思春期?
「リン、リン。朝デスヨ」
誰かが私を呼んでいる気がする。その誰かはわからないけど、私を呼ぶ声は聞いていて心地よい優しい声だ。
このままもっとこの声を聞いて眠っていたい。そうかこれは夢なんだ。夢の中で夢だと認識するのも変な話だけど、夢ならなんだってありだもんね。
「リン?……きゃっ」
それになんだかいい具合な抱き枕まであって最高だ。暖かくてなんだかいい具合に柔らかくていい匂いがする。抱き枕を抱きしめて頬ずりをするとなんとも肌触りのいいすべすべぷにぷに感。ああ、この夢が覚めなければいいのに。
「り、リン~。起きてクダサイ~」
「んあ?……え?」
呼び声で目が覚めた。なんだこの状況は。私に思いっきり抱きしめられるエリーがいかにも満身創痍な感じで目を回している。
「えっ!?ご、ごめん!私寝ぼけてて……」
「いえ、わたしは大丈夫デス」
どうやらさっき夢だと思っていたのは夢じゃなかったらしい。つまり私はいろいろとやらかしてしまったみたいだ。
さっきまで寝ぼけてた自分を時間を遡って叩き起こしたい。
「そ、そうだ。まずは顔洗ったりしないとね!」
「そうデスネ」
誤魔化せたかどうかも怪しいがとりあえずは一階に下りることにした。
それにしてもエリーの抱き心地すごい良かったな。
顔を洗って二人で並んで歯を磨いてからリビングに朝食を摂りに向かう。
「おはよー、朝ご飯できてるわよ」
リビングに入ると母さんの声がキッチンから聞こえてきた。テーブルには母さんの言う通りに朝食が並んでいる。
「おはよ。それじゃさっそくいただきますか』
「おはようございマス。朝ご飯もとってもおいしそうデス」
エリーと一緒に食卓につく。朝食は焼き鮭に味噌汁という典型的日本型朝食。
それにしても目が覚める前のエリーを抱き締めたときの感覚が頭から離れない。いかん、思春期の男の子か私は。
頭の中のやましい考えを朝食を食べて誤魔化すことにする。朝食に箸をつけるもそう簡単に私の頭の中のやましい考えは消えず朝食の味も
あまり感じない。結局朝食は味気ないままに官職してしまい、私の中にも悶々とした感じが残ったままだった。
朝食を終えてお昼前まで一緒にテスト勉強をしてからエリーは帰ることになった。ということで再び私の部屋に二人で戻ってきて勉強をしているが……どうにも勉強に集中できない。隣り合ってお互いにノートを見たりするからエリーと肩が触れ合いそうなくらいに近い。なんか変に緊張する。昨日はそんなことなかったのに私はどうしてしまったんだ。
結局集中できないままエリーの帰る時間が来てしまった。
「昨日からほんとにお世話になりマシタ。すっごく楽しかったデス」
「いいのいいのそんな改まんなくっても。私も凛も楽しかったからさ、また来てよエリーちゃん」
「うん、エリーならいつでも歓迎だよ」
玄関でエリーを見送る。なんだか昨日からあっという間だった気がする。
「ありがとうございマス!えっと、お邪魔しまシタ」
エリーが帰ったあとはなんだかいつもより家が静かに感じるな。
「ほら、凛も一人でもちゃんと勉強しときなさいよ」
「んー……やんなきゃいかんのはわかってんだけどね……」
やっぱりなんか気分が乗らない……勉強に気分が乗らないのはいつものことなんだけどさ。
「うーん……やっぱだめだあ!」
部屋に戻ってノートを開くところまでは行ったがやっぱりだめだ。完全にそういう気分じゃない。
「こういうときはゴロゴロするっきゃないわ……」
ベッドに身を投げて横になるもベッドのせいか昨日の夜のことや今朝のことを思い出してしまってまた悶々としてしまう。
「なんなのさ私ってば……」
本当に私はどうしてしまったのだろう。こんな気持ちになったのは生まれて初めてだ。
「このベッドってこんな広かったっけな」
今までは別にそんなことなかったのに今日はやけにベッドが広く感じる。
「一晩で女は変わるもんさね……」
我ながら意味不明なことを呟いて無理やり眠ることにした。少し遅い二度寝は普段なら最高に幸せな時間なのに今日はあまり嬉しくなかった。
結局あの日から何も手がつかずにみんなとの勉強会の日を迎えてしまった。今日は確か霧香の家で勉強会をするぼで、放課後に皆で霧香の家へと向かうことになった。
「わぁ……おっきいお家デスネ」
霧香の家はまさにお屋敷と言う言葉がしっくりくるくらいの豪邸だ。さすがお嬢様。
「あたしはしょっちゅう遊びに来てるからもう慣れたかな」
幼馴染なだけあってまどかは今もよく霧香の家に遊びに来るみたいだ。
「私は何度かお邪魔してるけど、何度見てもすごいと思うよ」
この感覚の違いが幼馴染との差というやつだろうか。
「そんな大層なものではありませんよ。さあ、どうぞ上がってください」
霧香に招かれて家に上がらせてもらって霧香の部屋についた。
相変わらず私の部屋みたいに散らかっていない綺麗な部屋だな。こういうところに性格の差が出るってよくいうけど、あながち間違ってないのかもしれない。
「それじゃ早速始めましょうか」
霧香の号令によりさっそく勉強会がスタートしたのであった。実際私とまどかは霧香頼りなところがあるからしっかり今回教えてもらわないといけない。……のだが、エリーも一緒にいることもあってかやっぱりどうしても頭が勉強モードにいつも以上に切り変わらない。予想以上に私は重症かもしれない。
その後集中できないながらもなんとか霧香にテスト範囲の勉強を3人で教えてもらいながらとりあえず今回のテストの範囲を一通りおさらいできた。
「ふぅ、これで今回の試験範囲は一通りできましたね」
「いやー助かったよ、とりあえず赤点はなんとかなりそうだわ」
「まどかってば、せっかく皆さんとこうして勉強したのだからもう少し高い点数を目指すべきだと思うわ」
この二人のやり取りを見てると実にいいコンビだなとよく思う。幼馴染パワー侮り難し。
「わたしも助かりマシタ。これでテストもバッチリデス!」
「エリーは私らよりも元からできてたしねー。大丈夫っしょ」
「何気に私も混ぜたな」
確かに私も勉強は苦手だ。何よりめんどくさいし。
「事実だろー」
「もう、失礼ですよまどか」
「もう冗談だってば。霧香は昔からお堅いんだから」
まどかのこういうおどけた態度は場の空気を明るくしてくれるし、霧香のこういう真面目なところもあってこの二人はやっぱり相性バッチリって感じだ。
「二人は本当に仲がいいんデスネ」
「んー?そう?あたしが思うにエリーと凛の方がそう見えるけどな。よくイチャイチャしてるし」
「イチャイチャってそんなにしてないってば!」
エリーと仲がいいように見られて悪い気はしないけど、イチャイチャなんて、そんなことはない……はずだ。
「だから冗談だってば。凛まで霧香の真面目が移ったかね」
なんだか過剰に反応してしまった自分が恥ずかしい。これじゃ事実を恥ずかしがって誤魔化し切れていないみたいじゃないか。
「っともうこんな時間かー。結構やったし今日はこんくらいにしとく?」
時計を見るともう時間は夕方の6時を過ぎたところだった。確かにもういい時間だ。
「そうですね。あまり帰りが遅くなってしまってはいけませんしこれくらいでお開きにしましょうか」
「そうだね。今日はありがとう。助かったよ」
一応これでテストは大丈夫だと……思う。今日教えてもらったとこ復習しとかないとなと思うが、やっぱり自発的に勉強をするのはなかなか難しいのが難問だが。
霧香の家を後にしてエリーと一緒に帰ることになった。まどかは霧香の家の隣に住んでることもあってもうちょっとゆっくりしていくみたいだった。
私とエリーの帰り道はあの公園を出るところまでは一緒なので、必然的に公園を抜けて行くことになる。
「ここってこの前お花見したときの木デスネ」
「あ、そうだね。もうすっかり葉っぱも緑色だね」
これを見るとこの木があの日エリーと一緒に見たときの鮮やかな桜の花を咲かせていた木と同じには見えないな。
「リンちょっとお話していいデスカ?」
「うん、私はいいよ。あそこのベンチに座ろっか」
近くのベンチに二人で腰かける。エリーの話ってなんだろう。
「あの、リン最近なんだか元気ないデスヨネ?なんだか上の空といいマスカ……」
「えっ!?そ、そうかな?」
エリーには見抜かれていたみたいだ。
「そうデス!何かあったんデスカ!?わたしで力になれることあったらと思って」
「えっと……」
エリーがずずいと迫ってくる。でも、これなんて言えばいいんだろう。面と向かって抱きしめさせてくださいって言うのはさすがにちょっとと思う。
「リン!」
こうなったエリーはそうそうのことじゃ引かないとこの前のお泊まり会の時に学んでいる。こうなったら腹を決めるしかないのかもしれない。
「えっと、あの、それじゃ……エリーのことぎゅってしても、いい?」
「それだけでいいんデスカ?」
エリーはきょとんとした表情でいる。それにしてもこれは恥ずかしい。公開処刑ってこういうことか。
「それでリンが元気になってくれるならいっぱいぎゅーってしてくだサイ!」
本人からお許しが出たとはいえやっぱり恥ずかしいな。周りに人がいないのが幸いというべきか。
「え、えっと、失礼します」
恐る恐るエリーの体を抱き寄せる。エリーは完全に私に身を委ねてくれている。抱き寄せたエリーの体はすっぽりと私の腕の中に収まった。
「ん……これでいいんデスカ?」
「うん……」
すごくドキドキしてるのになんだかほっとする。言葉にできない変な感じだけど、いい気持ちだって私は感じている。
しばらく無言の時間が続く。エリーの体温の暖かさが伝わってくる。それに人もいないからとても静かでとくんとくんとエリーの胸の鼓動が伝わってくる。私のこのドキドキもエリーに伝わってしまっているんだろうか。私の気持ちがこのままエリーに伝わってしまえばいいのにという気持ちと伝わってしまうのが怖いという矛盾した感情が私の中に渦巻いていく。
「髪、触ってもいい?」
しまった。テンパってなんてことを言ってるんだ私は。
「はい」
やってしまったと思ったけど、エリーはずっと私に身を委ねてくれている。そっとエリーの髪を撫でて髪が流れていく感覚が気持ちいい。この前触らせてもらってからくせになってしまったのかもしれない。
「リンの触り方優しくて気持ちいいデス。ってダメデスネ、リンに元気になってもらいたいのにわたしが気持ちよくなって……」
「ううん、エリーがいいなら嬉しいし、私もこうしてると元気出る」
いきなり抱きしめてなんて言われて気持ち悪がられると思ったけど、とりあえず悪くは思われていないみたいで安心した。テンパった勢いで髪まで触らせてもらってしまったので、さすがに私自重しなさすぎだと思ったけど、よかった。でも、いつまでもこうしてるわけにはいかない。もう日も落ちてきてるしそろそろこの幸せな時間にお別れしなければいけない。
「ありがとう。あの、すごく元気出た」
抱きしめていたエリーと体が離れてしまう。すごく名残惜しいけど、これ以上は贅沢すぎるってものだろう。
「そうデスカ?よかったデス。わたしがリンの力になれることがあればなんでも言ってくだサイネ?」
「ありがとう。エリーも何かあったら私に言ってほしいな。私もエリーの力になりたいしさ」
「はい。えへへ、嬉しいデス」
はにかむエリーの顔を見たらなんだか今までくだらないことで悩んでた自分が実に馬鹿らしく思えてきた。なんか本当に元気になってきたかもしれない。
家に帰ってきてベッドにダイブする。さっきのことを思い出すと顔が熱くなる。勢いでいろいろエリーにお願いしちゃったけど、思い返すと私とんでもないことばっかり言ってる気がする。いや、気がするじゃなくて実際とんでもないことを言ってる。
「うあー……」
なんだかエリーと一緒に居ると自分の気持ちを隠せなくなってしまう。私は自分で言うのもなんだけど、結構捻くれた性格だと思う。そんな私がなぜかエリーの前だと気持ちを言葉にできてしまうのはきっとエリーの人柄の良さの賜物なのかもしれない。それにしても私はもうちょっと気を引き締めるべきだとは思うが。
今日いろいろやらかしてしまったこともあるが、まずは中間テストという目の前の敵に立ち向かわなければならない。せっかくエリーに元気もらったんだしね。
普段は家では開かれないノートと教科書を開く手がいつもよりも軽く感じた気がした。
沈黙の教室にチャイムが鳴り響く。中間テスト最後のテストが終わった合図だ。
「ふう……」
なんだか肩の重荷が下りた気分だ。今回のテストはまあ、それなりにはできた方だと思う。勉強会のときはあまり集中できなかったけど、結構できたし霧香の人に教える才能ってすごいのかもしれない。
テストを監督もしていた担任の先生が回収してそのままホームルーム。さすがに今日はいつも話が長い担任も簡単にホームルームを終わらせてくれた。
放課後になった瞬間に教室に騒がしさが戻る。テストが告知された日とは真逆の状態だ。
「テスト終わりマシタネ。お疲れさまデシタ」
「エリーもお疲れー。やーっと終わったよ……」
テストが終わってようやく勉強から解放された。これで家でだらける大義名分を得たのだ。
「そうだ、テストも終わったし今週末一緒にどこか遊びに行かない?」
せっかくテストが終わったのだからずっと押さえつけてた遊びたい欲求も解消せねば。
「はい!わたしも行きたいデス!」
「やった。決まりだね。どこ行こうか?」
「うーん……わたしまだどういうところで皆さんがどういうところに行って遊んだりしているのかあまりわからないデス……」
確かにエリーは日本に来てからまだ一月くらいしか経ってないから忙しくて遊んでる余裕なんてなかったのかもしれない。
「だったらさ、いろいろ案内するよ。なんだかんだでこの街も駅前まで行けばなんでもあるからね」
駅前にはゲームセンターにカラオケ、ボーリング、映画館と割となんでも揃ってるし、遊び場には困らないだろう。
「とっても楽しみデス!よろしくお願いしマス!」
また一つ楽しみが増えた。普段なら週末も家でだらけてるだけだったけど、エリーと一緒ならもっといろんなところに行ってみたいと思う。たった一月だけど、エリーと出会ってから私もそれなりに変わったのかもしれない。さて、今週末にはエリーと何をしようか。そんなことを考えることもなんだか楽しく感じるな。早く週末にならないかな。