買ってこの宴に出席しているのだよ。グランドトーテムでは大きな式典はこの様な国民参加型にする事が多い、その際参加する国民にはチケットを発売して式典の運営費用、そしてあまりは国政の為の予算にあてている。グランドトーテムの大きな収入源なのだ」
「そうなのですか…」エールメイレンにはないシステムに驚愕するシンシア。
「おや、どうやら猪闘が始まる様だ」クライフィスが呟く」
「なんですか?それは…」
「この様な式典では良く行わるイベントだ、会場に居る者なら誰でも参加できる」そう言うとクライフィスは興味深げに闘技場の中央を見つめる。
シンシアも何が始まるのかと興味心身だ。
ガタン
競技場の端の扉が開かれるとそこから一頭のイノシシが放たれる。イノシシはもの凄いスピードで真っ直ぐ走り、競技場に用意された幾つものついたてを次々に破り突進して行く。
「きゃあ」シンシアは怖くなりクライフィスに軽く抱きつく。
「姫、ご安心をここまではやって来ません」
「で、でも怖いです」
ドシーン
遠くからでも聞こえる程の音をたててイノシシが壁にぶつかり跳ね返る様に反対方向へ走り出す。
「大丈夫、どうやら勇猛な者が挑む様だ」
「え…!」
シンシアは再び闘技場に視線を移す。すると猛スピードで突進するイノシシの前に一人の男が立ちはだかる。遠眼からでも筋肉質なのが分かる大柄な男だ、おそらくバルドス同じくらいはあるだろう。しかしイノシシも負けず劣らずでかい、遠眼からでは分かりづらかったが立ちはだかる男と同じくらいの大きさだ、鼻を低くして立ちはだかる男をターゲットに見定めて猛突進する。
ドカーン
男はイノシシに突き飛ばされて数メートル舞い上がると十メートル位先に転がる。
「きゃあ、怖い」恐ろしさの余りクライフィスに抱きつくシンシア。
「ひ、姫」クライフィスは抱きとめると背中を擦る「ご安心をあの者も死んではおりません、係の者が運び出して魔法の治療を受ければ明日には元気になるでしょう」
「で、でも…」この競技はあまりの恐ろしい。シンシアはおそるおそる顔を闘技場に戻す。
するとまた新たな男が果敢にもイノシシに向かって行く。今度の男はさっきの男より小柄だ、明らかにイノシシの方が大きい、しかし正面からではなく横から飛び付きイノシシの胴体に手をまわして抱きつく。
イノシシは男をものともせずに突進し続ける。
ドシーン
再び壁にぶつかり方向を変える。男は振り落とされそうになるがなんとか留まる。次の瞬間反対方向から別の男達が走って来てイノシシに飛び付く一人は弾き飛ばされたが二人程しがみつく。全部で三人、流石のイノシシもスピードを落とす。スピードが落ちたのをチャンスと更に増援、数えきれないほどの男達がイノシシにしがみついた。その瞬間
ドシーン
再び壁ぶつかり方向を変えるイノシシ、その反動でしがみついていた男達の半数が弾き飛ばされる。中には壁に激しく叩き付けられている者もいる。
シンシアはクライフィスに抱きつく手に力を込める。それでも何故か闘技場からは眼が放せなかった。
勢いを取り戻して壁に突進するイノシシの前に再び大柄な男が立ち塞がる。さっきの男と同じくらいの大きさだ。男は突進してくるイノシシを正面から受け止める。
ずー
男の足元から土煙があがる。しかしイノシシのスピードは明らかに落ちた。
その瞬間、数多くの国民隊がイノシシに群がる。多くは男性だが中には女性もいる。子どもや老人の姿もある。
「どうやらこの猪闘は人間の勝利の様だ」クライフィスが呟く。
「そうなのですか?」
「はい、後であの猪は丸焼にされて出て来ると思います」
「は、はい…」その絵を想像すると少し野蛮で目眩のするシンシア。
「秋には大猪闘会が催されます。街中に何十頭もの猪が放たれて、街中の人間が総出て猪に挑むのです」
「そ、それは、す、すごいですね…」
「やっぱり怖いですか?シンシア姫」シンシアの眼を覗きこむ様に問いかけるクライフィス。
「い、いえ…そ、それは…」口ごもるシンシア。
「我が国は情熱的な国民性、この猪闘は国民達が最も熱狂するスポーツです。特に猪に正面から挑んだ者は勝っても負けても英雄とされるのです」
「は、はい…」
「シンシア姫、怖いものはしかたありません、少しずつ慣れて行けば良いのです。私が側におります」
「は、はい」クライフィスの言う通り猪と素手で戦うイベントなど怖い、でもクライフィスと二人なら頑張れる気がするシンシア。
「おや、トーテム踊りが始まる様だ」続いて呟くクライフィス。
「と、とーてむおどり…ですか…」今度は何が始まるのだとまたも怯えるシンシア。
「今度のはそれほど怖い事はありません」優しく励ますクライフィス。
どんどんどん、どどんがどん、ピーピー、ピーヒャララ…
突如として太鼓の音や笛の音が鳴り間始める。同時に闘技場の真ん中へ観客席の国民達が走り出る。そして国民達は声を張り上げて自ら歌いながら踊り始めた。最初は数人だった国民だが徐々にその数は増えて行きあっという間に闘技場を埋め尽くすほどの人々が輪を作り渦巻く様にして踊っている。大人数での大合唱はそれほど揃っているとは言い難く、叫び声に似た感じの歌だ。歌が勝つか笛や太鼓の根が勝つか勝負する様に鳴り響く。
「クライフィス様、なんですかこれは…?」その様子を呆然と眺めるシンシア。
「トーテム踊りです、グラントーテムに伝わる各種の踊りを組み合わせてみんなで輪になって歌いながら踊るのです。あの踊りの輪の中では身分の差もありません、国中の人々が一つになって踊るのです」言い終わるとクライフィスは警護の親衛隊の方を向き直る「お前達も遠慮する事はないぞ、行って来ると良い。余もシンシア姫に説明を終えたら合流する」
「はい」親衛隊の騎士達が答える。
「おっしゃ、待ってました」バルドスが叫ぶ。
「バルドス殿、まだシンシア様の許可は出ておりません、私達はまだここに残るのです」アイリーンが止める。
「そんな事言ったってフラニーの奴は飛び出しちまってるぜ、俺も体が止まらねえ」バルドスが答える。
「ま、まあ、フラニー殿」アイリーンは顔を真っ赤にする。
「アイリーンさん、よろしいですよ。あなた達も行って来なさい、私の事は心配いりませんから」シンシアが答える。正直心配はあったがクライフィスが居れば大丈夫そう思えた。
「よーし、行くぞー」バルドスはそう言うと手すりを飛び越えて踊りの輪の中へ飛び降りた。
「さて、副隊長、ベルさん我々も行きましょう」ライトがレイとベルに声をかける。
「し、しかし…」レイは戸惑いを隠せない様だ。
「いいじゃない、行きましょうレイ、なんだか楽しそうだし」ベルが答える。
「あ、ああ…」答えるレイ。
「それでは、僕がご案内いたしますよ」そう言ってライトはアイリーン、ベル、レイを連れて踊りの輪の中に向かって行った。次の瞬間四人は姿を消した。
改めて踊りの輪を見下ろすシンシア、平民から貴族まで老いも若きも身分の高い者も低い者も入り混じり踊っている。良く見ると宰相のラークファクトや騎士団長のロイド、それに右大臣のドールと左大臣のヘルスコビアも輪の中に居た。先ほどは高慢で偉そうにしていたドールやヘルスコビアも農民や商人達と分け隔てなく踊っている。しばらくすると曲が変わり歌の歌詞が変わった、同時に踊りも少し変化する。
「なかなか楽しそうでしょう」クライフィスが声をかける。
「はい、とても」シンシアは笑顔で返す。踊っている人はみんなとても楽しそうで最初雑音の様に聞こえた歌も今ではとても陽気に聞こえる。見ているだけでとても心がうきうきする。
「では我らも参りましょう」そう言ってクライフィスは手を差し出す。
「え!い、今からですか」一瞬驚くシンシア。
「ええ、身分の隔てが無いトーテム踊りです、だからこそ王が加わらないと不審がる者もおります。それにあなたは今日の主役です皆あなたの参加を心待ちにしているはずです」
「で、でも私はあのトーテム踊りを習った事などありませんわ」
「ええ、私もです」
「え…!」クライフィスの言葉に驚くシンシア。
「私どころかあの中の誰も踊りを誰かにならった事のある者などおりませんよ。ほらあの子を見てみなさい」そう言ってクライフィスは輪の中に居る一人の子を指さす。
まだ二、三歳の小さな子だ。踊りなど踊れず輪の中をふらふらと歩いている。
「最初はああやって輪の中に居るだけ、その内見よう見まねで覚えて行くのです」
「そうなのですか」
「怖いですか、シンシア姫」
「いいえ」不思議と怖いという気持ちは起きなかった。輪の中に入ってしまえばなんとかなる、そんな気持ちになる。
「では、参りましょう」そう言ってクライフィスはシンシアの体を抱えあげる。
シンシアは突然体が宙に舞い上がり、悲鳴をあげる間もなくクライフィスに抱えられている自分に気付く。落ちたら痛い、本能的にそんな事を思いクライフィスの首に両手を巻きつけてしがみつく。
「では参りますよ」そう言うとクライフィスは駈け出し手すりを蹴って飛び上がる。
「きゃ、きゃあ」舞い上がった怖さに怖くなりクライフィスに抱きつくシンシア。
自分の胸にシンシアの顔が押し付けられると吐息が鎖骨の辺りから感じるクライフィス、そのまま空中で愛おしそうにシンシアの背中を擦る。シンシアを怖がらせるのが癖になりそうな自分が居る。怖がりなシンシアを怖がらせては可哀想だと思う自分と怖がるシンシアを面白いと思う意地悪な自分がクライフィスの中で戦っている。
怖いと思い抱きついたのも束の間、あっという間に地面に着き衝撃がシンシアにも伝わる。クライフィスが軽減してくれいるのだろうそれほどの衝撃でなかった。そうっと顔をあげるシンシア、周りには声を張り上げて歌ったり踊ったりしている国民達が居る。クライフィスはそっとシンシアを降ろす。そして何か言っている様だが歌声に掻き消されて何を言っているのかは分からなかった。促されるままに流れに沿って歩き出すシンシア。見よう見まねで踊りを踊ってみる。
正確に測ったわけではないが一つの踊りは一分ほどの歌に合わせて振りが付いていた。そして同じ歌が何回も繰り返される、後で知ったが歌は一番だけを繰り返し歌うらしい、そして十分ほどで曲が変わる。変わった瞬間はシンシアも戸惑うが、また見よう見まねで踊る内に慣れて来る。多少間違ってもそれを咎める者はいない、振りを真似ようとあたりを見回せば楽しそうに踊る国民達、そして隣にはクライフィスが居る。時にはライト達側近やラークファクト達の姿を見つけられるのも楽しかった。トーテム踊りは一時間以上も続く。最後の曲は大分テンポが早い、必死でついて行こうとするシンシア。それをあざ笑うかの様にテンポはどんどん速くなる。そしてもう駄目かと思った時
カーン、カーン、カーン
教会の大聖堂の鐘の音があたりに鳴り響く。すると音楽が止まり周りの人々は一斉に踊りを辞め、心地よい疲れを感じさせる顔で仲間達と讃えあっている。
「…姫、シンシア姫」クライフィスが駆け寄って来る。どうやら踊りの途中で少しはぐれてしまったらしい。
「クライフィス様、ここです」いつの間にかライトが現れてシンシアを庇う様にしている。
「シンシア姫、大丈夫ですか怖くはございませんでしたか?」クライフィスはシンシアに駆け寄り手を取り気遣う。
「いいえ全然、とても楽しゅうございました」こんなにめいっぱい、そして楽しく踊ったのは初めてだった。時にはめいっぱいに声を張り上げたりもしてとても充実していた。気がつけばドレスは泥だらけだ。なるほどこれなら一度でドレスが駄目になるというのも納得だ。
おーーー
周りの国民達の間で歓声が巻き起こる。シンシアはドキリとしてクライフィスにくっついた。クライフィスもシンシアを保護する様に背中に手を回す。
「どうやら、猪が焼けた様です」近くに居たライトが教えてくれた。
シンシアがあたりを見回すと広場に中央にこんがりと焼けた巨大な肉が運ばれて来る。形を良く見てみると猪の形にも見えなくはない。
「クライフィス様、シンシア様お手を」ライトが素早く二人の手をとる。
次の瞬間シンシアの眼の前の景色が歪む。
おーーー
シンシアがクライフィスに抱きつく間もなく、国民達の歓声が聞こえる。気がつけばシンシア達は焼き上がった猪の隣に立っている。次に眼に止まったのは進みでた一団だった。男性が中心だが数人女性もいる。一人包帯を巻きつけた大柄な男が目立つ。
「焼き上がった猪を始めに食べる事が許されるのは猪に勇敢に挑んだ者達なのです」クライフィスが耳打ちする「シンシア姫、渡して差しあがるといいきっと喜びますよ」
「は、はい…」慌てて返事をするシンシア。
次の瞬間給仕の者が切り取った猪の肉が渡される。シンシアの手の倍近い大きさに豪快に切り取った物を葉で包んである。シンシアは渡されるままに受け取り近づいて来た男に渡す。
(勇猛に猪に挑む姿、感動したしまた。とか言えばいいと思いますよ)
シンシアの頭の中に声が響いた、どうやらライトの物らしい。テレパシーで伝えているのだと分かる。
シンシアは頭に浮かぶ通りに国民に言葉をかけながら肉を渡す。
「光栄です」「美しき姫、あなたに会えた事を我が生涯の誇りに」などと言いがながら肉を受け取る国民。
英雄達に渡し終わると今度はシンシアの分が渡される。大きな肉にどうして良いか分からず呆然とするシンシア。
「かぶりつけば良いのですよ。怖がらずに思いっきり」そう言ってクライフィスが自分の分の肉を豪快にかぶりつく。
シンシアも眼を瞑り思い切って肉にかぶりついた。肉は思ったより柔らかく簡単に噛みきれた。そして口の中にジュウシーな味が広がる、思いっきり踊って疲れた体にはとても美味しかった。
「王妃様」「シンシア様」
食べ終わる頃にはシンシアの周りに国民達が集まり始める。エールメイレンに居た頃はあまり国民達と直接関わる事はなかった、もし関わったとしても皆正装して王女であるシンシアに礼をとり言葉少なげだった。しかし、グランドトーテムの国民達は普段着のまま気さくに陽気に話しかけて来る。中には「王妃様~」といいながら抱きついて来る子どもまで居る。シンシアは言葉少なげに対応する。ふと隣を見上げれば同じく国民達に話しかけられながら笑顔で対応しているクライフィスの姿がある。不思議と怖いとは思わなかった。近くにはライトが見守る様に居た、バルドス、フラニー、アイリーンもいつの間にかやってきている、ベルとレイはどうやら自分達を探すのに苦戦している様だ。まだ戸惑う事も多そうだけどクライフィスと一緒ならば、そしてこの仲間達が側に居てくれればどうにかやっていけそうだとシンシアは思うのだった。