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となりの留学生  作者: やまだ
10/10

はじめてのしゅうがくりょこう

「行ってきます」

「うん、お土産期待してるからね」

 親が娘に言う台詞だろうか。

 はいはいと適当に返事をして家を出る。

 歩くとキャリーバッグのタイヤがごろごろと音を立てる。そんなどうでもいいことでも、今日から修学旅行なんだと実感させられる。

 今日はいつもの公園でエリーと待ち合わせてから駅に向かう予定だ。

 エリーとの待ち合わせだ。間違えても遅れるなんてことはしないが、修学旅行の日に寝坊なんてしたら目も当てられない。昨日はいつもより2時間早く寝たおかげでなんとか早起きに成功した。

 それでも、朝はやっぱり眠いもので、欠伸が漏れた。

「リン! おはようございマス!」

 公園に到着すると、明るい色の真っ赤なキャリーバッグを持ったエリーが駆け寄ってくる。

 エリーが小柄なこともあって、飼い主に駆け寄ってくる子犬みたいでなんだか和む。エリーに言ったら怒られそうだけど。

「おはよう。待たせちゃってごめんね」

「ううん、大丈夫デス」

 歩き出すと、自然にお互いのキャリーバッグを引いていない手が絡み合う。

 最近は気温も上がってきたけど、エリーの手の暖かさはいつだって感じていたいのだ。

「昨日は眠れマシタ?」

「うーん。割とぐっすりだったかな」

 昨日は、というかいつもだけど、普通にぐっすり眠れたと思う。ただ、それでも朝は眠いけど。

 お昼前に起きるくらいが私にはちょうどいいのだけど、日本の高校生活はそれを許してくれない。

「わたしはなんだかドキドキしちゃって眠れなかったデス……」

「エリーは私たちの中で一番修学旅行楽しみにしてたもんね」

 京都と奈良と聞いて尋常じゃないくらいにエリーはテンションが上がっていたと思う。どこ行くか調べてるときも楽しそうだったし。

「はい! 日本に来る前からずっと行ってみたいと思ってマシタ」

 私も一度も行ったことはないけど、行ってみたいって思った事はないなあ。日本に元々住んでると、特別そういう気持ちにはならないものなのかもしれない。

 そんなことを考えているうちに、もう集合場所の駅が見えてきた。



「ふあぁ……」

 新幹線での移動中エリーが大きな欠伸をした。昨日はあまり眠れなかったって言ってたし、さっきは元気そうだったけど、やっぱり眠いのかもしれない。

「まだ到着するまで時間あるから少し寝てたら?」

「ん……でも、せっかくリンたちと一緒の修学旅行なのに、時間がなんだかもったいないデス……」

 ただの移動時間でも、エリーにとっては日本で初めての修学旅行なんだ。きっと、今の新幹線での移動時間ですら、貴重に感じているんだろう。

「その分向こうに着いてからいっぱい楽しもうよ。だから、今は寝ててもいいんだよ?」

「んー……そうデスネ……ごめんなさい……」

「謝ることないよ」

 エリーの頭を撫でると、気持ち良さそうに目を細めてくれる。

 そのままエリーは眼を閉じてかわいい寝息をたて始めた。

 さて、私は残りの時間どうしようか。今できることといっても、適当に携帯でもいじってるか、エリーと一緒に寝るかくらいだろう。

 考えていると、私の肩にエリーが寄りかかってきた。

 普段からそう感じることもあるけど、眠っているときのエリーはなんというか、無防備だ。

 今はこのかわいらしい寝顔を眺めていることにした。


「着きマシター!」

 修学旅行一日目の奈良の駅に到着して、新幹線を降りると、すっかり元気になったエリーは眼を輝かせている。

「エリー元気だねえ」

「新幹線ではぐっすりだったから」

 まどかと霧香とも駅のホームで合流する。

「エリーさんはずっとこの修学旅行を楽しみにしてましたからね。さ、私たちも行きましょう」

 私たちも他の生徒たちに続いて集合場所へと向かうことにした。



 集合場所で先生たちからの諸注意なんかの話を聞いてからは、班行動となった。集団で予め決められた所に行くよりも、こうして各自で行きたいところに行く方がこちらとしてもいい。うちの学校のこういう割と自由な所はありがたい。

「えっと、まずはどこからだっけ?」

「まずは三条通りを見ながら興福寺を目指しましょう」

「ゴジュウノトウがあるお寺デスネ!」

「三条通りってお店もいっぱいあるらしいし、土産物とかも見て行きたいね」

「うん、それじゃ行こうか」

 他の班も既に各々の目的地に向かって動き出している。私たちも出発することにした。



「結構人いっぱいだね」

 三条通りは平日にも関わらず、観光客で賑わっていた。

「さすがは有名観光スポットってところかね」

「お店もいっぱいあるね」

 周囲を見回すと、お土産を扱ってるお店から、高そうな料亭のような構えの飲食店まで様々だ。

「お、ソフトクリームあるじゃん。ちょっと買ってこうよ」

「確かに、ちょっと暑いしいいかも」

 こういうところのソフトクリームってやけに高かったりするけど、無性に食べたくなるんだよね。ご当地の味とかあったりするのも嬉しいし。

「私は……抹茶かな」

 なんかお茶とかって名産っぽいし。あまり知らないけど。

 みんなもそれぞれ決めたみたいで、各々注文している。

 私もソフトを早速食べるとしよう。

「ソフトクリームうまー」

 まどかは幸せそうな顔をしてアイスを食べている。

 頬についたアイスを霧香が拭いてあげたりしていて、二人はまるで姉妹のようだ。

「ソフトおいしいね」

「はい。なんだか、こういうところで食べてるからか、特別な味に感じマス!」

 エリーの食べてるのは何味だろう。茶色だからチョコ味かなと思ったけど、それにしてはちょっと色が薄いような。

「エリーのは何味?」

「番茶味、デス」

 番茶味って初めて聞いたな。おいしいのだろうか。

「どんな味?」

「えっと、ほんのり甘くて、お口の中にお茶の香りが残ってとってもおいしいデスヨ」

「へー。おいしそうだね」

 抹茶味は好きだからよくたべるけど、番茶味っていうのは初めて見たし、ちょっと気になる。私もそっちにするべきだったかな。

「リンも食べマスカ?」

「いいの?」

「もちろんデス!はい、どうぞ」

 エリーが差し出してくれたソフトを一口いただく。うん、確かにこれはおいしい。エリーが言った通り、お茶の香りがいい。

「うん、おいしい。そうだ、エリーも私のソフトも食べてよ」

「わ、ありがとうございマス」

 私のソフトをエリーがぱくりと一口。

 よくよく考えたらこれって間接キスというやつじゃなかろうか。いや、私はエリーと直接キスしたことはあるけど、それとこれとは話は別で、やっぱりなんか、こう……ドキドキする。

 エリーの方は意識している様子はないみたいだ。どうやら、変に意識しているのは私だけらしい。

「なんか敗北感……」

「?」

 敗北感に打ちひしがれる私をエリーは不思議そうに眺めていた。



「わー! わー! すごい! すごいデスヨ!」

 興福寺に着くと、エリーが歓喜の声を上げた。

「私も実物見たのは初めてだけど、すごいね」

 私は正直なところ、こういうのには興味なかったけど、さすがに歴史的建造物なだけあって、見ると圧巻される。

「興福寺には五重塔以外にも、様々な国宝がありますから、見どころはまだまだありますよ」

「本当デスカ!? 早く見たいデス!」

 エリーは子どもみたいにはしゃいでいる。



「はー……堪能しまシタ……」

 興福寺を一通り見終わると、エリーはうっとりとした表情で余韻をかみしめている。

「ふふふ……まだまだ見どころはあるからね」

「早く次に行きマショウ!」

 テンションが更に上がるエリーに引っ張られ、次の場所へと向かう。



「おー、鹿さんがいっぱいデス」

 東大寺に行く前に奈良公園にやってきた。すごいな、本当に鹿が放されてるんだ。

「あそこで鹿せんべい売ってるね」

「シカセンベイ?」

 そっか。エリーは鹿せんべいのことはさすがに知らないか。

「あそこで鹿にあげるエサが買えるんだよ。やってみる?」

「いいんデスカ?」

 霧香もまどかも頷いてくれた。

「ありがとうございマス!」

 嬉々として鹿せんべいを買って鹿のところへとエリーが向かっていった。

「お? おー……」

 近くにいた鹿が早くもエリーの近くへとやってきた。

 エリーが鹿せんべいを出すと、近づいてきた鹿はもしゃもしゃと鹿せんべいを食べだした。

「かわいいデスネー」

「人に慣れてるんだね」

 動物と戯れるエリーを見ていると和む。……これって彼女というよりも、娘を見守る親の心境ではなかろうか。

「あっ、他の子も来まシタ!」

 また別の鹿が鹿せんべいに釣られてやってきた。鹿せんべいの効果すげえ。

「あ、あれ? あ、あわわわわ」

 エリーの周囲に鹿が集まりすぎて身動きが取れなくなっているみたいだ。

「エリー大丈夫ー?」

「リーン! 助けてー!」

 飢えた鹿たちにもみくちゃにされながら、攫われそうになってるエリーが涙目で助けを求めている。慌ててエリーの所に走って行くも、鹿の群れを掻き分けて行くのは難しそうだ。

「エリー! 鹿せんべい放して!」

「は、はい!」

 エリーが鹿せんべいを手放すと鹿たちはそちらの方へと流れて行った。

「大丈夫?」

「こ、こわかったデス……」

 私にしがみついて、涙目になってぶるぶると震えるエリーは小動物みたいでかわいかったけど、さすがに口には出さないでおいた。

「よしよし」

 子どもをあやすようにエリーの頭を撫でる。エリーには悪いけど、鹿のおかげで私的には役得だ。

「何やってんの?」

 飲みものを買いに行っていたまどかと霧香が帰ってきていたみたいで、私たちを不思議そうに眺めている。

「いや、食欲って怖いなって」

「まるで意味がわからんぞ」

 今のでわかったら私も凄いと思う。まどかに突っ込まれながらもそんな感想を抱いた。でも、一から説明するのめんどくさいし。



「ここが東大寺ですね」

 1日目の目玉の東大寺までやってきた。先ほどよりも周りに人が増えているような気がする。

「さすがにおっきいねー」

 まどかの言う通りだ。お寺とかそういう建築物がみんな同じに見える私でもわかるくらいに大きい。

「すごいデスネ! 早く行きマショウ!」

 先ほどまでぶるぶる震えていたエリーはすっかり元気になっていた。

 私はもう足が疲れてきているのに、こんなに元気なのはすごい……いや、私が体力無さ過ぎるのか。

「東大寺といえばやっぱり大仏かね」

「そうね。一番有名なのはやっぱりそうだと思う」

 私でもさすがに知ってるレベルだしね。

「それじゃ、早速大仏見に行く?」

「そだね。霧香とエリーもそれでいい?」

「私もそれでいいと思います」

「はい!」

 満場一致で決まったので、早速大仏殿へと向かうことに決定。

「平日なのに人多いね」

「さすが観光の名所ってところだねー」

 大仏殿へ向かう間にも沢山の人とすれ違う。私たちとは違う制服を着た学生や外国人観光客の姿が目立つ。

 大仏殿へ入ると、見上げないと顔が見えないほど大きい大仏が出迎えてくれた。

「わー! おっきいデスネー!」

「圧巻ですね」

 エリーと霧香は大仏に目を奪われている。

「まどかどうしたの?」

「いや、あそこで他の学校の人らが柱の穴をくぐってたからさ。どうしてあんなことやってんだろうって思って」

 まどかが見ている方へ私も視線を向けてみると確かに他校の生徒が柱に開いた穴をくぐっている。

「なんかのおまじないかな」

 傍から見たら奇行にしか見えないが、きっと何かしら意味があるのだろう。

「あれは凛さんの言うおまじないみたいなものですよ」

「へー、どんなおまじないなんデスカ?」

 霧香の話によると、あの柱はいわゆる鬼門の位置にあるらしく、その鬼門に穴をあけることで悪い気を逃がしているとか。そこをくぐれば自分の悪い気も一緒に出ていく的な話らしい。

「ほー、私たちもくぐってみる?」

「そうデスネ。わたしもやってみたいデス!」

「それじゃ私たちも行ってみましょうか」

 柱の穴はなんとか私たちでもくぐれそうな大きさだ。

「ちなみにこの穴はあの大仏様のお鼻の穴と同じ大きさみたいですよ」

「あたしらはこれから大仏様の鼻をくぐるのか」

 それってありがたみがあるんだかないんだかよくわからなくないな。

「誰から行く?」

「それじゃあたしから行こうじゃないか」

 まどかが柱の穴の中へもぐりこんで行った。

「通れそう?」

「うん、なんとか」

 まどかの返事が聞こえてからすぐにまどかの頭が柱の反対側から出てきた。

「うん、心なしか体が良くなった気がする」

「効果出るの早っ」

 次にまどかがくぐり、私、エリーと柱の穴をくぐり抜けた。このグループで一番身長の高い私はちょっとぎりぎりだった。別に太った訳じゃないはずだ。

「うーん……これで良くなったんデスカ?」

 エリーは自分の体をぺたぺた触っているが、何も変化が無いからか不思議そうにしている。

「おまじないみたいなものですから。でも、それで良くなったと気持ちが前向きになればきっといいことがありますよ」

 霧香の言う通りおまじないなんてのはそういうものなんだろう。朝のニュース番組の最後にやってる占いとかそういうのと同じだ。

「エリーはいい子だからきっといいことあるよ」

「リンも、デスヨ」

 エリーの方にぽんと手を置いたらエリーも笑顔で返してくれた。

 その後も奈良観光を集合時間いっぱいまで楽しんだ。

 


「おー、大きい」

「修学旅行の宿ってもっと小さいとこだと思ってたけど、意外に大きいんだね」

 バスから降りると、大きな旅館が目に入った。温泉とかありそうで期待できそうだ。

 一度クラスで集まってから担任がこの後の予定を説明し終わると、各班でそれぞれの部屋に向かい始める。

「私たちも行きましょうか」

「うん」

 周囲の生徒たちに倣って私たちも部屋へと向かう。

 エレベーターに乗って私たちの止まる部屋のある5階へと向かう。

「501号室……ここですね」

 霧香がフロントで受け取った鍵でドアを開ける。

「お、広いじゃん!」

 部屋はテレビがあるリビングに、和室もあって結構な広さだ。

「夕食の時間まではまだ余裕あるし、どうしよっか?」

 聞いた私的には部屋でゆっくり過ごしたいものだけど。

「お風呂入っちゃう?」

「お風呂は就寝時間までは自由に入れますから、夕食後でもいいですが、どうしましょうか?」

「部屋でゆっくり休んでてもいいしね」

 ちゃっかり自分の願望も言っておくことにする。

 お風呂もいいけど、私はどちらかというと夕食後派だ。

「1階の売店とかも見てみたいデスネー」

 結構いろんな意見が出たなあ。

「今の時間は他の部屋の皆さんでお風呂は込み合ってそうですね……。お風呂は夕食後の方がゆっくり入れそうですね」

「それじゃ、お風呂は夕食後にしようか」

「そんじゃ、せっかく時間あるし旅館探検がてら売店でも見に行く?」

「わたしもそれがいいと思いマス!」

 どうやら部屋でゆっくりはできなさそうだけど、お風呂は夜にゆっくり入れそうでよかった。



 再び1階に下りてきてまずは目的地の売店にやってきた。

「お土産はやっぱお菓子が多いんだね」

「こんなんとかもあるぞ」

 まどかが手に取っていたのはおかっぱ頭のこけしだった。なぜそれを取ったのか。

「ご当地キティちゃんとかも定番だよねー」

 まどかの興味は既にこけしから失われていたみたいで、小物コーナーに目を向けている。

「アクセサリーか。こういうのもあるんだ」

 何気なく目を向けたところにはいかにも和風な感じの装飾品が並んでいる。

「あ……」

 一つの髪飾りが目に入った。真っ赤なまるで果実のような玉の装飾に黄金色の羽のような装飾がついているいわゆる簪というものだった。

 この髪飾りを見たとき浮かんできたのはエリーんがこれを着けた姿だった。

 購入決定。私は髪飾りを持って売店のレジへと向かった。

「リン何か買ったんデスカ?」

「うん、ピンと来たのがあったんだ」

「おー、どんなものデスカ?」

「うーん……まだ秘密、かな」

 これはまだ取っておこう。来るべき時に渡すのだ。

 まるでRPGに出て来る伝説のアイテムじみたように髪飾りのことはまだ秘密にしておくことにした。

「むー……気になりマス」

「必ず教えてあげるからさ。また今度ね」

「んー、わかりマシタ。でも、絶対教えてクダサイネ?」

 エリーはたまに頑固になとこもあるけど、基本いい子なのでこういうときに食い下がってこなくて助かる。

「うん、約束」

「それじゃあ、ユビキリデス!」

「うん」

 エリーと指きりをする。

「凛とエリーってばまたいちゃついてからに」

 まどかがニヤニヤしながら茶々を入れて来る。

「な、別にいちゃついてなんて……」

 そう言おうとして客観的に見たら私たちはいちゃついてるように見えるのではと冷静になる。

「いやいや、そんなことはない」

 半ば自分に言い聞かせるように否定する。

「まあ、凛とエリーが仲いいのは前からだし今更だけどね」

「はい、わたしとリンは仲良しさんデス!」

 エリーはいじられているということにすら気づいていないようだ。そういうところがかわいいのだけど。



 売店を覗いた後、旅館の日本庭園なんかを見たりしているうちに夕食の時間を迎えた。修学旅行にしては豪華な夕食を終えて、私たちはお風呂の時間を楽しんでいる。

 旅館の大浴場は結構広い。露天風呂の温泉なんかもあって本格的だ。

「あー、生き返るわー」

「まどかってばおじさんみたい」

 まどかの気持ちもわからんでもない。歩き回って疲れた体が癒されていくようだ。

「わたし温泉って初めてデス」

 エリーはまだ日本に来てから3カ月経つかどうかってくらいだし、まだ経験していないことも多いのだろう。

「初めての温泉はどう?」

「気持ちいいデスネー。それにこのロテンブロって温泉の熱さに風が気持ちいいデス」

 エリーの言う通り夜になって少し涼しくなった風が気持ちいい。

「そうだね。それに広いお風呂っていいよね」

「私は狭くてもいいデスヨ? 前にリンと一緒にお風呂入った時は楽しかったデス」

「一緒に?」

「お風呂?」

 二人から疑問の声が上がる。特にまどかはおもしろそうにニヤニヤしている。

「あー! あっちのお風呂炭酸風呂だって! 入って来るよ!」

 ちょうど目に留まった炭酸風呂を指差して立ち上がる。

 これで誤魔化せたとは思えないが、もうごり押しだ。このままこの場から退散しよう。

「あ、リン、わたしも行きマス」

 エリーも一緒に炭酸風呂へついてくる。

「炭酸風呂ですか、おもしろそ……」

「霧香、あたしらもうちょいこっちでのんびりしてようよ。そういうわけでまた後でね」

 まどかはひらひらと手を振っているが、その顔は相変わらずにやけていた。

「もう、おもしろがって……行こ、エリー」

「はい!」

 炭酸風呂に入ってみる。先ほどの温泉よりもぬるめで長く入れそうだ。

「お? おー……」

 エリーは不思議そうに自分の体を見下ろしている。私も倣って見るとお湯に浸かってる体に無数の泡が着いている。なるほど、これが炭酸風呂か。

「日本のお風呂って不思議デスネー」

「確かによく思いつくよねこういうの」

 これって体にいい効果があったりするんだろうか。まあ、温泉にあるくらいだからあるんだろうけど。

「そうだ、修学旅行一日目はどうだった?」

「楽しくて、夜になるまであっという間デシタ。明日も楽しみデス」

 こっちに着いてからエリーは一日はしゃぎっぱなしだったし心の底から楽しんでくれていたみたいだ。

「良かったね。でも、今日はずっと動きっぱなしで疲れたでしょ」

「んー……確かにちょっと脚が疲れてマスネ……でも、全然平気デス!」

 エリーが足を擦るとエリーの足にくっついていた泡が炭酸飲料を注いだときみたいにしゅわしゅわと離れていく。

「明日もいっぱい見て回れるようにマッサージしてあげるよ」

 幸いにも今周りに人はいない。部屋でやってあげるのがいいんだろうけど、またまどかにからかわれそうだ。

 それに、エリーも脚の疲れを少しでも取った方が明日の京都も楽しめるだろう。……別に私がエリーの脚を触りたいという下心ではないのだ。

「いいんデスカ?」

「うんうん」

 エリーの脚、まずはふくらはぎを優しく揉んでいく。

 エリーの脚はお湯の中でもはっきり分かるくらい気持ちのいい肌触りで、いつまでもこうしていたくなる。

「んっ……」

「ごめん、痛かった?」

「大丈夫デス、その……気持ちよくて」

 そう言うエリーの顔は温泉に入っているからか、紅潮していてなにやら色っぽい。そのせいでドキッとしてしまった。

 結局お風呂で体の疲れは大分取れたものの、変に悶々とした気分になってしまった。



「あー……ぢがれだぁ……」

 まどかは部屋に戻るや否や敷いてあった布団に倒れ込んだ。

「お風呂入って気が抜けたのかしら」

 まどかの気持ちもわかる。なんだかんだで今日はかなり歩き回ったから。寝ようとすれば今すぐにでも夢の世界に旅立てそうだ。

「朝は徹夜だーって言ってたのにね」

「だってさー、疲れたじゃんよー」

「確かに今日はいっぱい歩きマシタネー」

「だよねー、エリーも疲れたもんねー」

 まどかはごろごろと布団の上を転がっている。

「それじゃ明日も早いし今日は早めに寝ましょうか」

「は? 霧香何言ってんの? 夜はこれからでしょうが」

 何言ってんのはこっちの台詞である。

「疲れてるなら寝た方がいいと思うけど」

「凛もわかってない! 修学旅行の夜と言えばオールナイトって相場は決まってんでしょうよ!」

「そうなんデスカ?」

「そうだよエリー。これは日本の修学旅行の伝統なんだよ」

 まどかに変な知識を吹き込まれて感心しているエリー。こうしてたまに出て来るエリーの変な日本感が出来上がっていくのだろうか。

「ちょっと、エリーに変なこと吹き込まないでよ」

「まあまあ、確かに疲れてるけどさ、せっかくの修学旅行でさっさと寝ちゃうってのももったいないじゃん?」

 その気持ちはわからないでもないが、別に無理して徹夜する必要もない気がする。

「ちゃんと寝ないと明日が辛くなるわよ?」

「だいじょーぶだって! あたしらってばまだまだ若いんだから!」

 消灯時間を過ぎてもしばらくは布団に潜って雑談していたが、まどかがテンションを上げ過ぎてばてたのか、一番早くダウンしていた。

「まどかも落ちたことだし、私たちも寝ようか」

「そうですね。明日も早いですから私たちももう寝ましょう」

「はい……わたしももう眠いデス……」

 エリーは眠そうに瞼をこすっている。さっきからうつらうつらしてたし、眠気が限界なんだろう。

「うん、お休み」

 私も目を閉じようとする、くいくいと隣から服の袖を引っ張られる感覚がした。

「ん?」

 どうやら私の袖を引っ張っていたのはエリーだったみたいだ。

「どうしたの?」

 二人を起こさないように小声でエリーに聞いてみる。

「あの、そっちに行ってもいいデスカ?」

 エリーは小声で囁きかけて来る。

「ん。いいよ、おいで」

 ちょいちょいとこっちおいでのジェスチャーをすると、もぞもぞとこちらの布団へエリーがやってきた。

 私の布団に収まったエリーを優しく抱き寄せる。

 お互いに言葉を交わすことはない、沈黙だけが支配する暗闇、私は誰かと一緒に居る時の沈黙は苦手だ。でも、この時間は逆にこの静けさが心地よかった。

 明日も楽しくなるよ。私の腕の中に収まったエリーに心の中で声をかける。エリーの体温の暖かさを感じながら瞳を閉じた。






 

 



 

 

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