降り注ぐ日光と彼
昨日とは違って、今日は眩しい日光が降り注いでいる。暑くなりすぎた夏の日、気がつけば、待ち遠しくない夏休みが目前まで迫ってきている。予定がなく、家でだらだらとすること以外に何も思いつかない。みんなや過去の自分は、どうして夏休みを楽しみに待っていたのだろう。
今の私を待っているのは、明日も明後日も何も変わらない日常と私、それだけ。
風がよく吹いていて、陰もある快適な学校の屋上は、私だけの為にある秘密の場所のように思える。校庭で遊んでいる人達の声を聞きながら、いつものように屋上でコンビニのお弁当を1人食べていると、急に声をかけられた。
「なぁ、なんで鍵の掛かった屋上に入れてるんだ?」
いつの間に屋上に入ってきていたのだろう、さっきまで私以外誰もいなかったはず。ふと、無意識に男の人に話しかけられたのは、何ヶ月ぶりとか考えてしない、自分に心の中で笑ってしまう。直ぐに何か言おうと思うけど、あまりに突然話しかけられたので私はすぐに返事を返せなかった、というか声の出し方が分からない。
「あ、わ、悪い?」
絞り出すように久しぶりに出した同世代への声は、とても自分の声とは思えないほど低い声だった。そして直ぐに返事として成り立ってないと思ったが、これでこの人がどこかに行ってくれるならいいかと思い、特に何も訂正しない。
「いや、悪くはないけどさ。 屋上に入れるのが羨ましくてさ」
「羨ましい?」
つい、相手の言葉を反復。
「なんていうかさ、学校の屋上って凄い特別な場所っていう感じが溢れてるじゃん」
同意を求められても困るけど、同じことを私も感じている。それでも、なぜ屋上に来たのかを考えてみたら、いまいちしっくりくる理由は思いつかない。ただ、気づいたらここに来てた、多分、今まで私の様に屋上に来た人も同じなんだと思う、もしかしたらこの人も。
彼は私の返事を待たずに、どんどん話していく。
「漫画とかでよく学校の屋上で昼飯を食べてるシーンとかあるけど、実際には学校の屋上って鍵がかかってて入れないしさ。 この学校も、鍵がかかっていたのに南村は入れたんだな」
鍵は屋上の扉の近くに落ちていただけだった、しかし、入れたというよりは。
「引き寄せられた」
はっとなる、何を言ってるんだ私は。顔が赤くなっているのが分かってしまい、それに対してまた顔が赤くなってしまった。しかし、この人はふーんと頷いただけだった。
もう食べ終わったお弁当を、いつもより素早く片付けて屋上から出ようと思い、立ち上がって扉に向かって歩いてると、肩越しに「また、来るよね?」という声が聞こえた。返事はしなかった。
そういえば、彼は私の名前をなぜ知っていたんだろう。
その日は、授業中も家に帰ってからも何度も何度も屋上での会話を頭の中でリピートしていた、したくてしているわけではない。これ以外にすることがないのだと、自分に何故か言い訳をする。もう何十回めか分からないぐらい自分の部屋でリピートしていると、もう夜だった。部屋は暗く、電気をつけるのも億劫で膝を抱えるようにベッドで丸くなり、お腹の音を聞く。
今日も母親は帰ってくるのが遅くなるらしい、晩御飯を作って食べなきゃいけなかった、私は手慣れた手つきで戸棚からカップラーメンと電気ケトルを出して水を沸騰させる。3分待たなければいけなかったが、気がついたら5分待っていたようだ、味に変わりは無いだろうから、特に気にもしなかった。
蓋を開けると白い湯気がふわりと舞い上がる、いかにも人工的な匂いが私を包んですぐに離れていった。
家の窓から見える町並みは今日も変わらなくて、きっと来年になっても変わらない、私も小さい頃と何も変わっていない。薄暗くて静かなブーンという音だけが鳴り響く部屋で、どうしようもなく意味がない悲観的な事を考えながらラーメンを食べ終わる。お風呂などの雑務をこなして、ベッドで横になってると、今日の出来事がまた私の頭の中を駆け巡って、落ち着けない。
そういえば、あの人がどんな顔だったのか全く思い出せない、それもそのはずだ、私はあの人の顔を一度も見てない。
明日も屋上に行こうと密かに心に決めて、私は睡魔に強引に身を委ねた。




