ずっと一緒に
二人で並んでいつもの通学路を歩いて帰る。景色はいつも通りだが、今日の帰り道は特別なもの感じる。今繋いでいるエリーの手の温かさがそれをより実感させてくれた。
「リン、一つわがまま言ってもいいデスカ?」
「何?私にできることならなんでも言って」
この前までエリーとは距離が空いてしまったから今はそれの償いじゃないけど、できることならなんでもしてあげたい。
「その、この間までリンとあまりお話できなかったから今日はずっと一緒にいたいなって……だから、今日はリンのお家にまたお泊まりしてもいいデスカ?」
「もちろんいいよ。……私もエリーと少しでも長く一緒に居たいし」
「やった。嬉しいデス!」
私も内心かなり嬉しい。まだエリーと一緒に居られることがこんなにも嬉しい。私は気がつかない内にこんなにもエリーのことが好きになっていたんだなと改めて実感する。
「お邪魔シマス……あれ?リンのママはいないんデスカ?」
「あー……そういえば今日は父さんの単身赴任先に行くって言ってたような……」
ここ最近はずっとエリーとのことで悶々としていたから母さんの話もまともに頭に入っていなかったが、多分母さんが行くって言ってたのは今日だった気がする。
「そうなんデスカ……それじゃ、リンと二人っきりデスネ」
「うん……」
二人の間になんだか変な空気が流れる。別に気まずいとかそういうものではないのだけど、なんだかむずむずするというか変な感じの雰囲気だ。
「ほ、ほら、ずっと玄関で立ち話もなんだし私の部屋に行こう?」
「あ、はい」
なんだか自分の部屋に久しぶりに帰ってきたような気がする。今日はエリーといろいろあったからそう感じるのかもしれない。
「リン!」
「わわっ!エリー?どうしたの?」
急にエリーが抱きついてきた。ふわっとエリーの髪から甘い香りがした。
「ずっと、寂しかったんデス……」
「……ごめんね。もうあんなことしないから」
もう以前の私がやってしまったことを帳消しになんてできない。今の私にできることは少しでもエリーと一緒に居ることだけだ。
「リン、もっとぎゅってしてくだサイ……」
「うん」
少し強めにエリーを抱きしめる。柔らかくて暖かな感覚がもっと伝わってくる。私の腕の中にエリーを抱いていると胸の奥から暖かいものがこみ上げてくる。好きな人を抱きしめるということがこんなにも幸福になれるものだってエリーのおかげで知ることができた。
「えへへ、とっても幸せデス」
「私もだよ。エリーと一緒に居られて幸せ」
「うーん」
「リン?どうしたんデスカ?」
「ずっとこうして二人でくっついてるんだけど、大丈夫?暑くない?」
私の部屋に来てからずっとエリーと抱き合ったままだ。エリーとくっつけるのは私的にはウェルカムなんだけど、さすがにもう夏が近づいてきているだけあってちょっぴり暑い。というか汗臭くないかな。臭い大丈夫かな私。
「確かにちょっとだけ暑いかもデス」
「ちょっとだけ離れる?」
私としてはもっとエリーとくっついていたいけど、エリーが暑いなら仕方ない。
「ううん、もっとリンとこうしてたいデス……」
「私も……」
結局私とエリーはまた、しばらく抱き合っていた。暑さなんて気にならないくらいに幸せな時間だった。
「そうだ。エリー、今日は晩御ご飯何食べたい?」
「うーん……あ、ニクジャガっていうお料理食べてみたいデス」
肉じゃがか。材料はあったかな。冷蔵庫見ておかないと。
「オッケー。任せてよ」
普段母さんに頼まれたとかなら面倒に思うけど、エリーのためならそんな気持ちすら起こらない。
「あの、リン!わたしも一緒にリンとお料理したいデス!」
「いいの?エリーはお客様なんだし、ゆっくりしてていいんだよ?」
「わたしはリンの恋人デスから、その、わたし恋人と一緒にお料理するのってちょっと憧れだったんデス」
エリーは頬を赤らめながら上目遣いで私の目を見つめてくる。前から思ってはいたけど、これは本当に反則だ。
「そ、それじゃ、ちょっと冷蔵庫見て来るから、エリーはゆっくりしててよ」
「あ、わたしも行きマス!」
「え?いいよ、冷蔵庫ちょこっと見て来るだけだし」
わざわざ冷蔵庫の中身を確認しに行くのに二人で行くこともないだろう。エリーはお客様なんだし、部屋でゆっくりしててもらった方がいいと思う。
「今日はずっとリンと一緒デス」
エリーがぎゅっと私の腕に抱きついて、暖かくて柔らかい幸せな感覚に右腕が包まれる。
「……そうだね。一緒に行こうか」
「はい!」
「うん、これなら大丈夫そう。今晩は肉じゃが決定だね」
「わあ、楽しみデス!」
冷蔵庫には肉じゃがを作るには十分な食材が入っていた。これも私の日ごろのおつかいの賜物だろう。
「そうだ、せっかくキッチンまで来たし、もう作っちゃおうか?」
もう時間も夕方だし、今から料理を始めればちょうどいい時間に完成できそうだ。
「はい、そうデスネ。よろしくお願いしマス」
「こちらこそ。それじゃ、はい、エリーのエプロン」
エリーにエプロンを渡してから私もエプロンをつけて、二人で料理の準備をする。エリーが着けているのはいつも母さんが使っているエプロンで見慣れているはずなのに、エリーが着けるとなんだかいい。エリーのエプロン姿って実は初めて見たからその新鮮さもあるのかもしれない。
「リン?」
「え?あ、ああ、ごめんね。それじゃまず、野菜の皮剥こうか」
しまった。エリーのエプロン姿に見惚れてしまってぼーっとしてたみたいだ。
気を取り直して冷蔵庫から取り出した野菜の皮剥きをする。
「リン、こっちのはできマシタ」
「ありがとう。それじゃ、私はエリーに剥いてもらった野菜切っておくから、またこっちの野菜の皮剥きお願いしていい?」
「はい!」
こういうのはせっかく二人でやるなら分担した方が効率いいよね。
「よし、それじゃ切った野菜とお肉をまず炒めてと」
エリーに皮剥きしてもらった野菜をお肉と一緒に炒め、しばらく経ってからそのまま水と調味料を流し込む。
「おー、ニクジャガってこうやって作るんデスネ」
エリーが興味深そうに鍋を眺めている。まじまじと鍋を見ているエリー、ああ、かわいいな。
「それじゃ、あとは味付け用の調味料入れてからしばらく煮込めばOKだよ」
ここまでやってしまえばもう簡単だ。肉じゃがはめんどくさい料理のようでいて、割とシンプルなので作りやすいから私は好きだ。
「なんだかこうやって二人でお料理してると、リンのお嫁さんになったみたいデスネ」
「う、うん……」
ちょっと顔を赤らめながら微笑むエリーが愛おしすぎて、今すぐにでも抱きしめたくなる。それにしても、エリーが私のお嫁さんかあ。……うん、いい。かなりいい。
「ね、エリー。あの、抱きしめていい?」
だめだ、もう辛抱なりません。エリーのことがかわいすぎてもう私の好きが止まらない。料理も一段落したしいいよね。
「はい。ふふっ今日のリンは甘えん坊さんデスネ」
エリーがくすっと笑う。その仕草もかわいらしい。我慢できずにエリーのことを抱きしめる。エリーを抱きしめるときって、エリーが私より小柄なせいか、すっぽりと私の腕の中に収まるのがこれまたいいのだ。
「それじゃ、あとは煮込むだけだから、たまに火の様子見ながらゆっくりしよっか」
「そうデスネ。なんだか楽しみでお腹空いて来ちゃいマシタ」
とりあえず鍋は弱火にしてリビングのソファで一休みすることにした。
「んー。テレビでもつけよっか」
エリーと並んで座ってご飯ができるまでゆっくりしよう。ソファに体を沈ませるとなんだか体が重く感じる。なんだかんだで、今日は激動の一日だったから実は疲れてたのかもしれない。
テレビをつけると、ちょうどゴールデンタイムの番組が始まる時間で、チャンネルを回してみるとバラエティ番組やドラマなんかがやってたりする。
「エリーは何か見たいテレビある?」
「んー……うちだとあまりテレビ見ないデスから。リンの好きな番組を見てクダサイ」
と言っても、私もテレビは流し見で見てたし、BGMに近いものだったから、改めてこれが好きって番組はあまりない気がする。
「私もあんまりしっかりテレビは見ないからなあ……ま、適当につけとけばいっか。もうちょっとしたらご飯もできるし」
「はい。リンと一緒ならわたしはそれでいいデス」
隣に座っていたエリーが私の肩に身を預けてくる。心地よい重みと一緒にエリーの髪からいい匂いがふわっと漂ってくる。
しばらく二人で無言でぼーっとして過ごす。部屋にはテレビから流れる音だけだ。私は誰かとこういう無言の時間は正直言ってかなり苦手だけど、今は全く苦じゃない。その相手が好きっていうだけでここまで自分が変わるものなのかとしみじみ思う。
「そろそろお鍋の様子見てみようか」
結構のんびりしてたし、そろそろいい頃合いかな。
「うん、じゃがいももやわらかくなってるし、良い感じかな」
調理用のお箸でじゃがいもをほぐしてみると、いい具合に柔らかくなっている。
「エリー味見してみる?」
「いいんデスカ?」
「もちろん」
エリーの口に肉じゃがが一口運ばれる。ちょっと緊張する。
「おいしいデス!」
エリーの顔がぱあっと明るくなった。良かった。もしも、エリーの口に合わなかったらどうしようと思ったけど、これで一安心。
「よかった、それじゃご飯にしよっか」
お皿にそれぞれの分をよそってテーブルまで持っていく。いい匂いがして私も本格的にお腹が空いてきた。
「それじゃ、いただきます」
「いただきマス」
私も肉じゃがを食べてみよう。
「うん、我ながらおいしい」
野菜もいい感じに柔らかくていい。じゃがいもほくほくだし。
「そうだ!リン、リン!」
「どうしたの?」
エリーが何かを思い出したようだけど、なんだろう。
「はい、あーんデス」
「ふぇっ!?」
突然のことでかなり変な声が出てしまった。これは恥ずかしい。
「あれ?……わたし何か間違えてマシタ?」
「い、いや間違いとかじゃないけど」
「マドカが恋人同士はこうするって言ってマシタ」
まどかがそんなこと言ってたんだ。意外とまどかも乙女なのかもしれない。
「そ、それじゃいただこうかな……?」
「はい!」
エリーからあーんをしてもらった肉じゃがはなんだか自分で食べるのよりおいしく感じる。
「うん、おいしい。ありがとね、エリー。そうだ、私も。はい、あーん」
エリーにしてもらったんだったら私もエリーにしてあげないとね。
「あーん……なんだかリンに食べさせてもらうともっとおいしくなりマスネ」
「わ、私だってそうだよ……」
ここまでやっておいてなんだけど、言葉にするとやっぱりちょっと恥ずかしい。
「ふう、ごちそうさま」
「ごちそうさまデシタ」
晩ご飯も食べ終わってお腹もふくれて、いい気分だ。
「そうだ、エリーはもうお風呂入る?準備はできてるけど」
「はい、そうデスネ。もう夜の時間デスシ……」
鍋に火を着けてからすぐにお湯張りしておいたからすぐにお風呂に入れる状態にしておいて正解だったかな。
「うん、それじゃエリーが先に入ってもらって大丈夫だから、どうぞ」
「今日はリンも一緒じゃダメ、デスカ?」
「えっ?で、でも……」
きっとこの前エリーが家に泊まったときの私なら、女の子同士だし大丈夫と思っていただろう。しかし、今は女の子同士とはいえ、そういう関係になっているのだから、これはあまりよろしくないのではないでしょうか。
「今日はリンと一緒デスっ!」
「え、エリーがいいなら、その、よろしくお願いします……」
何がよろしくお願いしますなんだと自分に突っ込むほどの余裕は今の私にはなかった。
我が家の脱衣所でこうもドキドキする場面が私のこれまでの人生であっただろうか。目の前には服を現在進行形で脱いでいて、かわいらしいピンク色の下着姿になっているエリーの姿が。いかん、目を奪われてしまって、これからお風呂に入ろうと言うのに私はまだ服を着たままになっている。
急いで私も服を脱いでエリーと一緒に浴室へと入る。一糸纏わぬエリーの姿を見るのって初めてだ。
「リン?」
「えっ?あ、ああ!ごめん!なんでもないの、なんでも……」
エリーに見惚れていたら、不思議そうな顔をされてしまった。
「そ、そうだ!せっかく一緒にお風呂入ってるんだし、背中流してあげるね」
「いいんデスカ?ありがとうございマス」
あれ?とりあえず言っちゃったけど、これってエリーの体に直接触れるってことだ。そう考えると、どんどん顔が熱くなってきてお風呂に浸かってもいないのにのぼせてしまいそうになる。エリーとはキスだってしたし、抱き合ったりもしたけど、裸で触れ合うっていうのはなんだか妙にドキドキする。
「そ、それじゃいくよ?」
「はい」
そーっとエリーの背中をボディーソープで泡立てたタオルで洗う。その時にどうしてもエリーの肌に手が触れてしまうわけで。ああ、すべすべでずっと触れていたい。
「大丈夫?痛くない?」
「はい、とっても気持ちいいデス」
力加減は問題ないみたいだけど、私の理性には問題が発生している。こういうときは何か別のことを考えるか無心になればいい。でも、別のことってなんだろう。いろいろ思い浮かべてみるも、頭の中に浮かんでくるのはエリーのことばかりで、余計に意識してしまう。これはまずい。こうなったら無心だ。何も考えないようにしよう。そう固く心に決めたものの、普段からだらしない生活をしているせいか、そんなことはできなかった。
「それじゃ流すね」
私の理性の崩壊を留めるための戦いで精神的にかなりキツくなってきたところで、とりあえずエリーの背中を流すことにした。危なかった。もう少しこのままエリーに触れていたらちょっと危なかったと思う。
「ありがとうございマス。次はわたしがリンのお背中流しマス!」
「え?じゃあ、お願いしようかな」
エリーが洗ってくれるなら私が触れるわけじゃないから、さっきみたいに変な気分になることはないだろう。多分。
「それじゃ、いきマス!」
エリーが気合を入れた一声とともに背中を洗ってくれる。力加減もちょうどよくて、とても気持ちいい。
「んっ……」
力を入れているからか、時折エリーの声が漏れる。なんか、えっちな感じに聞こえるのは私の心が汚れているからだろうか。いかん。これはこれで悶々とする。
結局エリーに体を洗ってもらっている間もモヤモヤしっぱなしだった。
「うーん、湯船は二人だとちょっと狭いかな。どうする?」
「わたしはそれでも、リンと一緒に入りたいデス……いいデスカ?」
またもやエリーの反則技の上目遣いだ。これを出されて断れる人なんているのだろうか。
「ううん、それじゃ一緒に入ろうか」
「はい!」
やっぱり二人だと家のお風呂じゃちょっと狭くて、私が後ろからエリーを抱きかかえて入る形になる。さっきよりも体が密着して早くも私はオーバーヒートしそうだ。
「あったかいデスネ」
「うん。ていうか、大丈夫?狭くない?」
「はい。大丈夫デス」
私は別の意味で大丈夫じゃなくなりそうだけど。
お互い言葉を発しなくなって、無言の時間が流れる。浴室には水の音だけが響いている。なぜかこういう静かな時ほど感覚って研ぎ澄まされるようだ。現に私はいまエリーの肌の柔らかさやらがすごく伝わってきている。ああ、やっぱりもう私ダメかもしれない。
「ね、エリー」
「なんデスカ?」
エリーが振り向くとすっごく顔が近い。私が後ろから抱きかかえているのだから当然なんだけど。
「……キスしていい?」
もう我慢できずに言ってしまった。
「はい……」
エリーが瞳を閉じる。こうも密着しているからすぐにその唇に触れてしまえそうだ。ここまでいろいろ抑えてきていた私は気がついたらエリーの唇を奪っていた。
「んっ……ふぅ……」
エリーの口から吐息が漏れる。やっぱりなんかえっちな感じだ。
「もっと、していい?」
「はい……わたしも、もっとしたいデス」
そういうエリーは上気した頬でとろんとした眼で私を見つめていて、それがたまらなくかわいくて、また私はエリーと唇を重ねていた。
それからしばらくして、お風呂から上がるとお互いに顔が真っ赤になっていた。こんなになっているのはお風呂のせいということにしておこう。
お風呂から上がって再び私の部屋でエリーと話をして、ときどき抱き合ったりしていたらもう11時だ。時折エリーが眠たそうにこくんと頭が揺れる。
「そろそろ寝ようか」
「はい……」
エリーに先にベッドに入ってもらう。今日もベッドに二人で寝ることにお風呂から上がった時に決めていた。
「それじゃ電気消すね」
私もベッドに入って、リモコンで部屋の電気を消す。前も一緒にエリーと一緒にベッドに入ったからわかっていたけど、やっぱりエリーとは体が密着することになる。
「エリー」
「なんデスカ?」
「……大好き」
以前は伝えられなかった言葉をこうしてエリーに伝えられる。それだけでこんなに幸せだなんて思わなかった。
「わたしもリンが大好きデス」
部屋は真っ暗だけど、このときのエリーの微笑みはとても眩く見えた。それに、エリーの大好きという言葉が私の中に響き渡って、私の中を暖かくしてくれる。
「やっぱり嬉しいな。エリーとこうやっていられて」
「わたしも、リンが一緒だと一番嬉しいデス」
ついこの前まで私はエリーから遠ざかろうとしていたから、余計にそう感じるのかもしれない。
「あはは、これじゃずっとエリーと話していたくなって眠れないね」
「ふふっそうデスネ。そろそろお休みしまショウカ?」
その方がいいかもしれない。ずっとエリーと話をしていたい気持ちはあるけど、さすがにそういうわけにもいかないしね。
「うん。そうだね」
「それと……」
エリーからキスをしてくれた。これで今日は3回目のキスだなあ。もっとエリーとキスしたいけど、あまりがっつきすぎるのもきっと良くないかもしれない。
「お休みのキス、デス。お休みなさいリン」
「うん……お休みエリー」
エリーのキスのおかげで今日はいい夢が見られそうだ。そう思いながら私も瞳を閉じた。