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あるセミの一生

作者: マコト

 オレはセミや。名前は・・・ない。オレらセミにいちいち名前なんか付けられてたら、鬱陶しくてたまったもんやない。たとえ物好きなやつがオレら一匹一匹に名前つけたとしても、オレらは姿形が似てるからおそらく見分けつかんやろう。まあ、そんなことはええとして、一口にセミ言うても、結構たくさんの種類がいてる。ミンミンゼミに、アブラゼミ、クマゼミ、ニイニイゼミ、ヒグラシ、ツクツクボウシ、アカエゾゼミ、ハルゼミ、チッチゼミ・・・。

 これらセミの種類は人間が勝手に決めたものやけど、なかなかうまいことオレらの特徴をとらえてるなと思う。ミンミンゼミやツクツクボウシは、その鳴き方からそういうふうに呼ばれてるし、ハルゼミは春になくところから、ヒグラシは夏場のちょっと温度が下がり始める夕方から鳴き出すというわけで、こんなふうに呼ばれてるわけや。人間いうのはオレらみたいに空を飛ぶこと出来んけど、けっこう頭のええ生き物やと感心するわ!

 で、このオレは何ゼミかというと、体長が5、6センチで、羽根が茶色くて日本全国どこででも見かける一番ポピュラーで夏を代表する様なセミ、わかるか・・・?そう、アブラゼミや。夏場のメッチャ暑い時間帯に公園や雑木林なんかでせわしなく、『シャカシャカ、シャカシャカ・・・』って鳴いてる、あの一番暑苦しくてやかましいセミや。知ってるやろ?

 けど、残念なことにオレはただの一度も街の中の大きな樹にしがみついて『シャカシャカ、シャカシャカ・・・』とシャウトすることなく終わったけどな・・・。

 実を言うと今オレがいるところは、樹の幹でも土の中でも水の中でもないのや。それはまた後で説明するとして、オレはつい最近まで土の中で暮らしてた。「土の中」いうと、なんか暗くていつもジメジメしたイメージ持ってるやつが多いみたいで、特に人間が学校いうところで「セミは幼虫の間の約7年間、ずっと土の中で暮らしています」なんてことを聞くと、「えーっ、7年間も。かわいそう」とか「私、暗いとこ苦手なの。セミに生まれなくて良かった」とか、やたらオレらセミの境遇を憐れんでくれる。けど、人間には地上でしか生きられん人間には土の中がどれだけ居心地ええかということが分からんのやと思う。

 土の中というのは、夏は涼しくて冬は暖かい。その上、他の生き物に襲われたり食われたりする心配もないからオレらにとっては最高に快適で安全な棲みかなんや。

 オレは土の中で平べったくて大きな2本の前足使うて小さいトンネルいっぱい作りながら生きてたのや。途中で何回も脱皮を繰り返しながら・・・。この脱皮ちゅうのがまた、たまらんくらいに気持ちええのや!体が大きくなるにつれて今まで自分の入ってた殻がだんだんと窮屈になってきよる。もうこれ以上この殻の中におったらヤバいと感じた時に、「う~ん!」って体中に力を込めて思い切り全身を思い切り伸ばすのや。そしたら、今まで入っとった古い殻の背中のところが『ピッ』って縦に割れよる。その割れ目の間から、ひとまわり大きくなったオレが出てくるというわけや。7年間、地面の下でそんな脱皮を何回も繰り返しながらこのオレも遂に地上に出てくる瞬間を迎えたのや。それが、今からつい2時間ほど前のことやった。自分が長いこと暮らしてたところから上に向かって土を掘って行って、地上に初めて顔をチョコッと出した時には、さすがに緊張した。

 なんせ夜中のことやから、あたりは真っ暗。空気が生ぬるい感じでメチャ蒸し暑い夜やった。オレは木のにおいのする方角を探して、柔らかくて湿った土の上を真っ直ぐに這うて行った。そしたらオレの目の前に何枚もの細長い木の板が現れよった。それは人間の住む家の板壁やった。

 オレは「よし、ここに決めた」と、板壁を見上げて、最後の脱皮をしてアブラゼミに変身する為に、えっさえっさと登り始めたのや。板壁を半分くらいまで登ったやろうか。ちょうど足を引っ掛けて踏ん張るのにええ感じの節目があって、オレはそこで脱皮することにした。時折吹きすぎる風が生ぬるかったけど、満月が黒い板壁をほんのり照らしてるし、大人のセミに変身するには絶好の夜やった。

 オレはドキドキしながら両足踏ん張って「うう~ん!」って力いっぱい体をのけぞらせた。すると、土の中と同じように背中が静かに『ピッ』って割れたのや。オレはつかまってる板からずり落ちんように足を踏ん張りながら少しずつ慎重に殻の中から、アブラゼミのオレの体を押し出していった。もう、オレの心は興奮と緊張でいっぱいいっぱいやった。これがオレの生涯で最後の脱皮になるんやと思たらなんかジーンと来るもんがあってなあ・・・。最初に頭が出て、それに続いて体が出てきて、最後に皺くちゃの薄い羽根が出てきた時にオレの脱皮は終わった。アブラゼミ誕生の瞬間や!オレ、感動して「ウォーッ!」って叫びながら思い切り空を飛びたい気分やった。けど、生まれたてのオレの羽根は、まだしわしわのヨレヨレや。羽根がしっかり伸びきるまで待ってなしゃあない。オレは「早く飛びたい」っていう焦る気持ちを抑えて脱ぎ捨てた殻につかまってジッとその時を待ってた。

 その時や・・・。オレの足元で「ミャア~」っていう鳴き声が聞こえたと思たら、今度はオレの体のすぐ近くで『ガリガリッ』いう何かが板をひっかく音がして、次の瞬間、オレの体は抜け殻ごと地面に叩き落とされた。一瞬の出来ごとで何がどうなったんか全然わからんかった。アブラゼミになりたてのオレが最後に見たんは、人間の家で飼われてる猫いう生き物のギラッと光った目と、ものすごい勢いで迫ってくる大きな口やった。それから後、オレの身に起こったことは全然思い出せんのや。ただ、まだ柔らかかったオレの体が猫の口の中で『クチュッ』って潰れる音を聞いたような気もする・・・。

 というわけで、オレが今おるところは猫の胃袋の中というわけや。やっとアブラゼミになれたというのに皮肉なもんや!「哀れで運のない、可哀そうなセミ・・・」人間やったらそう思うかも知れへん。けど、世の中にはこういうこともあるわ。多分猫はよッぽど腹が減ってたのやろう。でなかったらグルメな猫だったんかも知れへん。脱皮したてのアブラゼミなんか、なかなか口にはできんもんな。猫も満足してると思う。

 そら、オレかて『シャカシャカ、シャカシャカ』鳴いて暑い夏の空を飛びまわれんかったのは残念や。けど、不思議と悔しいとか悲しいとかいう気持ちにはならんのや。オレの命は無駄になってないんやもん。オレのちっちゃい体はしっかりと猫の血や肉になってるんやから、オレも大したもんや。そう思わんか?

 もし、もう一回生まれ変わるとしたら、オレはやっぱりアブラゼミに生れてきたいと思ってる。たとえまた猫に食われたってかまへん。オレはオレのままで、アブラゼミのままで十分に満足やし最高に幸せやから。

 まあ、出来たら今度は元気いっぱい『シャカシャカ、シャカシャカ』シャウトしながら夏の空を思い切り飛び回ってみたいけどな!


                                          (おわり)

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