そんなバナナ
日山琴音、21歳。Instagramのアカウント『コト〇』として活動する彼女は、抜群の美貌とスタイルを武器に、フォロワー一万人を超えたばかりの大学生だ。
「もっとバズりたい」。フォロワーが増える快感に溺れ、彼女は日夜、大学以外の時間に少し離れた街に行って美味しい店や綺麗な景色のスポットを探して自撮りを繰り返していた。
ある日の朝。玄関先に、一本のバナナが落ちていた。
「何これ……誰の?」
不審に思いつつも、彼女は瞬時にカメラを構えた。自宅だと特定されないよう、生活感を極力排除した画角。しかし「玄関」であることは分かる程度に。
『#謎のバナナ #奇跡の遭遇』
軽い気持ちで投稿した。この投稿が、彼女のすべてを崩壊させる引き金になるとも知らずに。
実際その投稿は期待にたいしてほとんどバズることなくいいねが数百件つく程度だった。
一喜一憂はしなかったが知らない人からメールが多く届くようになって見ないで迷惑メールに入れたくらいだった。
それから数日後、異変が起きた。朝の食卓で母親が青ざめた顔で封筒を渡してきた。
「琴音、これ……変な手紙が入ってたの」
差し出された封筒には、五万円の現金と一枚の便箋が入っていた。
『〇〇大学の3年生だよね。朝7時、薄着に羽織を羽織って水やりする姿、最高だったよ。まだメールも見てくれてないけどこれは、いつものお礼です』
琴音は全身から血の気が引くのを感じた。
Instagramには生活圏外の場所ばかりを載せている。この家を写したことなんてない。唯一、あのバナナの投稿を除いては。
母親が「警察に連絡しようか?」と不安そうに聞くのを制して、自室に向かう。
頭のなかにあのメールのことが頭によぎり、それを確認してからのほうがいいと判断した為だ。
震える手で、放置していたスマホを開く。そこには、数日前から届いていた「迷惑メール」の数々が溜まっていた。
最初はイタズラだと思っていた。だが、半数ほど目を通したところで、琴音は凍りついた。そこには、彼女の身辺情報が事細かに書かれていたのだ。
メールは、まるでパズルのピースを埋めるように、彼女を追い詰めていた。
『ようやく見てくれたね。君のあの玄関の写真は、最高の手がかりだったよ。君が誰なのか、どこに住んでいるのか。あの投稿のおかげで、全てが繋がった。』
琴音は息を呑んだ。
あのバナナの投稿。SNSで「バナナ」と検索すれば、彼女がアップしたことにより置いた本人であれば個人特定は容易だったのだ。
メールはさらに、吐き気を催すような事実を綴っていた。
『やっぱり頭のいい子だ。気づいたんだね。
君には……何度もお世話になってるからね。
君は酔っ払って帰ってくると、泥のように眠る。全然起きないんだ。
寝ている間の君には、本当にお世話になってるよ』
「お世話になってる」……。
その言葉の意味が、脳内で最悪の形を持って反転した。
よく嫌なことを忘れるために酒を浴びるように飲んで記憶をなくすほど何回も深く眠り込んでいた夜。
ベッドの隙間。掃除してない暗闇。
自分は知る由もなかったのだ。自分の部屋に、自分を見つめる「それ」がいたことを。
眠る自分を見計らい、無防備な体に触れ、私を犯していた男が。
琴音の視線が、ゆっくりと自分のベッドの下へと落ちた。
新着メールの通知音が鳴る。
『気づいたみたいだね。伝えたのは何故か分かるかい?もう隠れないつもりだからだよ。いま出るね。』
ベッドの下から、微かな「ガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサ」という音が聞こえた。
それは、絶望の音だった。




