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紫紺の花嫁  作者: ユーリ
3/5

紫紺の花嫁 3.庭園

 箱庭の中の、小さな花。

 私に残された、最後の一輪。


 「―――姫様。寒くないですか?」

 ふと気づくと、リヨンが気遣わしげにこちらを見ていた。

 すると、体が思い出したかのように寒さを感じ始めたが、私は彼女に「大丈夫」と短く告げた。このくらいの寒さなら、まだ耐えられる。しかしリヨンは納得していないのか、心配そうに眉を下げた。

 「やっぱりだめですよ、姫様。お体が冷えます。どうぞこれを羽織ってください」

 リヨンは肩に掛けていた己のショールを、私の返答を待たずに羽織らせてくれた。ワインレッドの大きなショールは、彼女の心のように温かい。

 「ありがとう。素敵な色ね。あなたの手作り?」

 「いえ。母のような人が・・・」

 言いよどむリヨンを見て、エヴァルトがくすりと笑った。

 「彼女が作るよりも、綺麗に仕上げたそうです」

 「もっと時間があったら、私だって綺麗に仕上げれたわ」

 ムキになって反論する姿が微笑ましくて、私は思わず笑ってしまった。

 裁縫や刺繍は得意のようだから、間違いなく手先は器用なはずなのに、編み物との相性だけはあまり良いとは言えないようだ。

 「本当です!姫様。私だってやればできるんですよ?」

 頬を膨らませたリヨンを見て、私は頷いて見せた。


 彼女の、青空のように澄んだブルーの、まあるい瞳が好きだ。

 肩まで伸ばされた、少し癖のある亜麻色の髪。くるくるとよく変わる表情。明るい声。活発な性格。優しい心。

 その全てが大好きで、同時に羨ましくもある。

 もしも彼女と同じものを持っていたのなら、私も愛される人間になっていたのだろうか?


 「姫様。小川が見えてきました」

 リヨンが指差す方に、庭園の中を流れる細い川が見えた。

 「リヨン。ここは、春になるとたくさんのチューリップが咲くのよ。その横ではムスカリのかわいらしい紫の花が咲き誇り、水仙の白い花が小川を縁取るように並ぶの」

 目を閉じれば浮かんでくる、かつて見た光景。

 小川に沿って生える水仙。まっすぐに頭を伸ばして咲き乱れる、赤や黄色のチューリップ。その暖かな色に沿って、ムスカリ、ヒヤシンスがまるで絨毯のように広がって―――。

 「アンテミスのクリームイエローの花びらがとても綺麗で、クレマチスの小さなピンクの花も・・・」

 今は何もない、冷たい水の流れる川。

 上流から流れてきた紅い楓の葉だけが、色鮮やかに水面の上をたゆたう。

 「姫様は、本当に花がお好きなんですね」

 「ええ・・・」

 暖かな春の日差しの中で、誇らしげに咲く花を見るのが好きだった。

 寒い冬を乗り越えて咲く、強くて美しい花。

 「花の中に埋もれている間だけ、私は幸せでいられたの」

 心の内にすまう悲しみや憎しみを、花は忘れさせてくれた。

 でも今は違う。

 リヨンとエヴァルトが"私"という存在を認めてくれたときから、ドロドロとした醜い感情が雪解けのように消えてゆくのを感じた。

 「姫様」

 物思いに耽っていた私の耳に、リヨンの呼ぶ声が聞こえた。彼女は両手で私の手を取り、そのままぎゅっと包み込んだ。

 「リヨン?」

 どうしたのかと視線で問うと、リヨンはにこりと笑って言葉を続けた。そのブルーアイは私の両目を、しっかりと見つめている。

 「花もいいですが、世界には楽しいことがたくさんあるんです。・・・もちろん嫌なこともありますけど、私とエヴァルトは何があっても姫様の味方です。みんなで嫌なことを乗り越えたら、そのうち"楽しい"に変わります。姫様はおひとりではありません。そのことをどうか覚えていてください」

 太陽に向かって咲く、生き生きとした、色鮮やかなタンポポのように。

 あなたはどんな時でも、その暖かな笑みを私に与えてくれる。

 「・・・ありがとう、リヨン」

 彼女のその笑顔、その言葉が胸と目頭を熱くさせる。優しい気持ちにさせてくれる。生きる希望を与えてくれる。

 ああ、リヨン。

 何度告げれば、この気持ちは伝わるのでしょうか?あなたへの感謝の気持ちは日に日に大きくなるというのに、それを伝える術を私は知りません。

 「ありがとう」

 私に残された、唯一の花。

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