VS漢字ドリル
「来週からテスト週間だからになるから再来週からの中間テストまでしっかり勉強するんだぞー。それじゃ今日はこれで終わりだ。気をつけて帰れよ」
金曜日の放課後前のHRという本来なら一番気が楽になる時に担任から絶望を告げる言葉が吐き出された。
すっかり忘れていたが、来週からテスト週間になる。つまりもう中間テストまで一週間ほどしか残っていないということだ。
HRが終わって教室に騒がしさが戻る……だけど、今日はテストまでのあと一週間ちょっとという死の宣告に対する落胆の声ばかりだ。
「やばい……全然勉強とかしてない」
「あー、あたしもだわ」
そして、まどかと私もこのネガティブゾーンを発生させている中の一人でもある。
「テスト、デスカ。なんだか緊張シマス」
「エリーはまだ文字がちょっと苦手なだけで普通に頭いいからなー。日本語も前よりうまくなってるし。うらやましいわー」
まどかが言うようにこの一月でエリーは日本語が結構上達したと思う。教科書の漢字とかには苦戦していても問題の内容自体は理解していることが多いみたいだし、元々飲み込みが早い方なのかもしれない。私もうらやましい。
「私もすごいと思います。それに言葉が上達しているのはエリーさんの努力の賜物ですから誇ってもいいと私は思います」
「わたしなんてまだまだデスヨ。カンジだって全然読めなくて……」
エリーはそういうけど、私からしてみたら十分凄いと思う。私は英語さっぱりだし。
「それじゃあ今度勉強会やろうよ。ってなわけであたしの希望は君だ!頼むよ霧香!」
まどかが縋るように霧香の肩をがしっと掴む。
「もう、まどかはテストが近くなるといつもそうなんだから……勉強会をするのはいいことだと思うけれど。それでは都合が合う日にでもどこかで集まって勉強会をしましょうか?凛さんとエリーさんもいかがですか?」
「うん。私も参加希望で。というかしないとまずいんで……」
「はい。わたしもお願いシマス」
去年も霧香とまどかと一緒に勉強会をしたけど、基本的にまどかと私が霧香に教えてもらうっていう構図だったな。おかげでテストではかなり助かった。
「よっし、決まりだね。それじゃみんないつ空いてる?」
みんなの予定が合うのは来週の木曜日の放課後ということになった。それまでには自分でもちゃんと勉強しとかないといけないのが辛い。
「あの、リンお願いがあるんデス」
「ん?何?」
学校からの帰り道の途中でエリーからお願い事らしい。なんでしょう。
「わたし、まだ日本の文字が苦手で……だから、リンが迷惑じゃなかったら教えてもらってもいいデスカ?今度のお勉強会までに少しでも苦手なところをよくしたいんデス」
「私でよければ全然いいけど、せっかくだしこの後暇だったら一緒に勉強しよっか」
私も一人で勉強しようとしても絶対途中でだらけちゃうだろうし、勉強をするなら誰かと一緒にやった方がきっといい。
「はい、お願いシマス!」
「うん。それじゃどこでやろうか……」
図書館はここからだとちょっと距離があるし、ファーストフード店とかファミレスじゃあまり集中してできないと思う。ここから一番近くてそれなりに落ち着ける場所っていうと。
「うち、来る?」
「ただいま」
「お邪魔シマス……」
エリーは少し緊張した面持ちで私の後ろについてくるように我が家に足を踏み入れた。
「はい、おかえり……ってあら?お友達かしら?」
「こ、コンニチワ!エリー・オルコットっていいマス!」
エリーはガチガチに緊張していてちょっと日本語が片言っぽく戻ってしまっている。その様子からエリーの留学初日を思い出した。確かに初めて友達家に遊びに行った時は私もちょっと緊張した記はするからエリーの気持ちはわからなくはない。
「あらあら!随分とかわいらしい子じゃない!外国の子なの?」
「え、えっと」
「エリーが困ってるから。エリー、行こ」
「は、はい!えっとお邪魔シマス!」
エリーの手を引いて絡んできた母さんから引き離す。
「ごめんね。うちの母さんが変に絡んじゃって」
「いえ、わたしは大丈夫デス。リンのママは明るい方なんデスネ」
無駄に恥ずかしい思いをしてしまった。恨むぞ母よ。気を取り直してエリーを私の部屋まで案内することにした。
「ここがリンの部屋デスカー」
「散らかっててごめんね」
自分から家に誘っておいてなんだけど、読みっぱなしの雑誌とかがベッドに放りっぱなしになったりしていてちょっぴり見苦しい。こんなことなら日ごろから片付けておけばよかったな。
「ううん、全然そんなことないデスヨ。それにわたしの好きなリンの匂いがしてなんだか落ち着きマス」
完全に不意打ちだった。油断してるとこういう反則的なことを不意打ちで言ってくるからエリーは恐ろしい。
「そ、それじゃどうしようか?勉強ってやっぱり漢字とか?」
恥ずかしさと嬉しさで変な顔になりそうなのをを誤魔化すために本来の目的に話を戻す。
「はい。わたしやっぱり一番苦手なのはカンジなんデス。そこで……これを買いマシタ!」
エリーが鞄の中から取り出した冊子には「こくご1ねんせいのかんじドリル」というタイトルが。ちゃんと名前を書くところに「えりー・おるこっと」と書いてある。
「うーん。それじゃそのドリルをやりながらって感じかな」
エリーの漢字ドリルはどう見ても小学校入学したての子が買うようなもので少し不安になったけど、まあ大丈夫だろう。多分。
「うう……」
「うーん」
勉強開始から結構な時間が経ったが、その過程は順調とはいえず、苦戦している状況だ。問題はそれが小学生低学年向けの漢字ドリル相手にというところなんだけど。エリー曰く
「カンジって同じ文字なのに読み方も違ったり、意味も使い方もたくさんあって頭の中がわーってなっちゃいマス……」
ということらしい。
私は漢字はそういうのが当たり前の生活だから特別そういった感覚はないけど、エリーはつい最近日本に来たばかりだからそう感じるのかしれない。確かに私も英語は苦手だ。文法がどうのこうのだとか正直混乱する。そう考えると言語とか文字ってそういうものなのかもしれない。
「あんまり無理してやっても集中できないしちょっと休憩しよっか?」
「はい……ゴメンナサイ」
しゅんとしてしまったエリー。やっぱりこういうときは息抜きするのが一番だ。
「ちょっと待っててね」
一階に何か軽くおやつにでもなるようなものを探しに行こう。
「母さーんなんかおやつある?」
「んー?お父さんが単身赴任先から送ってくれた羊羹ならあるわよ」
羊羹か。私は好きだけど、エリーはどうかな。
「ありがと。ちょっともらってくわ」
「んー。ちゃんと友達と仲良くすんのよ」
私は小学生かと突っ込んでから自室へと戻る。
「ただいま。ちょっとお茶にしよう。糖分摂ると頭がよく回るようになるって言うしさ」
「おかえりなさい。ありがとうございマス」
一階でもらってきた羊羹と淹れてきたお茶をさっきまで筆記用具と漢字ドリルを並べていたテーブルに並べていく。うん、やっぱり勉強道具が並んでいるのよりもこういうおやつとお茶が並んでる方がいい眺めだ。
「リン、これはなんデスカ?」
エリーが指差した先には羊羹。どうやらエリーは羊羹を知らないみたいだ。
「これは羊羹っていう和菓子、つまり日本のお菓子だね」
「おー、ヨウカン!わたし初めて見まシタ!」
「私は結構好きなんだ。エリーも食べてみてよ」
「はい、いただきマス」
エリーが羊羹一切れを口に運んだ。
「ん~!すっごくおいしいデス!」
さっきまで捨てられた子犬みたいな表情だったエリーの顔がぱあっと明るくなった。よかった。やっぱりエリーは明るい表情のほうが似合うなと改めて思った。ありがとうお父さん。
「よかった。それじゃ私もいただきます」
うんうん、羊羹ってこの優しい甘さがいかにも和菓子って感じだよね。激甘なのお菓子もいいけど、こういう優しい甘さもいいよね。それにお茶に合うのもいいなあ。
「やっぱり甘いもの食べてるときは幸せだねー」
「はい、ほんとにそうデスネ」
さっきまでの苦しい雰囲気が一転してほのぼのとしたいい感じになった。休憩にして正解だったみたいだ。甘味の力は偉大ということか。
「わたし和菓子って初めて食べマシタ。とってもおいしいデスね」
「そうなの?お団子とかいっぱいおいしいのあるからまた今度一緒に食べに行こうか」
「わぁ、とっても楽しみデス!そのためにもテストがんばらないとデスネ!」
「そだね。それじゃそろそろ再開しますか」
エリーと漢字ドリル戦第2ラウンドにとりかかる。
「これはやまやまるって読むんデスか?どういう意味なんデショウ……」
「それは「出る」って読むんだよ。確かに見た目は「山」が二つ重なってるように見えるけど」
こんな感じでエリーは私の想像の遥かに斜め上の発想をたまにしつつも最初よりは順調にドリルを攻略できたと思う。
窓の外を見てみるといつの間にか陽は落ちていてもう暗くなってしまっている。
「ふぅ、結構やったね。今日はこれくらいにしておこうか」
「はい、ありがとうございマシタ。リンに教えてもらったおかげですごく勉強進みマシタ!」
勉強を終えて一息つく。外も真っ暗だし結構長い時間勉強に集中していたみたいだ。
「凛?入っていい?」
ノックと一緒に母さんの声がする。
「うん、どうしたの?」
「もう結構いい時間でしょ?よかったらお友達も一緒に晩ご飯どうかなと思ってね」
確かにもうそんな時間だ。でも、エリーは帰らなくていいのかな。それに私だったら人の家の晩ご飯にお呼ばれって私だったら何話していいかわからなくなりそうだったりして気まずくなりそうで遠慮したくなりそうなものだ。まあ、エリー本人に聞いてみるのがいいだろう。
「エリーどうする?時間とか大丈夫?」
「はい、大丈夫デス。でも、なんだか悪いデス。お勉強にお菓子までいただいちゃってるのに……」
「遠慮なんてしなくていいのよ。あなたみたいなかわいい娘が一緒だと晩ご飯も楽しくなりそうだもの。それに凛が久しぶりに連れてきた友達だもの、私もお話してみたいわ」
確かにエリーと一緒にご飯食べてるときは前のお花見のときとかも楽しかったから個人的には嬉しいんだけど、母さんはちょっと強引すぎやしないだろうか。
「えっと、それじゃお世話になってもいいデスカ?」
「よっし、決まりね!今日はいつもよりがんばっちゃおうかしら!ご飯できたらまた呼びに来るからちょっと待っててね」
母さんは嬉々とした様子で部屋から出て行った。というか普段もがんばってほしいものだ。
「なんかごめんね。母さんが強引に話進めちゃったみたいで」
「いえ、わたしこそリンにもリンのママにもお世話になってしまってゴメンナサイ……」
「ご飯に誘ったのは母さんだから気にしなくてもいいよ。それに、私もエリーと一緒だと、その……楽しいし……」
またしゅんとなってしまいそうなエリーを励ますために私の本心を言葉に出すと思った以上に恥ずかしい。こういうことを言うようなキャラじゃないんだな私は。
「リン……わたしもリンと一緒だと楽しいデス!」
「そ、そうだ!ご飯できるまでどうしようか!?」
恥ずかしさを誤魔化そうとして声が上ずってしまった。余計に恥ずかしい。これじゃいかん。
「あ、先にお家に電話してきてもいいデスカ?」
「あ、そうだね」
確かにエリーの家の人に何も連絡しないままじゃ心配するだろうし。
「それじゃちょっと電話してキマス」
エリーが部屋から出て行くと部屋が急に静かになる。私の部屋なのにさっきまで一緒にいたエリーがいなくなった途端に何をしていいかわからなくなってしまった。
「私、何か変だな」
ぱたりと倒れて天井を見上げてぼーっとする。今は携帯をいじったり雑誌を読んだりする気分にはならなかった。
「早くエリー帰ってこないかな……」
今無意識に呟いていた。やっぱり今日の私は変だ。私がそう思うんだからきっと間違いない。
「リン?」
しばらくぼーっとしているとエリーが帰ってきた。
「あ、おかえり」
「ただいまデス。今日はリンのお家でご飯をいただくって叔母さんにも電話してきまシタ」
「よかった。せっかくだしゆっくりしていきなよ」
エリーがもうちょっと家に居ても大丈夫だという話を聞いて私がなぜか嬉しく感じている。いや、友達が居て嬉しいのは当然のことかもしれないけど、なんか違うというか、言葉にできない感じだ。今日の私はやっぱり変だ。
「ありがとうございマス。リンのママのお料理とっても楽しみデス」
「ご飯できたから降りてらっしゃーい」
部屋の外から母さんが呼んでる。
「噂をすればってやつだね。行こうか」
「お、来たね。さ、座って座って」
リビングに入るといい匂いがする。食卓にはから揚げにサラダ、味噌汁が並んでいる。
「おお、おいしそうじゃん」
「言ったでしょ、今日はがんばったのよ」
ドヤ顔の母さんをスルーして席につく。エリーも「失礼シマス」と言って私の隣に座る。
「それじゃ、いただきますか」
「いただきます」
「いただきマス」
まずはメインのから揚げを一口。うん、おいしい。から揚げっていつ食べてもおいしいな。から揚げが食卓に並ぶだけでその時の食事にハズレはないよね。
「とってもおいしいデス。リンのママもお料理がとっても上手なんデスネ」
「ありがとう。エリーちゃんもいっぱい食べてってね。それにしても凛にこんなかわいい友達がいたなんてねぇ意外だわ」
失礼な、まるで私がかわいくないみたいなことを言う。……実際そうなんだけどさ。
「わ、わたしはかわいくなんてないデスヨ……」
照れてちょっと俯きがちになるエリー。そういう仕草がかわいいってきっと本人はわかってないんだろうな。
「あらやだ。なんかキュンときた。ちょっと凛、これが萌えるってやつなのかしら」
「そうなんじゃない?」
私もその感覚は何度か味わってますし。
「へー、それじゃエリーちゃんはこの前日本に来たばっかなんだ。それじゃやっぱり大変なこととか多いんじゃない?」
「はい、でも、楽しいことのほうがいっぱいデス!それに、リンがいろんなことを教えてくれたり助けてくれたりシマシタ」
「ええ子やねー。うちの凛で役に立つなら全然こき使ってやっていいからね!」
勝手に私を労働力として差し出す母。まあ、エリーのためにいろいろするのは別にいいんだけどさ。
それにしてもエリーはもううちの母さんとも打ち解けたみたいで、やっぱりエリーのコミュ力は計り知れないものがある。
「ごちそうさま。おいしかった」
「ごちそうさまデス。とってもおいしかったデス!ありがとうございマス」
「はい、お粗末さまでした。今お茶淹れて来るからゆっくりしててね」
晩ご飯を終えて食後のお茶を待つ。結構ご飯食べてるときに話が盛り上がったこともあって9時前とかなり遅い時間になってしまっている。
「エリー時間大丈夫?かなり遅くなっちゃってごめんね」
「あ、もうこんな時間デスカ……楽しくって忘れちゃってマシタ」
「なんだったら今日は泊まっていく?こんな時間にエリーちゃんみたいなかわいい娘が一人で出歩くのは危ないしさ」
母さんがお茶を持って戻ってきた。確かにもう遅いしこんな時間まで家に引きとめてしまった私たち親子が悪いところが大きいからなあ。
「え、でも、そこまでお世話になっちゃうのは……」
「気にしないで。むしろ私もエリーちゃんと話すのが楽しくってつい長話しちゃったしさ、お家の方には私が連絡するから今日は家でゆっくりしていってよ。凛もまだエリーちゃんと話したいって顔に書いてあるしさ」
私ってそんなに顔に出やすかっただろうか。
「えっと、それじゃまたお世話になってしまってもいいデスカ?」
「うんうん!それじゃお家に連絡させてもらっていいかな?」
「あ、はい。えっとこれがお家の電話番号デス。今かけマスネ」
母さんがエリーから携帯電話を受け取ってエリーの家の人と少し話してから戻ってきた。
「うん、エリーちゃんのお家の方からもOK出たから大丈夫ね」
「ありがとうございマス。改めてお世話になりマス」
「それじゃお風呂の準備もできてるからどうぞ。あ、パジャマは凛のでもサイズとか大丈夫かしら?」
私とエリーは少しだけ私のほうが身長は高いけど、そこまで大きな差はないから多分大丈夫だとは思う。
「あ、はい。ありがとうございマス。でも、私が最初でいいんデスカ?」
「気にしないで、エリーは大切なお客様だからさ」
もてなしの心は忘るべからずだ。これまでほとんど誰かを我が家でもてなしたことはなかったけど。
「それじゃいただきマス」
「いってらっしゃい」
「着替えも脱衣所に置いておくからそれ使ってね」
エリーがお風呂に入ってる間にリビングでテレビを見ていると母さんも食器洗いを終えて戻ってきた。
「本当にいい娘ねエリーちゃんって」
「私もそう思うよ」
エリーと出会ってからまだ一月くらいしか経ってないけど、本当にエリーはいい子だと思う。周りにいる人を元気にさせてくれるというか、なんだか不思議な魅力がある。
「そういえばさ、この前凛がお弁当作ってたのって彼氏じゃなくてエリーちゃんだったの?」
「だから言ったでしょ。友達だって」
あの時本当に母さんは私に彼氏ができたと思っていたのだろうか。
「うーん、娘に男の気配が全くないのは親として喜ばしいのか悲しいのか……それはそれとしてあんないい友達ができたのは喜ばしいことね。大事にしなさいよ」
「言われなくてもわかってるよ」
「お風呂ありがとうございマシタ。気持ち良かったデス」
そんな会話をしているうちにエリーがお風呂から上がったみたいだ。私のパジャマは少しエリーには大きいのか袖が少し余ってしまってもともと童顔なエリーの幼さが増したようににも見える。
「おかえりなさい。んじゃ凛もお風呂入っちゃって」
「うん」
エリーと入れ替わりでお風呂に入る。今日はなんだかんだ勉強に費やした一日だったしゆっくり湯船につかって癒されるとしよう。
「お風呂あがったよー……って何見てんの?」
お風呂から上がってリビングに戻るとエリーと母さんが何かの本みたいなものを見ているようだ。
「おー、いやさ、なんか懐かしいもの見つけちゃってエリーちゃんと見てたのよ」
「このリンもとってもかわいいデス」
「え?……ってそ、それは……」
二人の間を覗き込んで見るとなんとそれは昔父さんや母さんが撮った私の写真のアルバムだ。
「ちょっと!母さんなんてものを!」
これはあれですか、公開処刑ってやつですか。友達に自分の子どものころからの写真を見られるとか恥ずかしさがハンパじゃない。
「えー、いいじゃん。エリーちゃんだって見たいって言うしさー」
「もう!だからってそれ持ってくるのはないってば!」
「そうだ、せっかくだし凛も久しぶりに自分の昔の姿を見なおしておくいい機会だと思って一緒に見る?」
「見ないってば!」
全くこの母親め油断したところでこんなものを持ち出してくるなんて。
「それより凛あんたまだ髪がちょっと濡れてない?風邪引くからドライヤーでちゃんと乾かしときなさいよ」
「え?ああ、うん。それよりそれちゃんと仕舞っといてよね」
私の髪は長いから乾かすのがちょっとめんどくさい。髪型をショートにすればいいとも思ったけど、一度髪型を変えてみたら絶望的に似合わなくてやめた苦い過去がある。
「リン、わたしがドライヤーしマスヨ?」
そんな私の心情を察してくれたのかエリーから嬉しい申し出が。
「ありがとう。それじゃお願いしようかな」
「はい!任せてくだサイ!」
エリーに身を委ねて髪を乾かしてもらう。ドライヤーの風を当てながら優しく髪を撫でられてなんだか気持ちいい。
「リンの髪は綺麗な黒い色の髪デスネ。それに長くてさらさらデス」
「そんなことないよ。それにエリーの髪だって綺麗な金色だよね。初めて見たときから綺麗だと思ったもん」
あの公園で初めてエリーを見かけたときも思わず見とれてしまったくらいエリーの髪は綺麗だ。きっとエリーの髪に憧れる人は多いだろう。
「えへへ、リンにそう言ってもらえると嬉しいデス。そろそろ乾きマシタネ」
ドライヤーを止めてエリーの手が私の髪から離れていく。なんかちょっと名残惜しいな。
「もう遅い時間だしそろそろ寝た方がいいんじゃない?」
母さんに言われて時計を見てみるともう10時半を過ぎている。明日は休みだから普段ならもっと起きていてもいいけど、今日はエリーがいるから確かにあまり夜更かしするのは良くないかもしれない。
「うん、そうだね。それじゃ行こうか」
「はい、今日はありがとうございマシタ。わたしリンのママとお話できて楽しかったデス。おやすみなさいデス」
「私もエリーちゃんとお話できて嬉しかったわ。おやすみ」
エリーと一緒に再び私の部屋に戻る。
「エリーは私のベッドでいい?」
「え?それじゃリンはどうするんですか?」
「私は余ってる布団出してきてそれ敷いて寝るから大丈夫だよ」
確か二階の押し入れにまだ余ってる布団があったはずだしそれを使えば問題ない。
「ダメデス!わたしがリンのお家に泊めてもらってるのにベッドを使わせてもらうなんて……」
「気にしなくていいよ。それにエリーはお客様なんだから遠慮なんてしなくていいんだからさ」
エリーは遠慮して私に気を遣ってくれているけど、むしろ私が一人でベッドで寝る方が失礼なんじゃないだろうか。
「リンがベッドで寝てくだサイ」
「エリーがベッド使ってよ」
エリーが、リンがと何度も同じやりとりを繰り返す。エリーにも意外に頑固なところもあるのか。
「それじゃさ、二人で一緒にベッドに入る?」
エリーの顔が触れてしまいそうなくらいの距離、というか顔だけでなく体全体がほとんど密着状態だ。
私は冗談で言ったつもりが、なぜか二人で一緒にベッドに入っている。私の使っているベッドは一人用のそれほど大きくないものだから二人でベッドに入るとぎりぎり寝れるレベルのスペースになる。
「エリー大丈夫?狭くない?」
「わたしは大丈夫デス。リンこそ大丈夫デスカ?やっぱり私はベッドを使わなくても……」
「私は大丈夫だから気にしないで」
私が一人でベッドを遣うよりはこっちの方が私の気分的にもまだいい。
「ん……リンは暖かいデスネ」
「エリーだって暖かいよ」
体が密着してるからお互いの体温が伝わってくる。電気も消しているからか感覚が普段より鋭く感じてなんというか……変にドキドキする。
「今日はありがとうございマシタ。リンのお家に来れてお勉強教えてもらったり、おいしいご飯もいただいてすっごく楽しかったデス」
「その、私も楽しかったからさ、またこうして遊びに来てくれると私は嬉しいな……」
暗闇のおかげか思った事をいつもより口に出せるようになって気がする。それでも顔がどんどん熱くなっていくのを感じるけれど。
「本当デスカ?嬉しいデス。そうだ!リンも今度私のお家に来てほしいデス!」
エリーの家か。確かに気になるし行ってみたいかも。
「うん、私も今度エリーのお家に行ってみたいかも」
「はい!ぜひ!」
「ありがとう、楽しみ」
日本ではエリーの叔父さん叔母さん夫婦のところにいるって聞いたけど、やっぱり外国風の家なのかな。案外普通の家なのかもしれない。
「そうだ、エリーの髪触ってみてもいい?」
「?いいデスヨ」
さっき髪を乾かしてもらったときに初めてエリーに会った時のことを思い出してエリーの綺麗な髪ってどんな感じなんだろうってちょっと興味が湧いていた。
「そ、それじゃ失礼します」
自分から触らせてくれなんて言っておいてなんだけど、なんか緊張する。
そーっとエリーの髪に触れる。さらさらと指の間をエリーの髪が流れていく。高級な繊維とかってこういう感じなのかな。ずっと触れていたいくらいさわり心地がいい。
「んっ、頭を撫でられるのって気持ちいいデスネ……」
確かにそうかもしれない。私もさっきエリーに髪を乾かしてもらってるときはもっとしてほしいなんて思ったりしたし。頭を撫でられるのなんて小さい頃以来なかったからこんな感じだったかなんて忘れてしまっていたけど。
しばらくエリーの髪を撫でているとすぅすぅと寝息が聞こえる。エリーは眠ってしまったみたいだ。
「エリーと一緒だと毎日が楽しくて、なんてことない普通の日も充実してるって感じるんだ。きっと私エリーのことが好きなんだと思う。これからも私と一緒に居てほしい」
こんな恥ずかしい台詞はエリーが眠っているから言えるのであって、きっと面と向かってだったら恥ずかしくて言葉にできない。でも、エリーはもう寝ちゃってるからいいよね。
いつかちゃんとエリーに対して私の気持ちを伝えられればいいなと思いながら私も瞼を閉じるのであった。