A hour times in life
「もう昼か」
時計を見ると正午前だった。俺は勉強の手を止め手作りの弁当を手提げの猫のイラストが入ったバックから取りだし学習室から出た。
とある雑居ビルの二階、そこには資格や公務員の試験を勉強するための予備校が在している。俺はここで税理士の資格を取るために4年弱通っている。毎年20万程授業料をとられるが他に予備校がないので仕方ない。
予備校の配置を説明すると4部屋あり、3部屋が学習室、1部屋がスタッフルームという構成だ。休憩は廊下に簡単なテーブルとイスが3セット几帳面に置かれているから、新聞を読んだり食事をしたり出来る。だが俺はそこを通りすぎ奥のもうひとつの部屋に入る。その部屋は予備校の所有している部屋ではなく雑居ビルに在する会社が共有で使用していて、会議等に使われている。しかし昼の12時から1時までは何も予定が入っていなければ、休憩部屋として解放される。
スリッパに履き替え洋室なのに襖という謎の和洋折衷な扉を開ける。部屋の中は会議用のテーブルが10個、イスがテーブル1個につき3脚整理されて置かれている。さらに全面に窓が設置されていてカーテンの代わりに障子でもう和室でよくねと思わせる部屋になっている。
いつも通り窓を開け風を通し窓際の席に座る。今日はのり弁と持ってきている大きめのお茶というランチ。
「楽しみだな」
この時間は貴重だ。
ほぼほぼ食べ終え針が4分の1を通る時、襖が開き見た目20代前半の背の高い細身の黒の眼鏡をかけた青年が現れた。彼は俺とは反対側の壁側の席に座った。
「窓、閉めたほうがいいですか?」
「あ、大丈夫ですよ」
「本当ですか、助かります。私暑がりなので」
「いえいえ」
声は頼りなさそうだけど笑顔で受け答えをしてくれて気持ちいいな、話してみての最初の感想はそんな感じ。
彼が弁当を食べ始めたところでまた質問してみた。
「何を勉強しているんですか?」
「公務員試験の、初級を」
彼は箸を止めながら嫌な顔せず答えてくれた。
「私は税理士の勉強をしているんですよ」
「そうなんですかー」
「私、佐藤って言います」
「えと、自分ミカゲ、御影良です」
突然の自己紹介に驚いた様子、御影は完全に俺に注意をはらっている。――よし。
「御影クンか。私の名前は一郎です。覚えやすいでしょ?佐藤と一郎」
御影は相づちをうち弁当を再び食べ出した。俺は気にせず話始めた。
「いやー、佐藤って何であんなに多いんでしょうね?佐藤だけの集落でもあったのかな?」
「さー、どうなんでしょうね」
御影は食べながら答えてくれた。
「その弁当手作り?」
「いえ、母が作ってくれました」
「優しいお母さんだね」
「はい」
御影は朗らかな表情だったが返事のトーンは複雑な色が出ていた。
「私35ですけど、おいくつですか?」
「19歳です」
ちょっと驚き。
「え!?もっと上だと思った!」
「そう見えますか?」
「うん。雰囲気大人っぽいし」
「僕も、もっと下だと思っていました」
「え、何歳に見えた?」
「25歳」
「それお世辞で言ってる?」
「いえ、若いなーって前から思ってました」
「そう、ありがとうございます」
会話も弾み、針は2分の1を過ぎた。
「御影クンはここにいつからきてんの?」
「今年の4月から来てます」
「ん、ということは高校卒業してからなの?」
「はい。…高校の時は大学を目指していました」
「どこら辺の大学?」
「T大学です」
T大学は家の県に唯一存在する国立大だ。
「そんなにいいところ何で諦めたの?」
「その…落ちたとき、ものすごく落ち込んじゃって。もう1回やる気がなくなってしまったんです」
「ふーん、それで公務員を目指すことにしたんですか。未練とかある?」
「そうですね、正直あります。そのせいで公務員試験も落ちてしまったし」
「親には言ったの?」
「いえ。父親は大学進学にはもともと反対だったんです。進学校に行ったのに高2の12月に突然公務員試験受けろって言われて、さも当然のことのようにです。でも俺は大学に行きたかったから推薦を貰えるくらい頑張ったんです。ダメでしたけど」
「それは、パニックになっちゃうじゃない。説得しようとした?」
御影は首を左右に振った。
「あ、それほど未練ない感じなんだ」
「大学行っても変なプライドつきますし」
「ふーん…もったいないね」
「……」
御影は黙ってしまった。少し踏み込みすぎたかな、次の言葉が重要かもしれない。
「あのさ、御影クン。夢を持っていますか?」
御影はこちらに目を向けた。その目は若者らしい純粋でたくましいものだった。時計の針は4分の3を5分ほど過ぎていた。
御影は少しずつ話し出した。
「あります。僕は、家を出て、沢山働いて、沢山お金を貯めて、そしたら、海外に行きたい。そして働きながら旅をして、沢山の出会いをして、何度も何度も失敗するかもしれないけど、挑戦を繰り返して、自分のやりたいことを見つけたい」
「うん」
「父親にこんなこと言ったら怒り狂うけど、そしたら、家を出ていくことも覚悟しています。だから今からバイトをして、少しでも資金を作りたいと思っています」
「そうなんだ」
「……やっぱりダメでしょうか。全部自分のわがままだし、家族を心配させてしまうし。なにより、先が見えなくて不安です、これでは」
御影は急に自信がない様子になった。興味無さげに見えたかな俺。本当はそれとは反対なのに。
「やりたいことをやるって、難しいんだよね。高い高い壁が自分を待ち受けていて、さらに絶対何かを犠牲にしなければならない。前に進めば進むほど、沢山ある。でもそれはきっと楽しくて生きてる感じがするんだよね。だからさ、自信持って頑張りな。一生懸命やれば絶対に何かを得られるからさ」
御影は俺の臭い話を黙って聞いてくれた。どう思ってくれたかな。
「…俺、やろうと思います。ぶつかっていこうと思います。頑張ります!」
そう思ってくれて良かった。時計の針は1時を指した。
「もう時間だ。ごめんね、話長くて」
「いえ、話せて良かったです!」
「本当?ありがとう。じゃ、頑張って」
「はい!」
その後、御影は走って去って行った。夢の舞台へ。
俺は窓を閉めた。実は俺は暑がりではない。なぜそんなこと言ったのか。理由は15年前、俺もそんなことから始まった話に救われたからだ。その1時間が俺の人生の中でもとても貴重な時だった。だからそれから俺はそれを真似してこの1時間を続けきた。誰かにとって少しでも癒される時間になるように。でも今日は特別だった。いつもはアドバイスなんてしない。基本的に聞き手をするようにしている。俺がそんな大それたことをしようと思ったのは、御影が過去の自分に似ていたから。俺もちょうど御影と同じくらいの歳に同じようなことで苦しんでいた。だから俺がその時言ってほしかったことを伝えたかった。俺は夢を選ばなかった。だから夢を捨てた後の時間を知っているから、御影には夢を諦めてほしくなかった。
「明日は誰が来るかな」
毎日全く違う境遇の人が訪れる。誰も来ない日もある。だけど俺は変わらずこの窓を開ける。
連載厳しいので短編から始めたいと思います。あんまり長く書けないな。色々アイディアはあるのに。もっと頑張ります!アドバイスあればよろしくお願いします。それではまた。