戦いの終わり
たいへんおまたせしました。
「やった~。旗ゲットー!! 私始めて~~!!」
ババアがうれしそうに飛び跳ね、赤茶色の髪がフワフワと弾む。
彼女は周囲の冷たい視線など一切気にする様子は無い。その時頭の中がゴチャゴチャと混乱していた私には、その仕草が『わざと』なのかそれとも『本気』なのか、全く見当がつかなかった。
周りでは勝利を祝う黄色ゲーマーや、敗北を悔しがる赤ゲーマーの姿もちらほらと見受けられたが、『例』の瞬間を目撃したサバゲーマーたちは、ばつが悪そうに互いに顔を見合わせている。
『なん……だと……』
狂喜乱舞するババアに対して、私が最初に口にしたのがこんな一言だ。おそらく声が小さすぎて相手には全く聞こえていない。ただ呟いたという表現のほうが正しいだろう。
あの衝撃的な瞬間の記憶を巻き戻す。
激しい十字砲火。
4つの火線が一つに重なり、フルオート射撃の十字砲火がババアを包む。
4人のサバゲーマーが放った弾丸が一斉にババアの胸元に吸い込まれて……消えた。
グチャグチャだった思考が徐々に正常な判断をとり戻してゆく。同時にババアが旗に手をかけた最後の瞬間が脳内で何度も繰り返し再生される。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!!」
私が呆気にとられていた時、陸自コスのゲーマーさんが先陣を切って前に出た。それに対してババアは、『何か文句でも?』といった不満げな表情でゲーマーに視線を送った。
「あ、あんた旗とる前に被弾しただろ? それをそのまま突っ込んで強引にフラッグダウンするのはルール違反なんだ……」
陸自コスのサバゲーマーさんが苦笑い交じりにそう説明する。しかし全てを言い終える前にババアが手でそれを制した。そして『キッ』とサバゲーマーさんを睨むと、これでもかというほど空気を吸い声を張り上げる。
「ちょっと、いきなり失礼なんじゃないんですか!? 私、弾なんか一発も当たっていません!!」
その勢いに押されて、思わず後ずさりする陸自ゲーマーさん。一方ババアは『信じられないこの人』とこの場にいる全てのゲーマーにギリギリ聞こえる音量で吐き捨てた。
『信じられない』……こっちの台詞だよ!! 私はきつく拳を握り締めると一歩大きく踏み出す。しかしそんな私よりも先に、険しい表情を浮かべたランボーおじさんがババアの前に立ちふさがる。
「あのな、お姉さん、そんな言い方せんでもいいやろ?」
その口調と物腰は非常に柔らかかったが、おじさんの目は鋭くババアを見据えていた。
「ハア? 因縁つけられたら普通そうなるでしょ?」
「そんな、因縁って……」
口を『へ』の字に曲げたランボーおじさんがボリボリと頭を掻く。そんなランボーおじさんの姿勢を弱腰と見たのか、ここぞとばかりにババアがまくし立ててくる。
「相手に『当たっただろ』とか言うなんて非常識だわ!! あの時私は防衛の弾を全て避けて旗を取ったわ。なんなのあなたたち? 自分のチームが負けるのが悔しいから、私にヒットを強要する気なの?」
「全部避けた!? 馬鹿な!! フルオート4人で護っていたんだぞ!」
ババアの一方的な言い方に陸自コスのゲーマーが思わず吼える。しかし ババアは『フンッ』と鼻を鳴らして眉を吊り上げる。
「そんなの私が知ったことではないわ。あんたらが何人で護っていようが避けたものは避けたの」
「何言ってんだ。当たってただろ」
「撃った当人は皆そう言うわ」
「被弾した音だって聞こえたぞ」
「貴方、ジャケットに弾が当たる音と木の葉に被弾する音の違いが聞き分けられるの?」
そんなの滅茶苦茶だ。いい大人が、これじゃあただの駄々っ子のようじゃないか。
「なんだなんだ」
「なんかあったのか?」
激しい言い合いを聞きつけて離れた場所で戦っていたサバゲーマーや、陣地の奥で潜んでいたゲーマーたちも現場に集まってくる。中には、皆の帰りが遅いという理由でセイフティーゾーンからわざわざ様子見に来た物好きもいるようだ。
「あのっ」
私はランボーおじさんや人ごみをかき分けババアの前に立った。
このババアには一言、いや二言、いやそれ以上に言っておかなければならないことがある。
私は見たのだ。
ババアの胸元に弾が消える瞬間を、なら私は力になれるはず。もっと私の視力がよくて、弾が直撃する決定的瞬間を捉えられていればなおさら良かったであろう。しかしそれでも、いいたいように言われている陸自ゲーマーさんの汚名を返上するのに一役買えるはずだ。
「ちょっと、なんかあったんスカ?」
私が、『私も弾が当たったように見えました』と宣言しようとした瞬間、長身の男がババアと我々サバゲーマーの間に立った。濃いい金髪に浅黒い肌、体格のいい体。身長は190センチ強はあるだろう。
「ちょっと~ダーリン♪♪ 聞いてよ!!」
ババアが腰をくねらせて男に擦り寄る。
この長身の野郎が登場した時点で私は危険を察知して一歩身を引いた。自分より立場が弱そう、または対等なに対してはガツンと物を言えるが自分より強そうな奴には口ごもってしまう。
残念ながら私は弱い人間だ。人間のクズと呼んでもらってもかまわない。
私は『もしめんどくさい事に巻き込まれたら』と考えるのが怖かったのだ。次の日の仕事や、警察沙汰、怪我をしたときの治療費などが一瞬頭をよぎって何もできなかった。現実はジャンプの主人公のようにかっこよくいかないものだと酷く痛感する。
男はババアの話(おそらく偏見にまみれた)を親身に聞いた後、我々に険しい表情を向けた。
「ちょっと皆さん、彼女に言いがかりをつけるのはよしてください」
見た目によらず口調や物腰は非常に落ち着いている男性だった。
こちらはまだババアに比べれば話が通じそうな気がする。
しかし交渉相手が女性と男性では受ける印象がかなり異なる。相手の男性が長身ということもあり私はそれなりのプレッシャーを感じた。一瞬周囲に目を向けると同じことを感じたのか、ババアを囲んでいたいたサバゲーマーたちも面倒な予感に表情が曇る。
「いや、兄ちゃんあのな……言いがかりとかそんなんじゃなくて」
新たな登場人物の参戦。
さすがにこの事態にはランボーおじさんも渋い表情を浮かべて頭をかいた。
この男性の登場により事態がまたややこしい方向に向かうかと思われたその時。
一人の男が茂みを掻き分けて現れた。
黒色のジャケットにベールボールキャップ。
年齢は中年、おなかの周りに少し肉がついている。
そして一番印象的なのは、とても人のよさそのな顔であろうか。
そう、その人物は。
この戦場を統べる全知全能の神。
「「「「「「やっ、山名さん」」」」」
その場に居たサバゲーマーたちから一斉に声が漏れた。
「いやはや、フラッグゲットおめでとうございます!!」
山名さんはやさしそうな微笑を絶やすことなく、2人に向けて歩み寄り握手を求めた。騒いでいた2人はキョトンとした表情でその握手を受け入れる。
「フラッグゲットなんてたいしたもんです。あなた方は始めてのゲームでしたよね?」
山名さんは2人に賛美の言葉をかけながらも、我々周りを囲んでいたゲーマーたちに一瞬視線を向けた。
「いや本当にすごい。サバイバルゲームを数年やっているプレイヤーでも旗をゲットした事のある人間は限られてきます。皆いざと言うときに前に出れないことが多いいですからね」
ここまで褒めちぎられると、さすがのババアも気を良くしたのか険しい表情を崩して口元に笑みを受かべる。
「そっ、そうかしら」
「そうですよ」
うん、うんと頷く山名さん。そして山名さんは集まった我々のほうに笑みを向けこう切り出した。
「この話は『水掛け論』です。私には彼女たちが嘘を言ってるようには見えません。無論皆さんが嘘を言ってるとも思っていません」
その場にいた全員が山名さんの話を聞き入っていた。
「皆さんが熱くなるのは、それだけサバイバルゲームを愛していると言うことなのでしょう。しかしここは一つお互い冷静になってください。近距離からの射撃でも、茂み(ブッシュ)により弾道が変化することはよくあります。それに人間、極度の緊張状態や興奮状態の時には弾があたってもわからないこともよくあります。しかし互いにどこかで折り合いを見つけなければこの話は永遠に平行線です。わたしは今日この場所に遊びに来ていただいた方全員に笑顔で帰っていただきたい」
山名さんはその優しげな瞳に光を宿し、我々を見渡した。
ババアと彼氏がばつが悪そうに顔を見合わせ。ランボーおじさんと陸自コスのサバゲーマーさんも同じような顔をしていた。私は思わず『こんな場合はどうなるの?』と、隣のヨッシーさんに説明を求める視線を送ったが、ヨッシーさんは小さく肩をすくめただけであった。
◇ ◇ ◇
「申し訳ない山名さん。あんな話は当事者どうしでやると拗れるってわかってたんだが、つい口がでてしまって」
「ワシもすまんの、久しぶりの熱い試合で気持ちが高ぶってつい口がでてもて」
陸自コスのゲーマーさんとランボーおじさんが山名さんに向けて小さく頭を下げた。
「いえいえとんでもない。私があなた方に謝るべきです。結果的にあなた方に一歩引いていただく形になってしまって。あちらの女性も、これが自己申告制のゲームだということをもっと自覚してプレイしたいと一定の理解を示してもらえましたし」
結果から説明すると、フラッグダウンの話は何もお咎めがなかったことになる。
試合は守りの赤チームが身を引いてフラッグダウンが有効となり、そのまま黄色チームが勝利となった。試合の後セーフティーゾーンに戻ってきた私は、トイレの帰り道で山名さんとランボーおじさん達の話に聞き耳を立てていた。
「まあ元々サバゲの勝敗なんて『屁』みたいなもんやし。ぜんぜん気にしてないで」
ランボーおじさんが尻を叩きながら豪快に笑う。それにつられて2人も大声で笑い、こっそり話を聞いていた私も頬を緩ませる。その後3人の話は次の次世代電動ガンの話になり、このフラッグ事件の話をすることはなかった。
私は『陰口の言い合い』などの険悪な空気にならなかったことに気分をよくして、自分達の荷物置き場にスキップしながら戻った。
荷物置き場ではヨッシーさんとジャックさんがウェットティッシュで電動ガンに付いた泥をふき取っていた。山田さんは半裸になって着替えのTシャツを探している。
「やもり、借り物はちゃんと綺麗にしてから返せ。そしてその状態じゃ車に乗せないからな」
ヨッシーさんはウェットティッシュの箱を私に投げると、私の靴を指さした。
ゆっくりと視線を落とすと、真っ白であった運動靴が茶色に染め上げられている。
「げっ」
私は慌てて運動靴の泥を手で落としたが所詮は焼け石に水。靴にしみこんだ泥はどうあがいても取れそうにない。それに、ジーンズもくるぶしのあたりまで泥が飛び跳ねていた。ジーンズは色の抜けたどうでもいいものだったが、スニカーはまだ買って1月のしか立ってないのに……トホホ。
途中靴紐を結びなおしたときはまだここまで汚れていなかったのに……。
「サバゲーを続けるなら、そんな脆弱なスニカーなんかより、少々値が張るアーミーブーツを購入したほうがいい。登山やアウトドア用でもいいけど」
「確かにそれは試合中思いましたけど……」
ヨッシーさんの履いていたブーツはくるぶしまで覆われたタイプで、多少の泥をかぶってもまったく問題のない様子であった。私は涙を飲みながら、ウェットティッシュで軽くスニカーの泥を落とし、電動ガンの掃除をした。
借り物とはいえ、今日一日を戦い抜いた相棒との別れは少しだけつらいものだ。
「あっ、膝も結構汚れている……」
銃をヨッシーさんに返却し、自分たちの荷物を片付け始めた時になって私は膝についた汚れに気が付いた。もう一度ウェットティッシュを借りて膝を拭く。そういえば銃を撃つとき、プロの真似して膝立ちをやってた。それに小石が膝に食い込んでチクチク痛かったのは苦い思い出だ。
「ああ、けっこう汚れてるな、膝パッドも買うと便利やで」
ジャックさんが苦笑いを浮かべて教えてくれた。
サバイバルゲームは確かに単純に銃とゴーグルだけあれば参加しできるが、よりサバゲを楽しむには小物関係も充実させたほうがよいのだと思う。戦争ゴッコをするわけなのだから、より効率よく戦えるようデザインされた兵士の格好のほうが、こんなパーカースタイルより遊びやすいに違いない。
「膝パットっておいくらぐらいですか?」
「2,3千円ぐらいかな」
私の問いにジャックさんが答えてくれる。
「じゃあヨッシーさんや、ジャックさんがつけてる弾いれのついたベストは?」
「タクティカルベストのこと? これは1万円近くするよ。安いのでも6千円ぐらいかな」
馬鹿な、こんなジャケットごときに1万円だと!!。
「め、迷彩服はっ?」
「ん~、安いのなら上下セット5千円以内。高いのなら上だけで1万円超えたりするね」
開いた口が塞がらないとはこのことだろうか。想像よりもはるかに高価だ。
そうなると私の周囲にいる完全兵士装備のサバイバルゲーマー達はいったいどれほどの金額を服装につぎ込んできたのだろうかと疑問に思う。
「けっ、けっこうお金のかかる遊びですね……」
私が引きつった笑みを浮かべると、最後の荷物確認を始めたヨッシーさんがふと顔を上げた。
「今回みたいに人から銃借りずに、サバゲーの装備整えるなら5万円ぐらい必要かな。銃は本体が1・3万円。それ以外にバッテリーと充電器かわなあかんし、予備の弾倉も2,3個いるやろ。それでもう4万円ぐらいは使ってしまうわ」
「せやね、銃だけでもカスタマイズを重ねて10万円以上お金かけてる人たくさんおるねんで」
おもちゃの銃に10万円。ハハハ、そんな馬鹿な。
最後の言葉は聴かなかったことにし、私はフムと顎に手を当てて考えにふける。
5万円。
一見高そうにも見えるが、剣道や野球などのスポーツの初期投資に比べれば断然安い金額にも思えてくる。金額自体も2ヶ月ほどの小遣いを貯めれば余裕で手が届く。私はため息を漏らし、周囲のサバイバルゲーマー達に目を向けた。
ある場所では、いい年のおっさんが歓声を上げながら子供のようにはしゃいでいる。
またある場所では、若い男女が狙撃の腕を競い合って歓声を上げいる。
皆、本当に大好きなサバイバルゲームに愛情を注ぎ、本気でサバゲを語り合っている
「俺も本気でサバゲはじめようかな」
今まで趣味と呼べるようなものは無かった私。
スポーツも苦手で音楽や読書にも特別興味があるわけでもなかった。しかし私は、この刺激的で濃厚な一日を通して、すっかりサバゲーの魅力に取り付かれていたのだ。
遠くで私の名を呼ぶ声がして、私は声の聞こえた方角に顔を向けた。自分達の荷物を持った3人が車に荷物を運んでいるところであった。私も慌てて残りの荷物を片付け、仲間の下へ急いで走った。
ふと空を見上げれば日はすでに傾きかけており、夕焼けが戦場を茜色に染めていた。
ご意見、ご感想などあればメール、感想欄にご記入ください。
読者様にうれしいお知らせ、もうすぐ完結いたします!!




