勇者さまの運命探しに、ちょっと魔王城まで。
「運命が見えればいいのに」
私が酒場で飲んでいると、隣のテーブルからそんな男の声が聞こえた。
私はたぶん酔っていた。一人寂しく飲んでいたので、つい言ってしまった。
「見えるよ、運命。って言っても私には赤い糸しか見えないんだけど」
そんなもの見えても困るのにね。しかも自分の運命の赤い糸は見えないのだ。
自嘲気味に笑っていると、先ほど呟いた彼はがばっと身を乗り出して聞いた。
「どこに?」
「え」
よく見ると彼の顔は整っていた。青い吸い込まれそうな瞳を呆然と見つめ返す私に、彼は急かすように言った。
「どこに続いている。教えてくれ」
その勢いに押し切られる形で私は彼の小指を見て、それから遠くを見て西を指差す。
「あっちに」
「ありがとう」
少年のように純粋な笑顔でお礼を口にすると、私が指差した方角へ駆けていった。
なんだったのだろう。驚きすぎて酔いが冷めてしまった。
次の晩、同じ酒場で昨日のことを夢のように思い出していると同じ顔が私の前に現れた。
「君の言う方角に行ったら、勇者になった」
「え、あー……。おめでとうございます」
そんな言葉しか返せない私に、眩しい笑顔で勇者さまは言った。
「だから付いてきてくれ」
私は僧侶だ。回復魔法だけが取り得の平凡な僧侶だ。弱いことは分かってるから一人でほそぼそとやっていくのが自分にあっている。
でも、そんな気持ちを吹き飛ばすように太陽のような笑顔でこの勇者さまは言うのだ。
「この糸がどこに続いているか知りたい。俺を導いてくれ」
ぱちぱちと瞬いた後、勇者さまの赤い糸が私には繋がっていないことに少しだけ寂しくなった。
繋がってたら最初から彼の赤い糸も見えるはずないのに。
それから、勇者さまの運命探しの旅が始まった。
運命といってもそんなに凄いことは起きていない。
無駄に張り切った勇者さまが初めての町で、なんか強くてかっこいいからという理由で暗黒騎士を勧誘しようとしたら一喝されていた。それだけで旅の仲間は増えていない。
諦めてそのまま西に歩いて、敵が出たら戦って、日が暮れたら適当に宿屋で一晩泊まる。
そんな旅を1週間続けた。
え、ラブイベント?
そんなのないよ。だって勇者さまは私なんか眼中にないのだ。
いじけながら宿屋で朝ごはんを食べていると、真っ黒なローブをすっぽり被った人が声を掛けてきた。
「東の果ての国の勇者様一行ですね?」
顔が良く見えないので勇者さんがびびりまくっていると、その人物はフードに手をあてた。
「あ。驚かせて、すいません」
パサリとフードを落とした。ふわふわのブロンド髪の美少女が顔を出した。
そうして天使のような少女が勇者さんではなく私を見た。
「僧侶さん、お願いしていいですか」
私の右手を逃がすまいとガッシリ両手で包んで彼女は続けた。
「あなたの後ろの席に座っている大柄の男の赤い糸見えますか。誰に繋がってますか」
ふんわりとした見た目に反して、真剣な瞳で手のひらから伝わる気迫がすごかった。
その気迫に押されるように後ろを見て、それから周りを見渡す。
なんとなく彼女の言いたいことが分かった。この赤い糸の答えを彼女はあらかじめ知っていたのだろう。
彼女に向き直ると、私はぽつりと告げた。
「この宿屋で働いてるポニーテールの子」
「すごいです!あの2人、近々式を挙げるそうですよ」
小さく拍手して、にこにこと機嫌よく追加情報までくれた。
別にそんな情報いらないんだけど、と思っていると彼女の顔がずいっと近付いた。
少女の瞳がキラリと光っている。
「私、運命探してるんです」
ここにも頭痛いのがひとり。
がっくりと、うな垂れる私をよそに彼女は姿勢を正した。
「申し遅れました。私、南の国の魔法使いです。強くなるために旅をしようと思いまして国を出ました。とりあえず目印になりそうな魔王城を目指して、魔王城の目の前まで辿り着きました。でも、そこで気付いたんです。運命の人に出会えていない……と。だからお城には入らずに引き返して旅を続けています」
どこからつっこめばいいのか分からない。魔王城の前まで行ったのならそこそこ強いのではないだろうか。
「じゃあさ、仲間になろ」
勇者さんが早速勧誘してる。
「私の運命の方を探していただけるのでしたら仲間になります」
魔法使いちゃんも受け入れようとしてるし。
私は慌てて止めに入った。
「ちょっと待ってください。こうゆうのはもう少し慎重に」
「だって魔法使いいたほうが便利じゃん」
じゃん、じゃねーよ。
勇者を無理にとめても聞かないだろうから、一番嫌がりそうなことを言ってみた。
「この子の運命、ちょっと東に戻ることになるけどいいの」
「えー」
ほら不満げな顔をする。歩いて1週間かけてここまで来たのに戻るのは嫌だろう。しかし、魔法使いによってその不満は解消されることになった。
「それなら運命の方を見つけた後に転送魔法で戻しますよ。行ったことある場所なら転送できます」
「すごい!さすが魔法」
勇者の目が少年のようにキラキラしてしまった。
駄目だ。こうなってしまっては、もう決まりだ。
「……わかりました。仲間になるということは、
うちの勇者の運命探しにも付き合うことになりますがいいんですね?」
私が精一杯の脅し文句を口にしたのに、魔法使いちゃんの笑顔も勇者に負けないぐらいキラキラしていた。
「それくらい安いもんですよ」
+++☆
糸に触れると大体の距離が分かってきたので、短いほうから順に運命を探すことになった。
そんな訳で短い方の、魔法使いちゃんの運命探しになった。試しに糸をたどると、前に居た町に逆戻りしていた。しかも、なんか見たことある人に繋がっている。
あれ?と首をひねっていると勇者が暗黒騎士の下に駆け寄った。
「いまなら可愛い魔法使いちゃんが付いてくるぞ」
どんな勧誘だよ。
暗黒騎士さんは全身、頑丈そうな鎧なので姿どころか顔も見えない。腰に申し訳程度の装飾が付いた剣を持っていたので、暗黒騎士さんと見分けられるだけだ。うちの勇者は記憶力はいいし、たぶん同じ人だ。
魔法使いちゃんは、魔法使いちゃんで「私、顔が見えない人って苦手なんですよね」って言ってる。
その言葉がきっかけなのか暗黒騎士さんが頭の鎧を取った。わりと顔が整ったおじさまだ。
次の瞬間、周囲が薔薇色に染まった。主に魔法使いちゃんのせいで。
私はイケメンでも筋肉マッチョに興味はない。
ムキムキおっさんのなにがいいか分からないけど彼女の好みストレートど真ん中だったらしい。パーティの仲間が増えた。
まぁ運命ですから。
そんなこんなで旅をして1ヶ月後、勇者が駄々をこね始めた。
「そうりょー、まだなの?」
そんな文句も軽くスルーする。だって勇者の旅は長いのが普通だし、糸も全然縮まっている感じがしないから果てしなく遠いのだろう。
あ、そうそう。うちのパーティの魔法使いちゃんと暗黒騎士さんはラブラブだ。
おっさんが絆されて暗黒っぷりはどこへやら、魔法使いちゃんに甘々だ。
りあじゅうめ。
私も文句を言いたいけど、旅なんだから仕方ない。
溜息を吐いてると、魔法使いちゃんが言った。
「転送魔法使いましょうか。ここから西は行ったことある場所なので使えますよ。そうですね、あんまり進めすぎても糸の正確な方角が分からなくなるのは困りますし、街ふたつ分ぐらい進めてみますか」
「わー。さすが魔法使い」
なんて言ってる勇者は置いといて、魔法使いちゃんは
「はやく終わらせて家庭を持ちたいんです」なんて言っている。
おいおい、どんなショートカットだよ。勇者も嬉しそうに賛成するな!
レベル上げはしなくていいのか?
+++☆
そんな、チート炸裂でその1ヶ月後には魔王城の前に私たちは居た。
転送魔法は1日1回の使用なので、ある程度時間はかかったけど普通に旅するよりずいぶん早い。早く進めすぎたので勇者と私のレベルは弱いままだ。このまま魔王に会ったら死亡フラグしか立たないと思う。
ちなみに、途中で盗賊が仲間になったけど、愛に生きるためにとか言ってパーティからぬけました。仲間になった期間が1日だけだったとか……。
「なんだ、魔王のお城までショートカットすればよかったですね」
魔法使いちゃんが、のほほんと言ってる。暗黒騎士のおっさんは基本寡黙なので全然喋らない。基本というのは魔法使いちゃんには適応されないからである。あいかわらずラブラブですね。
「本当に入るの?」
不安そうな勇者の声がこぼれる。
とうとう来てしまった。2ヶ月しか旅してないのでレベルがあんまり上がってない勇者もさずがに心配らしい。私だって魔王城に入りたくないけど勇者の運命が繋がってるのだ。
別に魔王城に入ったからって、いきなり魔王に会うわけじゃないし運命の赤い糸をちょっと確認して死にそうなら逃げたらいいんだ。
うん、そうしよう。
勇者もぶつぶつと何かを言ってる。
めげそうな自分を叱咤して勇者が重い扉に手をかける。
ゴゴゴと低いうねり声を上げて扉が開いた。
ひやりと冷たい空気が外へと流れる。その流れに逆らって足を踏み入れた。
城の中に入ってすぐに誰かが立っているのが見えた。
「可愛い」
勇者の口から惚けた言葉が落ちた。
そこには、つるぺた夢魔ちゃん推定10歳ぐらい……が、いた。
つるぺたってお胸だ。サキュバスちゃんなので魔族。ついでに言うと敵になるわけだけども……うちの勇者は一目惚れしたらしい。小さな小指の赤い糸が勇者様へと繋がっていた。
「僕と結婚を前提にお付き合いしてください」
……うん。見た目は幼くても魔族だから実際年齢はたぶんもっと多いのだから結婚はできるかもしれない。
でも、初対面でいきなりどーよ?
チラリとサキュバスちゃんを見ると、ぽっと頬を赤らめてた。
おー。すごい。お互い一目惚れしてるよ。よかったね、勇者はへたれだけど無駄にイケメンだもんね。運命だね。
思考が遠くなりそうになりながらも、二人をスルーして奥へと続く扉を開けた。誰もいない。
更に奥へと続く扉を開ける。ガチャガチャと無機質な音だけが耳に届く。何度目かの扉を開いて、ようやく正気が戻った。
あれだけ、すぐに逃げようと思っていたのに……
まるで何かに導かれるように、ここまで来てしまった。
ふと視線を感じて顔を上げる。
私が開いた扉の先にどう見ても城の主のような方がいて、声もなく静かに見据えるしかなかった。
深い闇に飲み込まれそうな瞳と光の加減で紫色にも見える黒い髪。
頭には角がふたつ生えていて、そして見たものすべてを震え上がらすような凶悪な容姿とオーラ。でも、よく見れば顔は整っているからイケメンだ。
口が開いてとがった歯がちらりと見えた。
「怖がらないのか」
「諦めてるから」
恐怖を通り越してなぜか頭は冷静になっている。
ただの平凡な僧侶がここまで来ただけでもすごいことだ。なんだかんだ言っても勇者一行の旅は楽しかった。その糸が私に繋がってなくても私は幸せだった。
「運命が見えるらしいな」
まさか魔王までそんなことを言うなんて思ってなかったので笑みがこぼれた。
「運命なんて信じてるの?」
あぁ、おかしい。こんな極悪な顔して運命だなんて。
「見えるからな」
耳を疑った。
「あぁ、でも自分のモノしか見えないけどな」
そう言って魔王は糸を手繰り寄せるように私の左手を捕まえた。
私は魔王の腕の中にすっぽりと収まってしまった。抵抗するのを忘れてしまった私は能天気な声が聞こえて、やっと状況に気付いた。
「そうりょー!僧侶ー!」
「勇者……」
あぁ、よかった。勇者だもんね。魔王を倒しに来たんだよね。
「あ、見つけた」
開けっ放しの扉から勇者が顔を覗かせた。ちゃっかり右手はサキュバスちゃんと手を繋いでいる。
にこにことご機嫌よく彼は口を開いた。
「僧侶、いままでありがとね」
んん?
「最初はちょっと不安だったんだけど、旅をして仲間が増えて楽しかった」
あれ?なんで別れの挨拶みたいになってるの?
「僧侶のおかげで運命みつかったよ。ありがとう」
いやいや、まだ魔王倒してませんよ。勇者様。あんた、仮にも勇者さまでしょ?
「じゃ、もう会えないかもしれないけど……またね」
最後にもう一度にっこりと笑って、パタパタと足音2人分が去っていった。会えないとか縁起でもないこと言い残していくなよ。死亡フラグ? 私、死亡フラグでもたってんの?
あれあれ、でも運命って赤いあれの方ですかね。
「僧侶さん!」
あ、魔法使いちゃんだ。魔法使いちゃんがいなかったら、ここまで辿り着けなかったな。勇者は攻撃力だけ強かったけど他が全然で、私も回復魔法だけだったし、ほんと魔法使いちゃんは天使みたいに頼もしかったな。
「僧侶さんのお陰で私も運命の方と出会えることができました」
わぁ、嬉しそうに頬染めて相変わらず天使だわ。
「いままで有難うございました。お元気で」
またしてもパタパタと幸せそうな足音が2人分去っていきました。
「終わったな」
私の頭上で魔王が呟いた。
うん、終わりましたね。
「あのー……、私ずごい弱いので魔王様と戦う気は全然ないのですが」
できるだけ丁寧に述べて、ちらりと魔王の顔色を窺ってみるとキョトンとした目の魔王と視線が合った。
「私、殺されないですよね?」
いや、まさか。赤い方って言ってもそっちじゃないですよね?
「……なにを勘違いしてる。お前を殺すつもりはない」
よかった。死亡フラグは立ってなかった。じゃあ、やっぱりアレか。赤い糸的な運命のあれですか。
「殺してもつまらないだろ。それよりもっと楽しいことだ」
その言葉とともに、ちゅっと可愛らしい音が私の頬でなった。
「回復魔法が得意なんだったな」
にやりと楽しそう笑う魔王に嫌な予感がする。
私には自分の運命の赤い糸は見えないけど、魔王にはどうやら見えるらしい。
その糸が繋がってるってことは、どうゆうことなのか見てきたから知っている。私はどうにか声を絞り出した。
「……お手柔らかにお願いします」
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