鋼鉄のババア
サバイバルゲームは弾が当たったのか当たってないのかを自己申告で判定するゲームです。いわばゴルフと同じです。
弾を当てられたのに「当たってない」と言い張るのは『ゾンビ行為』と呼ばれ『電動ガンの違法改造』と同等の悪質さを誇る最悪のルール違反です。
ゾンビダメ……絶対。
旧日本軍の軍服を着込み、腕に黄色の腕章を身に着けたサバゲーマは凄まじく俊敏であった。
おそらく陸上部か何かの運動部に所属しているのか、それともしていたのか。彼の磨き抜かれた脚力はこちらのサバゲーマー2名を翻弄して、赤フラッグの手前7mまで進入を許していた。
茶色のブーツが柔らかな腐葉土を踏み抜き、緩やかにしなった脚部が爆発的な瞬発力を彼に与え、彼は弾丸の如くフラッグに肉薄した。木の陰からそんな彼を視界の隅に捉えた私。今、私が発揮できるすべての力をこめて右向け右を行うが、その全力をもってもカーキ色の流れをとらえるには至らない。
すでに旗まで2mに肉薄した彼は、銃を構えることも忘れてただ旗に向け手を伸ばした。
フッ――――、と私の耳元を空気の流れが突き抜けた。
緩やかなバックスピンがかかった弾丸がふわりと私の眼前で浮き上がったかと思うと、閃光の如く凄まじい勢いでフラッグをつかもうとした彼の手を叩き落した。
カチャリ----銀色に輝く銃のボルトが前後して、新たな弾丸を薬室に送り込む音が自陣に響く。
すばらしい命中精度を誇る『VSRボルトアクションスナイパーライフル・カスタム』。そしてそれを手に黙々と狙撃を行う狙撃手。我々が構えるポジションからはるか30mはるか奥で、再び完璧な狙撃準備を整えた狩人が闇の中から鷹の目を駆使して次の獲物を狙う。
「ナイス狙撃です!!」
私は味方を賞賛すると、ドイツ銃独特のアイアンサイトを通して林の奥を見据えた。
「今の危なかったで!! もっと弾幕を濃く!! 次のフラッグアタックも確実に仕留めるんや!!」
ランボーおじさんの怒声が見方を鼓舞して、味方チームの一斉射撃が波の如く的チームが潜む物陰に打ち込まれる。
2度の後退の末、我々赤チームは旗のすぐ後方に陣取った。最終防衛目標である旗フラッグ自体を『囮』にして、旗を狙いにくる敵を各個撃破する戦法に最後の勝機を託したのだ。我々のカウンター攻撃によりそれなりの人数が削られた黄色チームであったが、その勢いは今でも健在であり、人数で劣る我々を押しつぶさんと凄まじいプレッシャーをかけてきている。赤チームは右翼、左翼全ての人員を本部に呼び戻し総力戦でこの圧力を押し返さんとしている。
敵が我々の陣地に取り付いてから早5分。その間に敵は3度の『フラッグアタック』を仕掛けてきたが全て殲滅に成功している。黄色チームはなぜかこの場所に来て足並みが少し揃わなくなってきているようだった。敵も焦っているのだろうか?。
『ラスト5分。残り時間ラスト5分になりました~』
激しい銃声の中、オンボロの拡声器から山名さんの声が山中に響き渡る。
「ラスト5分!!」
「ラス5!!」
「5分やで!!」
周囲の味方たちが口々に『残り時間を5分』と繰り返し叫ぶ。私もその空気につられて。
「ラスト5分ッ!!」
と大声で叫んだ。こうすることで自分自身の気を引き締めるのだ。
後5分。5分守り抜けばこの試合の勝敗は決さず終わることになる。このゲームルールはフラッグ戦。自陣の前にどれだけ屍の山を築こうとも、最終的には自陣に旗さえ立っていればいいのだ。そのため我々も、どのような犠牲を払っても、命を懸けて後5分あの赤い旗を風にたなびかせ続ける。
中央では先ほどのカウンター作戦に負けず劣らずの激しい銃撃戦が繰り広げられている。ためしにMP7の弾丸を適当にばら撒いてみると、その倍の数のBB弾が『やまびこ』のように帰ってきた。もし私の隠れている場所が、この太い木ではなく茂みなどであったら、4,5発貫通したBB弾にやられていたかもしれない。
「ラッシュ!!」
刹那、銃声と同時に味方が叫ぶ。
私も素早く銃と顔を木の影から旗方面へと向ける。黄色い腕章の3人組が3方向から同時に旗に飛び掛る。私より素早い反応で、狙撃手がさっそく1名を仕留める。しかし彼のスナイパーライフルは連射機能を持たないため、残りの2名は意地でも我々が止めなければならない。残った2名は相打ち覚悟の突撃で手近な味方に向け発砲しながら進撃の速度を速める。
『『HIT』』
敵が味方1名を道ずれに退場する。残りは1名。
「うおおおおおおおお!!」
猪の如く猛突撃。しかしフラッグを囲むように配置された味方の射線が一点に重なり、嵐の如く凄まじい十字砲火で猪を駆逐する。
(よし、味方が仕留めた!!)
そう、思考を走らせた瞬間。私の目元をBB弾が掠める。フラッグ前から排除された3名のサバゲーマー。しかし私が瞬きをした次の瞬間には次の突撃チーム5名が一斉攻撃を開始していた。
1名が弾数の多い機関銃形(M60)の電動ガンで密度の濃いい援護を行い、残りのサブマシンガン&ショットガン持ち4名が強襲を慣行する。
「敵のシリに火がついたで!! 消したれ消したれ!!」
さぞ楽しそうにランボーおじさんが叫び、それにつられて数人が奇声を上げる。私も奇声混じりに『MP7』で敵をなぎ払うように銃弾を放つ。拡散した弾丸は敵の進行方向をピンポイントで襲い、1名のゲーマーの動きを止める。すかさずそれにランボーおじさんが弾丸を送り込む。
(ナイスコンボ!!)
心のかなでガッツポーズを掲げる私。俺の弾丸が敵に当たらないならば、せめて味方の『HIT』をお膳立てしてみせる!! 当初自分が追い求めていたの『己のスコア』など頭の中から消し飛んでいた。
そのときの私は本気だった。たかが戦争ごっこで、『負けたくない』と本気になっていた。
しかし敵も本気で攻めてきている、そんな油断は大敵だ。実際私がそんなことを思っている間に、敵の機関銃使いが味方3名を冥土に送っていた。その支援の波に乗り残った3人が旗に向け跳躍する。
「くそっ、やらせるか!!」
2丁のP90サブマシンガンを両手から広げた味方が茂みから飛び出し1.5mの至近距離で激しい銃撃戦を繰り広げた。結果、敵3名と飛び出した味方1名が相撃ちとなり退場する。
「ナイスや!! 体入れてでも止めろ!!」
ランボーおじさんが味方を絶賛したと同時に、おじさんが隠れているもの陰に弾丸が集中する。
「くっそ、あの機関銃使い、誰かとめてくれんかい!!」
私は仁王立ちした敵に銃の照準を重ねる。
パパッ----。しかし2発銃弾を吐き出した『MP7』は突然沈黙する。2発の弾丸は敵をわずかに外れて隣の木の幹に弾かれる。
(やべ、弾が!!)
今日何回目のミスだよ!! 私は自分を叱咤した。そして銃声に気がついた敵が黒光りする巨大な軽機関銃をこちらに向けるのをどうすることもできずに見守った。隠れろと脳が指令を出しているのに、その凶悪な黒い輝きに脅えて体が動かなかった。
パシッツ----。
凶悪な乾いた音と共に BB弾が頭部に突き刺さる。正確な射撃……。
ヘッドショットを受けたその軽機関銃使いは静かに両手を掲げた。スナイパーさんマジ神!! 結婚してほしい。
ハッと我に返った私は即座に物陰に隠れてリロードを行う。極度の緊張により手が震えて、すでに手馴れたはずのリロードが全くスムーズにできなくなっていた。
「糞ッ、5分長すぎるだろ!!」
私は悪態をつきながらも、ゆっくりと確実に最後の50発をMP7に押し込んだ。
楽しい時間はあんなにも早く過ぎ去ってゆくのに、なぜつらい時間は効も長く感じるのだろうか。時間にして1ドンベイ守ればいいはずなのに、個人の体内時計では山名さんが『5分』と宣言してから15分以上戦っている気分にさせられる。
『ラスト1分----1分』
ほんのりとした中年男性の声が、まるで天に住まう女神からのお告げに聞こえる。山名さんの声が戦場に響き渡った瞬間敵の猛攻が激しさを増した。
それは連携もへったくれも無かった。黄色の腕章をつけた武士(もののふ)たちが目の色を変えて突撃してくる。その目に映るのは一本の旗。この地で散っていったサバゲーマーたちの血の色に塗られた赤色の旗なのだ。(拡張表現!!)
「フラッグダウンの栄光に縋り付こうとする亡霊どもめ!!」
陸自コスのゲーマーが中2くさい台詞を吐きながら89式小銃を連射して敵を迎撃する。
『フラッグダウン』
それは全サバゲーマーがあこがれる名誉の称号のようなものだとヨッシーさんが言っていた。『フラッグ戦』では旗を握った者だけが、その手に真実の勝利を握り締めることができるという。最初は『RPGの伝説の剣』かよ。などと笑っていたが、彼らサバゲーマーのフラッグに対する執念をこの場でまざまざと見せ付けられた私は、全身が震えていた。
サバゲーマーには温和な人が多い。
なにせこのゲームは敵と味方で協力しながらゲームを成り立たせるゲームなのだ。気性の荒い人間が行えるゲームではない。そんな彼らはゲーム前鼻高らかにこう言った。
『サバゲーに勝敗は関係ない』
『サバゲーはコスプレを楽しむ遊び』
『勝ち負け? そんなことに興味はないね、たのしければいのさ』
しかし現実はどうだろうか。旗を目の前にした彼らの血走った目を。サバゲーマーとしての本能が、旗が欲しいというサバゲーマー的欲望が、彼らを単なる一般人から本当の戦士へと変貌させているのだ。
フラッグダウンの栄光に縋り付こうとする亡霊ども。
今考えてもなかなか面白い言葉だ。私は赤い旗に群がるゲーマーたちに向け不敵に笑って見せた。
私も本気だ。まだサバゲーマー暦1日だとしても私もサバゲーマーなのだ!! いや、この一日を通してサバゲーマーになったのだ。貴様らを通すわけには行かない。ここは死守してみせる。
サバゲーマーの誇りにかけて!!。
陸自コスの正確な射撃が2名の若いサバゲーマを討ち取る。が、仲間がやられたにもかかわらずさらに1名のサバゲーがーが狂ったように突っ込んできた。しかしそれも海兵隊コスの味方が華麗なフルオートで討ち取って見せる。
残り時間は30秒といったとところだろうか……。
戦隊ヒーローのコスプレをした2人組がグロッグハンドガンを両手に飛び込みをかけてくる。それに対してSAS特殊部隊装備の味方ゲーマーが体を割って入れ相撃ちとなる。
『守れぇぇぇぇぇぇ!!』
誰が叫んだかは分からなかったが、それに合わせて味方全員が声を上げた。敵との激しい銃撃戦により味方の数は6,7人までに減っていたが、その野太い声はそんな人数をも忘れさせるほど力強かった。
その時だった。
ズンズンと戦場に地鳴りが響く。
「なんだ!?」
ここは戦場だというのに私は思わず『PM7』を下ろして周囲に目をやった。
その異音は敵陣地方面森の奥から聞こえているようだ。しかもだんだんと近づいて来る、地鳴りが大きくなってゆく。
草木がざわめき、風が鳴る。
そしてバキバキと木々をなぎ払う音が林にこだまし、林が2つに割れてついにそいつが姿を現した。
ババア。
それはそう表現する以外に言い表しようがないものだった。
軽くウェーブした茶髪に、厚化粧。オリーブ色の軍服に2丁拳銃。そしてその全身から放たれるのは激しい『気』の力。まるでバーゲンセールのときの大阪のおばちゃんのような激しい覇気を全身に帯びている。
(このババアッ 関西級かっ!! 覇気がっ、ヤバイ……)
近畿の人間である私は、大阪のババアの恐ろしさを身をもって知っている。奴らはババアの面をかぶった鬼だ。額を一筋の汗が流れ落ちる。その日の暑さのせいか、それともただの見間違いか、私にはそのババアの周囲の空気が歪んでいるように見えた。
そう、まるでオーラを放っているかのように。
突如として現れたババアに騒然となる赤チーム。しかし皆一瞬で我に返り電動ガンの銃口を向けた。わがチームの守護神こと名無しのスナイパーさんがババアの顔面に向けて引き金を絞る。
ピシュン----!!。
突如ババアが加速した。体をくの字に折り曲げ、爆発的な瞬発力で旗に迫る。神スナイパーの弾丸が、ババアのはるか後ろを流れた。
「っ!! このババア、通常のババアの3倍の速さで迫ってくる!!」
私の近くにいたおっさんゲーマーが悲鳴にちかい声を上げて、持っていたMP5を連射する。しかしがむしゃらに放たれた弾丸はババアを捕らえることなく見当違いの方向に散らばっていく。
『奴を止めろ!! それで終わりや!!』
ランボーおじさんが狙いを絞りながら叫んだ。確かに、このババア以降この地獄に突っ込んできそうなサバゲーマーは見当たらなかった。勇猛な人材が出尽くしたのか、それとも時間的に突撃を諦めたのだろうか? おそらくは両方の理由だろう。前に出る勇敢なゲーマーが壊滅状態になった今。黄色のその他のゲーマーは、遠い間合いから雑な攻撃を繰り返して半ば諦めムードが漂っている。
(こいつさえ止めれば!!)
私がそう考えた瞬間、陸自コスのサバゲーマがババアの胴体に照準を合わせてフルオートを放つ。しかしババアの流れるような動きがフルオートの火線を翻弄する。
ババア、フラッグまで10m。
私もMP7を両手でしっかりと保持し、高速で接近する地球外生命体にエイムする。
(おれが止めるんだ!!)
唇をかみ締め、引き金を絞る。耳元でモーターが唸り、精確かつリズムよく放たれたBB弾が蜂の群れのごとく人外に群がる。しかし人外は、少年誌の主人公のような馬鹿げた速さで体を右に振るとあっさりと私の射撃を避けてみせた。同時にMP7の銃声が、ただ空気を吐き出すだけの乾いた音に変わった。MP7が今日最後の仕事をまっとうしたのだ。
(なん……だと……)
私はもう1発も撃つことができない。弾ので無いサバゲーマーは死人と同等の価値しかないのだ。私は絶望に打ちひしがれながら、高速で駆け抜けるババア見つめた。私にはもう、この戦いを最後まで見届けることしかできない。
ババア、フラッグまで5m。
相撃ち狙いの味方が茂みからが飛び出して銃撃を加えるが、軽々と脇をすり抜けられてしまう。
『だにっ!!』
味方の悲鳴。
ババアはすれ違いざまに脇のホルスターからハンドガンを抜き、味方のわき腹に弾丸を叩き込む。
ババアフラッグまで3m。体を伸ばせば手が届きそうであった。
ババアは不敵な笑みを浮かべて片手を旗に伸ばす。まるでその現実を受け入れるのを拒むかのように私のまぶたがゆっくりと下がってゆく。私にはその一瞬がとんでもなく長い時間に感じ取れる。
もうダメだ。
私の脳内に一瞬そんな考えが浮かんで----消えた。
視界の隅に移るのはランボーおじさんと3人のサバゲーマーたち。4つの黒い銃口が、ババアのわき腹にしっかりと狙いをつけて鈍く輝く。
「勝利確信するには早かったなネーちゃん(お世辞)」
ランボーおじさんがほくそ笑んで、引き金に少しだけ力を加えた。 4つの火線が一つに重なり、フルオート射撃の十字砲火がババアを包み込んだ。BB弾が怒り狂った蜂の群れの如くババアを襲い、パチパチと乾いた音が響いた。
やった…………勝った!!
ルール的にはただの引き分けだが、そのときの私の気持ちは『勝利』そのものだった。胸の奥からこみ上げてくる高揚感、一緒に視線を超えた仲間たちの笑み、そして最後の強敵を討ち取ったランボーおじさんのドヤ顔。
しかし…………皆が浮かべた『笑顔』ほんの一瞬の出来事だった。
ババアに集中砲火が浴びせられ皆の表情が笑顔に変わったその瞬間とほぼ同時に、ババアが次の一歩を踏み出した。そして、目の前にある真紅の旗を力強く掴み、天に掲げ―---叫ぶ。
「フラッグ・ダウンよ!!!!」
その場にいた全員が凍りついた。
文字通り、黄色チームのゲーマーも赤チームのゲーマーも全員だ。ババアは優越感に浸りながらうっとりとした表情で手にした赤旗を見つめる。一方その他の全員は騒然とした顔をしてババアに視線を送っていた。あの勝気なランボーおじさんですら、驚きのあまり声さえ出ない状況であった。
私は何が起きたのか理解できなかった。私はただ呆然とババアに手によって掲げられた赤旗を、間抜けのような呆然とした表情で見つめ続けた。
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