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大好きです、お母さん。

「お母さん、おはようございます。実は、今日から私…高校生みたいなんです。本当にびっくりしちゃいました。」




 杏奈は、いつもより早く起きると、まず公園に向かった。

 お母さんの定位置である、しっかりとした木の上を覗くと、まるで杏奈を待っていたかのように、お母さんは、起きて毛並みを整えていた。


「高校生ですよ…?お母さんと会える時間が減っちゃいますね…。最近はお兄ちゃんも忙しいせいか、たまにしか会いに来てくれませんし…。」


 杏奈は、はぁと息を吐くと、お母さんの頭を撫でた。



「私、お母さんと出会ったあの日から、ネコになるって決めたのに…。人間って驚くほどしがらみが多いですね。」


 にゃぁ…


「お母さん、気持ちいいですか…?」


 にゃぁ…


「でも、必ず毎日お母さんに会いに来ますから、待っててくださいね。大好きです、お母さん。」


 最後に名残惜しそうに、黒く艶やかな背中を撫でると、杏奈は木から降りて、家に戻った。




「杏奈、もう出るぞ。」

「はーい。」


 下の階から蓮の声が聞こえると、杏奈はカバンを持って玄関に向かった。



「お待たせ、蓮。」


 靴を履くと、菫からお弁当を受け取った。


「母さん、ありがとう。行ってきます。」

「お弁当ありがとうございます。行ってきます、菫さん。」

「行ってらっしゃい。気をつけてね。私とお父さんは、後から向かうわ。」





 2人の高校は、徒歩で通うことが出来る距離にあった。


「杏奈は入る部活決めた?」


 蓮は杏奈に合わせてゆっくりと歩きながら、聞いた。


「ん…?帰宅部だよ、もちろん。」

「高校も帰宅部かよ。部活とか入って、自分の世界を広げることも、俺は大切だと思うけど?」

「世界がどうのこうのより、お母さんと過ごす時間が大事なの。」

「ふーん。」


 蓮は、不満げに杏奈を見た。


「でもさ、俺らもう高校生だしさ、親離れも必要なんじゃん?」

「蓮ってば、朝からうるさいな。私はお母さんが世界で一番大切なの。お母さん、もういい年だし…。マザコン上等だから。」


 杏奈はそう言うと、歩調を早めた。

 蓮は、大きく息を吐くと、杏奈を追いかけた。



「うわ…残念。杏奈と同じクラスになれなかった…。」

「そうだね。でも、隣のクラスだから近いし。同じクラスじゃなくても別に問題ないんじゃない?蓮が言うように世界が広がると思うし。」


 杏奈に追いついた蓮は、2人で下駄箱の隣に貼ってあるクラス分けの表を見た。


「えっ。杏奈その反応なんか冷たい…。」

「あーはいはい。私、もう行くから。じゃあ、また帰りに。」


 杏奈は蓮の肩をぽんと叩くと、ひとりで教室に向かった。


「もう…なんだよ…。」

 いつものことながら蓮は、杏奈の気分に振り回されている自分が少し情けなくなり、右手で前髪をかきあげた。


 本日二度目の大きな息を吐くと、教室に向かった。




「あの、良かったら友達になってください…。」

 杏奈が教室の自分の席に座って、担任が来るのを待っていると、突然隣の席の女の子から声をかけられた。


「あっ…。いきなり、ごめんなさい。えっと…。わ…私、斎藤夏希っていうんですけど…。えっと…。」

 夏希がすごく緊張しているのことが目に見えてわかり、杏奈は微笑ましい気持ちになった。


「いいよ。私、堺杏奈。よろしく。」


 夏希は杏奈の返事を聞くとほっとしたように笑みを浮かべた。


「杏ちゃんって呼んでいい?あっ…私はなつって呼んでもらえると嬉しいな。」

「ん、わかった。」

「杏ちゃんのの笑顔ドキッとしちゃうぐらいステキだねー。ふふっ、毎日杏ちゃんの笑顔見放題とか幸せだなぁ…。」


 杏奈が少し微笑んだだけなのに、夏希は、頬に手を当てて笑みを浮かべた。


 「なつって…おもしろいね。」

「えぇっ…。私のどこがおもしろいの?」

「ぜんぶ…?」

「うそだぁ。私、自分が面白くないことがコンプレックスなのに…。」


 そう言うと、夏希は、頭をがくりと落とした。

「大丈夫。すごく面白いよ?」


 慰めるように杏奈が頭を撫でると、徐に夏希が頭を上げた。

「やばい。杏ちゃん大好きー。」



「おーい。おまえらー。入学式から抱き合える友達が出来るのは喜ばしいことだが、そろそろ俺がしゃべってもいいかー?」


 抱きついてきている夏希の頭を、先程と同様に撫でていると、教室の前方から大きな声で話しかけられた。


「うわぁ…。杏ちゃんごめんね。先生が来てたこと、全然気づいてなかった。」

「私も。」


 夏希は担任のいる前方に頭を一度下げると、自分の席に戻った。



「よーし。いいか、今日からおまえらの担任の…。」





「杏ちゃん疲れたよー。今日1日長かった…。」

 入学式や細かい資料などの配布が終わるとすでに夕方近くになっていた。


「お疲れ。」


 杏奈は机にへばりついている夏希の頭を撫でた

「杏ちゃんに撫でてもらうの気持ちいい…。猫になった気分。」


 夏希は、頬を緩ませた。


「…猫…ね。」


 杏奈は夏希に聞こえないほどの小さな声で呟いた。




「あんなー。帰るぞー。」

「わかった。」

 隣のクラスはちょうど今終わったようで、蓮が杏奈のクラスまでやってきた。




「えっ?えっ?杏ちゃんの彼氏?」


 教室の扉に寄りかかっている蓮を一目見ると、夏希は杏奈の袖を引っ張り、小さな声で聞いた。


「違うよ。従兄。」


 その返事を聞いた夏希はどことなくがっかりしたように見えた。


「そうなんだー。絶対、横に並んだらお似合いだと思うんだけど。」

「そうかな…?ま、褒め言葉としてもらっとく。じゃあ、なつ、また明日。」

「うん。杏ちゃん、ばいばい。」


 杏奈は、手を振ってくれた夏希の頭を撫でると蓮の所に向かった。




「ごめん、お待たせ。」

「いや、帰るか。」


 教室を出ると、杏奈は振り返って夏希に手を振った。


「友達…?」

「うん。」


 杏奈の答えを聞くと、蓮はひどく驚いた。

 杏奈は社交的な性格ではないため、友達を積極的に作ることは今まで一度もなかった。

 ましてや、高校生活初日に友達が出来るなど考えられることではなかった。


「やったじゃん。杏奈、友達出来て良かったな。すごく良い子っぽかったし。」

「私が友達出来たのに、なんか私より蓮の方が喜んでるのが面白いね。」

「いや、だって本当に嬉しいし。」


 猫中心の生活から少しでも離れることはいいことだし…とは、朝のケンカを思い出した蓮は口には出せなかった。



「ありがとう、心配してくれて。さっ、早く帰ろう?菫さんも健さんも待ってるし。」

「あぁ。」


 杏奈は蓮の手を引っ張ると、帰り道を急いだ。


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