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雨降りの世界

 病気や事故、事件などの様々な事情で亡くなってしまった人は、明日という1日をなんとしても生きたかったのかもしれない。しかし、自殺者にとって明日という1日は死んでも避けたかったのだ。

今日もどこかで誰かが命を捨てている。変えられない過去、一瞬にして過去になっていく現在、変え方が分からなければ変える気も起きない未来。死んだら何か変わるのだろうか、そうだとしたら、自殺というのは思っているより悪いものではないのかもしれない。

 今日もどこかで誰かが命を捨てている。彼らにとって自殺だけが未来を変えるたった1つの方法だったのなら、それほど悲しくて幸せなものはないと私は思った。


 窓を見ると外で雨が降っていることに気づいた、傘は持って来ていないので、帰る頃には止んでほしいと、気持ちをこめずに願ってみる。

 白いチョークが黒くもない黒板とぶつかる音が教室に響き渡る、国語の授業はいつも静かで心地良い。軽く周りを見渡すと、寝ている人が殆どだった。起きている人が数える程しかいない中で授業をしている先生は一体どんな事を考えているのだろう。

もしかしたらそれは、返事を適当に返してくる人たちの中で、作り笑いを絶やさないように話していた昔の私と案外同じ気持ちなのかもしれない。

 休み時間まで残り25分、静かに口の中でころころと舐めていた飴がすっかり消えていることに気づいた。静かに誰にも気が付かれないように手を伸ばして、鞄の中から1つ取り出して先生が黒板に字を書き始めた瞬間に口の中に放り投げる。綺麗な黄金色の飴が口の中に味を広げていることが感じられた、鞄の中の袋にはもう飴が殆ど残っていない。今日の帰りにでも買わなくてはいけないと考えていると、先生とたまたま目が合ってしまった。咄嗟に逸らすがもう遅い。

「南村さん、この漢字はなんて読みますか」

 黒板に書いてある二文字の漢字を指でトントンしながら聞いてくる。答えは分からなくはなかったが、こういう時はいつも分かりませんと答えてしまう。

先生は他に人を当てようと周りを見渡してみるけど、みんな目を伏せているので、仕方なく答えを黒板に書いていく。最初から私を当てないで、黒板に書けばいいのにと少し思った。

 窓をちらりと見ると雨はまだ降っている、雲は灰色でつなぎ目すら見えなかった、雨はまだまだ振りそうだ。


 帰る時間になると、雨は止んで青色が所々に見えた、傘を持ってこなかった自分によくやったと思いながら、荷物を軽くまとめる。

起立と礼を適当にして、颯爽と教室から出る、誰かと残ってぐだぐだと話しながら時間を無駄に消費するのは馬鹿のすることなのだ。廊下には他クラスの友達を待つ人がまばらにいた、私は人と出来るだけ接触しないように、細心の注意を払って下駄箱まで向かう。

今日は水曜日だから、土日までにまだ2回も学校に来なければならない、面倒くさいことこの上なかった。学校までは電車を使って20分ほどで着く。人によっては1時間以上もかけて来ているらしい、その人達はどうしてそんなに時間をかけて何の変哲もないこの高校に来ているのだろう、20分間電車に乗ることも面倒くさい私にはかけらも分からなかった。


 駅のホームに着くと、電車は直ぐに来た。この時間帯は空いているので1人なら直ぐに座ることが出来る、複数人のグループだと少し開いているだけでは気軽に座ることが出来ない、これは1人の特権だ。

微妙に左右に揺れる電車の中で窓に流れてくる景色を眺めてみるけど、いつもと変わらない景色に直ぐに飽きが来てしまう。

 気がつくともう降りる駅だった、席に忘れ物がないかちらりと確認して電車から降りると、私を吹き抜けた風が妙に心地良くて、小さな声であぁなんて呟いてしまった、一気に恥ずかしさが私を包む。すぐに周りをきょろきょろと確認して人がいないことがわかると、今度は安堵感が私を包んだ。独り言を聞かれるほど恥ずかしいことはない。少し焦り気味にポケットから定期を出して、直ぐに改札を抜ける。

 家までは徒歩10分程かかる、真っ直ぐ帰りたいところだけど、今日は買い物をしないといけない。くるりと体を家とは逆方向に向けて歩き始める、この時間帯にすれ違うのは学生や主婦っぽい人が多い、私もそのうちの1人なのかと当たり前なことを感じた。

 店に着くと店内は、明るすぎる照明に談話している顔にしわが刻まれ始めている店員、誰もいないお菓子コーナー、いたっていつも通りで問題ない。さっさと飴と今日の晩御飯を買って帰ろうと思った。

会計を済まして、袋が擦れる音を出しながら家まで歩く。空は既に青色を残してはいなかった、黒とオレンジが混じった言葉にできないような色を水平線まで広げている。太陽は日本からもう去ったのだ。


 家は相も変わらず暗い、部屋の一部の電気だけを点け、晩御飯を面白くもないバラエティ番組を見ながら食べて、明日の準備を適当にする。お風呂に入り、ベッドに入る。

何も変わらない今日という1日はどうやら無事に終わったらしい。

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