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内気な姫と不器用な王の恋物語

エールメイレンの姫物語

~青金のシンシアと大地の王クライフィス~

上四うえじょう のぼかみ

プロローグ


 人はどんなに過酷な運命に翻弄されようとも一番大切なものだけは決して手放してはいけない。

 グランドトーテム王妃のシンシアを乗せた馬車はガタガタと音を立てながら広い荒野を進んでいた。馬車の中でシンシアは不安と戦いながらじっと前を見ている、元々内気なシンシアの心は恐怖と不安に押しつぶされそうになる。傍らでは祖国エールメイレンより付き従って来た侍女のベルが心配そうに見守る。

 外には騎上した三人の騎士達が馬車を守る様に囲んでいる。そして馬車の御者を務める老人、訳あってグランドトーテムの城を追われたシンシアに取ってこの五人だけが数少ない味方だった。

 シンシアは隣国エールメイレンより嫁いで来た王妃だ、そして今夫クライフィスと祖国エールメイレンが危機に瀕している事をお付きの騎士の予知で知り国の右大臣と左大臣に追われる身となりながらも夫と祖国を救う為に戦地へ向かっている。

「クライフィス様…」ぼそりと呟くシンシア。

「シンシア様、少しお休みになられた方がよろしいのでは…」心配そうに気遣うベル。

「そうね、これから何があるか分からないものね、休める時に休んでおく必要があるわね」シンシアはやや引きつっては居るものの笑みを見せる。

「シンシア様…」その姿を見てベルも少し不安になる。

辛い時こそ笑顔で、それはこの国の宰相よりシンシアが教えて貰った事だ。今、それを実行する辛さがシンシアにもベルにもよく分かる。

「大丈夫よ、ベル。あなたも少し休みなさい」そう言って窓に寄りかかるシンシア。

 もう半日も馬車に揺られている。外で寝ずに馬車や馬を進める御者や騎士に悪いとも思うがこの中で一番体力がないのは自分だ、いざという時にまいってしまっては返って足手まといになるだけだ、今は寝ておかねばそう思い眼を瞑る。

 眼を瞑ると夫クライフィスの顔が浮かんで来た。たしかに自分は政略結婚でこの国へ来た身だ。クライフィスとも会って数日で結婚、突然家族とも引き離されてこのグランドトーテムにやって来た、内気なシンシアにとっては何もかも初めてで苦労の連続であった。しかしクライフィスはシンシアの事を敗戦国の姫と見下すのでもなく、同盟国の王女として特別扱いするのでもなく一人のシンシアとして誠意を持って扱い常に優しく包んでくれた。いつしかシンシアもそんなクライフィスに引かれて行った。今はどうか無事で居て欲しいそれだけがシンシアの願いだった。

「ライト、道は間違いないだろうな」大柄な騎士バルドスが叫ぶ。彼はこの王妃親衛隊の隊長だ。

「はい、間違いありません」先頭の男の騎士ライトが答えた。彼こそが王の危機を予知した闇の魔法の使い手だ。

「本当に大丈夫なんだろうね」後ろから女騎士フラニーが尋ねる。彼女は鉄球を使う勝ち気な女騎士だ。

「フラニー、後ろにも気を付けろ、追手が来ているとも限らない」バルドスが嗜める。

「了解」短く言ってフラニーは馬車後方の警戒に戻る。

 その様子を見守りながらふ~っと一つ溜息を突くバルドス、ここはもう戦場に近い何時敵の軍勢が前から姿を表すか分からないし、後ろからの追撃も心配だ。少しでも早くクライフィス王の率いる味方の軍勢と合流しなくてはならない、元々図太いはずのバルドスの神経ももう限界に達するほどぼろぼろだった。その時

グラグラグラ

 突如として地面が揺れ始める。

「ライト、これはまさか」叫ぶバルドス。

「ええ、次元ホールです。それもかなり近い」返すライトその顔には焦りが見える。

ドサドサドサ

 すぐに眼の前に八体の魔物が出現する。バルドス達の乗る馬の二倍ほどの大きさの蟻に似た姿をした魔物だ。長い胴体からは左右四本ずつ合計八本の足が伸びる。胴体に比べると足は細く見えるがそれでも直径十センチ程度の柱程の太さがある。足の先には鋭い爪が付いており特に一番前に足の爪は鋭い、いざとなればこの足を手の様に使い襲ってくるだろう。胴の半分から向こうは大きく膨らんだお尻で蜂の様に中に針を内蔵している。その針の周りには魔物の体内で作られた毒液が充満しており針から流す事も口から吐く事も出来る。胴の前には大きな顔があり口からはハサミの様な二本の牙、眼は大きいが瞳は仲の小さな区画に一つずつある。左右合わせて二万個近くあるだろう、それにより百八十度見えるらしい。

大きさは小ぶりだが戦闘タイプの魔物だ。それが八体、バルドスは歯峨みするしかない。

御者のリンドは慌てて手綱を引いて馬車を止める。

ガタガタガタ

 突然の揺れに中のシンシアとベルも驚いて眼を覚ます。

「バルドス殿、何事です?」ベルが慌てて外のバルドスに尋ねる。

「次元ホールです。正面に魔物が出現しました」バルドスが怒鳴る様に答える。

「そ、そんな大丈夫なのですか?」心配そうに返すベル。

「心配いらないさ、こんな奴あたいがやっつけてやる」馬車の前に躍り出たフラニーが笑みさえ浮かべて叫んだ。王妃付きになって以来堅苦しい任務が続いていた為、久々の実戦に血が湧きたつ様である。

「シンシア様」心配そうにシンシアに向き直るベル。

「大丈夫よ、ベル。今はバルドス達を信じましょう」シンシアは恐怖を押さえながら励ますように言った。

「フラニー、今優先させるべきは王妃様の安全だ。ここは三人連携で叩くぞ」バルドスが嗜めるように叫んだ。

「ちぇっ、了解」フラニーは少し残念そうではあるが渋々納得する。眼はいまだに魔物を威嚇する様に睨んでいる。

 ライトも剣を引き抜く、普通騎士が使う剣よりやや短めの剣を左右に一本ずつ。どうやら彼は二刀流の使い手の様だ。

「充分な距離を取って戦え」叫ぶなりバルドスは馬の脇腹を軽く蹴り馬を走らせる。ライト、フラニーもそれに次いで走り出す。

 馬車より百メートル位の距離を取った所でバルドスは弓を構え弦を限界まで引き絞る。

 ライトとフラニーはバルドスを追い越すと戦闘態勢に入る。

 二体の魔物が先攻して飛び出してライトとフラニーめがけて襲いかかる。

 フラニーが鎖付きの鉄球を魔物に向かい放りなげる。

ずぼっ

 鈍い音をたてて魔物の体に食い込む鉄球、そこからどす黒い煙が噴き出る。魔物を構成する要素瘴気だ。

 そこへライトが二本の剣を×の字に切りつける。短い分攻撃力が弱くとどめを刺すには至らなかったが魔物の体に食い込み充分なダメージを与えた様だ。そこへ勢いよくバルドスの放った矢が飛んで来て二本の剣の交差する部分にあたる。剣は一気に食い込み魔物は絶命する。

「がー」すかさずライトの襲いかかるもう一体の魔物。

 しかし、そこへフラニーの投げた鎖付きの鉄球が飛んで来て魔物の体に巻きついて動きを止める。

「でやー」ライトは左右の剣を交互に振り下ろし魔物にダメージを与えた。

 そこへバルドスの放った矢が飛んで来てとどめを刺す。

「やった!」馬上でガッツポーズを取るライト。その瞬間だった。

「ひひ~ん」ライトの乗っていた馬が叫び声をあげて倒れる。どうやら魔物の飛ばして来た毒液にあった様だ。

「う、うおっ」ライトは一瞬バランスを崩しながらもどうにか地面に着地する。

「ライト、油断するな」バルドスが叫ぶ。

 ライトは我に返り正面を見ると残りの魔物が一斉に突進してくる。

ガキン、ガキン

 ライトも迎撃態勢を取り、先頭の魔物と剣と爪を合わせて組み合う。

 バルドスは慌てて矢を放った。矢は魔物にあたりその魔物は動きを止める。

 しかし残りの魔物はライトの側を走り抜けてシンシアの乗る馬車めがけて猛突進する。

 フラニーが慌てて鉄球を投げて一体の魔物に巻き付けて動きを止める。

 バルドスも剣を引き抜いて魔物に切りかかる。しかしそれでも止められた魔物は四体、残りの二体はシンシアの乗る馬車に向かって猛突進している。

 最初に交戦を始めたライトはすでに魔物の首を切り落として勝負を付けていた。バルドスはそれを確認して叫ぶ

「ライト、シンシア様のフォローを何としてでもあの方をクライフィス様の元へ届けるのだ」

「了解です」ライトは叫ぶと短い呪文の詠唱と共にその姿を煙の様に消す。


「王妃様、ここは危険です。近くの森へ避難を」馬車の中で震えるシンシアとベルに声をかける御者のリンド。

「は、はい…」やっとの事で返事をして馬車を降りて近くの森へ向かおうとするシンシア。次の瞬間だった。

ガシャーン

 降りた直後の馬車が魔物に襲われて大きく転倒する。

「きゃあ」悲鳴をあげてその場に倒れ込むシンシア。ベルとリンドも同じような感じだ。

「ぎゃおー」唸り声をあげて魔物はシンシアに襲い掛かる。

 シンシアの眼に予知の様に自分の死ぬ姿が浮かぶ。そう自分は死むのか?クライフィスと愛する人と再会する事もなしに…そう考えてしまいシンシアの心に絶望が広がる。次の瞬間シンシアと魔物の間に黒い影が浮かぶ。

ガキーン

 ライトは片方の剣で魔物の鋭い爪を受け止めてもう片方の剣を魔物の体に突き立てる。剣は魔物の体を深くえぐりそこからどす黒い瘴気が噴き出す。

 すぐにライトは剣を引き抜く、ダメージを受けて魔物はしばらく動けそうにない。すぐに体を少し返してもう一体の魔物に向き直る。

「ぐおー」魔物は唸り声をあげながら両方の鋭い爪でライトに襲い掛かる。

ガキーン、ガキーン

 ライトは二本の剣で二つの爪を受け止めて同時に両足で地面を蹴りあげて体を浮かせる。次の瞬間両足を同時に前に出して魔物を蹴り飛ばす。

 魔物は二メートル程後ろに吹き飛んだ。

 着地後態勢を建て直したライトは素早く魔物の首を切り落とす。

「ぐぎゃー」先に倒した生き残りの魔物が叫び声をあげて口から毒液を吐く。毒液は真っ直ぐシンシアに向かって飛んで行く。

「シンシア様」叫びながらライトは剣を素早く鞘に納めて、弾かれた様に飛び出す。ライトの体は弧を描きシンシアに向かって飛んで行く。 

眼の前で繰り広げられる凄まじい攻防について行く事さえ出来ずに呆然とするシンシア、今自分に向かって毒液が飛んで来る。あたれば死ぬのか、思考は出来ても体は動かない、その瞬間シンシアの体が誰からに抱えられてふわりと浮きあがる。

「ライト」叫ぶシンシア。

「しっかり掴まっていてください、シンシア様このままクライフィス様の元へと飛びます」

「しかし、ベルやバルドス達が…」

「ご安心ください、隊長もフラニーも優秀な騎士ですあの程度の魔物に負けたりはしません、もちろんベルもリンドもあの程度では死にません。何より王宮を出る時我々はこの命に代えてもシンシア様をクライフィス様の元へお連れすると誓って出発しました。彼らの為にもシンシア様はクライフィス様の元へたどり着き、グランドトーテムとエールメイレン二つの国を救わねばなりません」

 黙って唇をぎゅっと噛むシンシア。全てライトの言う通りだ。決意と覚悟を新たに今はライトに身を任せるしかない、そう思いライトの胸に顔を埋める。


ドスーン、ズルズル

 魔物の力にフラニーの馬は負けて引きずられる様に走る。それでも馬上で魔物との力くべをするフラニーはとうとう落馬して魔物に引きずられる。

「負けてたまるか~」叫び声をあげながらフラニーは態勢を建て直して立ち上がり、両足で踏ん張る。そのまま魔物に巻き付いた鎖を強く引き反動を利用して魔物を投げるようにして、反対の地面にたたきつける。

「がおー」痛みで身悶えする魔物。

 すかさずフラニーは別の鎖付きの鉄球を取り出して鞭のようにしならせて魔物を連打。魔物は叫び声をあげて絶命する。

 バルドスも魔物の胴体を一刀両断にした所だった。この男は接近戦が得意ではなく大分苦戦した様だ。魔物を倒した事でふ~っと一息つく。その瞬間

「ぎゃおー」今度は後ろから別の魔物が襲いかかる。体にはバルドスの放った矢が刺さっている。しばらくはそのダメージで動けなった様だが、今ダメージから回復して襲って来たのだ。

「し、しまった」叫ぶバルドス、油断していた為に迎撃が間に合わない。一瞬死を覚悟するバルドス。

ずぼ、ずぼ

 突如鉄球が飛んで来て魔物にあたり魔物の動きが止まる。

「今です、隊長」鉄球を投げたフラニーが叫んでいる。

「おう」バルドスは持っていた剣を振り上げて持ち前に怪力で魔物を一刀両断する。そして今度は油断せずにあたりを確認する。すると一体の魔物がベルとリンドに迫っている。魔物は負傷しているようで動きは鈍いが戦闘員ではないベルとリンドでは逃げ切れそうにない「フラニー、ベル殿とリンドを助けるのだ」バルドスは叫ぶと得意の弓を取り出して一気に引き絞る。

 ベルはリンドに手を引かれて必死で走っていた。しかし魔物は必死の形相で追いかけて来る。そしてベルの足はもつれてその場にばたりと倒れてしまう。

ぐさっ

 その瞬間魔物に矢が刺さり一瞬動きが止まる。後方の魔物を片付けたバルドスが放った矢だ。しかし、それだけで魔物は死なずなおもベルを狙い迫る。

「べ、ベル殿」リンドも駆け寄り助けようとする。しかしかなりの年の為に体が思う様に動かない。

 ベルも起き上がろうとするが、転んだ時に足を捻った用で思う様に起き上がれない。バルドスもフラニーも魔物との戦いで馬を失った様だ、必死に走っているがどうやら間に合いそうもない。ベルの胸に絶望が去来する。

ぐさ、ぐさ、ぐさ

 その瞬間空から無数の矢が飛来して魔物に突き刺さる。魔物は断末魔の叫びをあげてそのまま息絶える。

 助かった事にほっとして胸を撫で下ろすベル。しかし矢は一体何処から飛んで来たのか疑問に思いあたりを見回す。そして青ざめる、眼の前にある崖の上に敵国の旗がひしめいていた。


 シンシアはライトに抱えられたまま爽快に風を切り飛んで行く。

「ライト、あなたこんなに飛ぶのが上手かったの?」疑問に思うシンシア、知る限りライトはこれ程までに上手く飛ぶ事は出来ないはずだ。

「いいえ、私は闇の魔法の使い手ではありますがそれほど上級ではないはずです。特に浮遊術は苦手で飛べたのは今回が初めてです。昨日の予知といいどうやら私の力は急速に高まっているみたいです」

「そうなの…」何故だろう胸に一抹の不安が去来する。

「詮索は後です。とにかく今は勢い任せでクライフィス様の元へ向かいます」

「そうね」シンシアが答えた瞬間だった。

ひゅん、ひゅん、ひゅん

 突如シンシアの頬を無数の矢が霞める。

「あれを見ろ、グランドトーテムの青の王妃だ」下から叫び声がする。

 シンシアとライトが下を見下ろすとそこにはグランドトーテム長年の宿敵ウルナハインの旗がひしめき、大勢の騎士達が矢を構えている。

「し、しまった」歯峨みするライト。遮るもののない上空はかっこうの標的だ。どうすればいいかを考える間もなく無数の矢が飛んで来る。ライトはどうにか避けようとするが、飛びなれない為に上手く避け切れない。

「ライト、真っ直ぐに飛んで、クライフィス様の居るグランドトーテム陣は近いのでしょう、そこへ飛び込める事にかけましょう」シンシアが力強く言う。

「は、はい」ライトも不安を掻き消しながら必死に前を見定める。

 信じなくてはならない自分の運命をそして未来を自分に言い聞かせながらシンシアは気持ちを奮い立たせる。

びゅん、びゅん、びゅん

 シンシア達をあざ笑うかの様に次々に矢が飛んで来る。ライトはそれを必死にかわしながら飛ぶ。

ぐさっ

 ついに一本の矢がライトの足に命中する。その痛みで集中が乱れて動きが止まる。チャンスとばかりウルナハインの矢の名手が一斉に矢を放つ。

「ま、間に合わない」回避は無理とライトの胸に絶望と諦めが襲う。その瞬間だった。

ゴー

ずぼ、ずぼ、ずぼ

突如として地面から砂の壁が巻きあがりシンシアとライトを守る。矢は柔らかい砂の壁に鈍い音をたてて突き刺さる。

「ク、クライフィス様」思わず叫ぶシンシア。それはシンシアが思い続ける人、グランドトーテムの王にしてシンシアの夫、大地の王クライフィスの得意とする土の魔法による防壁だった。

「王妃様をお守りするのだ」聞き覚えのある叫び声、騎士団長のロイドのものだ。

 見下ろせばロイドは数人の騎士を連れて敵陣に突撃を図っている所だった。後ろから多くの騎士や兵士が弓や魔法で援護をしている。

「ええい、半数は迎撃に回れ、残りは引き続き王妃を狙うのだ。絶対に逃がしてはならない」敵指揮官の叫び声がする。

「ライト、飛んでクライフィス様の陣はすぐそこです」

「し、しかし…」

「信じるのです。自らの運命を」

「はい」ライトも勇気を振り絞り、正面にある自国の旗のひしめく自陣へ向かって飛び出す。

「逃がすな」叫び声と共に無数の矢が飛んで来る。

 しかしシンシアとライトを守る様に砂の壁が現れる。

 軍勢の先頭には王家に伝わる鎧を見に纏ったクライフィスが両手を掲げている。必死に魔法を使いシンシア達を守っているのだ。

 シンシアの胸からは不安は完全に消えていた。危なくなれば必ずクライフィスの作った壁が現れて守ってくれる。何より今眼の前にクライフィスが居る。離れてからずっと会いたかった人、世界で一番大切な何を犠牲にしても守りたい人がそこに居る。

 クライフィスの側に来るとシンシアはライトの腕から飛び降りてクライフィスの胸にダイブする。

 ライトは勢いあまりそのまま陣地の天幕に大きな音をたてて突っ込む。

「クライフィス様」シンシアはクライフィスの胸に飛び込んでそのまま両手をクライフィスの体に回して抱きしめる。

「シンシア」クライフィスも愛しきシンシアを抱きしめた。

 ああ、世界で一番大切な人クライフィス、その胸に抱かれているのは何と幸せな事だろう。自分は二度とここを離れていけないシンシアはそう思うのだった。


第一章:内気な姫と不器用な王の恋物語


 ノーザングルドは異世界に存在する巨大な大陸だ。現在この世界には大陸はこのノーザングルド一つしか存在せず、楕円形の形をした左右に長い大陸だ、大陸には大小幾つもの国が点在しており古から伝わる魔法も存在する。魔法は国によって研究が進んでいる国もあれば、廃れつつある国もある。また大陸各所に存在する、山脈や荒野、砂漠には魔物や魔獣と呼ばれる恐ろしい獣達も生息している。

 物語はこの大陸の南西部に位置する小国エールメイレンから始まる。エールメイレンの北側には高い山脈が立ち並び、東側には大国グランドトーテム、西から南にかけては大国ウルナハインの国土が広がっている。ちなみにグランドトーテムとウルナハインはエールメイレンの南東の国境の南側で数十キロに渡り隣接している。グランドトーテムとウルナハインは古くから仲が悪くこの国境沿いでは小規模な争いが絶えない。当然二つの大国は幾度となく戦争状態に陥った事がある。そうなれば両国に挟まれた国エールメイレンはただでは済まない。歴史上幾度となく滅亡の危機に瀕して来ている。その度に時の国王は優れた外交手腕と自国のわずかな武力を駆使してどうにか生き残って来たのだ。ちなみにエールメイレンには外交上の切り札があった。北の山岳地帯に面して広がる国土の三分の一程を占める塩湖だ、この塩湖には大陸で消費される塩の百年分とも言える塩が埋蔵されている。ちなみに三国とも巨大な大陸の内部に存在する。グランドトーテムの東側には巨大な砂漠が存在し、ウルナハインの南側は幾つも小国が存在し戦国さながらあちらとこちらが争ったり、同盟を結んだりしている乱戦地帯、両国ともに海から塩を手に入れるのには数百年に渡り苦労をしてきた。当然エールメイレンより塩を輸入したいというわけだ。それを利用して時にグランドトーテムと同盟を結び、時にウルナハインと同盟を結び、少ない武力でもう片方の国と戦ったりしながらエールメイレンは生き残ってきたというわけだ。しかしそれには広い大局眼と知略、武略の両方に長けた頭脳が必要になる、有能が王の時は良いが全ての王が有能と言う訳ではない、中には馬鹿殿と行かないまでも凡庸な王も居る。むしろ歴史上一人も現れない方が不思議なのだ。

当代の王、オーガスト・マクラレーンも歴代の王の中では非凡な王だった。グランドトーテムとウルナハインが戦争状態に陥るとオーガスト王はウルナハインと同盟を結び全面的に支援した。しかし塩の有無だけで戦の勝敗が決するわけではない。グランドトーテムは開戦当初より相手の上を行く奇襲作戦でウクナハインを翻弄、ウクナハイン軍は撤退を余儀なくされた。今回の戦に全面的に協力していたエールメイレン軍も自国に逃げ込み籠城戦に持ち込んだ。当然態勢を建て直したウクナハインの援軍を待つ形になる。しかし、ウクナハインは偶然にも南側より塩の道を確保してしまっていた。これにより無理にエールメイレンを助ける必要が無くなり、同盟国を見捨てる形となった。エールメイレンは大国グランドトーテムの総攻撃にあい何度目かの滅亡の危機を迎える事になる。

しかし、王は非凡でも家臣たちの中には有能な者も居る。文官たちの命がけの外交によりグランドトーテムとの同盟を条件に国の存続が許される事になった。

さて同盟と言っても事実上敗戦国と勝利国の間に結ばれる同盟、圧倒的にグランドトーテム側に有利なものになるかに思われた。しかし、その条件は以外に緩かった。


一、エールメイレンは塩、その他の資源をグランドトーテムに優先的に輸出する事

二、両国はいずれかの国が軍事的な侵略を受けた時には自国の軍事力を持って相手国を助ける。

三、エールメイレンは同盟の証として自国の姫を王の妃として差し出す。


 一項は敗戦国として当然の条件だ。二項はグランドトーテム側に利があるには違いないが、文面上は対等な同盟。そして三項は一見エールメイレンに一方的に人質を差し出せと言っている様にも見えるが仮にも大国の王の正妻つまり王妃になるのだ、悪い条件ではない、もし嫁いだ姫が男の子を産み、その子が国を継げば背後からグランドトーテムを支配する事も出来る。国の国力の違いを考えると勝利条件として付けてもおかしくない条件が勝利国からもたらされた事になる。

 さて、エールメイレンの中心に位置する居城チャールハム城には王の三人の娘達が暮らしていた。一番上の娘はメランダ姫、幼い事より武芸に秀でており剣術、槍術、弓、あらゆる武芸において同世代の子は元より正騎士にすら引け劣らない腕前だった。十二歳の時に貴族の同世代の少女を集めて少女だけの武術教室を作り城の優秀な正騎士を講師に招き武術の稽古に励む、その時の仲間達を中心に十八歳の時にエールメイレン初の女性だけの部隊薔薇の騎士団を創設、二十歳となった現在でも隊長を務めている。メランダの容姿は一言で言うと凛々しい、姉妹共通の青みがかった髪は長く胸のあたりでカールしており、サファイアブルーの瞳を始めとする顔のパーツはどれも大き過ぎず小さすぎず顔の各所にきりっと並んでいる。国の上級騎士だけに着る事の許された、真っ白な制服を着て歩く様は美貌の騎士そのものだった。

 末の姫セーラは美しく賢い姫だった。エールメイレンでは原則中等教育は十二歳から高等教育は十五歳からだ、しかし九歳の時点で家庭教師による初等教育を修了したセーラは十歳にして中等教育を受ける為に町の学校に入学、その後も王族としての特別待遇は一切なしの環境で主席を取り続けた。そして十五歳にして卒業、通常卒業は十八歳なので異例の速さでの卒業となった。現在十六歳となりその美貌にはより一層の磨きがかかり、青みがかった髪は大きくカールして全体に広がり、サファイアブルーの瞳はとても大きく輝いていた。鼻は大きすぎず小さすぎずそれでいてしっかりと筋が通っている。口は上品に小さい。

 そして真ん中のシンシアは…はて居たのだろうか?国民達の間でこの姫の話が出る時は大抵そういう内容だ、国民の中には自国の姫は二人メランダとセーラだけと本気で思っている者まで居る。王宮に出入りする貴族や家来の中でさえも三人の姫と面会した後、あれ真ん中のシンシア姫様は居たのだろうかと後で疑問に思う者も居る。時には両親や姉妹ですらその存在を忘れてしまう程だ。それはシンシアが能力面で劣っていたからではない、むしろ飛びぬけて劣っていれば印象に残る。学力は中の下、運動能力は下の上くらい、つまり平均よりかなり低いが飛びぬけて劣るという訳ではない。その容姿は青みがかった髪は肩の下まで伸びるストレート、瞳は姉妹と同じサファイアブルーのはずなのだが開いているか閉じているのか分からない様な瞳の為にはっきりとは確認できない、鼻と口まあまあ整っている。美人と言えば美人だがそれほどでもないと言えばそれほどでもない。そしてシンシアは酷く内気だった、幼い頃など王族として貴族達や国民の前に出る時はいつも父か母もしくは姉、時には妹後ろに隠れていた。十八歳となった今でもそれは本質的に変わらず隠れこそしないものの両親や姉妹より一歩後ろに下がる。普段関わりのない家来に問いかけられた時もほとんどいいえを言う事が出来ずに「はい」とか「ええ」などと返す、酷い時には声も出さずに頷くだけなどと言う時もある程だ。シンシアがそんな仕草をすると両親や姉、最近では妹までもが「王族がその様な態度ではいけない」と注意するのだ。そんな時シンシアは「ごめんなさい」と言って深く頭を下げる。ちなみに家来から注意された時も同じ反応だ、おそらくは身分の低い国民にも同じ態度を取るだろう。

 この三人の中から大国グランドトーテムの時期王妃が選ばれる。そしてこの日チャールハム城の広間で王妃を選ぶ為の舞踏会が開かれるのだ。

 広間の控室にはシンシアとセーラが控えていた。セーラは鏡の前に座り側には王女付きの侍女のほとんどが集まり髪を結ったり、化粧を施したりしていた。この日セーラは濃いピンク色のドレスでフリルや飾りがあちらこちらに付いていた。一方のシンシアはすでに支度を終えて、休憩用の椅子に腰を降ろしていた。衣装は淡い水色のワンピースと言っても差し支えない程控えめなドレスで、長い青みがかった髪は相変わらず真っ直ぐに伸びていた。遠目から見ると何処まで髪で何処からがドレスか分からない、ちなみに姉妹はこうなる事大変嫌う、そして最近では三人揃って国政の場に出る時ドレスの色がかぶる事も嫌がった。その為最近では青系の色はいつもシンシアが着る様になっている。シンシアの側にも侍女が一人付いていた、幼い頃より付いていたベルだ。

「シンシア様、まだお時間もありますし、そうでしょう髪を結いあげては…」心配そうに呟くベル。

「いいわ、私はこのままで」遠慮がちに答えるシンシア。

「しかし、シンシア様も婚約者候補のお一人、それではあまりに…」地味すぎるとは続けられずにそこで言葉をつむぐ。

「ありがとう、ベル。でも私はこれでいいわ。クライフィス様もお選びなるならおそらくセーラかお姉さまだと思うから、私はお顔をお見せするだけこれで充分よ。それに侍女達も忙しそうだし…」ちらっとセーラの方を見ると、侍女達は結った髪をほどき始めている。どうやらセーラが髪は纏めない事に決めたらしい、これからカールをかける為に侍女達は慌てて準備をしている。

「いえ、大変と言っても一度に作業できる人数は限られています。私までセーラ様の方に駆り出される事は…」なんとか食い下がろうとするベル。

「ありがとう、でもまだお姉さまが来ていないわ、これからだと準備が大変になると思う、ベル私の事はいいからそっちを手伝ってあげて」

がちゃり

 その時、部屋の扉が開いてメランダが現れる。真っ白な騎士団の制服を身に纏い、きりっとした表情だ。

「お、お姉さま、何処にいらしていたんですか、もう時期舞踏会が始まる時間ですわ」セーラが咎めるように言った。

「すまぬ、万一私が選ばれる様な事があれば明後日にはグランドトーテムに向けて出発しなくてはいけないのでな、薔薇の騎士団の事を引き継いでおかねばならなかった」堂々答えるメランダ。「うむ、セーラはピンクか、では私はオレンジにしよう」そう言うとメランダは侍女に命じてドレスの用意をさせた。

「ベル、あなたも行ってあげて」シンシアは侍女に頼む。

「は、はい…」ベルは渋々納得すると小さくお辞儀をして忙しく動く侍女達の中に入って行った。

 メランダの選んだドレスはスカートの丈が膝のあたりまでのドレスで上半身は肩や胸の谷間の露出するタイプの物だった。侍女達の三分の二がメランダにかかりあっと言う間に支度が整う。時期を同じくしてセーラの髪も整いこれで三人とも準備完了だ。

「さて、クライフィスどのとはどの様なお方であろうか?軟弱な男でなければいいのだが」メランダは自分の夫となるのは強い男でなくてはならない、それ以外は認めないと言った口調だ。

「お姉さま、私達は敗戦国の姫です、選ぶ権利はございませんわ。それにむしろ私は怖い人でなければいいと思います」選ばれないにしても今日は顔だけでも見せなければならない、もしかしたら礼儀としてダンスの一曲も誘われるかもしれない、しかも相手はこの間まで自国と戦争をしていた国の王だ。考えるだけでシンシアの足はガタガタと震えた。

「大丈夫ですわ、お二人ともクライフィス王は大地王と呼ばれるお方、その由来は地に足をしっかりとつけた勇猛な戦いぶりと雪を溶かし全てを包み込む大地の様な温かな政策から来ているらしいですわ、それはお強くてお優しい方だと伺っております」セーラが説明をする。

「そうか、そんなに強いのかでは一度手合わせを願いたいものだ」メランダは右の拳をぎゅっと握る。帯剣をしていないのが恨めしいと言った感じだ。

「お姉さま、クライフィス王はお忙しいのです。明日には王妃を決めて明後日にはお国のお城に向かって出発なさるのです。その間に条約の事などやらなくてはならない事は山積みですのよ、とても剣術の稽古などしている余裕はありませんわ」咎めるセーラ。

「分かっている、しかし今回無理でも妹婿となればいずれは叶うであろう」そう言ってメランダは妹を上から下まで一葉に眺める。女でも惚れてしまうほど美しい姿だ。

 そうグランドトーテムの王、クライフィスの婚約者の第一候補はセーラだ。姉妹の中で一番の美しさ、そしてその聡明さから間違いないと噂されていた。そしてもしかしたら武勇に長けたクライフィスが同じく武勇に長けたメランダを選ぶ可能性もあると予想する者もわずかに居た。この時点でシンシアが選ばれると考えている者は誰一人居なかった。少なくとも表向きには…。


 さて舞踏会の開場を挟んだ反対側の控室にはグランドトーテムの王クライフィスが控えていた。年齢は二十一、母はクライフィスを産んですぐにこの世を去り、半年前のウルナハインとの戦で前王であった父も失くし、若くして王の座に即位する事となった。その容姿はふわりと跳ね上がった髪は輝くまでの金髪で眼はエメラルドグリーン、眼鼻立ちは彫刻の様に整っていて背はすらりと高い、そのスマートながらにしっかりとした体格に真っ白なタキシードが良く似合っていた。しかし表情が曇っている事でその美青年さがやや下がっていた。

「なあ、ジェラウド、私の決断はこれで正しかったのだろうか?」部屋の隅にいる執事の男に問いかけるクライフィス。

「何を言っているんだクライフィス、我が国の状況を考えると今早急にエールメイレンと同盟を結ぶ必要があるそれは明らかじゃないか、国民を守る為の決断だ、間違っているはずがない」

励ますように言う執事この男の名をジェラウド、王とは幼馴染みの関係にある副執事長細身だが背の高い青年だ。

「そうだな、しかしその為に罪もないプリンセス達を無理矢理妻として国に連れ帰り巻き込もうとしている。彼女達の事を思うといたたまれない気持ちなる。もしかしたら不幸にしてしまうのではないかと…」

「不幸になると決まったわけではない、お前が幸せにしてやれば良いだけの話だろう」

「しかし、私一人で背負い切れるか不安でたまらなくなる。国の命運と一人の女性の全てなど…」

「いい加減にしろ、クライフィス」ジェラウドは殴りかからんばかりにクライフィスに迫る「お前は一人じゃない、少なくとも僕は何時でも側に居る。ラークファクトだってロイドだって必ずお前の力になってくれる、一度でも僕達が君を裏切った事があるか」

「ああ、そうだったな、すまない一人で背負い込もうとしてしまうのは私の悪い癖だ。ジェラウドお前達が居てくれる事頼もしく思わない日は無い、これからも支えてくれ」わずかに笑みをこぼすクライフィス。

「分かればいいんだ」そう言ってジェラウドも笑む。

コンコン

「クライフィス殿下、舞踏会の支度が整いました。どうぞこちらへ」丁度その時にドアの外から声が聞こえて来た。おそらくはこの城の使用人だろう。

「分かったすぐに行く」そう答えるとクライフィスはドアに向かって歩き出した。

 ドアを開けて控室から出て来たのは満面の笑みを纏ったクライフィス、その姿は大陸一の美青年と呼ばれるにふさわしい姿だった。そしてその後ろから執事のジェラウド感情が存在しない人形のように無表情にクライフィスの後ろに続く。

 エールメイレンの侍女に案内されて舞踏会の会場へと向かうクライフィス、会場に入ると集まった人々から盛大な拍手で迎えられた。促されるままにエールメイレンのオーガスト王とナンシー王妃の待つ会場の中心に向かう。

「ようこそ、クライフィス王今宵は舞踏会を存分に楽しんで行って下さい」オーガスト王は満面の笑みを浮かべながらクライフィスを向かい入れる。

 クライフィスはオーガスト王、ナンシー王妃の反対側に用意された椅子に座り笑みを崩さぬままに答える。

「オーガスト王、今宵は我らの為に盛大な舞踏会を開いて頂いた事を感謝したします」

「いえいえ、これから親族となるクライフィス王の為、この程度何という事はございません、娘達も大陸一の美青年と称されるクライフィス王と会う事を楽しみにしております。三人とも年齢的には王と丁度釣り合う年頃、そしていずれ劣らぬ美人です」

「そうか、余もプリンセス達と会える今宵を心待ちにしておりました。また余は父をすでに失くし経験もなく王となった身、オーガスト王が父上となった暁には国政についてもご指導を賜れるものと嬉しく思っております」

「ははは…御謙遜をこの様な小国の王などすでに大国の王を立派にこなすクライフィス王の足元にも及びません。まあ年を取った者が持つ相応の経験はありますので多少なりともお役にたてる事はあるかとも存じますが」まんざらでもない表情のオーガスト王。

 その姿を見て心の中で苦笑するクライフィス、自国の領土と国民を守る為にプライドを捨てて侵略国の王に媚びへつらう訳でもない、敗戦国であっても全てに従うつもりはないとアピールする為にあえて強気な姿勢を取るわけでもない、その態度はまるで自国が敗戦国である事を忘れているかのように呑気に笑い、親馬鹿の父親が娘を自慢しているかの様だった。

「ナンシー王妃殿下におかれましてもご機嫌麗しく恐悦至極にございます」ついで王妃に挨拶するクライフィス。

「クライフィス殿下、至らぬ娘達でございますがどうぞご自愛下さいまし」丁寧に答えるナンシー王妃、しかしその眼は笑っていない、万一娘達を存外に扱う事があれば容赦をしないという意思が込められている。

「無論にございます。王妃となられた暁には生涯命をかけて愛する事を誓います」この王妃は侮れない。クライフィスは直感する。

「さて、お集まりの紳士、淑女の皆さん。今宵は我がエールメイレンと隣国グランドトーテムの同盟成立を記念し両国の繁栄を願った舞踏会です」オーガスト王が集まった来賓に向かって挨拶を始める。「更に今宵の舞踏会にはもう一つ大きな意味があります。二つの同盟の証としてここに居るクライフィス王と我が国の姫との婚姻が結ばれる運びとなりました。今宵、クライフィス王は姫達の中からフィアンセを選ぶ運びとなります。ではまずはまずは婚約者候補の姫達これへ」

 王が言い終わると楽隊によるファンファーレが鳴り響く。次いで奥の幕が開き三人の姫達が入場してきた。

 先頭はオレンジ色の胸元を強調した様なドレスを着た姫、手柄をたてた騎士が王に勲章を貰う為進んでくるような堂々とした立ち振る舞いだ。次の姫は対照的に俯いている、恐怖を押さえる様にスカートの丈を握り締め、歩くのも必死といった感じだ、クライフィスがおやっと思うほどドレスも地味だ。最後に入場してきた姫はピンク色の派手なドレスで優雅に歩く。三人はクライフィス王の前に順に座った。

 その後エールメイレンの従者が現れてクライフィスの前のタブレットに飲み物を注ぐ。

「それでは、皆様今日の良き日と両国の繁栄を記念して乾杯」

 オーガスト王の発生で一同クラスを掲げる。クライフィスも掲げて中のワインを一気に飲み干した。

 その後従者によって料理や飲み物の追加が運ばれる。

 席に戻った、オーガスト王は三人の姫について紹介を始めた。一番上の姫が騎士団を創設して国で一番の女騎士だなどと言っている。クライフィスもあらかじめエールメイレンの姫について調べておいた、一番上の姫メランダについては知っている以上の事は話してくれなそうだ。ふと視線は二番目の姫シンシアに釘付けになる。実はこの姫についてはほとんど情報が集まっていない、様子を見るとクライフィスの方を見ようともせずに下を向いて震えている。

「メランダ・マクラレーンだ。以後御見知りおきを」

「クライフィス・ヒルトン・バルーン、勇猛なるメランダ姫そなたと会えた事を嬉しく思う」メランダの挨拶で我に帰り挨拶を返すクライフィス。

「そして、次女のシンシア」それだけ行ってオーガスト王は言葉を切り、しばし沈黙が流れる。「これ、シンシア」次いで出たのは催促の言葉だ。

ガタン

「シ、シンシア・マクラレーンです」慌てて立ち上がりそれだけ言うシンシア。

「あ…御美しき姫君そなたと会えた事を嬉しく思う」あまりにも早く紹介が終わり驚くクライフィス。情報がないだけにオーガスト王の言葉を頼りにしていたのがまさか名前だけとは、呆然とする中でこの姫はどんな姫なのだろうと興味が湧く。

 その後、オーガスト王は末の姫について黙々と説明しはじめた。オーガスト王の一番押しは間違いなくこのセーラ姫だ。たとえ察しが悪い人間でも分かる。しかしクライフィスの興味は真ん中のシンシア姫に集まっていてセーラ姫の説明は耳には入って来ても頭には入って来なかった。どんなに観察してもシンシア姫は俯きかげんで怯えた様な表情をしている。何も分からないのがより一層の興味をそそる。

「セーラ・マクラレーンです。クライフィス王様、そのご勇猛ぶり、そして政治手腕を聞き及んでおります、本日はお会いできましたこと大変嬉しく思います」

「あ、ああ、クライフィス・ヒルトン・バルーンだ」今度は数テンポ遅れて返す。セーラの挨拶にも気付かぬほどシンシアの事に気を取られていた自分に気付き、そこが大事な同盟国との外交の場でもある事を思いだして気を引き締め直す。

 一方のセーラは椅子に座る。一瞬だが不機嫌な顔を見せてしまったのではないかと焦り取り繕う様に笑顔を見せる。自分の時だけ挨拶が単調だった。まあメランダを勇猛と言うのは仕方ないとしてシンシアには美しいと言って置きながら自分には自分の名を名乗っただけそれも名乗るのは二度目だ。どう見ても興味がなくて慌ててした挨拶なのは聡いセーラでなくとも分かる。しかし、舞踏会は始まったばかりまだチャンスはある、そう思い心の中で気合を入れ直す。

「姫達は普段お城でどのような事をして過ごしておいでなのか?」質問をするクライフィス、この質問ならば多少なりともシンシア姫の事も分かる。そんな算段をしてした質問だ。

「ええ、私は昨年学校を卒業しまして以来、お父様とお母様の元国勢について学ぶ傍ら軍学についても独学で学んでおりますわ」セーラが猛アピールする様に喋りはじめる。

「ほう、流石セーラ姫エールメイレン一の才女と謳われるだけの事はありますな」でシンシア姫は?と質問を続けようとするクライフィス。

「お褒めにあずかり光栄ですわ、でも大地王と讃えられ国政に様々なアイディアと取り入れていらっしゃるクライフィス王には及びませんわ」質問を続ける前にまたもアピールを始めるセーラ姫。

 クライフィスも無下にする訳には行かず、簡単な相槌を打つ。セーラ姫はそれを起爆剤にするかの様に次々と話を展開する。メランダ姫も時々話しに加わる。肝心のシンシア姫はというと相変わらず俯き加減だ、今では隣に居るメランダ姫の背中に隠れる様な形を取り顔を見る事すら叶わない状態だ。

 やがて、楽団が入場して来てダンスの為の音楽を奏で始める。クライフィスはしめたと思った。ダンスの最中なら二人きりで話が出来る。しかし、さっそくシンシア姫をという訳には行かない、やはり年長のメランダ姫から誘うのが礼儀だ。

「おや、ダンスが始まる様です。まずはメランダ姫お手を…」そう言ってクライフィスはメランダの手を取るとフロアに降りる。

 メランダは優美な振る舞いでそれに従う。

 ワルツのリズムに合わせてメランダの体を抱きよせて踊りはじめるクライフィス。

 メランダも合わせる様に踊りだす。

「メランダ姫、姫はご自分で騎士団を作り、隊長を務めておいでだとか」踊りながら問いかけるクライフィス。メランダも婚約者候補の一人だ、どの様な姫か知っておきたい。

「ええ、まだ国の一部隊にすぎませんが、私が幼少の頃より共に武芸に励んだ仲間達と共に旗揚げした騎士団です」メランダが答える。

「そうですか、いや私も勇猛にして美しいと評判の薔薇の騎士団の事は伺っております」

「光栄です」微かに顔を赤らめるメランダ。

「しかし、もし姫が我が国に嫁つがれるとなると残される騎士団の事は気がかりでしょう」

「はい、私の夢は薔薇の騎士団を王国騎士団一の部隊、いえ王国騎士団と同等の部隊にする事です。しかし、今私が抜ければ騎士団は大きな痛手、副隊長に出来るだけの引き継ぎはしておりますが、おそらくこのまま弱体化もしくは消滅してしまうかもしれません」

「それは誠に残念なことですね。私としても同盟国の軍事力が弱まる事は由々しき事態と考えます」

「クライフィス王は聡明でお優しい方と伺っておりましたが本当の様ですね。敗戦国の姫の身なれど、あえて申し上げれば殿下の妻は妹の方が相応しいと考えております。父も元より私には国の貴族かどこかの国の二男、三男を婿養子に迎えて国を継いで欲しいと考えている様ですし…」

 メランダの言う妹の方とはセーラの事である。メランダ自身もグランドトーテムに嫁ぐのはセーラが良いと考えていた。しかしクライフィスには妹の方というのは妹達つまりシンシアとセーラのどちらかと捕えていた。

「両国の国政に関わる事ゆえこの場ではっきりとはお返事できませんが姫の考えたしかに聞きました。妹君とも話した上でなるべく姫の考えを尊重できる様な決断をするつもりです」

「ご評判通りのお優しい陛下、ありがとうございます。そして武勇の方もご評判通りとなれば一度稽古を付けて頂きたくも思っておりますわ」

「もちろん、今回は急ぎ帰らねばなりませんがいずれ時間が出来ましたら必ず」

 クライフィスが答えた所で曲が終了した。

 クライフィスはメランダをエスコートして王族の席へと戻る。次はいよいよ二の姫シンシア姫だ。この謎を秘めた姫の事でいつの間にか頭の中が一杯になっている自分が居る。メランダ姫を優しく席までエスコートすると隣の姫へと手を差し出す。しかし、その手は別の手に取られる。

「さあ、クライフィス陛下、次は私の番ですわ」満面の笑みを浮かべたセーラ姫がクライフィスの手を引きフロアの中心に向かう。

 この姫は辞めておこう、どうも苦手だ。それがクライフィスの感想だった。外交上の都合で先ほど話を無下に出来なかったが一緒に話していて楽しいとは感じなかった、それが理由だ。

 ちなみにセーラは実は男性へのアピールが上手くない、幼少の頃よりセーラの周りには常に多くの男性達が群がっていた、セーラはその中から気に入った男性を選べばよかったのだ、したがって誰かと比べられて自分を選んで貰う為にアピールするのは初めてだった。つまり一度も戦った事がないのに自分は百戦百勝の恋愛マスターと勘違いしているのだ。しかも今日相手は色恋沙汰に疎いメランダが相手だ、負けるはずがない。ましてや今まで鼻にも引っ掛けて来なかったシンシアが最大の敵になっているなどとは微塵も思っていなかった。

 ダンスが始まるとセーラは先ほどの話しの続きを始める。クライフィスは外交用の笑顔で対応する。それを見たセーラは先ほどからクライフィスは自分の話を良く聞いてくれている、婚約者は自分で決まりだと勘違いしてしまっていた。

 ダンスが終わるとクライフィスはセーラをエスコートして王族の席に戻ってきた。メランダにした様にセーラを椅子までエスコートする事は無く手を離し、シンシアに向けてその手を伸ばす。

「さあ、シンシア姫参りましょう」優しく笑みながら手を差し伸べる。

「え、あ、は、はい…」返事はしたものの体が動かず椅子の上でスカートの橋を握り締めもじもじするシンシア。舞踏会の前に両親や姉妹からクライフィス王に一度は誘われるはずだから粗相がない様にと言われていた。いざとなると緊張で胸はバクバクと鳴り、手にはじっとり汗がにじみ出る。

「大丈夫ですよ、プリンセスシンシア。王家の名に誓い私は絶対にあなたを傷つけはしない」そう言ってクライフィスはシンシアの手を取ると広間の中央へと向かう。

 セーラなどはそれを自分の未来の旦那が内気な姉にも優しくしている姿に見えてうっとりと見つめていた。

 シンシアとクライフィスが広間の中央へ来ると次の曲が始まった。クライフィスはシンシアの体を抱きよせてステップを踏み始める。つられてシンシアもステップを踏む。王族の嗜みとしてシンシアも一通りのダンスはマスターしていた。社交界で貴族に誘われて踊った事もある。もちろん一度踊ると相手の貴族の方が飽きてしまい社交辞令として必要な以上に誘われる事は無かったが。

 クライフィスは身長差の為かなり下に来たシンシアの顔を見下ろす。踊りながらも俯き加減で下を見つめている。ステップを間違わない様に下を向いているのだろうか、シンシアはダンスがそれほど上手くないのは明らかだ。少ないながらに事前に調べたシンシアに関する情報を必死にかき集めて、言葉をかける。

「シンシア姫は十五の時からオーガスト王の元国政を手伝っていたのですね」

「え…!」驚いて顔をあげるがその後言葉が続かない。シンシアはメランダやセーラの様に外の学校には行っていない、勉強は家庭教師に教えて貰っただけだ。中等課程修了の十五になった時ほんのわずかではあるが中等課程修了のレベルに達していなかった、それを家庭教師のお情けで終了として貰った。その後は面目上父の元国勢を手伝っているという事になっているが実際には何もしていない、当初父や母に連れられて内政や外交、貴族との社交界の場などに出向いた事はあるが内気の為人と関わる事もほとんど出来ず父や母、顔見知りの家来の後ろで震えていた。自然と父や母もこの足手まといにしかならない娘を国政の場に連れて行く事は無くなった。しかし経歴だけ見ると三人の中で自分が一番長く国政に携わり経験豊富と見られてしまいかねない「そ、その、ごめんなさい」口をついて出た言葉がそれだった。ダンスの途中なのに立ち止まり頭を下げそうになるのを必死で踏みとどまりダンスを続ける。

「おや、どうして謝るのです」不思議そうに尋ねるクライフィス。

「あ、あの…その…」こうなったら正直に話すしかない「私は国政に携わった事はほとんどないのです。父を手伝っているというのはその…何もしていないとは言えずに…め、面目で…私は社交の場に出るのがとても怖くて…そ、その…ごめんなさい」口ごもりながら説明するシンシア、シンシアにしては良く頑張ったと褒めてあげたい程だ。

「怖がらないで姫、私はあなたを傷つけない約束したはずでしょう、必ず守ります」囁くように優しく言うクライフィス。

「あ、は、はい」答えてまた俯いては少し顔を赤らめる。

「国政の場に出るのを怖いと思う事を恥じる必要はありません。私も国政の場に出るのはすごく怖い」

「そ、そうなのですか…」少し驚くシンシア、クライフィスは内政にも外交にもとても優秀な手腕を発揮する王だと聞いていた。

「ええ、父の代から仕えていた古い大臣や余所の国の王族や外交官と話す時など何を言われるか相手が心の中で何を思っているのかと考えると足が震えて逃げ出したくなります」

「まあ…」シンシアは大地王とまで呼ばれている大国の王が自分と同じ悩みを抱えていると思うと少し親近感が湧いて顔をほころばせる。

「私はむしろシンシア姫が羨ましいとすら思う、あなたのその強さが」

「え…私が強い?」以外な言葉に驚く、今までに一度も言われた事のない言葉だ。それに今の話の何処に自分を強いと思う要素があったのだろう、と不思議に思う。

「ええ、人に自分の弱さを見せられるのはすごい事なのです。人前で誰かに甘えられる人は本当はすごく強い人なのだと私は思います。私などいつも一人で背負いこむばかりで、本当は怖いのに強がっているばかりの本物の臆病者なのです」

「まあ、でしたらクライフィス殿下も自分の弱い所を見せて甘えているではありませんか、やはり私などより殿下の方がよっぽども強くていらっしゃるわ」

「え…!」言われて気付くクライフィス、最初は私もですよと相手に合わせるくらいのつもりだったのにいつの間にか自分をさらけ出していたのかと思い起こす。こんな事初めてだ。ふとシンシアの顔を見ると微笑んでいる。その顔は大変可愛らしい、薄く青みがかった髪がドレスの色と合わさりとても良く似合っている。

「殿下には信頼できる方がいらっしゃりませんの」シンシアが次いで問いかける。

「え…!」ふっとお付きの執事ジェラウドの顔が浮かぶ、舞踏会に出る前にもお前の側には自分が居ると言って怒っていた「おりますよ、いつも私の事を気にかけてくれている親友が少なくとも三人」

「まあ、どんな方達ですの?」問いかけるシンシアの顔はぱあっと明るくなった。

「お教え出来ませんね」意地悪そうに答えるクライフィス。

「まあ、何故ですの?」少し驚いて問い返すシンシア。

「今宵姫には他の男の事を考えて欲しくないからです」

「え…!」シンシアは驚いて顔を真っ赤にしてまた下を向いてしまった。

 その時曲が終了した。自分の役目は終わったとばかりに王族席に戻ろうとするシンシア、心の奥でこの人とだったらもう少し一緒に居ても良いかもと思っていたが初めての事だった為自分でも上手く気付けない。

「お待ちを姫」引きとめるクライフィス。慌てた為にシンシアの手首を強く握ってしまう。

「な、何でしょう?」少し恐れた様な表情で問い返すシンシア。

「よろしければもう一曲私とお付き合い願いたい」

「は、はい」普段なら逃げ出したくなるような誘いだがその時シンシアはするりと受けてしまった。


「おや、クライフィス殿下、シンシアともう一曲踊る様だぞ」フロアの様子を眺めていたメランダが言った。

「まあ、クライフィス殿下は真面目な方と伺っています。きっと今宵私達三人の誰に偏る事もなく同じ数だけダンスに誘われるおつもりなのでしょう。それなら最後のシンシアお姉さまと続けて踊るのが効率が良いですからね」セーラが答える。そういう理由ならば一応王女だからという理由で並べられたシンシアの相手はさっと済ませてしまいたいと思うのが道理だと心の中で付け加える。実際にはさっさとすまされたのは自分なのだが、セーラはまだ気付いていない。


「シンシア姫は普段はどのように過ごされているのですか?」

「私は自室で本を読んだり侍女のベルとお話をしたりして過ごしておりますわ、クライフィス様は?」

「私は国政に忙しいのであまり自室で過ごすという事は無いのです」

 シンシアはまるで幼い頃から付いてくれている侍女のベルと話している時の様に言葉が突いて出る。後で思っても初めて会った人とそれも男性とどうしてああも内溶けられたのか不思議に思うほどだ。クライフィスの顔はとても美しく優美で語られる英雄談はどれも楽しくシンシアの心をドキドキとさせた。

 クライフィスもつい夢中になって語ってしまう。程良く聞き役に徹するこの姫にはついつい話を引きだされて余計なことまで語ってしまう。それでいてその時間はとても楽しかった、何時までもこうしていたとすら思う。

 三曲も続けてクライフィスがシンシアと踊り、王族席に戻ろうとしないと流石に残された姫達も不思議に思い始める。

「おや、またシンシアと踊る様だぞ」メランダは目を丸くしている。一体あのシンシアの何処をと思ってしまう。

 セーラにいたっては自分ではなく何故姉とばかりと産まれて初めて味わう劣等感に歯峨みしていた。その時だった。

「プリンセスセーラ、お手を」

セーラの前に大きな手が差し出される。驚いて見上げるとそこにはクライフィスのお付きの執事が居た。いつの間にか彼も正装している。セーラは断ろうとも思ったが相手はグランドトーテムの人間だ、無下にはできない。

「はい、喜んで」セーラは外交用の笑顔でその手を取りダンスフロアへ向かう。

 次いで正装したグランドトーテムの騎士が王族席へやってきてメランダも誘う。ちなみに二人はクライフィスがいずれかの姫を気に入った時に他の二人の姫の相手をするように用意されていたのだ。メランダはこのグランドトーテムの騎士とダンスを数曲踊った後、騎士の仲間の元へ案内されてグランドトーテムの武芸の話などを聞いて内溶ける。セーラはなんとかジェラウドを振り切りクライフィスの元へ行こうとしたがジェラウドにより巧みに遮られてしまっていた。

 五曲も踊るとシンシアはへとへとだ。ダンスは見た目以上に体力を使う、ましてシンシアはそれほど体力に優れた方ではない。

「姫、そろそろ休憩しましょうか?」クライフィスが問いかける。

「え、ええ…」助かったとばかりに頷くシンシア。

 クライフィスもシンシアと同じく五曲踊っている、いやメランダ、セーラとも踊っているから七曲だ。それでも息を切らすそぶりも見せず平然としている。王にして隣国一の英雄と呼ばれるだけの事はある、素直に感心するシンシア。

「それでは、あちらのテラスでしばらく休憩をしましょう」クライフィスはシンシアをエスコートしてテラスに向かう。

「ああ、すごく疲れましたわ」テラスに着くなり手摺に寄りかかるシンシア。

「シンシア姫はあまりダンスをされた事はございませんか?」クライフィスが問いかける。

「ええ、私はあまり社交界には出ませんし、出ても誘ってくれる方がおりませんの」

「姫程の方をこの国の男どもはよほど眼がないのかな」

「いいえ、私は姉や妹には敵いませんから」

「その様な事はございません、シンシア姫は御姉妹には無い魅力を沢山お持ちです」

「まあ、お世辞でも嬉しいですわ」

 もう自然にその笑顔を自分に向けてくれる。当たり前に手に入るもののはずなのに見るたびにこんなにも心が晴れやかになるのは何故だろう。ついついクライフィスも顔をほころばす。

「ああ、いけない、何か飲み物を取って来ましょう。姫、ここに居て下さい」念を押して立ち去るクライフィス。何故か眼を放したらいなくなりそうな気がしてたまらない、それでも連れて行く訳にもいかないし執事のジェラウドもセーラ姫の相手を任せてしまっている。仕方なしにその場を離れる。

 シンシアはそっとその手を自分の胸にあてる。もう息は整っているのに胸だけはまだバクバクと激しく鼓動している。このまま永遠にこの方と一緒に居られたら良いのにと思う。しかし甘い期待などをしてはいけない、クライフィスは大国の王、そのお妃を決めるのは国の命運を左右する重大事項なのだ。自分などが選ばれるはずがない、国の命運を背負うには自分はあまりにも非凡過ぎる、姉や妹の方が相応しいに決まっている。自分は今日この一時クライフィスと過ごせるだけで充分に幸福なはずだ。必死にそう言い聞かせる。

「シンシア姫、お飲物をお持ちしました」従者の様に礼を取りながら飲み物を差し出すクライフィス。

「ありがとうございます」シンシアは受け取る。

「あなたの未来に幸せがあらん事を願って」クライフィスはそう言うとグラスをかちんと合わせて中のワインを一気に飲み干す。

「はい、あなたの未来にも幸せがあらん事を願って」シンシアも次いでグラスを飲み干す。

 中身は同じワインだった。ちなみにエールメイレンでは十八歳で成人だ、シンシアもお酒は飲んでも良い年だがあまり飲んだ事はなかった。しかし今日のワインは格別だった、その甘酸っぱさが口一杯に広がったかと思うと気持ち良く喉の逃れ込み、その後全身にいきわたるのが分かる。その後なんだか体が温かくなって来た。ふと夜空を見上げると空には満天の星空が輝いていた。

「まあ、綺麗」思わず感嘆の声をあげるシンシア。

「ええ、本当に…」そういいながらクライフィスはそっとシンシアの肩に手を乗せる。

 ふと見ると舞踏会の会場は盛り上がっていた。出席した貴族たちが次々に相手を変えながらダンスを踊ったり、御馳走を食べたりワインを呑んだりしながら談笑したりしていた。

「クライフィス様」

「はっ…」

その声に驚いて顔をあげるとシンシアが不思議そうにクライフィスの顔を覗きこんでいた。

「いかがなされたのですか?」

「いや、感心していたのですよ、綺麗な星空、静かな夜、そして楽しく笑い合う人々、平和とはこれほどに素晴らしいものかと改めて思い、今この時が永遠に続けば良いと願う。たとえそれが叶わぬ願いであったとしても…」

「ええ、私も同じ気持ちですわ」

「姫…」クライフィスはそう呟くとそっとシンシアの髪を一房つまむ。その時だった。

ガシャーン

 突如大きな物音が暗闇に響く。

「きゃあ」驚いたシンシアはクライフィスに抱きつく。

「ひ、姫!」驚いてがっちりと抱きしめるクライフィス。

 シンシアはすっかりおびえてクライフィスの胸に顔を埋めている。

「大丈夫ですよ姫、どうやら警護の騎士が誤ってかがり火を倒したらしい、すぐに気付いて処置をしたのでもう安心です」

「そ、そうですか…」おそる、おそる顔をあげるシンシアその顔にはまだ不安の色が残る。

「ええ、それに御安心を姫を傷つける者はこの私が成敗してご覧に入れます」そう言って乱れた髪をかきあげてその顔を見つめるクライフィス。怯えた顔もまた可愛らしく守ってあげたい気持ちにさせる、その時クライフィスの心はハッキリと決まったのだった。


 さて夜も深けて舞踏会はお開きとなり、シンシアは自室へと戻ってきた。クライフィスは部屋まで送ると言ってシンシアをエスコートしてくれた。しかしシンシアの部屋は王族の住まう区画、それも国王以外の男子が禁制とされている区画にある。男子禁制区画の前まで来るとシンシアは事情を話してクライフィスに帰って貰った。

「それではシンシア姫ごきげんよう、またお会いできる日を楽しみにしております」静かに礼を取るクライフィス。

「はい、クライフィス様ごきげんよう」その後に気の効いた言葉の一つも出ない自分に腹を立てながらも自室へ向かうシンシア。

 自分が舞踏会に最後まで残るなど今までになかった事だ。きっと侍女のベルも何かあったのではと不安に思っている事だろう、もしかするともう帰ってしまっているかもしれない、まあ姫付きの侍女が姫の帰りを待たずに帰るなどありえないのだがこんなに遅くなった経験のないシンシアには分からず不安に思う、いや帰って居たならまだいいが帰りが遅いと怒っていないだろうか、心配して泣いていないだろうかそんな不安が次々にシンシアを襲う。自然と速足になり自室のドアを開ける。その瞬間

「きゃあ!」シンシアは驚いて悲鳴をあげる。

 部屋のドアを開けるとベルは若い騎士とキスをしている真最中だった。

「ひ、姫様!お、お帰りなさいませ」ベルは慌ててシンシアの方へ駆け寄る。

「あ、あの、ベル、ごめんなさい!」慌てて謝りドアを閉めようとするシンシア。

「ひ、姫様、お待ちください」ベルはドアを閉めようとするシンシアの手を止めて部屋の中に押すように入れてからドアをバタンと閉める。「申し訳ございません、姫様」土下座せんばかりの勢いで頭を下げるベル。

「いいのよベル、突然部屋に入って来たのは私なんだし」

 自分の部屋だ、入るのに遠慮する必要ない。そもそも侍女が主の部屋へ男を招き入れてキスをしていたのだ、王族として叱りつけるのが道理だ、場合によっては不敬罪によって罰する必要だってある。しかしシンシアはどうしていいか分からずにおろおろするばかりだった「あ、あのベルそちらの方は?」とりあえずキスをしていた騎士の方へ向き直り聞いてみる、城内で見た事ぐらいはあるがあまり関わった事のない騎士だ。

「は、はい、レイ・アパレルタウン、王国騎士団第二部隊所属であります」呆然としていた騎士が我に返ったように自己紹介する。

「し、声が大きいですわ、ここは男子禁制区画男の人の声だけでも目立ちます」シンシアはレイを制する。

「は、申し訳ありません」小声で答えるレイ。

「べ、ベルこのレイとあなたはどのような関係なの?」ベルに向き直り尋ねる。

「は、はい、私のレイは同じ村の幼馴染みです。私は幼き頃より城にあがり行儀見習いをしておりましたので同じ村の出身のレイは長い事心を許せる唯一の友でした。そ、その、そしてその内友情が愛情に変わり、今では…」

「将来を誓い合う中になったという訳ね」

 口ごもるベルの言葉をとりシンシアが言った。

「は、はい、申し訳ありません姫」すまなそうに言うとベルは頭を下げる。

 次いでレイも頭を下げる。

「いいわ、ベル。でも今後は気を付けてここは男子禁制区画、そういう事は他でやる様にして、出来れば勤務時間外にね」シンシアは唯一自分に専属でついてくれている侍女を咎めるつもりはない、それにシンシアも年頃の乙女、恋色沙汰に興味がないわけではない内心では心が浮き浮きとしてしまっているほどだ。

「は、はい、今度は気をつけます」

「それならいいわ。それよりレイ、パーティーが終了してお姉さまやセーラもこの区画に戻ってきています。他の侍女がこの部屋に来ないとも限らないわ、どうしましょう」ドアに耳をあてると他の侍女達が行きかう声もする。

「は、その点なら御心配なく」そう言うとレイは窓を開けて近くの木に飛び付き、するすると降りて行った。

 ここは二階、そして窓の下は別に男子禁制区画ではない。シンシアとベルはレイが無事降りたのを見届けてほっとした。レイは下からベルに手を振り走り去って行った。ベルも笑顔で手を振り返す。

「ところで、ベル」去りゆく恋人に見とれているベルを呼んでみるシンシア、珍しく厳しい口調だ。

「は、はい姫様」我に帰り姿勢を正すベル。

「あなたもすみにおけないわね。あんな殿方と何時の間に恋人になったの?」にやりとした顔で問いかける。

「い、いえ、ですから…」説明がしどろもどろになるベル。

「まあ、いいわ、今度ゆっくり聞かせてね。あなた達のロマンス」

「は、はい」

「今日は疲れたわ、珍しく沢山ダンスも踊って汗をかいてしまったの、湯あみの支度は出来る」

「はい、ただいま」そう言ってベルは走り去った。

 それを見送りながらお気に入りの侍女の幸せを願いつつ、二人のロマンスを想像するシンシア。明日には色々聞けそうだと胸をときめかせる。


 しかし、翌日シンシアは侍女のロマンスどころではなくなる。翌日朝一番でシンシアの元へクライフィス王の婚約者がシンシアに決まったと報告されたのだ。

「え…!嘘でしょう…」朝の支度をしていたシンシアは報告に来た侍女の前で呆然としていた。まだ起きたばかりで夜着のままベルに髪をすいて貰っている最中だった。

「いいえ、嘘ではございません、国王様よりクライフィス様がシンシア王女を御指名だと報告せよと言い使ってまいりました。シンシア様におかれましては支度を済ませて国王様の元へおいで下さいますようにとの事です」侍女の方も半信半疑の所があるらしい、真相は王の元へ行って確認して欲しいというのがシンシアでも分かる口調だ。

「分かりました、取り急ぎ参りますとお父様にお伝えください、それと朝の支度の侍女を何人か派遣して下さる。ベル一人では時間がかかってしまいそうです」

 普段シンシアの世話はベル一人で充分だ。メランダやセーラと違いシンシアはそれほど入念に化粧を施す事もないし、ドレスもわりと簡単に着られる物が多い。しかし、流石にベル一人では時間がかかる、急がない普段ならいいが今日は過急の呼び出しだ、急がなくてはならない。ましてや今日は昨日の疲れが出た為か寝坊してしまっていた。

 ベルもその事を察して急いでシンシアの髪を梳き始める。身支度をして貰いながらシンシアは考える。たしかに昨日クライフィス王はセーラでもメランダでもなく自分と長い事一緒に居たダンスも一番多く踊ったし、色々な話もした。しかしそれは姉かセーラのどちらかを婚約者に決めた後、少しだけ自分に興味を持ってくれたにすぎないと思っていた。大国の王妃となれば国政の一端を担う事になる。どう考えても自分には荷が重い、聡明なクライフィス王ならいや聡明でない人物でもそれは分かるはずだ。誰よりシンシアがその事を一番よく知っていた。だから自分が選ばれるなどとは微塵も思って居なかった。一時隣国の素晴らしき王に恋にも似た感情を抱き、舞踏会の一夜を共に過ごしたそれだけでシンシアには充分だったのだ。

 しばらくして数人の侍女がシンシアの部屋にやって来てベルを手伝う。王女付きの侍女でシンシアも顔はよく見ていたが、普段はメランダやセーラの側にばかり居た為にシンシアの世話はかってが分からず困惑している様子だ。ベルが一人奮闘している、しかし位の上の侍女達らしく強く言えずに困っている様だ。

 三十分ほどしてシンシアはベルに付き添われて謁見の間にやってきた。謁見の間にはすでに王である父と王妃の母が正装して待ち構えていた。

「お父様、クライフィス王が私を選んだというのは本当ですか?」謁見の間では王女といえど王への礼はとらなくてはならない、しかしそんな事も忘れてシンシアは開口一番に尋ねた。

「ああ、本当だとも、私も信じられなくて何度も確認したのだがクライフィス王はお前を王妃としてグランドトーテムに迎え入れたいとの事だ」オーガスト王は嬉しそうに語る。王も謁見の間での礼を忘れて娘に語りかける様に言った。やったなシンシアと言わんばかりだ。

「オーガスト王、ここは謁見の間です」ナンシー王妃が嗜める。

「おっと、そうであったな」オーガスト王も気付き、王座に座りなおしほころんでいた顔を整える。

 シンシアの方も気付いたらしく慌てて居住まいを正す。

「シンシア王女、面をあげよ」改めてオーガスト王が威厳たっぷりに言った。

「はい」静かに顔をあげるシンシア。

「クライフィス王はそなたを妃に選んだ。そなたは明日にはこの城を出てグランドトーテムへ向かう事になる、取り急ぎ支度をせよ」オーガスト王は続けて言う。

「は、はい…」返事をしたものの困るシンシア。クライフィス王は国を長い事留守には出来ないので舞踏会の二日後にはフィアンセを連れて国に帰る予定なのは知っていた。しかしシンシアはその日をセーラ、もしくはメランダとの別れの日と思っていたのだ。まさか自分がグランドトーテムへ行く事になるとは改めて考えると頭がくらくらする。まず何をすればいいのだろうか。

「シンシア、まずは連れて行く侍女と騎士を選びなさい。その者達にも支度が必要となるでしょう」ナンシー王妃が助け船を出す。ちなみに王女は侍女一人とお付きの騎士一人を連れて来る約束になっている。それ以上でも以下でもない一人ずつだ。

「は、はい…」返事をしてシンシアは考えてしまう。まずお付きの侍女はベルで決まりだろう、騎士と言われても思い当たる人がいない、人見知りなシンシアは騎士に顔見知りは居なかった。ふと見ると王の警護の騎士の中に昨日会ったレイの姿があった。「お父様、じゃなかった国王様、侍女はこのベル、そして騎士はそこに居るレイを連れて行きたいと思います」口をついてその言葉が出た。二人は将来を誓い合った中、引き離すのは可哀想だ。ベルを連れて行くなら必然的に騎士はレイで決まりだ。

「な、そうか…」オーガスト王は少し驚いた様に頷く。

「分かりました。レイ本日の任務はもうよいのですぐに旅支度をしなさい、騎士団長には私から話しておきます。騎士団内での引き継ぎ等は騎士団長の指示に従いなさい。ベルは午前中はシンシアの支度を手伝い、午後から自分の支度をしなさい。シンシアもベルがいないと出来ない支度は午前の内に済ませる様にしなさい。二人の家族には火急に迎えを出して出発までに一度会えるように取り計らいます。急な事で大変かと思いますが二人ともシンシアを支えてくれる様に母としてまた王妃としてお願い申し上げます」最後にナンシー王妃は王に向き直る「よろしいですね、国王様」

「ああ、もちろんじゃ」王も頷く。


 さてクライフィス王もフィアンセを選んだら後はのんびりと言う訳にも行かない、出発までに同盟の細かい取り決めをしておかなければならない、その為の打ち合わせを連れて来た文官と済ませると少し早いがオーガスト王との会談の場へ向かおうと客室を出た。会談の場がある本殿へ向かう為中庭に出てドキリとして立ち止まる。

 そこにはエールメイレンの二人の王女が待ち構えていた。メランダは昨日とは打って変わり真っ白な騎士団の制服を来ている。淡い青の髪を後ろに束ねて凛として顔がよりはっきりと分かる。後ろには真っ赤なドレスを着たセーラの姿もある、昨晩の様な笑みは浮かべておらず怖い顔でこちらを睨んでいる。

「ひぃぃ…」クライフィスの左右を歩いていた文官は気迫に押されて後ろに下がる。クライフィスのすぐ後ろを歩く執事ジェラウドと護衛の騎士達に緊張が走る。

 クライフィスは迂闊な行動をとるなと家来たちに目配せした後二人の王女に向きなおる。

「これは、メランダ王女、セーラ王女、奇遇ですな」あえてとぼけた振りをして笑顔で挨拶をするクライフィス。

「下手な芝居は辞めて頂こう、クライフィス王、聡明なそなたなら我らがここへ来た理由とっくに察しているのだろう」厳しく言い放つメランダ。

「ええ、もちろんですメランダ王女」クライフィスは笑みを消し、少し後ずさり身構える。

「では、単刀直入に聞こう。何故我らではなくシンシアを選んだ」メランダの声には怒気が含まれる。

「メランダ姫、セーラ姫、お二人共とても素晴らしい姫だ。しかし…」

 クライフィスの答えを遮る様にしてメランダが抜剣する。眼にもとまらぬ早さで真剣をクライフィスの首筋にあてる。刀身が若干首に食い込み鮮血が一筋刀身を伝わる。

 護衛の騎士が慌てて動こうとした。それを制したのは執事のジェラウドだ。

「我らを選ばなかった理由を聞いているのではない、シンシアを選んだ理由を聞いているのだ」メランダの眼がクライフィスを睨む。

「私はシンシア姫を気に入ったからだ。生涯共に歩んで行きたいと思った」クライフィスは堂々と答える。まるで自分の首にかかる剣が見えていないかの様だ。

「シンシアは産まれて来る家をまちがえた娘だ。内気で判断を下す事も人と関わる事も苦手な妹だ、王族の宿命を背負うなど弱いあの子には到底無理な話だ。故にシンシアは愛されなければならなかった。いずれ国の貴族の元へ嫁ぐ予定だった。家柄はそれほどでなくともシンシアを愛してくれる人の元へ…」

 そのまま一点の迷いもなくクライフィスを睨むメランダ。わずかでも手に力を入れればクライフィスの首が吹っ飛ぶ。

 クライフィスも全く動じることなくメランダを睨み続ける。張り詰めた緊張の中、時間だけが流れる。

「もし、シンシアを不幸にするような事があれば貴公が何十万の軍勢に守られていようとこの私が全て蹴散らしその首を貰い受ける」やがてメランダが静かに言った。

「ああ、分かった。ここに約束をしよう、何があってもシンシア姫を不幸にしないと」クライフィスが答える。

 その言葉を聞くとメランダは剣を鞘に納める。

「無礼をしたクライフィス王、この一件は私の独断だ。咎めは私一人で受けよう」

「いや、妹を思う姉として当然の行為だ、この一件が同盟に影響する事もオーガスト王の耳に入る事もない。今度よろしく頼む姉上」

「温情に感謝いたします」そう言って頭を下げると踵を変えるメランダ「行くぞ、セーラ」そう言って歩き出す。

「しかし、姉上…」少し不満そうに姉に追いすがるセーラ。

「我らに選ぶ権利はない」メランダは妹の言葉を遮り城に引き返す。

 クライフィスはその姿をじっと見つめていた。


 グランドトーテムの王、クライフィスの婚約者に第二王女シンシアが選ばれた。その知らせはその日の内に国中に知れ渡る事になった。驚く者、喜ぶ者、シンシア姫とはいったい?と疑問に思う者国中で様々な反応がされる。事に王宮では大きな波紋を呼んだ、実はシンシアが選ばれる事を誰も予想していなかったわけではない、報を聞いてやはりなと思ったのは主に高位の文官達だった。こういった場合勇猛なメランダや賢いセーラ様な姫ではなくシンシアの様な扱いやすい姫が選ばれる事はいくらでも例があった。それは同盟関係が必要な間は国の城で飼い殺しにされて、必要なくなれば捨てられる可能性が高くなった、文官達はそう解釈していた。もちろんメランダやセーラが選ばれてもその可能性は残る、だがシンシアが選ばれた事で間違いないとすらいう者まで居た。せめて有能な共を付けて姫を守らせ、状況をグランドトーテムの情報を詳しく報告させていざという時に備えたいがシンシアが選んだのは侍女も騎士もようやく見習いから新人となったばかりのベルとレイ、とても期待は出来ない。

 シンシアの旅支度は割と簡単に整った。シンシアの持つパーティー用のドレスは昨夜のドレスと替えのドレスの二着だけ、部屋着、外出着、夜着を合わせても三十着に満たない量だった。一国の王女としては驚くほど少ない、宝石類も最低限しかなかったし靴も少ない、そこへシンシアの好きな物語の本と身の周りの小物を加えれば旅支度完成だった。支度は午前中に終わり、午後にはベルは自分の支度の為部屋のある使用人棟へ帰ってしまい、シンシアは一人旅の途中で読もうと思って取っておいた本を呼んでいた。そこへ母のナンシー王妃がやってきた。

「お、お母様!」シンシアは慌てて立ち上がり礼をとる。

 ナンシー王妃はシンシアの前に腰を降ろして持って来た包をシンシアの眼の前に置く。

「シンシアこれを持って行きなさい」神妙な顔つきで言うナンシー王女。

「こ、これは…」包を開いて驚くシンシア。エールメイレンの王家に伝わる五聖剣の一つ湖の懐剣だった。長い歴史の中で森の懐剣と山脈の懐剣はすでに失われており、父の所持する大地の懐剣と国の宝物庫に収められているはずの大空の懐剣、そしてこの湖の懐剣の三本しか残っていない。

「万一の事があったならばこれで自壊するのです」感情を隠すような無表情で言い放つナンシー王妃。

「は、はい…」そう言って懐剣を握り締めるシンシア。必要以上に重く感じられた。

「なんですかその態度は、あなたはこのエールメイレンの代表としてグランドトーテムに行くのですよ、向こうに行けば心ない者に新参者とののしられる事も我が国を良く思わない者にいじめにあう事もあるかもしれません。あなたはこの国の代表としてそれに耐え、恥ずかしくない堂々とした振る舞いをしなくてはなりません。その事を肝に命じなさい」

「は、はい…」普段優しいは母の怒った表所を始めてみたシンシアは震えあがる。

 そんなシンシアの様子を見ておもむろに立ち上がり優しく抱きしめるナンシー王妃。

「ああ、愛しき我が娘、母は遠く離れていても常にあなたの味方ですよ。その事を忘れないで下さい」

「は、はい…」そう言って母の胸に顔を埋めて涙を流すシンシア、永遠に来ないかもとすら思っていた母との別れが突如として明日に迫っている、その事を実感するのだった。


 翌日、旅支度を整えたシンシアは見送りに来たオーガスト王、ナンシー王妃、セーラの前に膝を付く。メランダは警備に加わっている昨夜の内に別れを済ませている。

「お父様、お母様、セーラ、行ってまいります」シンシアが言った。

「うむ、辛くなったら何時でも帰って来なさい」オーガスト王はナンシー王妃とは打って変わり呑気な調子に決まりの挨拶をしてする。

「はい」

シンシアはあえて笑顔で返して立ち上がると用意されたグランドトーテムの馬車に向かい歩き出す。父が言う様に簡単には戻れない、そんな事は分かっていた。シンシアの左右にはレイとベルが付く。

王女の門出を祝福するかのようにファンファーレが鳴り響く。

馬車の前まで来ると御者の初老の男が待ち構えて扉を開いてくれた。

「お会いできて光栄ですシンシア姫。この度御者を務めるリンドと申します」御者は優しい笑顔で挨拶している。

「よろしくお願い致します」思わず頭を下げそうになるのを必死で堪えて馬車に乗り込むシンシア。後ろからベルも乗り込む。

 レイはそれを見届けるとその場を離れて自分の馬にまたがる。

 再びファンファーレが鳴り響き、馬車が出発する。王宮の外に出ると噂を聞きつけた国民達が歓声をあげて手を振っている。早朝だというのにもの凄い人数だ。真っ黒い馬に乗った、クライフィスが馬車の前に躍り出て国民達に手を振っている。それを見た国民達はより大きな歓声をあげる。中には卒倒してしまう町娘もいる様だ。

「シンシア様」

 ベルに促されてシンシアも馬車の窓から顔を出して手を振る。国民達はそれにも答えてくれた。

 馬車の後ろからレイとジェラウド、そして王の護衛の騎士達が続く。

 グランドトーテムの首都までは馬車で丸二日ほどの距離だ。今日の午後にはエールメイレン領を抜けて、今夜は国境沿いの伯爵領に泊まる予定だ。そして明日の夕方グランドトーテムの主城ドラゴンアースに付く予定だ。

 町を抜けると流石に歓声を送る国民もいなくなり静かな馬車旅となった。クライフィスと護衛の騎士達はシンシアの馬車を囲むように配置されている。旅は急ぎとなる為、お昼は持って来たお弁当を馬車の中で食べる。順調にエールメイレンの国境を越える。右側には荒野が広がり、左側には森がある。そろそろ国境も見えなくなったあたりでそれは起こった。

ぐらぐらぐら

 突如として地面が揺れ始めた。

「きゃ、きゃあ」驚いたシンシアはベルに抱きつく。

「ひ、姫様」シンシアを抱きとめるベル。大陸内部のエールメイレンでは地震は少ない、ベル自身もどうしていいか分からずに動揺する。

 御者のリンドは慌てて手綱を引いて馬車を止める。

「クライフィス様!」表情一つ変えないままジェラウドが駆け寄る。

「くっ、まさか次元ホールが…」顔を引きつらせるクライフィス。荒野の先の空を見上げると大きな黒い穴が開いていた「ジェラウド、姫達を頼む。レイと言ったな、そなたはジェラウドと共に姫達を守れ、他の者は私に続け」そう叫んで手綱を引くクライフィス。

 揺れが始まるとすぐに馬車が止まった。数分間で揺れは治まったがシンシアはまだベルに抱きついたままだった。

ガチャリ

 突然馬車の扉が開きジェラウドとレイが駆け込んで来た。

「姫様、御無事ですか」ジェラウドは表情一つ変えずにシンシアに問いかける。

 シンシアは何がなんだか分からずこくりと一つ頷く。

「ベル、怪我はないか?」レイも駆け込んで来てベルを気遣っている。

「ええ、大丈夫よ。私より姫様を」ベルが答える。

「姫様、ここは危険ですとりあえず馬車から降りて安全な場所へ」

 ジェラウドの声で我に返ったシンシアはこくりと頷き馬車から降りる。あえて逆らいはしなかったが少し不審に思わなくない、大陸に地震は少ないと言っても初めてではない、揺れは怖かったが治まれば安全というのがシンシアの地震に対する見解だ。しかし、馬車を降りてすぐにジェラウドが安全な場所へと言っていた理由が分かる。

どしーん

 突如大きな音がして再び台地が揺れる。今度は短く小刻みだ、地震というより地響きと言った方が正しいだろう。地響きのした方向を見てシンシアは愕然とする。

 そこに居たのは強大な魔物だった。姿はシンシアの知っている生物で言うとムカデに一番近い、巨大な数十メートルの板の様な体の左右から無数の足が生えている、その数は数えきれない、前側がおそらく頭なのだろう大きな二つの角が生えていてガシーン、ガシーンと大きな音をたててハサミの様にぶつかりあっている。

 シンシアはその姿を呆然と眺めたままその場から動けなくなる。あまりの恐ろしさに足に根が生えたように動けない。ちなみにベルとレイも同じく動けず震えてその場で抱き合う様にしていた。

「姫様、シンシア姫」

ジェラウドが淡々と呼びかけているが耳に入って来ても頭には入って来ない、いや入って来ても体の方は全く動かない。

「失礼」そう言ってジェラウドはシンシアを抱えあげた。細身なのにいとも軽々とシンシアを抱いて走り出す「レイ殿、そちらの侍女を連れて早く」

 レイはジェラウドの言葉で我に帰りベルの手を引く様にしてジェラウドに続く、後ろから御者のリンドも付いて来る。五人はそのまま馬車の左側の森に隠れた。

 一方のクライフィスは護衛の騎士達を連れて魔物の前に進み出る。改めて護衛の騎士の人数を数えると六人、クライフィスを入れて七人。いずれも国王親衛隊の腕に覚えのある者ばかりだ、クライフィスとも面識があり連携もばっちりだ。これなら充分に戦えるとクライフィスは踏んだ。放っておけば暴れて街を襲う可能性もある。ましてやここはエールメイレンとの国境近くエールメイレンに侵入されては厄介な事になる。そして近くにはシンシアもいる何としても守らねばならないそう強く心に誓う。

「サーフィス、貴様は余と共に来い、他の者はここから援護だ。以後の指揮はドライヤーに任せる」そう言うと馬の脇腹を蹴飛ばして走り出すクライフィス。

 サーフィスと呼ばれた騎士が続く。

「ぎゃおー」魔物は悲鳴にも似た声をあげて角の下にあった口を開き、そこから黒い塊を吐きだすように飛ばして来た。

バシャーン

 塊が地面にぶつかり炸裂する。どうやら液体の様だ。クライフィスとサーフィスは左右に分かれてこれを回避。液体は飛び散りわずかにクライフィスの胸あてにかかる。

じゅ~

 クライフィスの胸あてが黒い煙をあげている。触らなくとも熱を帯びているのが分かる。

「くっ、溶解液か?」そう呟くクライフィス。どうやら魔物の唾は強力な溶解作用があるらしい。「サーフィス、貴公は右から回り込め、私は左から行く」

「了解です」サーフィスは叫び右側から回り込む。

 魔物は五メートル以上顔をあげており、向かってくるクライフィス達に気が付くと頭を勢いよく振り下ろしてハサミで攻撃を仕掛けようとする。その瞬間

しゅん、しゅん、しゅん、ぐさ、ぐさ

 突如矢が飛んで来て魔物の顔に刺さる。援護に残しておいた騎士達が矢を放ったのだ。

「はー」クライフィスは馬の速度を速めると剣を引き抜き眼の前に迫った十センチ角の柱程の足を切り裂く。一メートル間隔もなく次々現れる足を次々切り裂いて行く。

 反対側を同じように攻撃したサーフィスも剣で足を切り裂くがクライフィスの様に次々とは切れない、並ぶ足の左側を走りながら時々剣を振り回して足を切り裂く。全ては切れないが二、三本に一本くらいは切り裂いている。

ぶしゅー

 切り取られた足から黒い煙が勢いよく吹き出す。

「な、なんですの?あれは」森に隠れながら様子を見ていたベルが叫ぶ様に問う。

 見れば魔物の左側から大量の煙が噴き出している。右側からも幾つか筋の様に伸びている。

「あれは瘴気です。魔物は濃い瘴気が結晶化した姿です。切り裂くと瘴気が漏れるのです。瘴気を全て消滅させれば魔物を倒す事が出来ます」ジェラウドが表情一つ変えずに説明する。

ガターン

 しばらく切り裂き続けると魔物はバランスが保てなくなり多くの足を失った左側に倒れる。クライフィスは鋭くその事に気付き回避。漏れた瘴気が煙幕の様に立ち込める。視界を奪われない様に馬を全速力で走らせて逃げる。

「ギギャー」叫び声をあげながら立ち上がる魔物。左側の足はかなりやられたが右側はまだ八割以上残っている。それに頭をあげていた為前の方とクライフィスもサーフィスもまだ達していなかった後ろの方足は全て残っている。頭はかなり低くしないといけないが立ち上がれない程ではない。魔物の体は傷が塞がるのが早い、すでに漏れる瘴気も治まりつつある。魔物はクライフィスを一番の敵と判断したらしく正面を向けて構える。

 クライフィスも相手の出方を伺う、例の粘液で攻撃してくるか、それとも捨て身の体当たりかと相手の出方を思案する。その瞬間あたりが少し暗くなる。驚いて上を見上げるクライフィス、魔物の頭上から魔物の尻尾が飛んできたのだ。平べったく先は細くなっているとはいえ幅は五、六メートル厚さも二十センチ以上ある。

「大地の力よ我を守れ」

どっかーん

「きゃあー」シンシアは悲鳴をあげて側に居たジェラウドに抱きついてしまった。後で婚約した身ではしたないと思ったが、その時は怖くて、怖くて仕方なかった。

 巻き起こった噴煙が治まると凄まじい光景が展開される。ベルもレイも眼を見開いて呆然とする。クライフィスの前に大きな岩が出現してそこに魔物の尻尾が突き刺さっていた。

「な、何故?」レイがそれだけ叫ぶ。たしかにあそこに岩はなかった、それが今は存在する。

「あれこそがクライフィス陛下が大地王と呼ばれる由縁ですじゃ」御者のリンドが説明する。「クライフィス陛下は我が国で一番の土の魔法の使い手なのです」

「大地の力を奴の動きを封じよ」クライフィスが叫ぶと地面から無数の砂で出来た手が生えて来て魔物の体を掴む。

「グギャー」魔物は抜けだそうと必死にもがくが力は凄まじいらしくびくともしない。

 クライフィスが駈け出すと眼の前の岩の下の方が自動で崩れてトンネルを作る。上の方は相変わらず頑丈で刺さった尻尾はいまだに抜けない。

 クライフィスは岩から飛び出した形になり、大地を蹴って飛び上がると魔物を正面から切りつける。

 しかし、魔物の頭はまだ自由に動く角をクライフィスの方へ向けるとガシンとハサミで剣撃を受け止める。

 クライフィスは剣を引き抜こうとするが魔物の力は強く、自分の足は地面についていない為に思う様に力が入らず抜けない。

「陛下を援護しろー」援護部隊の隊長ドライヤーが叫ぶと騎士達が一斉に矢を放つ。矢は魔物の体に刺さるが魔物は動じない。

「陛下、お助け致します」そう叫んで飛び上がって来たのはクライフィスと共に突撃をしたサーフィスだ。サーフィスは角の付け根に自分の剣を突き立てる。

ブシュー

 角の付け根から瘴気が噴き出して角はぐらりと歪む。

「チャンス」クライフィスが叫ぶ。

 次の瞬間尻尾の突き刺さっていた岩が砕ける。

 尻尾は勢いよく抜けた、元々引き抜こうとして強い力が込めていた為に勢いよく後ろに飛んで行く。

びたーん

 魔物は地面に叩きつけられる様に倒れてバランスを崩す。

 クライフィスは近くにぶら下がるサーフィスの背中を踏み台代わりにして大きく飛び上がる。ハサミに挟まれていた剣も抜けて、そのままクライフィスは魔物の頭の後ろに着地する。

 サーフィスはクライフィスに蹴落とされる様な形で地面に激突。

 クライフィスは剣を反対側から先端が付き出る程深く突き刺すと、そのまま剣の柄を両手で掴み一気に魔物のしっぽまで走り抜ける。

 大きく切り裂かれた魔物の背中からは大量の瘴気が噴き出す。魔物はみるみる縮み消滅した。


 それから数十分ほどたってもシンシアはまだ呆然としていた。

「シンシア様、お水ですお飲み下さい」ジェラウドが顔色一つ変えずに水の入った水筒を差し出す。

「は、はい…」シンシアは差し出されるままに水筒を受け取り水をごくごくと飲み干す。

「ジェ、ジェラウド様、シンシア様の事は私が…」気付いてすぐにベルが駆け寄る。

「いいえ、結構ですベル嬢。あなたもショックから立ち直れていない、その様な状態で世話をされては返ってシンシア姫がお困りなられてしまいます」かなり手厳しい事を表情一つ変えずにさらりと言ってのけるジェラウド。この男には感情がないのかと思ってしまう程だ。

「シンシア姫、落ち着かれましたか?」気がつけばクライフィスが近寄って来てシンシアを気遣っている。

「あ、ク、クライフィス様」シンシアは我に帰りクライフィスを見上げる。思考が急に明確になって行くのが自分でも分かる。

「姫、お辛いかもしれませんがここは危険ですすぐに出発を」クライフィスはシンシアの手をとり、起き上がらせると馬車へとエスコートしようとする。「それと、騎士が一人負傷致しました。申し訳ありませんが今日は姫の馬車に乗せて頂きたい」

「は、はい…」返事をしてクライフィスを見上げる、そして口を付いた様に次の質問が出る「クライフィス様、先ほどの現象はいったい?」

「あれは次元ホールです」クライフィスが答える。

「じげんほーる?」シンシアはオウム返しだ。

「はい、次元ホールとは異世界に通じる門です。現在わが国では突如として次元ホールが開き中から魔物が現れるという現象が頻繁に起きているのです。国をあげて原因を究明しているのですがいまだに成果は上がっていません」

「そ、そうなのですか…」答えて愕然とするシンシア。

あの恐ろしい現象が国中で何の前触れもなく起きている。その恐ろしさをまざまざと感じる。そして、今までのクライフィスやグランドトーテム側の行動も理解する。次元ホールに対応する為に戦争を早めに切り上げなくてはならなかったのだ。その為に時間をかければ滅ぼして植民地に出来たエールメイレンと早めに和議を結び、同盟を組み、長年敵対してきたウルナハインが迂闊にグランドトーテムへ進攻できない様にする必要があった。それが小国で敗戦国の王女であるシンシアが大国の正室に向かい入れられた理由だ。改めて自分の運命の重さを感じる。これから次元ホールという恐ろしい現象に怯える毎日をすごさなければならない、しかし次元ホールが出現しなくなれば自分は捨てられる可能性もある。エールメイレンとグランドトーテム二つの国の運命を背負うだけでもシンシアの小さな肩は押し潰れそうなのに、王妃となるグランドトーテムが未曽有の天災に襲われている。はたしてこれ程過酷な運命をシンシアに乗りきる事が出来るのだろうか。懐にしまってある湖の懐剣がぐっと重くなった様な気がした。

「ご安心をシンシア姫」シンシアの不安を察してかクライフィスが励ますように言葉を紡ぐ。「姫の事はこの私が命に代えても守ります。私は国を守る為だけにあなたを選んだのではない、私があなたを選んだのはあなたがあなただったからです。決しておろそかにはしません、生涯我が妻として愛し続ける事を誓います」

「クライフィス様…」シンシアはクライフィスの言葉にはっとしてその顔を見上げる。

 そこには姫への忠誠を誓う様に佇むクライフィスの姿があった。



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